駆け抜ける / 佐助と幸村
written by 雨梓
手に馴染んだ大型の手裏剣を強く握り締めた。
白く濃い霧の中、視界の不便さなどまるで感じさせず佐助は走る。白い霧にまぎれるように、風のように敵を葬りながら。名を名乗る時間すら、与えずに。
驚愕と憎悪の視線に、佐助は口元に無理矢理笑みを浮かばせた。
「これが、忍の戦い方なんでね!」
霧の一帯を駆け抜け、佐助は主の後ろで静かに足を止めた。気配を隠す必要はなかった。
「ゆくぞ。」
「…って旦那さぁ、自分が怪我人って憶えてる?」
溜息をついた佐助を一瞥して、幸村は毅然と前を見据える。そこにあるのはただ、戦場だ。
「無論。だが、このような所でいつまででも休んでおるつもりもない。」
双槍を持ち立ち上がった幸村はそういって戦場へと駆け出した。無防備な背中に佐助は心の中で溜息を落として、主の背中を追いかける。
一応の手当てはされているのだろうが、それだけでどうにかなるほど軽い怪我だったような気はしないのだが。佐助は考えて、やれやれと首を振った。同時に、駆け出す。
「無茶してくれんなよ、旦那。」
小さく笑う気配を感じて、佐助は今度こそ大きく息を吐いた。
幸村はそれには何も答えず、代わりにちらりと佐助に目線をずらした。走り出した幸村との距離を難なく縮めた佐助は幸村の大きくはない声を確りと聞き取った。
「おくれるなよ。」
言う幸村の目はぎらぎらと輝いている。幸村が佐助を見たのは一瞬で、すぐさまその視線は戦場に返される。
たった一言だった。
信頼されているのだろう、幸村が時折放つ言葉に佐助は幽かなおそれを抱く。信頼は心地よくも、忍に向けるには少し不釣合いだ。
それでも佐助は赤い残像に向かって不適に笑う。
「誰に言ってんの。」
振り向かない幸村に、仕方がないなともう一度佐助は心の中で小さく呟いた。
まったく、かなわないね。
不完全燃焼気味です。