大切な存在 金蝉ver.
最遊記外伝



気付いた時にはもう手放せない存在になっていた―――。



「金蝉(コンゼン)っ!なぁもう仕事終わった?」
そう言って後ろから首に抱き付いてきたのは、不本意ながらも養育する羽目になった猿こと悟空だった。大地色の髪と金色の瞳を持った悟空は、今日もこっちがげんなりするほど元気一杯のようだ。
目を合わせるように顔を向けると、大きな金晴眼が期待に満ちた色で見つめてくる。――その瞳には何故か逆らえない。悔しいことに。
「…あぁ、一応はな」
本当は未だなのだが、残っているのはそれ程急がなくてもいいものばかりだった。金蝉が今は暇だと分かった途端に悟空は嬉しそうに抱き付いていた首から手を離し、今度は金蝉の正面に回った。
「じゃあさ、今から出かけようよ!俺、花がいっぱい咲いてる所見つけたんだ!もうめっちゃくちゃ綺麗なんだって!だから金蝉にも見せてたいんだよ。絶対金蝉も気に入るって。だから…だめ?」
最後に小首を傾げて見上げられれば、もう駄目だとは言えなくなる。相当この猿に絆されているなとは感じているが、決して不快ではないのもまた事実だ。
「しゃーねーな。…おい、そんなに遠くはないんだろうな」
「!うん、すぐそこなんだ。早く行こ、金蝉!」
椅子から立ち上がると直ぐに悟空は金蝉の手を取って、グイグイと引っ張る。本当に嬉しそうに。実は最近、金蝉の仕事が忙しくて、悟空は捲簾(ケンレン)や天蓬(テンポウ)の所へ行くか二人が忙しい場合は独りで遊ぶかだった。だからこうして金蝉と一緒に出かけるのは随分久しぶりだったのだ。




「ほら此処だよ、金蝉!すっげえ綺麗だろ!」
悟空が誇らしげに後ろを振り返ると、金蝉はハーハーと息も絶え絶えだった。
「…金蝉大丈夫?」
「…‥っつ、大丈夫‥なわけ…ある‥か、この馬鹿猿っ!…どこが直ぐそこだ!1時間は歩かされたぞ!」
いつもならここで拳骨を一発おみまいする処だが、今はそんな元気もない。もともと自分は軍人ではないのだから、体力が在る方だとは言えない。まして普段から執務室に籠もりっぱなしで長時間歩くことさえしないのだ。…まあそれも悟空が来てからは徐々になくなりつつあるが。今回みたいな理由で。
「っでもでも、綺麗だろ!遠くの方まで花でいっぱいなんだ。あちこち探検したけど、ここまで花でいっぱいなのはなかったんだぜ。今日やっと見つけたんだ!」
確かにここまで地面が花で覆われている所は天界広しと言えど中々ないだろう。辺りには建物も木々もなく、ただ花畑だけが延々と地平線の向こうまで続いているようだった。さらに花の種類も豊富そうで、赤・黄・青…と色取り取りの花弁が絶妙なバランスで混ざり合い、時折吹く風に揺られている。
―――思わず暫くの間目の前の光景に見とれてしまった。

「な、凄いだろ!」
「…ああ、確かにな」
「じゃあ、もっと近くで見ようよ。そんで、何本か摘んでって部屋に飾ろうっと」
言うが早いか悟空は金蝉と繋いでいた手を離して、一目散に花畑目指して駆けていった。その後を金蝉はゆっくりと追う。此処に来るまでずっと在った手の中の温もりが無くなったことを少し寂しく思いながら…。

「あ、見て金蝉、シロツメ草だ!これで冠でも作ろうかな」
「お前冠の作り方なんて知ってるのか?」
「うん!この前天ちゃんに教えてもらったんだ!」
(…なんで天蓬はそんな事知ってんだ?)
金蝉が疑問に思っている間に悟空はその場に座り込んで冠を作り始めていた。こうなっては冠が出来上がるまでこの場を一歩も動かないことは火を見るよりも明らかなので、金蝉も悟空の近くに腰を下ろす。
しかしその内金蝉は座ることにさえ疲れてごろりとその場に横になった。この際服が汚れるのは気にしない。
そして暫くの間、悟空がシロツメ草を摘む音とそよ風に揺られて葉が立てる音しか聞こえなくなった。

(あぁ、そういえばこんな風に過ごすのは随分と久しぶりだな)
思えば以前は、毎日朝起きればくそ詰まんねぇ仕事をし、夜になれば寝るの繰り返しだった。特にこれと言った事件も起きない。正直退屈で退屈で仕方の無かった日々。
それが、悟空が来てから一変した。勿論良い方に。
ちらりと横目で悟空の様子を窺えば、こちらの視線には全く気付くことなく熱心に冠をつくっている。何時もは自分に向けられている金晴眼も、今はシロツメ草だけを見詰めていた。
こいつが来てから、毎日が騒がしくて仕方が無い。必要以上に大きな声で話すわ、悪戯はするわ、仕事の邪魔をするわ、すぐ何処かへ行って迷子にはなるわで、しかも幾ら怒鳴っても懲りずに次の日にはまた何かやらかす。正直退屈だと思う暇さえなかった。苛ついているのなんてもう日常茶飯事だ。
だけど、決して邪険にしようと思ったことが無い。むしろ悟空が居ない日常なんて考えられなくなった。
なにがそうさせているのか、ハッキリとは分からない。ただあの笑顔に随分癒され救われていることは確かだ。あの無邪気な笑顔が自分に向けられるだけで、胸の内に灯が燈った様に暖かくなる。それまでどれ程苛ついていようと満面の笑みで見詰められると、それまでの苛つきなんてどうでもよくなる。そうさせる何かがあの笑顔にはあるのだ。ただそれは何も自分だけに限ったことではないが…。


だから、守りたい。自分の全てを投げ打ってでも―――



「でーきた!」
悟空のその一言で、自分の思考の海に沈んでいた意識が浮上する。
「なあ、金蝉。これ上手く出来たと思わねぇ?」
「…あぁ、お前にしては上出来だな」
こちらを振り向いて、自慢げに今出来たばかりの冠を見せてくる。思わず起き上がって頭を撫でれば、極上の笑顔が返ってきた。
「あ、そうだ!金蝉ちょっとじっとしてて?」
「あ?」
いきなり悟空が近付いてきたと思ったら、頭に軽いものを乗せられた感触。金蝉の予想が正しければ恐らくそれは…
「うん!金蝉よく似合ってるよ冠!」
「…‥あのなぁ」
悟空はそう言うが、絶対に自分には花の冠なんか似合わない自身が金蝉にはあった。
(こんなのはどっかの軍事オタクの方がよっぽど似合うだろうが‥)
直ぐに外そうと頭に手をやれば、それは悟空によって阻まれた。
「取っちゃダメだって!折角作ったのにー」
「っざけんな。こんなのは天蓬にでもやりゃぁいいんだよ。なんで俺が」
「えー、そりゃ天ちゃんも似合うだろうけどさー、今は金蝉に付けてて欲しいの!…だめ?」
本日2度目の“だめ?”攻撃。やはり金蝉は抗えなかった…。
「〜〜っつ!…はぁ、今回だけだぞ」
「うん!えへへ…金蝉大好きっ!」
力いっぱい抱きついて来る悟空を受け止めながら、今回だけと言いながら、恐らく次もこんな風に流されてしまうんだろうなと、つくづく悟空には甘い自分に溜息を吐きたくなる金蝉だった。






           真っ直ぐに見つめてくる曇りのない瞳
 

             クルクルとよく変わる表情


           小さいくせに生気に溢れている身体

 
                 無垢な心






          そのどれをも護りたい どんな事をしても








             何故なら お前こそが 俺の












                太陽だから―――

























あの後、そのまま自分の部屋に帰ったら、運悪く天蓬と捲簾、おまけに観音まで居やがって頭に冠付けているところを見られた。勿論皆俺の姿を見て爆笑だ

ちくしょう!