不誓

小間物屋の店先で、知った顔を見たと思い振り返った。未亡人に知り合いなどいやしないが、振り返った先には喪服の女性が立っていた。
彼女は店から出ようとしたところだったのだが、どう控えめに表現しても険悪な僕の顔とみあってしまったものだから、いぶかしんで立ち止まっている。どうやら思い違いのようで、彼女に一切見覚えはなかった。
「申し訳ない。知人と間違えてしまったようだ。」
軽く頭を下げて商品に向き直った。背後の気配は消えない。他人の気を悪くさせることにだけは自信があるのだ。
「主人、これを。あとこちらは、包んであちらのお嬢さんへ。」
僕の指は思わず彼女に似合いそうだと思ってしまった髪飾りを指差していたし、振り返ったところへ彼女はまだ喪服で居た。不謹慎だなと、火に油かと思いなおすが彼女は少し笑んで店の主人から包みを受け取った。その笑顔になぜだか酷く悲しくなった。彼女はその場で包みを開いて白い指に赤い花の髪飾りを抓んでいる。
「留めていただけますか、新城中佐殿。」
名が売れるなどいいことではない。軍人としてならなおさらだ。
「これは光栄だ。ああ主人、縁台に上ってもいいかね。もちろん履物は脱ぐが。」
「まあ。縁台は腰かけるものですよ。」
そういった彼女は店の主人に髪飾りを押し付け、通りに面しておかれた縁台に腰を降ろした。困った顔の店主から髪飾りを受け取って彼女の後に続いた。腰掛けた彼女の髪に髪飾りをゆっくりと挿す。
「ありがとうございます。」
ため息のひとつもこぼしたくなるものだ。彼女がそれほど美しいというわけでなく、どちらかというと愛嬌のある顔をしている。僕の事を知っていて、その上でかかわり相成った挙句に礼を言おうなど、酔狂と言えるのではなかろうか。値のはるような髪飾りでもない。ではと言って踏み出した左足に右足が追いつかなかった。彼女は名乗った。
「漆原ゆかりと申しますの。」
ああ眉間に皺がよってなければいいのだが。正面に回って不躾なほどに人相を見た。血の気が引かないよう必死になる僕に睨まれながら、彼女はころころ、笑っているではないか畜生。あの漆原の面影なんて一つもないのにまるで新品少尉じゃあないか。
「お座りになりませんか?」
得体の知れないものに対峙した気分だ。拳二つほどの距離を置いて隣に腰を下ろす。思い出す。あの大馬鹿者の小隊長を。似ていない、だが彼女の笑顔に僕は心を乱す。
「貴女の兄上について話すことはない。」
「そうですわね。」
両肘を膝の上に乗せて遼の手の指を組む。力が入りそうになってあわてて堪えた。話すことがないならなぜ席をすすめたのだ。僕の口から聞きたいことがあるからじゃないのか。心を乱した僕をわらっている?きっといい士官になるだろうことだ。彼女が立ち上がって僕の前に立つ。姿勢悪く腰を下ろした僕の顔をわざわざ覗き込んできた。そうして言う。
「命日ですわよね。墓参りへ、」
共にだなどと言うてくれるな。墓へ詣でるなんてもっての他だ。僕は一生忘れないなんて言うだとか、心に刻むなんてことはしない。彼らの全てを背負うのに、僕の一生なんて短すぎるんだ。恐らく忘れはしないけれど。
「良い土産話が出来ました。中佐殿から髪飾りを頂いたこと、伝えておきます。」
中尉から昇進なさったこともですわ、付け加えた彼女の顔が怒りに染まれば、あるいは漆原に似るのではないか、と、何処かで思った。それが伝わったかのように彼女はふふふと笑んで、失礼しますと残して去った。その去り際の横顔の、黒い髪に僕の贈った髪飾りの赤いその横顔だけが漆原に重なって見えた。

01.ときに君は、02.おびえない03.けがすあか04.それ以外は信用しない05.なんて短すぎる
これはもう新漆という、かゆかり×新城×漆原でいいと思う。
ゆかりさんはほぼ確信犯。

written by 習字[夜行バス7時間] 2007