いとし君へ / 歴史創作 加藤清正+福島正則 |
「呆れたしつこさじゃの、」と正則は口をもごもごさせながら云った。
育ちの悪さは拭えないが、それを直そうともしない男に清正は少しばかり苛つきを覚える。彼ら子飼いの前では云わないがそう感じている事を端々に見せる秀吉や自身が感じている育ちの悪さや家臣を生まれ持っていない事などに正則はあまり頓着しない。
頓着しないというより、そこまで配慮が行き届かないのだろう。
正則は不思議な男だった。武辺一辺倒かと思えば領地政策にはきちんとした役職を置いて、尚且つ自分自身も切り切り舞している。酒が入るととんでもなく凶暴になるし、泣き上戸にもなった。依然、誰かが彼の事を理解しがたいと云っていたことを清正は最近になってよく思い出す。
「おみゃあも佐吉のことを忌み嫌っとるじゃろ」
「あいつは嫌いじゃ。じゃが別に近江とかあいつに関連するものまでは嫌ったりはせんが。いくら小西のところが持って来たちゅうても金平糖まで嫌うか?」
今、正則が口に運んでいる金平糖に罪がないことは清正にだって分かっている。だが、それを食べるとあの男を、小西行長を認めることに繋がりそうでそれだけで食べる気が失せる。
「甘いのにのぉ」
「・・・この間、弥九郎は嫌じゃとかほざいとったくせに。」
「一時期的なもんじゃが、あんなん。大体、俺がいつ嫌いじゃと云った。気に入らん云うただけじゃ。俺は元々小西を嫌っとらぁせん」
こういった騒ぎの中で珍しく酒を口にしていないせいか、酔いが僅かながら回っている清正よりも口が立つ。そう云えば、少し前に正則が飲みすぎで体調を壊したから今日は控えると云っていたことを清正は思い出した。今日の騒ぎの中心に行けば必ず酒を注がれてしまうから、早々に席を立ったのか、と椀にたんまりと置かれた金平糖を時折口に運ぶ正則を見て思った。
「飲まんのか、」
「飲まん。今回ばかりは少し懲りたわ。」
「少しかよ・・・」
「俺から酒取ったらなんも残らんけぇ」
からりとした口調に、思わず目を見開いたが正則は清正の変化には気がついていないようだった。正則がそういった意味合いで云っているわけじゃないことぐらい分かっている。
それでも、心臓が締め付けられるように――嗚呼、いつから。いつからこんな風になったんだろう。
あんな面倒な男の側によくいられるな、と嫌悪感を示して云ったのは確か長政だった。長政こそ面倒な奴だが、それは云わずにお前だって側にいるだろう、と云い返せば眉を寄せて黙ってしまった。
於虎は面倒見がいいな、と呟いたのは孫六だったはずだ。面倒見って――と呆れた記憶が鮮やかに蘇る。
皮肉な笑みを浮かべながら正則を見ていたのは、細川だった気がする。お前だって同じくらい狂ったところのある男だろうに、と清正は内心思っていた。
しかし、それにしたってどうして此処まで正則を庇うような事ばかりしているのか。
長政は面倒で短絡的なところもあって黒田の親父殿とはあまり似てはいないが、背後で動く事が好きなのは同じらしい。
細川も狂気的な面は拭えないものの、うまく隠すだけの術も持っている。
正則を嘲る男達の云う事は一理あるのだ、確かに。
「於虎、どしたんじゃ、」
「あ?」
「ぼーっとして、酔いが回ったんか?体調悪いなら戻っとけ。俺が云っちょくけえ」
「・・・ああ、そうする。」
虎、と呼ばれて清正が振り向くと―拳すら入ると豪語した―口を思い切り開かれて、なにをと云う暇もなく何かを流し込まれた。じゃり、と口の中で何かがかち合った。
「な、」
「美味しいじゃろ。俺がやったもん粗末にするなよ。ええな。」
ゆっくり休めやと云う声は正則自身はどんどん遠ざかっているというのに、その大声のせいですぐ側で云われているような錯覚さえ起こす。
自分の部下にならあまり引き込みたくはないだろうが――この位置だからこそ、清正は、己は正則の側にいるのかもしれないと思った。
秀吉に清正の事について声をかけた正則は、中心部から少し離れたところで吉継と飲んでいる行長に声をかけ金平糖をくれと強請っている。途端に眉が寄ったことに、清正は自分でも呆れるくらいのしつこさだと感じた。
(――確かに美味しい)
本当は自分だって正則に救われている部分があるのかもしれない、そんなことを思いながら清正は寝所に向かった。
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