愛情の欠片 / オリジナル 女性向
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その日、樋川一葉の家に新しい住人がやってきた。
「何で猫?」
前に俺が何か飼ったら?と云った時にはそんな金はないと嫌そうな顔をしたくせに。小さい身体の猫は―子猫って云ったほうが正しいだろうな―一葉の側で丸まっている。
「安吾がくれた。」
「安吾が?」
「うん。実家で飼ってる猫がたくさん産んだからって。」
「ふーん。」
一葉と俺とついでに安吾は全員同じ大学の3年だ。といっても安吾は工学部だから、法文学部の俺と一葉とは滅多にあわない。
安吾と一葉は同郷の出だ。俺は、生まれてこの方この地以外の場所で生活したことがない。アパート住まいの二人はあんまり金が無くて、バイト尽くしの一葉と一緒にいられる時間はあんまり無い。
「レイ、」
「その猫、レイって云う名前?」
「廉二のレにイチハのイ。」
廉二っていうのは俺の名前。ああ、そうそう一葉はイチハって呼ぶ。こんな可愛らしい名前をしといて、こいつは185センチでガタイもそれなりにいい奴だ。顔は普通だけど、こいつの楽しそうな顔が俺は大好きだ。
ちなみに命名はお袋さんらしい。樋口一葉から取ったんだってさ。樋口一葉は女性なんだが、彼女の作品が大好きなお袋さんはどうしても譲れなかったんだって。
初めて会った時はそれこそギャップに驚いたけど。
「餌とかどーすんの?」
「安吾が分けてくれるってさ。あいつのお袋さんが仕送り金ちょっとだけ増やしてらしいぜ。」
「へえ、猫のためにね。」
「おばさん、猫好きだかんな。」
生まれてそんなにも経っていないだろう子猫は、一葉の手の中で丸まっている。一葉は、ちょっと無表情だが楽しいんだって事は分かる。伊達に2年もつきあってるわけじゃない。
「イチハ、もう飯食べたか?」
「あ、まかないで食った。廉二はまだだろ。俺、作るから座ってろよ」
実はもう食べてんだけど、一葉の作る飯はうまいからお言葉に甘えて台所に向かう。でも、新しい住人が増えるってのは良い事だ。
以前、一葉が俺を引きとめ続けた前例があるからな。付き合い始めたばっかの頃で、毎日ヤられるわ家には帰れねえわ、あんまり思い出したくない思い出だ。
俺は一葉と俺が入ると狭く見えるこの台所が好きだ。そりゃ、180越えした男が二人もいるとむさ苦しいんだけど、一葉の背中を眺められるこの位置が俺は大好きだ。
子猫―レイだったっけ―の鳴き声が背後で聞こえて、なんだかいいなあなんて、俺はその時和やかに感じたものだった。
甘かった。猫の力は絶大だった。
一葉が猫にはまるのは直ぐだった。
「廉二、来たんだ。」
来たんだって、オイ。行くってこの間云ったじゃねえか。大体、その行くことになったのも一葉がレイが弱ってて離れられないからという理由でダメになった地元の祭りの埋め合わせだ。
その時は、俺は友達といって(楽しかったけどな!)お土産を理由に一葉のアパートを訪ねたら、一人と一匹は丸くなって眠っていた。
(これだっていきなり行ったんじゃなくて1時間ぐらい前にちゃんと連絡入れてたんだぞ!)
レイが来るまでは、俺にベタベタ引っ付いてきてたくせに。
「レイ、随分大きくなったろ。」
一葉に喉を掻いてもらって気持ちいいのか、レイはゴロゴロと喉を鳴らしている。そりゃかわいい。可愛いけどよ。
一葉が俺を邪険にしているわけじゃない。ないけど、愛情が半分猫にとられたって感じ。
「イチハ、」
「ん?」
「しようぜ。」
「どしたんだよ。そんな切羽詰って。」
前なら、こう云ったらすぐに食いついてきたくせに。いいから、と強引に隣の部屋にあるベッドに押し倒して唇を押し付ける。直ぐに反転させられてイチハが覆い被さってくる。襖の陰になって台所の電気の光はあまり届かない。
そういや、前にヤったの、何時だったっけ?
「っつ・・・イチハ、イチ」
一葉の舌が俺の身体を這って俺の気を紛らわそうとする。ヤるのも久しぶりだったけど、挿れられるのも久しぶりであんまりの質量に俺は泣き出しそうだった。前の時はかきっこだけだったし。おまけに対面座位だから圧迫感が尋常じゃない。
「レン、大丈夫か?」
「ん、」
「・・・っひぇ!」
一葉の可愛らしい声に俺はちょっとだけ身体を起こした。一葉の頬が赤く染まっていて、そういやそんな顔を初めて見たなあと思った。いつも暗くしているし、俺も目を瞑ってばっかりだったもんな。
「どしたの、」
「・・・レイが。レイ、退けって」
俺の位置からは見えないが、どうやら一葉の背中に身体をくっつけているらしい。尻尾が触れる度に一葉はこしょばそうな、感じているような表情をする。
「イチってば。」
「ごめ、ちょい待ってな。」
俺の身体を支えていた両手を離して、レイを背中からどかそうとする。圧迫感が酷くなったけど、俺は堪えた。
「レイ!」
「いってぇ!」
「レン?どうした?」
「こいつ、俺に爪立てた。」
一葉の背中に回っていた俺の左足からは多分血が出ている。うにゃあ、と甘える声がして、思わず「捨てろ!」と云いたくなってしまった。
俺の言葉を奪い去るように一葉が「レイ!」と厳しい声で叱ったから、溜飲が下がった。にゃあ、と気分を害した様子でレイは鳴いて、ベッドを降りて行った。
「イチハ、」
「レン、どっちの足?」
「左だけど・・・」
ペニスを抜かれて、思わず喉が引きつったがそのままベッドに倒される。左足を掲げられ、血の出ている足の甲や指先を一葉が嬲った。
「イチハ、」
「痛いんだろ」
一葉の上気した顔に思わず感じてしまう。一葉はかっこいいけど、時々すごく可愛い。俺の一物が反応したことに気づいた一葉が顔を上げた。
嗚呼、可愛いなあ。
「続きな。」
覆い被さるように唇を奪って一葉の身体に手を這わせる。一葉の掌も俺の身体の上を這い出す。嗚呼、好きだなあ可愛いなあなんて思ってると、か細い声でにゃあという鳴き声が聞こえた。
悪ぃな。
こいつは俺のもんなんだよ。
「イチ、愛してる。」
「俺も愛してるよ」
この座は渡さねえぞ。
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