つまらないことだけど / オリジナル

それは君たちからしたらきっと些細でつまらないこと。
だけど、俺は知りたい。小さい世界で生きるだけが全てじゃないと知りたい。それはどんなに偉い人間だって止められない衝動だ。








つまらないことだけど










俺の側にはいつも高弥がいた。彼には彼の事情があるだろうに、俺が困っていると何でもない顔つきで手を差し伸べてくれていた。そんな高弥に刺激を受けたせいか、俺は、いつだって高弥と同じ学校に行っていた。
俺は区分的に云うと全盲者ということになる。実際には、今のところ視力は0.03はあるし視界も随分と狭いけど見える。世界はモノクロ(高弥に聞いたらそう云ったからそうなんだろう。僕の世界は一色しかないからよく分らない)にしか見えないけど。先天的なものだから薬は飲んではいるけど治る見込みはないし(進行を遅めるくらいだ)この先落ちていくのだろう。生まれた時は、もう少しあったらしい視力は高校に入学してから0.01ほど落ちた。
盲学校に行かなかったのは高弥と一緒にいたかったわけではなく、俺が挑戦したかったからだ。この不便な世界に飛び込みたかったから。だって、悔しいだろう?視力が低いだけで差別されるなんて。俺は同じくらい勉強が出来るんだって見せてやりたかった。お陰で視力は落ちてしまったけど。
高弥の話を少しだけしておきたい。彼は、俺の幼馴染にあたる。家は2件隣で間に挟まれた家庭には子供がいないらしく俺達をよく呼んでくれた。それがキッカケで出会った。そうじゃなきゃ、高弥とは一生縁がなかったかもしれない。俺には父親がいない。5歳の時に交通事故で死んだそうだ。女一人で子供を育てるのは大変だっただろう。母はとてもいい人だけど、時々閉鎖的になる。だって、俺を産まなければあの人には障害者なんて関わりのない人達だっただろうから。それでも、俺にたくさんのことを教えてくれ、与えてくれた人だ。
高弥は、俺に色を教えてくれた。明暗はあっても、全て一色だから区別はできないけれど、彼は世界は色で溢れているといった。しかも、最近ではひとつの色でも薄かったり濃かったりと判別できないくらい多くの色が溢れているそうだ。でも、高弥は基本的な色だけ知ってれば世の中生きていけると豪語した。物が溢れるようにこの時代は色も溢れすぎているって。高弥はそう云った。
「空と海は同じ色をしてるんだ。どうしてか分かるか?」
「いろんな物質が凝縮してるからじゃないの?なんかに書いてあったけど」
「そうだよ、凝縮しているんだ。空と海は青色だけど青色っていうのは何もかもを凝縮した色なんだ。」
それでも、青色についてまだ分からなくて「もっと分かりやすく云ってほしい」と云った。高弥は「冷たい色。白よりは温かいけど冷たい。でも、芯から冷えるような感じじゃなくて、ほら天気のいい日にひなたぼっこすると温かいだろ?ああいう感じ。」と楽しそうに云った。時に面倒くさそうな、時に楽しそうに高弥は話す。少しばかり見上げなくては視線は合わないけど、それでも俺は高弥の顔を見れる。それはとても嬉しいことだった。
中学の頃は、高弥は部活動はしていなかった。俺は水泳部に入っていた。いつもではないけれど、高弥は気まぐれに俺を待っていた。高校では高弥もソフトボール部に所属するようになったし、彼女もいたから二人で帰ることはあまりなくなったけれど、変わらない高弥に甘えていた。
一度、誰かが高弥が頼られ過ぎていて可哀想だと云ってきたことがある。高弥の彼女だったと思う。俺は、そんなことしか云えない彼女を持った高弥に同情した。俺が嫌いなら、俺が障害者だから面倒なら高弥はとっくに離れていたはずだ。高弥はそういう人間だ。そういう人間だと分かってもらえない高弥が可哀想だった。俺はそのことを決して高弥には告げなかったが、何故か高弥は知っていた。暫くして二人は別れて、高弥はそれ以降彼女を作らなかった。高弥の肌の色を俺は知らないけれど、奇麗な造りをした顔だと思う。だからなのか、高弥を好きだという女の子を何人か知っていたけど高弥は興味を示さなかった。
高弥の彼女から云われたことは気にしたことはなかった。でも、俺は自分自身が頼り過ぎかどうか分からなかった。高弥が迷惑じゃないことは知っている、でも頼り過ぎだというのなら直したい。いつだって、高弥や誰かが側にいるわけじゃないんだから。俺も人間だから、一人で立ちたいんだ。

高校最後の年、俺と高弥は隣の県まで赴いてお祭りに行った。それなりに大規模なお祭りなことは知っていたけど、何度も飽きずに屋台を見て行った。
「未崎、」と高弥は云った。
未崎とは俺の名前だ。因みに苗字は山中、山中未崎っていう。
「なに、」
「お前、進路どうなったの。俺は、推薦で入れたけどお前は一般だろ?こんな遊んでていいの?」
「俺、一緒のとこ行かないことにした。」
「どこにいくの、」
「盲学校に、行く。」
高弥は、どうしてと云った。真正面を向いてなんて云えなかったから、今日まで一切話さなかったけどやっぱり怖いな。言葉にすると本当に実感する。俺は、高弥から初めて離れるんだって。
「治療院で働きたいから。針とかマッサージが出来るように資格を取りに行くんだよ。」
「あれって、資格いるんだ。」
「当り前だよ。三年間みっちりやって、国家試験受けるんだ。」
「じゃあ、俺、練習台に使ってやってよ。」
「・・・怒んねぇの?」
何を、と高弥は不思議そうな顔をした。昨日まで同じ大学に行くはずだったのに、受験先を変えたことも受験に受かったことも云わなかったのに。
俺なら絶対に怒る。なんで、秘密にするんだって。
「未崎は気づいてないかもしんないけど、一つでも達成しないと俺に云わないじゃん。おっちゃん、それ二つちょーだい」
屋台のおっちゃんの「あいよ!」という威勢のいい声と共に、きつねの仮面が高弥に渡される。300円がおっちゃんの手に落ちるのが見えた。
「だから、様子がおかしいのは知ってたけど、何か云いだすまでは黙ってようって。」
「・・・そっか。」
「緊張した?」
「当たり前じゃん。最悪殴られるの覚悟してたっつーのに」
「未崎は俺のこと信じてねーなぁ。何年一緒にいると思ってんだよ」
12,3年も一緒にいるのに、俺も高弥の彼女と変わりないみたいだ。はあ、とため息をつくと高弥がきつねの仮面を手渡してきた。
「じゃあ、もう一つ教えてあげようか」
「ん?」
「俺、ホモなんだよ。同性愛者」
高弥ははにかんだ。その手の中できつねの仮面が転がっている。
ねえ、高弥は俺がどんなリアクションとると思ったのかな。殴ると思ったかな。きっと高弥が思い描いたものと俺の反応は一緒だった。
「全然気付かなかった・・・いつ気がついたの。」
「初めて女と付き合ってから。全然興奮できなくてさ、可愛いんだけどそれだけっつーか。」
「ふぅん。」
「何で秘密にしてたんだって、怒らないの?」と高弥は聞いてきた。明らかに俺の反応を楽しんでいる。なんて嫌な野郎だ。
大体、怒るかどうかじゃなくて気持ち悪いかどうかなんじゃないのか、と無駄な知識の中からそんなことを思ったけど、どうだっていい。怒りもしないし、気持ち悪いとも思わない。
「納得しただけだよ。あんだけもててんのに女の子に見向きもしないから」
「俺の顔が不細工だったらねえ、」
「喧嘩売ってんのか、」
「未崎は憎めない顔してるよ。俺、未崎の顔好きだし。」
「そりゃあありがとう。くそ、これだから顔のいい奴ってのは・・・」
同情もしないし、アドヴァイスだってしない。だって、俺はその位置にいないから高弥の気持ちは分からない。
高弥は前に云っていた、自分は視力がいいから未崎の大変さは分からない、だから何も云えないけど俺は未崎が好きだから側にいるって。同情だけは勘弁ならない。憐れみも嘲笑だって受けてやる。だけど、同情だけは惨めになるから止めてほしいんだ。
「それにしても分かんなかったなあ」
「それは俺だって一緒だってば。いや、未崎のほうが罪は重い。俺を裏切った」
「今さら?」
「未崎に彼女ができるの嫌だったから今まで阻止してきたのに」
「今、聞き捨てならないセリフが聞こえたんだけど・・・」
高弥はへらりと笑った。
「俺はもうパートナーいるけど、未崎に出来るのは」
「ちょ、ちょっと待て。今、いろんな爆弾落としていったな。つうか変な独占欲を持つな!」
でも、ちゅう出来るくらいには未崎のこと大好きだぜ、いっそのこと未崎にしようかなと高弥がおかしなことを云い出す。
そこに俺の意見はないのか、と落ち込んでいると高弥は嘘だよ、といった。一体、どの部分が嘘なのかよく分からないけどとりあえずは納得したふりをした。高弥は俺の顔を覗き込んで笑った。いい顔すんなあ、と改めて幼馴染の顔を見て思う。
「嘘じゃないからな。」
「ん?」
「大好きって部分は嘘じゃないから」
「・・・そんなとこ疑ってねえよ」
「ついでに云うとちゅうできるくらいってとこも嘘じゃない。」
「じゃあどこが嘘なんだよ。」
むっとして、掴んでいた高弥の袖を引張る。(歩くときは、いつも腕の関節を掴んでるけど今日は着込んでて持ちにくかったから袖だった)
「いいパートナーがいるってとこ。なかなか世の中難しい。俺、同性の恋愛にだってセックスまでに至る深めあいみたいなのあってもいいと思うんだけど、皆セックスばっかりしたがるんだ」
「でも、男女だって男はやりたいからとか可愛いからとか適当な理由で付き合う奴いるじゃんか。」
「そりゃそうか、うーん。」
「でも、そういう奴と出会えたらいいよな。」
そう、俺たちはそういう人といつか出会えることを待って不便さと背中を合わせて生きている。そして、自分自身もその人にとってそういう人になるために努力をしている。理解をしてくれる人じゃなくて、理解をしようと一生懸命になってくれる人がきっと”そういう人”。
つれないなぁ、なんていう高弥の袖を引張ってその唇を舐めてやった。

「俺も、チョコレートを舐めとってやれるぐらいには高弥が好きだよ」