サイファーとリノアとスコール サイファー・アルマシーの保護命令が学園長直々にスコールへと下ったのはつい最近のことだった。わざわざ探す必要もなくサイファー・アルマシーは日々飽きもせず、F.H.で釣りを楽しんでいるようだったし、今のところ特にガーデンや世界の脅威にはなることもない。彼に付き従っているのはガルバディアガーデンではなく風神雷神の二名のみだったからいざとなれば自分たちでどうにかできるとスコールは思っていたし、スコールがそのように考えていることはガーデンにとっては周知の事実であったはずだ。 それをなぜいまさらになって俺に奴の保護命令なぞ出すのか、スコールがいやそうに顔をゆがめると学園長は「それが私しか指揮官に命令できる人間がいなかったので」と飄々と笑った。そういうことを聞いているわけではなかったが笑顔を絶やさない学園長にスコールは言葉を飲み込んだ。ガルバディアガーデンとの戦闘中に押し付けられた委員長という肩書きはいつの間にか指揮官へと変化し、どうやらそれは国際社会から広く認められる立場と相成っていたらしい。 「…それで、何故『保護』を?」 「ええ、本当は『保護』ではないのです。ですが、他に該当する言葉が存在しなくてですね…。そうですね、スコール、」 「はい。」 煮え切らない。しばらく言葉を捜すように視線を宙にさまよわせた学園長は、微笑んで育て子を見た。 「つまり、彼らがガーデンの風紀委員だから、では理由になりませんか?」 駄目でしょうかねえ、なんて困ったように呟いた学園長にスコールはそういえば彼らはガーデンの生徒だったと学籍がこのまま残っているデータバンクの存在を思い出した。退学願いはでていませんからとずっとそのままに放置されていたものだ。 「…命令ならば。」 SeeDにとっての絶対を呟けば、そうですかと学園長はうれしそうに笑ってではお願いしますねとスコールの肩を叩いた。 スコールが学園長の命令に眉を顰めていたころ、サイファーは突然の来客に大げさに顔を顰めていた。かつて戦場をともに駆けたハイペリオンの代わりに釣竿を持ち、さて今日ものんびり釣りでもしようかね、と大凡若者らしくないことを考えながら、いつものように定位置に座り込んでいる老人に片手を上げて挨拶し風神雷神を振り返った瞬間、白く細い指がサイファーの眉間に突き刺さったのである。敗れたとはいえ魔女の騎士(仮)の地位にあったサイファーの背後を取れる人間は世界でも数少ない。そんな人間の中である意味、最も性質の悪い人物の姿を確認して、サイファーは大げさに顔を顰めたのだった。また厄介な奴が、サイファーは思ったが賢明にもそれを口にすることはなかった。 「ハローダーリンお久しぶり。元気?」 「てめぇのダーリンとやらになった覚えはねえ。見ての通りだよ。」 それはよかった、満足げに笑うリノアはサイファーの眉間から指を離し、ところで話があるんだけど、と普通の少女のように首を傾げてみせた。勿論断ったりしないわよね、無言の圧力にサイファーは好きにしろと投げやりにため息をついてコンクリートの上に座り込むと、海に向かって釣り糸を垂らした。サイファーの隣に座り、海に向かって足をぷらぷらさせながらリノアは実は、と呟く。 「今日、ここにスコールが来るの。」 一瞬何を言ったのか意味を掴み損ねたサイファーは、隣に座るリノアを見下ろす。水平線の向こうをいとおしげに見るリノアに、サイファーはああそういえばこいつは魔女だったなと当然のことを今更のように思い出していた。 「…だから?」 「理由、分からないの?」 分かるわけがない。あの戦争で、スコールとサイファーの道は違えてしまった。スコール、久々に意識した名に、サイファーは小さく笑みを浮かべた。ああ、困った。 「サイファー、スコール好きでしょ。」 遠くを見ながら言うリノアに、そういうお前はどうなんだよとサイファーは思った。あの戦争で、あいつがああまでして戦ったのはこいつのためだったはずだ。微妙な顔をしたサイファーの顔に噴出して、リノアは凪いだ表情で笑った。 「私も、スコールが好きよ。当たり前じゃない。…でも、スコールの好きと私の好きは交わらないの。」 でもって、それが正解。と、存外にはっきりとした口調でリノアは言ってのけた。正解、とはどういうことだろう。サイファーはしばらく黙り込んで浮きを見ながら考えてみたが、当然答えが分かるはずなどなかった。 「…それで、あいつがどうしてここに来るって?」 「サイファーをガーデンに連れ戻しに。」 「はあ?」 たちまち、眉をひそめてサイファーはリノアを見た。いまさら?裁判にでもかけられるのかと首を傾げたサイファーに、リノアは呆れたようにため息をつく。何だその反応は。 「スコールのこと散々鈍いだとか天然だとか言ってるけど、私、サイファーもなかなかだと思うわ。」 「オマエは喧嘩を売りに来たのか忠告しに来たのかはっきりしろ。」 「あら、もちろん忠告しにきたのよ、ちゅーこく!こんなところでスコールとサイファーだけを会わせるなんてそんなこと、私が、させるわけないじゃない!」 つまりオマエは俺を信用してないんだな。むしろ攻撃を仕掛けてくるのはスコールのほうだと思うんだが。いくつか言葉を飲み込んで、サイファーはため息をついた。 まあ何にせよ事前に知らせてもらったおかげで多少、ショックの緩和にはなっただろう。前向きに考えることにして、サイファーはそりゃどうもと脱力したまま呟いた。 「それで、どうするの?」 サイファーが逃げたいって言うなら二度とスコールに近づけないように私が手配してあげる、とはリノアの言である。まるで指名手配犯に対するセリフだ。あながち間違ってはないないが。 「逃げねえよ。」 微笑んだサイファーに、リノアは助かるわと嫣然たる笑みを浮かべた。 「だって、スコール。」 振り返った先には、眉間に深くしわを刻み込んだスコールのしかめっ面があった。 「そうなら話は早い。帰るぞ、サイファー。」 「俺は犬か。」 「それはさすがに犬に失礼だろう。」 まじめに返すスコールに、無意識でサイファーの手はハイペリオンを探した。 F.H.では武器の使用は認められない。ライオンハートを片手に持ったスコールは、ならいいだろうと呟いてライオンハートを持つ手とは逆の手に持っていたケースをサイファーに放り投げた。 ケースの中には、黒く輝くサイファーの相棒が収められている。 「ハイペリオンは俺が預かっていた。あんたに文句をつけられるような状態ではないはずだ。」 「…オマエが?」 スコールはガンブレードに対して、一種のプライドのようなものを持っている。サイファーは、それをよく知っている。綺麗に磨かれ、油がさされ太陽の光を反射して、ハイペリオンは輝く。 「それとも、あんたの腕は鈍ったのか。」 「っば、きまっ、」 リノアはサイファーの背中を勢い良く叩きサイファーの言葉を遮らせた。 何すんだといきり立ったサイファーに、リノアは晴れやかに笑ってスコールの腕を掴む。少女のような晴れやかな笑みに、サイファーの口元が引きつった。 「…とりあえず、戻りゃいいんだろ。」 「そうだな。」 ケースを持ち上げ立ち上がったサイファーに、スコールは目元を緩めて頷いた。 「ああ、それと、おかえりサイファー。」 ガーデンに戻れば嫌でも言われるだろうから、人が少ないうちに言っておく、と分かりづらい理論を展開するスコールにああそうかいとサイファーがとりあえず頷くと、リノアとスコールが示し合わせたように柔らかく微笑んだ。 時は語る
ところで、どうしてリノアがここに? んー、久しぶりにスコールに会いたかったから、かな? …ありがとう? 俺も会いたかった。 (…何だ、俺はここに居ない方が良いのか。) |