感情に鑢

スザクがまた傷を作っていた。
「バカが。」
見下すように言い切ったルルーシュに、スザクはただ苦笑する。そうかもしれない、スザクの言葉に、かもじゃなくてそうなんだとルルーシュは呟く。
スザクの手には、一筋の赤い傷跡。大方構おうとしてアーサーに引っ掻かれたのだろう。この友人はどうしてか動物に嫌われている。それでも、仲良くなりたい、だなんて。
ばかだ、ルルーシュはおもう。

「そろそろ諦めたらどうだ。」
「もう少し、なんだけどなぁ。」
とぼけるスザクに、ルルーシュは深く溜息を落とした。大丈夫だよ、スザクは微笑む。
「こういう傷なら、慣れてるしね。」
それのどこに安心しろというんだ、ルルーシュは今度こそあきれた目でスザクを見下ろした。椅子に座らされているスザクの頭はルルーシュの腰辺りの高さにある。
7年だ、ルルーシュは癖のある髪を見下ろしてその時間が長いのか短いのかを確かめるかのように、スザクの髪に触れた。
「ルルーシュ?」
見上げてくる緑の目にルルーシュは目を細める。
短かったわけではない。けれど、ずっとそれだけに拘っているには長すぎた時間。この7年で何が変わったのだろうか。ルルーシュは何の力ももたない(あの頃も同じようなものではあったが)ただの学生になったし、スザクはブリタニアの軍人になった。
人間が、変わるにはじゅうぶんな長さだった?
がさつになったとスザクはいう。そういうスザクだってそうだ。あの頃とは、きっと何もかもがちがう。そうだとすれば。
(…割り切って考えなければ、)
ルルーシュは見上げてくる緑の目から目を逸らして溜息をつく。細く吐き出された息は、思っている以上に苦しさを伴った。
「ルルーシュ。」
「…なんだ?」
確りとした声で呼ばれた名に、ルルーシュは首を傾げた。
スザクがまっすぐにルルーシュを見上げてくる。
(…こまったな、)ルルーシュは小さく笑った。

「どうかしたの、君、少し変だ。」
「失礼なやつだな。」
肩をすくめたルルーシュに、スザクは首を横に振った。
「なにか、不安なことがあるんだろ。」
「あるとも。明日の国語のテストも心配だし、今から帰ってナナリーに説教されないかも不安だ。リヴァルの持ってきた代打ちの話も、お前がこうやって傷を作るのも、な。」
赤い筋の走った手を持ち上げて、ルルーシュはにこりと笑った。うそ、嘘、嘘ばっかりだ。そのうえそれをスザクに押付けようとしている。最悪な気分だった。分かっている、スザクにこんな笑顔意味がないってことも、これが嘘だって見破られていることも。
それでも、おまえはやさしいから。
「…ルルーシュ、」

俺が言いたくないといえば、それ以上は踏み込まないだろう?

ルルーシュは口元に笑みを浮かべる。
「それより、怪我の手当てをさせろ。」
「これくらいならこのままで大丈夫だよ。」
その方が早く治るし、包帯がもったいない。真顔でいったスザクにルルーシュは思わず俯く。笑いを堪えようとして肩が震えた。
「…どうして、そこで笑うかな君は。」
「もったいないって、お前、本当にばかだったんだな。」
「………ルルーシュ、」
ひどいのはどっちだよ、拗ねるように呟いたスザクにルルーシュはついに噴出した。
昔を思い出すな、ルルーシュは頭の端で考えて、そういえばこんなこともあったなと笑いを収めた。
持っていたスザクの手を持ち上げて、赤い筋を舌でなぞった。
「ル、ルルーシュ!」
慌てるスザクに、ルルーシュは(見えないだろうが)ほくそ笑む。
「舐めとけば治る、だったか?」
「っ、それは昔の話で!」
「たった7年前、だろ?」
にやりと笑っていつかのスザクの言葉を繰り返せばスザクが深く息を吐く。
「…そうだね、たった7年前だ。」
君の勝ちだよルルーシュ、諦めのようなスザクの呟きにルルーシュはくつくつと笑った。昔より、いくらか低くなった声で。


written by 雨梓[raku] 2007