憎し、我が友よ / 戦国創作 豊臣子飼
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「本当に仕事が出来ない奴だな」
「お前と俺とじゃ分野が違うんじゃ。力仕事の出来んもやしが。」
「年上には従うんじゃろ。」
佐吉の後ろにぴたりとついている市松を見つけて、紀之介は思わず「あれ、」と気の抜けた声を出してしまった。どうやら佐吉は書き物をしており、市松がその手伝いをしているようだった。
佐吉と市松の仲は壊滅的に悪い。
顔を合わせば罵詈雑言の浴びせあい、酷い時には取っ組み合い――気の強い二人だから誰かが止めるまで続ける。
初めはどうにかして仲を良くしようと藤吉郎夫妻を初め、多くの者が二人を叱り宥めてきたがどうあっても良くならない仲に皆、諦めていた。そのため、二人組で仕事をさせる時には絶対に組ませる事は無くなった。大体、二人の分野は違うから元から組ませる事も無かった。自然、佐吉は紀之介や虎之助、市松は孫六か虎之助の組み合わせが多くなった。
「なにあれ。」と紀之介は隣を歩いていた孫六に訊ねる。
二人を見た孫六は、あれはと興味の無さそうな声音で答えた。
「昨日、俺が市松と喧嘩してて、佐吉がちょっと遅れてそこにやってきて、その時に市松が年下は年上に従うべきじゃって云った。そんで、佐吉がそれならお前も俺に従うべきじゃって、」
珍しく市松が丸め込まれてしまったのだという。というよりは、普段は佐吉が強引に言葉で市松をやりこめる前に誰かが止めに来るか、市松が切れて佐吉に殴りかかるかのどちらかだった。
だが、そこにいたのは佐吉と市松、そして市松と喧嘩をしていた孫六の三人だけで二対一となった市松が口で勝てるはずも無かった。
「佐吉も嫌だろうによくやるな。」
「あれでも譲歩しとるでやぁ。」
「於虎、もう仕事は終わったのかい」
「んーん、休憩してきていいって。だから様子見に来たんじゃ。」
ひょこっと現れた虎之助に驚くことなく二人は話を続ける。どうやら、虎之助も二人のちぐはぐさについて知っているらしい。それもそうか、と紀之介は思った。虎之助は市松とも佐吉とも組んで行動をするから情報は自然に入ってくるのだろう。
「それにしても年齢なんか気にしない市松にしては珍しい事云ったんだな」
「俺と喧嘩するちょっと前に、孫六と虎之助よりも年上なのに動けない奴だって馬鹿にされたんじゃって後から云おったわい。」
「・・・誰が云うたんじゃ」
「於虎に云うたところでどうにもならん。」
くそ、と顔を歪める虎之助と、心なしか眉を寄せる孫六に紀之介は呆気にとられた。
「どういう事なんじゃ?よく分からんぞ」
「ああ、紀之介は知らんが。市松の前ではごくつぶしとか使えんとか云うたらあかんぞ。」
「市松が怒るんか?」
「於虎、ちゃんと云わんと分からんじゃろ。」
孫六の言葉にそれもそうじゃな、と於虎は市松を見ながら口を開いた。そこには、拳を握り締め今にも爆発寸前の市松とそれを受け流す佐吉の姿があった。
紀之介がまだおらんで、孫六が小姓になってそんなに経ってない頃じゃったと思う。市松が桶屋の倅で、そん時から凶暴で大人一人殺した事すらあるんじゃって噂は紀之介も知っとるじゃろ。まあ、全部事実じゃけえど。
初めの頃は、市松と佐吉が一緒に行動することもあったんじゃ。
寧様もどうにかしようっちゃ思っとったからの。そんで、その頃はまだお互い譲りあっとった部分もあってな。何より、佐吉はともかく市松は此処を出されたら行く所なんかないけぇ。佐吉じゃって、小姓では先輩に当たるから辛抱強く教えよったんじゃ。
そんで、確か四人で蔵掃除しよった時かな。市松がすごい高価な壷を割ったんじゃ。そん時には佐吉は市松に耐えれんようになっとったし、市松もおんなじようなもんじゃな。市松は―謝ろうとはしとったんじゃけど―慌てとったんじゃな、思わず振り回した腕でまた―これはそう高いもんじゃなかったはずじゃ―花瓶を落としてしまって。
怒った佐吉と云い合いになったんじゃ。最初は、市松も謝っとったんじゃが佐吉は云い方がきついからの。切れて佐吉に突っかかってったんじゃ――
虎之助は、そこで口を噤んだが直ぐに言葉をつむぎ出した。
佐吉がな、お前なんか何処に行っても役に立たない、ごくつぶしじゃって云うたんじゃ。その時には蔵の外に出とったんじゃけど、あん時なぁ日が強くて暑くて、市松が掴みかかろうとするもんじゃけぇ孫六は佐吉を抑えとって、俺は市松を抑えとったんじゃ。
あっついなあ、って思ったんを覚えとる。市松の身体から汗出とってべとべとするなあって、そう思って――おかしいなって思ったんじゃ。俺の腕にぼたぼたなんか落ちてきよるから、雨かなって。
市松が身体震わせて泣いとった。
あいつ、凶暴で近所でも評判悪くてな、それでおっかぁが皆からいろいろ云われるわ、仕事もしまくっとってで身体壊したんじゃって。おっとぅが丁度怪我して動けん時でぇな。
近所の奴にごくつぶしって――お前がいたら誰も幸せにならんって。云われた時はなんも思わんかったようじゃけど佐吉の言葉で、うんまあ紀之介じゃったら分かるじゃろ。市松もあんまり詳しゅうは云わんかったが。
「じゃけえ、紀之介も云わんでぇ。あん時、市松が一時だけじゃけど拗ねるっちゅうか凶暴っちゅうか手のつけられん状態になって面倒やったでぇな。」
「・・・分かった。」
「於虎、秀長様が呼んどるぞ」
あ、と云って於虎は走り出す。
残された二人は、手を動かしながら漫才のようなことを繰り返す佐吉と市松を眺める。
「まあ、市松の事は分かった。誰にでも人には触れられたくないところはあるじゃろ。じゃが、虎は市松を気にかけすぎで。」
紀之介の言葉に孫六は肩をすくめる。
「それこそ人には触れられたくないことなんじゃろ、於虎にとっちゃ。」
今回の見る者を冷や冷やとさせるような組み合わせは、市松が切れた事で終わったという。
佐吉ももう云わんじゃろうけど、二人の関係が修復されるんも難しいじゃろうな――そう呟いた於虎の言葉に紀之介も孫六も深く頷いたのだった。
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