顔だけならね、ところころと高い声が笑った。あれはいつのことだったか、つい数ヶ月前だったような気ももしかしたら去年の話だったかもしれない。仕事が終わった打ち上げの席で、それは、どういうわけか毎回取り上げられる話題だったから似たような話が多すぎて覚えておく気にもならないのだ。

サイファーは、暑さと疲労で疲れきった体を引きずるようにしてベッドサイドに座り込む。おい、ささやくように言うとベッドからは静かな寝息が聞こえてきた。そこは俺のベッドなんだがというかお前の部屋はここじゃねえだろそもそも今日の仕事を放り出して押し付けやがったのはどういう了見だ、いまさら言うのもあほらしい文句を一通りつぶやいてみるが当然スコールは目を覚まさなかった。プライベートの場で、スコールは驚くほど警戒心を働かせない。はぁとため息をついて立ち上がるとテーブルの上に一枚のカードキーがあった。スコールの部屋の番号を確認してサイファーはさらに深く眉間にしわを刻む。おれにお前の部屋で寝ろってことか。考えてサイファーはそれこそ本末転倒だろうよ思った。
カードではなく自分のコートへ手をかけ乱雑にいすの背もたれに放り投げると、そのままいすに座ってパソコンを立ち上げる。実は、スコールに押し付けられた仕事をすべては処理しきれていない。部屋に帰ってまで仕事とはな、自嘲と呼ぶには甘すぎる笑みをこぼしてサイファーは眠るスコールを見る。ワーカホリックはこいつの専売特許だったはずだ。そのワーカホリックは今日は仕事をエスケープし、問題児がプライベートに戻ってまで仕事をしている。完全に立場逆転だ。サイファーはディスプレイの文字を追いながら小さくあくびをかみ殺す。
スコールが入れたのだろう、部屋は外の蒸し暑さとはまるで違う冷気で満ちていた。そういえばこいつは暑いのが苦手だったかと考えて、暑さの中げんなりと顔をゆがめた朝のスコールを思い出す。ずいぶん分かりやすくなったもんだと考えると、じんわりと笑みが広がっていく気がした。
伝説のSeeDの人気は、高い。それと敵対していた自分が覚悟していたほど敵視されていないことは意外だったが、それよりもスコールのことを知らない人間が多いことのほうに驚いた。脳裏に浮かぶのは小さなただの泣き虫な子どもの姿。こどもは、やたらサイファー好みの小奇麗な顔をしている。あのころの記憶を反芻しならが、サイファーは目を閉じた口元に笑みを浮かべた。
静かな部屋ではスコールの寝息がわずかに聞き取れた。
顔だけならね、といったのは誰だったか。
キスティスあたりだったかと大方の予想を立てて、サイファーはその時自分はどういう反応をしたかと記憶をたどる。もしそれがキスティスの言葉ならば、確かにある意味で核心を突いている。スコールの思考回路は複雑奇怪であるから、時々サイファーですら置き去りを食う。例えば今日のように。
サイファーの視線がベッドで眠るスコールと、パソコンの文字を数回往復する。逡巡の後にため息をついて、結局パソコンの電源を落とした。
「…おい、」
ベッドで眠るスコールに声をかけると答えるようにスコールはもぞりと動いた。
「ちょっと奥に詰めろ。」
スコールからの返答はなく、ただ人が一人眠ることのできるようなスペースが辛うじて提供される。サイファーはそれ以上文句を言わずにその隙間にもぐりこんだ。
「…おやすみ」
背中越しに小さく聞こえる声に軽く笑って、サイファーも同じ挨拶を返す。背中に当たる体温に眠気が増していくようでサイファーは静かに眼を閉じた。
ベッドの中は懐かしいにおいがした。




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