大切な存在 天蓬ver.
最遊記外伝



あの子の笑顔はまるで太陽のよう―――






「なぁ、天ちゃん、これ何て読むんだ?」
天蓬(テンポウ)が所持する本の中から面白そうな絵本を勝手に引っ張り出してきて読んでいた悟空が、唐突にそう聞いてきた。
「あぁ、それは“ほほえみ”って読むんです」
「“ほほえみ”かぁ…ね、それってどういう意味?」
「意味ですか?えーっと、こうにっこりと笑うことですよ」
自分の顔で示してやれば悟空は納得が行ったようでまた続きを読み始めた。実は悟空が天蓬に何かを聞いてそれを答えてやるというのはそう珍しいことではなかった。以前など趣味について聞いてきたので、自分も含め周りの人に趣味は何かきいて回ったものだ。そのお陰で金蝉の面白い趣味が明らかになったのだが…。

本来ならこうした事は保護者である金蝉(コンゼン)の役目の筈だが、如何せん彼は物事に無関心であり、何かを教えると言うことには向いていなかった。では捲簾(ケンレン)ならと考えても、彼に頼めば要らぬことまで教えそうで任せておけない。結果として天蓬が悟空の先生をするハメになったのだった。
最も当人も満更でもない様子で、楽しんでその役目を引き受けているようだが。

「はー、終わったー!」
「お疲れ様です。面白かったですか?」
「うん!主人公のあ●パ●マンがカッコよくってさぁー、そんですっげー美味そうだった!」
「ははは、それはよかったですね」
あまりにもキラキラした瞳で見つめてくるものだから、こっちまで嬉しくなる。頭を撫でてやるとこの子はそうされるのが一番のお気に入りらしく、目を少し細めて嬉しそうに笑う。
「なあ、この続きってもうないの?」
「うーんどうでしょう。恐らく探せば有ると思うんですが…」
「…この中から?」
2人同時に本棚を振り返る。そこにはこれでもかと言う程ぎゅうぎゅうに詰め込まれた本の数々。さらに視線を床に転じればそこにも山と積まれた本が今にも崩れ落ちそうな危なげなバランスで存在している。
「…探すのは無理そうですね」
「うん…」
ここでよく知る2人が居れば「なら、片付けろよ」とでも言っただろうが、残念なことに今日は2人とも不在であった。
「じゃあ、何しよっかなー。天ちゃん何か面白いことない?」
「そうですねー…じゃあ、あやとりでもしましょうか」
「‥あやとりってなに?」
「えーっと、言葉で説明してもわかりずらいので、実際にやってみましょうか」
「うん!」
すると天蓬は執務机に行き、引き出しを探り始めた。
「確かここに…‥ああ、ありました」
手に何やら持って戻ってくると、悟空をソファーの方へ促した。
ソファーの上にあった本を退けて2人分のスペースを作る。丁度お互いに向かい合う様に。
それを見ながら悟空は今から何をするのかと期待で胸がいっぱいになった。
「では此処に座ってください」
言われるままに腰を下ろすと、天蓬は手に持っているものを見せてくれた。
「これを使ってするんです」
「‥紐?」
天蓬の手の中にあったのは2つの赤い紐。1本の長さは丁度悟空の後ろ髪と同じ位だ。これをどうするのかと天蓬を見上げると、天蓬は「見てて下さい」と言って1本だけ手に持った。
先ずはその端同士を結び輪を作る。次に輪になった紐を手に絡ませ、指を複雑に動かしていく。指と同時に紐も複雑に絡まっていった。
その過程を悟空はじっと見詰めている。

「はい、橋の出来上がりー」
「うわーすっげ!ほんとに橋が出来てる!」
悟空が見易いように手を向けると、予想以上の反応の良さが返ってきた。
(ここまで大袈裟に喜んでくれると遣り甲斐がありますねぇ)
大きな瞳を更に真ん丸になるまで開いて、色んな方向から紐で出来た橋を見ている。それはまるで初めて本物の橋を目の当たりにしたかのように。
「こんなふうに手を使って紐で様々な形を作るのをあやとりっていうんです。他にも…」
橋を一旦崩してまた何かを形作っていく。
「ほら、蝶々ができました」
「うわーこれもすっげー!…なぁなぁ天ちゃんあやとり俺も出来る?」
「ええ勿論です。まずは簡単な箒からやってみましょうか」
「うん!やるやる!」
嬉々として悟空は残った1本を手に取った。


「出来たー!箒っ!」
「はい、よく出来ました」
不器用ながらも天蓬に所々手伝ってもらいながらなんとか作れた箒。例えそれがあやとりの初歩の初歩であろうとも、自分が何かを成し遂げたという達成感と喜びで悟空の胸はいっぱいだった。
(本当に悟空のこういう姿を見てると癒されますね)
まるで大輪の華が咲いたような満面の笑みを浮かべて、少し誇らしげに手の箒を見せてくる。もう出来たことが嬉しくて嬉しくて仕方がないのだろう。直ぐにでも彼の保護者に見せに行きたそうだ。
(こんな悟空だからこそ、金蝉も手元に置いておきたくなるんでしょうね。)
あの何事にも無関心で何時も不機嫌そうにしていた男が、悟空が居ると人が変わったようになる。時折優しい笑みまで浮かべるのだ、あの金蝉が。
そういう自分も随分と悟空に感化されているという自覚は一応ある。あの子の笑顔が見られるのなら何だってしてあげたいし、泣かせる様なら何としても元凶を排除してやるとさえ思う。
何故そこまで悟空に入れ込むのか。失いたくないからだ。あの無邪気さ、純粋さを。
この汚れた天界にいても決して失うことのないそれら。もう自分にはこれっぽっちも持ち合わせていないものだから、それを持つ悟空を羨ましく思う。また少しでもその無垢さを自分にも分けて欲しいと思う。
それに悟空まで自分たちの様にはなって欲しくないのだ。常に人を疑い、相手の言動の裏の裏まで読む。目的の為なら誰かが犠牲になってもかまわない。そんな汚れた大人に…。
だから、守りたい、この小さな存在を。全身全霊で。

「なあ、俺金蝉に見せに行ってくるな!」
「あ、じゃあ僕も行きましょう。丁度金蝉に貸したい本もある事ですし」
「なら、一緒に行こう。天ちゃん!」
言うが早いか悟空は部屋を飛び出していった。これには天蓬も慌てる。
「待って下さい、悟空!そんなに走ると転びますよ」
急いで金蝉への本を探し、もうかなり先を行っているであろう悟空を追いかけていった。







  





 
            あの子の無垢さに救われて

           
            あの子の笑顔には癒される



  
            自分には無い物を持っているあの子を

  
             僕は全力で護りぬこう




 



               太陽が消えて
 




         世界が暗闇に閉ざされることがないように―――
























漸く天蓬が追いついた時には、案の定悟空は見事に転んでいて、折角出来た箒をもう一度作る羽目になってしまったのだった。

“ほら、金蝉すっげーだろ!”

“……額から血流して言う台詞か?”