sign / 真田×伊達
written by 吉沢
※軽い性描写を含みます。
ギリギリと何かが軋む音を聞いた。
風の音にも似た寂しげで苦しげな音は時折耳を掠めていくけれど、通過するだけだった。
目の前の男もそれだけの関係だった。
「sign」
「まさ、むね・・・っ」
こいつはしつこい。
以前、誰かにそう漏らした。猿飛だろうとは思うがそう云った時の情景を思い出せない。
そいつは苦笑して、好いているからじゃないの?と云った。(あいつ以外、俺にそこまで馴れ馴れしく話し掛ける奴はいない。だから、確かに猿飛のはずなのだが、その言葉以外思い出せなかった)
「・・・んなことあって、たまっか・・・っ」
「ん?政宗?」
「人の名前、勝手に呼ぶんじゃ、ねえよ」
だって、俺それしか知らないし。
バカか、お前は?と云ってやりたかった。俺にはちゃんと苗字があるだろう。お前の両方とも苗字みたいな名前ではなく、ちゃんとした。
内壁の襞を擦られるたびに、奇妙な感覚が俺の中で産まれていく。快感ってこういうことなのか?俺にはいまいち分からない。
だけど、声を抑えられないほどの衝動でもない。真田が下手糞なのかもしれないが。
交代制だ、などと決めていたが何時の間にかポジションは決まっていた。
俺が、真田を抱きたいと思わないせいかもしれない。真田がいないとき、俺は女を抱いている。きっと、そのせいだ。
「なに、考えてる・・・っ?」
どうしてお前のほうが切羽詰っているんだ。
こんなぼろ小屋で、硬い布団の上で突っ込まれてちぎれそうな思いしているのは、誰だ。お前じゃない、俺だ。
視線を逸らすと武田軍を象徴する赤が目に付いた。お前は赤。俺は黒。
交わることなど永遠にない、平行線。俺とお前は確かにそういう場所にいるはずなのに。
「なにも、考えてない、」
「嘘つき。政宗は嘘つきだ」
「俺、の何処が嘘ついてる?」
俺のこと、考えてるくせに。(真田がふわりと笑った。そんな笑い方はセックスの最中に見せるものじゃない。)
それはあながち嘘ではない。ただ、お前という人間について考えていただけで、好いているからなどという陳腐な理由からじゃない。
それだけは、勘違いしないで欲しい。
ゆっくりと左眼を閉じた。真っ暗な世界。
ドクドクと音を立てて疼いているのは、隻眼の右眼か見えている左眼か。身体の奥を真田が揺さぶってくるの感覚が鮮明になる。
(好かれてるからじゃないの?)
ふいに浮上する言葉。
そんな気持ちならいらない、と閉じていた眼を薄っすらとあけた。太陽に当たると薄茶けた色に見える真田の髪の毛は今はしっとりと黒味を帯びている。
「政宗?」
いらない、そんな言葉はいらない。
頭の中で左眼に眼帯をした男が浮かんだ。
いつも、海の匂いを纏わりつかせている男だ。あの男と会ったのは何時だ、もう随分と前のように思えて仕方ない。
会いたい、こんなことはもううんざりだ。あの男は、豪快で後腐れのない雰囲気を持っているから側にいると楽だった。少なくとも、やたらと構いたがる(構われたがる)真田よりは。
こんな行為を止めて今すぐにでも飛び出してしまいたい衝動に駆られた。
頭の中で、そいつは目を細めて何かを云った。
「ぁ、くっ」
「まさむね、」
「お前、何回やってる、もう終われ・・・っ」
「この間、長曾我部の奴と話した。」
「なに、」
お前とあいつの何処に接点があるというんだ。
猿飛は中立のように見えて、結局は真田を仕方がないで済ませてしまう(許してしまう、といったほうが正しいかもしれない)。それはこいつらの関係を知っていれば仕方ないと言える事だとはいえ。だからこそ、俺が話せるのはあいつだけだったというのに。
お前は、俺から全てを奪うのか。
俺の表情を読み取ったのか、真田は身体を動かすのを止めた。最後に、軽く性感帯を擦られて思い切り眉を顰めた。
「向こうから話があるといって、呼び出されたんだ」
「話、どんなだ」
「意味のないことは止めておけと。お前にそう伝えろと云われた。直接云っても効き目はないだろうから、俺の口から云え、と」
あの男の心理が読み取れなかった。
なんだ、お前は何が云いたい。
「それだけか?」
「お前には、それだけだ」
真田の顔がゆっくりとおりてきて、唇が触れた。かさついた唇が、お互いの渇きを潤すことはない。潤して欲しいとも思わない。
意味のないこと、あの男はそう云った。
何が意味のないことなんだ。
何を云いたいんだ。
この関係についてか、それならば今すぐにだってこの身体を押しのけてこんなぼろ小屋を出て行く。俺には、こんな場所でなくとも、沢山の女が綺麗な部屋を用意して襖の向こうに待っている。
先程も同じようなことを、思っていたことを思い出す。
こんなところで交わる必要などない。
頭の中で、何度もそう思っているというのに。
「さな、だ」
呼べば、嬉しそうに微笑む男の首から腕を離せそうにないのは何故だ。
(好きなんじゃないの?)
(意味のないことは止めておけ)
真田の汗が眼帯にポタリと落ちて染み込んでいった。
こいつの精液も俺の身体に染み込んでしまうのだろうか、その事を恐怖に感じながら手放せない熱さに目を閉じた。