彼はまず目に入った天井を疑った、おかしい自分の家はこんなに古めかしくはなかったはずだ。例え、誰かと情交してもほとんど泊まりはしなかったから、外交で泊まる以外、大抵彼は自分の家の天井を眺めていたものだ。
それに、ベッドのスプリングがあまり利いていない。大体、最近ウォーターベッドに替えたから羽毛布団の感触がする筈ないのだ。意識が定まってきて、身体を起こそうとすると頭がズキズキと痛んだ。ただの頭痛ではなくて二日酔いによるものであるらしい。彼は酒には滅法強いほうだが、昨日はしこたま飲んだようだ。それとも、ちゃんぽんでもしたのか。
ここまで記憶が浮かばないというのも恐いもので、彼はキョロキョロと視線を彷徨わせた。そうしたら、ベッドで今しがた目を覚ましたかのような表情でいる男と目が合った。
「・・・フランス?」
「なんだよ」
「どうして君はここにいるんだい?」
「アメリカ、それ本気で云ってんの?」
「というかここは俺の家じゃないようだけど君の家かい?何故俺と君は一緒のベッドで寝てるんだ、頭が痛むんだけど昨日は何かのパーティだったのかなぁ」
「俺も頭痛いからそうがなるなよ・・・お前昨日のこと覚えてねえの?」
機関銃のように、しかも朝っぱらからべらべらと喋るアメリカにフランスは眠気を吹っ飛ばされて――彼も二日酔いなのか元々白い肌が更に青ざめていた。
全く、と首をすくめるとフランスは気だるそうに身体を起こして煙草を銜えた。
その肩に真新しい歯形を見つけて、アメリカは「それ、」と呟いた。指差されてフランスは「自分でやったんだろ。」と返す。
「・・・俺は君と寝たのか」
「そうだよ。」
立ち上る紫煙を眺めながら、その向こう側にいるであろうフランスは事も無げに云い切った。アメリカは考えた、フランスとセックスをしたことは、まあいい。酔っ払った末に身体を繋げたことなんて一度や二度でもないし、知り合って意気投合したからといってすぐにホテルに駆け込んだことだってある。この場合、問題となるのは自分がどちら側になったかということだ。
「身体、」
「ん?」
「痛くねえか?」とフランスは軽い笑みを浮かべながら聞いてくる。一見、紳士的な問い掛けだが、セックスをして男側が気遣われるなんてそれこそ使い物にならなかった時ぐらいで。
ン?とアメリカは思った。
じゃあ、昨日の俺は酔いすぎて使い物にならなかったんだろうか。
そうやって考えることを現実逃避であることを彼は知らない。
「腰は、痛まねえか?」
「腰?」
なんだ、昨日の俺はそんなに激しかったのか?べたつく肌も相まってついでにシャワーを浴びようとアメリカは腰を浮かせた瞬間、激痛に身体を沈ませた。
相変わらずフランスはその笑みをたたえたままだ。
「・・・まさか、」
「まさかもなにも、お前が自分からずっと腰振ってたんじゃねえか?」
何一つ覚えてねえなら、俺が噛み砕いて教えてやろうか。
フランスの顔がゆっくりとこちらに落ちてくるのを見やって、この景色は見たことがあるとアメリカはぼんやりと思った。
「アメリカ、」
今日はパーティだった。
といっても、堅苦しいものではなくホームパーティでもなく雰囲気はどちらかというとディスコに近い。
そろって参加していたアメリカとフランスだったが、今日はお互いに女の子を引っ掛けられずに終わってしまった。通り様に美人のオネーサンと連れ立っていたイギリスが無償に腹立たしくて(いつもなら逆の風景なのに!)深酒したアメリカは何時の間にか、フランスに身体を預けて歩きながらフランス邸にやってきていた。
フランスの自室のベッドにアメリカが倒れこんだ後沈黙が下りた。隣に座ったフランスは乱暴にネクタイをほどいて首元を開けた。
しばらくして「暑い、やりたい」とうめいたのはアメリカだ。彼はこのところ、仕事続きで長らくセックスとはご無沙汰だった。せっかくパーティに参加して女の子と何も出来なかったのはどういうわけだ!
鬱憤がたまっていたらしい。
「俺にケツ貸してくれんの?」
「それは嫌だ、痛いのは嫌だ。だからフランスが貸してくれ」
「・・・お前んとこ、前戯長いからヤダ。」
「フランス相手にはしないよ、なぁ、」
基本、男女どちらでも受け入れるフランスはしょうがねえなぁと一息ついて下からのアメリカのキスを受け入れた。がっつくアメリカからテキサスを取り除けてテーブルに置く。ピントが合わないのか、目を細めたアメリカは酔いのせいかとろんとした表情をしている。
そのくせ、舌は縦横無尽の動きをする。それは、フランスがまあいいかという諦めとそしてこれからの行為に身を寄せるには十分な行為だった。反転してアメリカの愛撫を受け入れていたが、どうも手の動きが怪しい。緩慢過ぎる。
おまけに太腿に当たる下半身も大して反応をしていない。フランスはそこまで深酒をしていなかったのだが、これはどうやら思っていたよりもアメリカは大分飲んでいたようだと認識を改めた。酒に呑まれるアメリカなど滅多に見られるものではない。
「しんどい、」
「はあ?・・・じゃあやめるか」
「やだ。」
「やだって、お前、手に力はいってないだろ。俺もやる気なくすんだけど」
「や、だ」
まるで子供だ、と思ってその顔を覗き込むと、予想通り子供じみた表情を浮かべている。そのくせ瞳だけはギラギラとぎらついていて、フランスは――徹夜明けで眠たくて、でもしたい時の目だな――と思った。
尖らした唇はてらてらと唾液で光っている。その唇が、俺が下になるから挿れてくれよと囁いた。
「いーの?」
「も、いいよ。したくてしょうがないけど、身体が動きそうにない。」
アメリカはのろのろと身体をベッドに転がして――キングサイズのベッドは男二人が寝転んでもまだ多少の余裕があった――シャツのボタンを取り外しにかかった。が、面倒になったのか手を止めて横目でフランスを促した。
まるで死姦でもするみたいだな、と思いながらフランスは身体を起こしてアメリカに覆い被さる。
顔に軽く唇を落としながら、胸元から下半身に手を這わせるとアメリカはピクリと眉を動かしたがたいした反応は返さなかった。手にこもる熱さだけがこの情事を盛り上げてくれそうでフランスはまあ、いいかと云い聞かせる。ガタイある身長も同じくらいの男ではあるが抱けないわけではない。
余計な愛撫は必要がない気がして、胸元を軽く弄った後はすぐに下半身に手を伸ばした。硬度は少しばかり増したがたいした変化は見られなかった。
そこが外気にさらされてアメリカの身体が震える。銜えたフランスを少しばかり気味悪そうにアメリカは見ていたが、息は熱が篭ったものに変わっていった。
「お前、どんだけ飲んだんだよ」
「覚えてない、」
アメリカが普段、どの程度感度を持ち合わせているのか知らないが、初めて身体を開かれることと酷い酔いが伴ったせいなのか彼は鈍感だった。普段使えてんのか、と聞きそうになったがフランスは押し黙った。
愛撫することを止めて、いただけるものはとりあえず頂いておこうと考えたフランスは引出しからジェルを取り出してアメリカの腰を持ち上げる。
アメリカは、それすらもぼんやりとした表情のまま受け入れて、落ちてきたフランスの舌を緩慢な動作で自らの舌を絡ませている。
少しずつその場所を溶かしながら、一つ二つと指を増やしていく。むず痒さらしいものは感じるのか時折舌を絡ませたまま肩をびくつかせるがアメリカの呼吸はあまり乱れていない。フランスは段々苛付き始めて乱暴に奥に指を突っ込んだ。
「ひ、・・・ぁ!」
途端に目を細めて、アメリカは身体を逸らした。初めて出た顕著な動作にフランスはにんまりと笑ってそーかここかとわざとらしく云って何度も強弱をつけてそこを刺激した。
「フ、ランス・・・!ぅ、あ」
「お前もこうして見ると可愛いもんだな」
熱い息が顔を掠める、すっかりお休みになったキスを今度はフランスから仕掛けるかのように絡ませれば、眠っていたらしいアメリカの感度が一気に目を覚ました。ひっきりなしに喘ぐアメリカは、早く早くとせがんでフランスの首に腕を絡ませる。目尻は赤く染まって今にも泣き出しそうだ。
指を抜く瞬間に、中を引っかいてやればびくりと身体を引いた。その時の顔が、イギリスの支配下にいたまだ幼いころのアメリカを思い出させた。
その当時のアメリカを見たことのあるフランスは、無垢だったよなとその目蓋を舐めた。
――イギリスが手放したくなかったのも良く分かる。
何も云わずに押し進めればアメリカは痛い、とかすれ声で訴える。アメリカに止める気がないのは未だに回された腕でもって伝わってくるけれど、止めろといわれてもフランスも止める気はなかった。
埋め込んだ時には、その厚い胸板が激しく上下に動いていた。一息ついて見下ろしてくるフランスに焦れたのか、アメリカは身体を起こして対面する状態にもっていった。
「もうしんどくねえの?」
「・・・、んなのどうでも、いい」
舌足らずな口調で答えたアメリカはゆっくりと身体を上下させ始めた。
「欲求不満は解消できたか?」
「まあまあ。でもこの二日酔いと腰痛には耐えられないな」
フランスの様子で思い出したのか、髪をかきあげながら肩をすくめた。昨日はフランスも限界だったのか情事の後がはっきりと残されたままだった。
「腹痛く・・・ねえか。あんなまずいもん食べて、いつも平気な顔してるもんなお前」
「失礼だなあ。今更、心配するぐらいなら初めからコンドームでもつけてくれよ。紳士らしくないね」
「お前が最初やるっつったからな。それに紳士はイギリスの専売特許だ」
「・・・今日は、午後から日本が来るから先にシャワー使わせてくれよ。すぐ帰らないと」
「なんだ。イギリスの名前がでると不機嫌にでもなるのか、ガキだねぇ」
衣服を拾い上げていたアメリカは素足にジーパンを穿きながら笑った。
「何年前の話だい、それは。イギリスがどうだろうが俺には関係ないな。それに、ガキだガキだという大人こそ騙され易いんだ」
盲目なのはあまりいいものじゃないよ、とアメリカは再度笑った。
イギリスを皮肉っているのかと一瞬思ったが、そうではなかった。アメリカは純粋にフランスに事実を述べていた。イギリスは相変わらず酷い態度を取っているけれど、アメリカがたいした蟠りもなく接しているのも知っている。
「子供も案外良いものだよ」
アメリカは、テキサスをひょいとかけながら寝室を出て行った。フランスはその後姿を見送った。灰皿の中で短くなった煙草がじりじりと燃えながら紫煙を吐き出している。新しい煙草に火をつけて軽く吸ったあと「俺の負けかな」と呟いた。
機会があればもう1回抱いてもいいな、という思いは紫煙と共にゆらゆらと部屋の中で漂って外を出る術を知らないためにアメリカには届かなかった。
これは企画です