心配事 |
涼宮ハルヒの憂鬱 -- 古泉×キョン(BL・兄弟パラレル) |
げほげほ、と自分のした咳で目を覚ました俺は、ぼんやりとした頭で兄ちゃんの姿を探した。 「に…ちゃん……?」 痛む喉に無理をいわせ、掠れた声を上げると、 「ここだよ」 と声がした。 体を起こすことも出来ず、頭だけを軽く持ち上げると、居間の方から兄ちゃんが顔を見せた。 「大丈夫?」 その手には白湯を携えているらしい。 「熱はそれほどでもないみたいだけど、咳が苦しそうだね…」 心配そうに言いながら、兄ちゃんが俺の額に触れた。 ひやっとした手が気持ちよくて額をすり寄せると、兄ちゃんが小さく笑った。 「ねえ、キョン、覚えてる? まだ小さかった頃に、こんな風にして熱を出した時のこと」 兄ちゃんは楽しそうだが、俺にとってそれは、若干苦い思い出である。 ある意味、自分が成長していない証のようなもんだからな。 兄ちゃんと離れ離れになる、少し前の頃だ。 年は俺が4歳くらいだったか? 両親の不仲をかすかながらに感じていた俺にとっては、兄ちゃんとの繋がりがとても大切なものに思え、兄ちゃんと離されるとぐずるような、少しばかり困った子供だった。 その日、俺は兄ちゃんとふたりで留守番をしていた。 日曜日だから保育園に行かされることもなく、年の割にしっかりしていた兄ちゃんの監督の下、家で遊んでいたのだ。 そのことは別に特筆するほどのものでもない。 ただ、問題だったのは、俺が少し体調を崩していたことだ。 熱があるというほどでもなかったのだが、頭がぼうっとして、少し体がふらついていた。 それでも兄ちゃんと一日中一緒にいられるのが嬉しくて、それを言い出さないでいると、おもちゃの電車の線路を繋いでいた兄ちゃんが、その手を止めて俺の顔をのぞきこんだ。 「顔が赤くなってない?」 「べつに」 「……本当に?」 「うん」 はっきり頷いてやると、少し頭がくらくらしたが、そんなことはどうでもよかった。 ただ、兄ちゃんともっと遊びたくてしょうがなかったんだ。 ところが、そうして無理をしたのがまずかったんだろうな。 一時間と経たないうちに、俺はそのまま床に突っ伏して倒れちまった。 「だ、大丈夫?」 慌てる兄ちゃんに頷きはするのだが、体に力が入らない。 体が熱くて、関節が痛い。 息が苦しい。 喉も痛くなり始めている気がする。 「にぃ、ちゃん…」 焦点の定まらない目で見つめても、兄ちゃんが慌てていることが分かった。 そのまま俺は目を閉じ、 「ど、どうしよう…」 兄ちゃんの、途方に暮れた声を聞きながら、意識を手放した。 次にベッドで目を覚ました時に聞こえてきたのは、母親が兄ちゃんを咎めている声だった。 「一樹がついてたのに何やってるの」 単純に怒っているだけなのか、それとも俺を心配するためなのか分からないものの、母親の声は熱のある頭にも痛かった。 だがそれ以上に、 「ごめんなさい…」 今にも泣き出しそうな兄ちゃんの声が堪えた。 俺は体の節々が痛むのも構わず起き上がると、声の聞こえてきた廊下の方へと向かった。 「もう起きたの?」 驚く母親には答えず、俺は兄ちゃんに抱きついた。 ぼろぼろ泣きながら、 「にいちゃんは、悪くないの…っ」 うまく回らない舌で、しゃくり上げながら発した言葉は不明瞭でどうしようもなかったが、ちゃんと通じたらしい。 兄ちゃんにぎゅっと抱きしめ返される。 「ありがと。でも、やっぱり僕が…」 「悪くないっ、だ、から、にいちゃん、…なか、ないで…」 泣きながら言うのもどうなんだと思うような言葉を言った俺に、兄ちゃんは涙の滲みかけた目を細めて、笑みを作って見せてくれた。 「大丈夫だよ。……ありがとう」 その笑みを見て安心した俺はそのまま再び昏倒し、悪化した風邪で数日間寝込む破目になったのだが、その間中兄ちゃんが付きっ切りで看病してくれたことが嬉しかった。 今俺の目の前にいる兄ちゃんは微笑ましげに笑っている。 笑っては、いるのだが……同時に、怒ってもいるらしい。 風邪を引いているくせに寒い中薄着でのこのこと遊びに来た馬鹿者に対して。 その馬鹿者は更に言うなら風邪を引いていることを兄ちゃんに白状しないまま兄ちゃんを押し倒した大馬鹿者でもある。 兄ちゃんは深いため息を吐くと、 「全く……いくつになってもキョンは困った子だね」 と軽く眉を寄せながら呟いた。 「ご、ごめんなさい…」 反射的に謝ると、 「…今度あったら許さないよ?」 「流石に学習した。だから、その……」 俺はもごもごと口ごもりながら、上目遣いに兄ちゃんを見た。 「…嫌いに、ならないで」 「……なるわけないだろ」 そう笑いながら兄ちゃんは俺の額に軽くキスをして、 「こんなに可愛いのに」 と俺を抱きしめた。 くすぐったいそれが無性に嬉しくて、やっぱり俺はだめな方向に学習能力を働かせてしまうのかもしれないと思った。 風邪を引いて寝込めば、兄ちゃんが側にいてくれるということだけを覚えて、そうしている可能性は否定しきれないからな。 そうと知ったら、今度こそ兄ちゃんに呆れられるだろう。 だから俺はそれを隠しておくことに決め、とりあえず今は兄ちゃんに甘えることにしたのだった。 |