きれいごとだけでは / ヘタリア 北欧

あの頃は、本当に若くて何も分かっていなくて、それでいて全てに一生懸命だったんだ。








きれいごとだけでは









「あれ、デンマークさんじゃないですか。」
「おおー久しぶりだな、フィン。」
「今日はどうしたんですか?」
来客がある時は、スウェーデンから必ず連絡が入るはずだった。今日は確か、ノルウェーが来ると聞いていた。
フィンランドに用があるならそう告げるだろう、それがないという事は彼はスウェーデンに会いに来たのだろう。急な用だったのかな、とフィンランドはソファに座っている男を見ながら思う。こんなにも親しげにデンマークがこの場所で寛ぐのは何時ぶりのことだろうか。
デンマークはともかく、スウェーデンは近寄ることを良しとしなかったから―率直に云ってしまえば嫌っていたから―お互いの家に行く用があっても、いつも近寄りがたい雰囲気がそこにはあった。
「本当はノルがスーに用があったんだが俺ンちに泊まってるときに俺のせいで怪我しちまってな。だから代行。」
「そうだったんですか。」
「俺も関係する事だったから、一応差し障りはないかなと思って。あいつは、嫌そうだったけどな」
アハハ、と笑うその姿に皮肉るところは見えない。そして、人の嫌がることをさほど苦痛とせずに遂行出来るあたりやはり性格は変わらないのだとフィンランドは感じた。
でも、真に傷つけるような事はしなくなった――痛めつけて反抗の出来ないように、残酷なまでに己が絶対権力だと刻み付けるような事は。
(俺自身は、されたことはなかったけど)
スウェーデンの属国扱いだったあの当時、デンマークはさほどフィンランドに興味を示さなかった。スウェーデンはデンマーク同じ本館と共に住んでいたが、フィンランドは別館に住んでいた。
本館に部屋が足りなかったと云えばそうなのだろうが、やはり彼には興味が無かったのだろう。
「ん、」
書斎から出てきたスウェーデンはデンマークに書類を突き出す。パラパラと捲りながらデンマークは礼を云った。
「ノルは、大丈夫が?」
「今朝は大丈夫そうだった。ふくらはぎを切っちまったから出歩くのは控えるって云ってた」
「そうか。」
「連絡入れずに来ちまって悪かったな。じゃ。」
自動車に乗り込んで、ちらりと二人を見たデンマークは軽く手を振ってそのまま反応など気にしてないのか運転手に行くように云ったようだった。
「スーさん、」
「ん?」
「・・・いえ、何でもないです。早く中に入りましょう。身体が冷えますから。」
「ああ。」
何を思ってるか、なんて聞けるはずもない。
自分たちにも―存在を抹消したくなるほどの―喧嘩はあったのだ。どう思っているかなど聞くべきことではない。
(一度はぶつからなきゃ、芯から嫌わなきゃ相手のことを理解できないなんてなんて難しいんだろう――)
それしか方法をしらなかったとも云えるのかもしれなかった。


「デンマークは遅いな」
「そだな。」
デンマークは用事があるといって食事をしておくように二人に云い置いた。スウェーデンがフィンランドも、というと勝手にしろとどうでも良さそうな返事を返していた。
デンマークとフィンランドが同じ席で食事をする事は滅多になかった。スウェーデンの属国だからだろう、嫌ってはいないが構うべき存在とも思っていなかった。フィンランドを本館で見かけた時は誘っても、そうではない時は声を掛けることはなかった。
この頃、スウェーデンとデンマークの仲は悪化していた。マルグレーテが亡くなってからは更に悪化したようにさえ思える。ノルウェーが比較的おとなしいせいか、デンマークはこの頃ノルウェーばかりを構うようになったが刺すような視線をスウェーデンに向けることは少なくない。
それも、今日で終わるだろうとノルウェーもフィンランドも思っていた。デンマークが赴いたのは、スウェーデンにあるストックホルムだ。スウェーデンの幹部とデンマークのみで会合が開かれる。
フィンランドはちらりとスウェーデンを見たが、彼はいつもと変わりがないように思えた。デンマークは彼のそういったところを好み、そして憎んでいた。
フィンランドがスープを飲み終えたその時、ガチャリとドアが開く音がして全員が振り向いた。デンマークが帰ってきたのだろう、とフィンランドは検討をつけノルウェーと共に玄関に向かった。
「おかえ・・・ダン!」
「どうしたんですか、どこか怪我でも!」
彼のスーツは血にまみれていた、いやスーツだけではない頭から被ったかのように血に濡れていた。雫こそ落ちていなかったが、怪我をしているならひどいものだった。
「怪我は腕だけだな。」
「どうして、こんな」
「だって、俺に従わないんだもん。」
「・・・ダン?」
「デンマーク、」と声が聞こえてフィンランドは振り向いた。二人の声が聞こえたのだろう。スウェーデンは血の気がひいて白い顔が更に白くなっていた。
「安心しろよ。お前のとこの奴ら、血祭りにあげといたから。」
「・・・なっ」
「前から気に喰わなかったんだよなあ。お前も、あいつらも。自己主張ばっかり激しくて何にも分かっちゃいない癖に」
「何を、したん、ですか?」
フィンランドは自分の口からついて出た言葉に驚いていた。デンマークは興奮していた。逆なでるような行為は控えるべきだというのに。
だが、デンマークは薄く笑って云った。彼は、至極冷静だった。
「云ったろ?皆殺した、信じられないならストックホルムに行けばいい。一面血の海だぜ?流石にあんな場面は今まで見たことなかったなぁ」
「・・・っ!ダメです、スーさん!」
殴りかかろうとするスウェーデンに抱きつくが、体格差のせいで彼の腕はデンマークに向かって伸びた。
「なあ、俺だってあんなこたぁしたくないし、したくなかったんだよ。自分から奴隷を無くすような真似はさ」
でも、とスウェーデンの拳を受け止めたデンマークは云う。
「お前が云うことを聞かないから。」

何時だって犠牲になるのは自分以外の誰かだ。国は死なない、どんなに傷ついても。滅亡の日までは。

フィンランドは初めてデンマークが恐いと感じた。無愛想だが、笑うときは何にも縛られない自由な瞳をしていた。スウェーデンに折檻をしているといっても、酷い跡は滅多に見られなかったからデンマークは言葉ではそう云っても本当は大切で仕方ないのだと、そう思っていた。
(その思いは、時に簡単に人を傷つける――)


今ならそうだと分かるのにあの頃は本当に若くて、傷つける方法でしか自分たちを満たす方法を知らなかった。
(でも、傷つけなきゃ理解できない事だってあるから、)
「許してもらおうとは思わない。だけど、やっぱり許して欲しいんだよな、出来るならさ」
自分勝手だよな、とデンマークは云っていた。
水に流すことなど出来ないのだ、どんなに時が過ぎても。
「だから、せめて俺が話しかけた時ぐらいは応えて欲しい。他でどんなに俺の事悪く云ったって、嫌ってたっていいから」
そんな時期は過ぎましたよ、と泣きそうな顔をしていたその当時のデンマークに教えてあげたい。あの人はもう怒ってない、と。
(でも、今のデンマークさんはきっと分かってる)
あの頃、本当に若くて何も分かっていなくて、それでいて全てに一生懸命だった。
今は、分かったふりをして本当は分かっちゃいないのだろうか。一生懸命なふりをして手を抜いてはいないだろうか。
伝えたいことを心の奥にしまっていないだろうか。
「フィンランド?」
スウェーデンが眉を寄せてフィンランドを見ている。相変わらずその顔は恐いが彼が心配していることが良く分かる。
「何でもないです!さあ、お昼にしましょうよ」
「ん、」
窓の外では、相変わらず雪が降っている。何百年も昔から、見慣れた景色だった。