燃ゆる灯に / 長曾我部+伊達(さなだて表現有)
 
written by 吉沢



騙すなら最後まで。
騙されたことすら気づかせないように、葬って欲しかった。
あの頃は、そう考えていた。






「燃ゆる灯に」










俺があの男に初めて会ったのは、随分の前のように思われる。ただ、そう思えるだけで実際にはそれほど経っていない。
豪快でねちねちとしておらず、部下を大切にする男だった。というのは、その名前をもつ男がそう云う男だと調べで知っていた。その時点では興味など湧かなかったが、出会ってそして話していると時折、目を細めて海の向こうを眺めるその表情は、とても太陽に似ていた。

「真田に云っておけよ、もうちょっと考えてヤれってな。」
あの男に初めて会ったとき、俺は真田と何度目かのセックスを終えた後だった。外で交わったということもあり、気分の悪かった俺は真田をさっさと追い返して海岸沿いにいくつかある岩の一つに腰を降ろしていた。
べたつく潮風は、気持ち悪さを少しだけ増長させた。
(面倒だな・・・)
早くここから戻らなくてはならないことは分かっている。小十郎に迷惑をかけていることも重々承知だ。腰の痛みは我慢すれば、どうにかなる程度のもの。それでも、ここから動ける気がせずに海が波打つ様子をぼんやりと眺めていた。
「おい、」
「・・・」
「おい、そこのあんただよ。岩に座ってるあんた」
面倒だと思いつつ、顰め面をしたまま振り返った。俺に劣らず派手な装飾をした男は、日に焼けた肌から白い歯を零していた。
「なんだ、」
「知ってるか?この辺は俺たちの領地だ。」
「それが何だ。俺は今、部下もいなけりゃ、短刀しか持っていない。てめえらを襲う気なんぞねぇよ。」
「そりゃそうだろうな。こっちだって、討つ気ならとっくにやってる」
笑みを溢すその様子に、少しだけ真田を思い出した。
どうしてこうも自分の周りには微笑う人間がやってくるのだろう。しかも、機嫌が悪い時に限って、だ。
「だったら、」
「あんたの喘ぎ声、あんまり部下に聞かれたくねえんだよ。こっちも、船に乗ることが多いもんだから。」
「聞こえていたか、」
「この辺に用があって停泊していたんだけど、さすがに聞かせるわけにはいかないんで、みんな出払わせたよ。ただ、さすがにこの時間になると我慢の限界だ」
「・・・あいつなら、もうここには来ない。俺も、もうここから離れる」
「そうか、そりゃありがたい。じゃあ呼び戻すか。あいつら喧嘩っ早いしなぁ」
なにかやらかしてなきゃいいが、と男は全く困った様子も見せずに云う。それで、俺はこの男の正体に気づいた。
四国を制圧しようと企んでいる、長曾我部だと。
そう云えば、ここは土佐の国だ。すっかり失念していた己を不覚に思う。
長曾我部が部下を呼び戻すといったことで、そろそろ俺も戻らねばと思い立ち、重い腰を持ち上げた。
最近は日が暮れるのも早くなってきた。日がゆっくりと海へ沈んでいっていた。
「おい、」
「あん?」
勢いよく男に首元を持ち上げられ、喉の奥がくぐもった音を響かせた。
「真田に云っておけよ、もうちょっと考えてヤれってな。」
「長曾我部、」
「なあ、伊達。あんたもそう思うだろ?いくらあんたでも喘ぎ声は聞かれたくねえだろうし、」
男はそこで一旦切って、耳元に近い首筋をトントンと軽く叩いた。
それで、俺は真田に跡を残されたことに気が付いた。こんな事にも気づかないとは、全くもって今日の俺はどうにかしている。
「こんな跡、部下に見られたくもないだろうし」
「別に、かまいやしない」
男は、目を細めて夕陽を眺めながら、ゆっくりと手を放した。

今思えば俺は、男の目を細める様子が気に入っていたのだ。
まるで眩しいものでも見るかのような目つきなのに、険しい表情をする訳でもない。この男について行きたいと思う部下の気持ちが分かるような気がした。
それは一種、憧れにも似た気持ち。
男にもいろいろと思うところはあるだろうが、それを表に出すようなことはしない。
後をついて行く者達が迷わぬように迷うそぶりを見せない。
何時の間にか、この俺が、あの男を神のような存在に仕立て上げていた。たったあれだけしか喋っていないというのに。いや、二、三言しか話していないからこそ、そんな存在に仕立て上げていたのだ。
勝手な理想を、思い描いていた。

だからこそ、男の出陣が失敗したと聞いたとき、怒りを覚えた。
その程度のものだったのか、と。


久しぶりに見た男は、時折笑顔に寂しさを滲ませていた。あれほど生き生きしていたのに、生気が消えかけているようにも思えた。男に、何がそうさせるのか考えないわけでもなかったが、相手も云う気はないだろう。
怒りのボルテージはマックスにも近かったのだが、急激に冷めていくのを感じていていた。
この男を責めても何にもならない。

「長曾我部、」
「ん?」
「死にたいか?」
いや、と男は云った。
そんなこと考えたこともない、と。
「そうか。」
「ただ、時々考える。自分の過ちがどれほどであったかを。考えても仕様のないことなのにな」
「そんな暇があったら、もっと別のことに費やすんだな。奥方もそんなあんたじゃ心配しているだろう」
「真田は、元気にしているか?」
その唐突な切り返しに小さく息を呑んだ。
きっと、今のこの男には聞こえていないだろうが。
「死んだ。」
「・・・そうか。」
太陽のような真田は、戦場に華々しく散った。
その死に様はあいつらしいのではないか、とも思う。そう思っていれば、胸の奥に残るこのしこりのようなものを感じなくて済む気がしているからだ。
愛しているも好きもない関係だった。少なくとも、俺にとっては。
真田が生きている間は。
真田が死に、男の出陣が失敗し。
太陽が消えていくのを何となく感じていた。
「綺麗な夕陽だな、」
男が小さく呟いた言葉に、目を閉じた。脳裏の奥に焼き付けるように。いつか消えることを知っていながら。
そうだ、俺はこの残像が消えていくように、二人が太陽でなくなることも、元より太陽でないことも理解していた。だというのに、俺は不変を願っていた。
真田が太陽であるように。
男が太陽であってほしいと。

「くだらねえな。」
「伊達?」
「いや、何でもない。」
血を零したような朝焼けを見たいと思った。
真田の流した血も同じような色をしているだろうから。そして、きっとこの男の血も、例え笑顔の中に寂しさを覚えてしまっても、消えることない闘志を彷彿させるような血が巡っているだろう。
太陽でなくなっても、太陽でなくとも、それだけは確かだと夕陽を眺めながら確信していた。
男は、あの頃と変わらず目を細めて太陽を眺めていた。