大切な存在 捲簾ver. 最遊記外伝 | |
あの小さな存在にどれほど救われたことか――― 「あー!ケン兄ちゃんみっけ!」 廊下を歩いていた捲簾(ケンレン)の後ろから元気な声と共に軽やかな足音が近付いてくる。くるりと後ろを振り返れば途端に腰の辺りに重い衝撃。視線を下に向ければ、予想通り悟空が腰に抱き付いていた。 「おう、どうしたよ?こんな所で」 「んーっとね、探検してたら帰り道が分からなくなって、んで誰か人が居ないか探してたの。でもケン兄ちゃんに会えてよかったー。また迷子になったら金蝉(コンゼン)に怒られるもん」 絶対にぶたれるしさーとちょっと不服そうな顔で付け足す。それを頭を撫でてやることで宥めながら、容易に叱られている悟空が想像出来てしまって笑いが込み上げてくる。 「っくく、そりゃあ大変だな…でもお前、何処まで探検するつもりだったんだ?この辺りは随分と金蝉んとこから離れちまってるぞ。地区も違うし」 「え!そうなの!途中から蝶々追っかけてたから気付かなかった。どうりで見慣れない建物だと思った」 辺りをキョロキョロ見回しながら答える。そしてふと気付いたように悟空は捲簾を見上げた。 「なあ、ケン兄ちゃんはどうして此処に居るんだ?」 自分の知る限り、ここは捲簾の活動範囲外の場所に当たる筈だ。捲簾の自室とも大きく離れているし。軍の召集場でもない。迷った自分は兎も角、何故捲簾はここにいるんだろう。 「そりゃーもうちょっと行った先に俺のお気に入りの場所があるからよ。しかも滅多に人が来ないからサボるにはもってこいだ!」 とっておきの秘密を打ち明けるような顔でにっと笑って言った。ついでにお前も行くか?と言われたので、うん!と返した。 「ほら、此処だ。でっけぇ木だろ?」 「うん!すっげー」 捲簾に促されて辿り着いた所には、天高くそびえる巨大な木が立っていた。下から見上げても先端が見えない程の高さ、大の大人が5人がかりでも抱えきれない程の太い幹、そして枝には青々とした瑞々しい葉が生い茂っていて辺りに葉擦れの音を響かせていた。 「この木に登って昼寝するのが俺のお気に入りなんだよ」 「うわー、気持ち良さそう!ね、早く登ろうよケン兄っ!」 「ああ、分かった分かったって。そんなに引っ張るなよ悟空」 悟空に急かされる儘に捲簾は木を登り始めた。 捲簾もそうだが悟空も木登りが好きなようだ。よく2人して木に登って天蓬(テンポウ)と金蝉を呆れさせている。何とかと煙は高いところが好きだと言っていたのは確か天蓬だったか…。 思い出してちょっとムっとしたが、気を取り直して先を行く悟空を追いかける。 悟空は流石猿と言ったところか。両手両足の重い枷など無いかの如くひょいひょい登っていっている。 巨木の丁度真ん中辺りまで来た所で昼寝に良さそうな枝を見つけた。そこで登るのを止め、腰を落ち着ける。幹に背を預け、正面を向くと葉の間から遥か遠くまで見渡せた。ドロドロとした様々な思惑がひしめき合い、異端の者には住み難い、楽園とは名ばかりの天界が。 「ふー…なぁんかこうしてると、全部どうでも良くなってくるわ」 軍上層部のきな臭い企みも、操り人形となっている可哀想な闘神のことも、下界のことも全て。そんなのはこの自然に比べればちっぽけな事でしかないのだから。無論自分もそうだが。 だから自分には酒と煙草と女だけがあればいい。それが分相応ってもんだ。 (ああでも…) 捲簾は上を見上げた。視線の先には捲簾と同じく枝に腰掛けている悟空の姿。綺麗な金晴眼を輝かせて遠くを眺めている。その姿は捲簾なんかよりも余程この木に溶け込んでいる様に見えた。 (お前も居て欲しいな。俺の傍に) 口さがない連中からは異端の存在だと言われているが、捲簾はこれっぽっちもそう思ったことが無い。アイツの何処が異端だというのか。天界に居る誰よりも純粋で、真っ直ぐで、何事にも一生懸命で、それに何より生気に満ち溢れている存在。異端と呼んで遠ざける部分なんて無いではないか。 ――むしろアイツの傍にいたい。傍にいてあの明るさ、元気さを分けて欲しい。 「ケン兄ちゃん、ここ最高の場所だな!」 不意に悟空が下を向いて言った。満面の笑みと共に。 「っだろ?この俺のとっておきの場所だからなー此処は。悟空も気に入ったんならこれからも此処に来ればいいぜ。俺が居ない時でもな」 「いいの!やっりぃ!ありがとなケン兄ぃ」 「いいってことよ」 但し保護者にはちゃんと言ってから来るんだぞ。と付け加えれば、うん!っとこれまたいい返事が返ってきた。 これであの仏頂面の保護者が悟空を迎えに来るために1時間もかかる距離を歩かせられるハメになるだろう事は想像に難くない。そして此処を教えた自分に冷えた眼差しが向けられるのも容易に想像ができる。 全くあの親子には飽きないなと捲簾は密かに笑った。 この腐った世界のなかで 唯一穢れていない存在 一緒にいて安らげる存在 ここにはお前を害する者が多いから 俺は全力でそれらを排除しよう あの太陽のように眩しい笑顔が 翳る事のないように――― うっかりあのまま寝てしまい、夜になっても戻らない2人を心配して探しに来た天蓬と金蝉に大目玉を食らってしまったのだった。 “この馬鹿猿!あれ程迷子にはなるなといつも言ってるだろうが!” “捲簾…午後の軍会議、僕に何の断りもなくサボりましたね(にっこり)” ““ご、ごめんなさい〜〜!”” |