「「失礼しましたー」」
声をそろわしたその二人は、お互いに額に大きな湿布を貼って保健室から出てきた。
そのまま教室に戻ろうと歩いていく二人を、道行く人たちが見ていく。もちろん額に貼られた湿布も原因の一つではあるが、それ以前に野球部の3年だったということも上げられるだろう。
「お前、マジ今日のキャッチボール覚悟しとけよ」
「マサヤンのキャッチボール相手なら誰にでも出来ると思うけど、それこそ赤子にだってさ」
「あんだと?」
「大体、前見てなかったそっちが悪いんじゃん。」
「はぁ?曲がり角をどうやってよく見るんですか。山だって勢いよく飛び出してきたくせに。」
「俺はれっきとした用事があったんだよ」
「俺だって、これから教室に戻るという用事があったんだよ!」
云い合いに一段落ついた二人は、はあとため息をつく。二人の話を要約すると、廊下を歩いていた松永が角を曲がった瞬間、勢いよく前から人が飛び出してきたのだ。
その相手が、山ノ井ということだ。
機嫌の悪そうな面をした二人を前にして、下級生はわざわざ道をよけている。二人はそれに気づいていない。
というよりも、普段から道がすいている事が多い。(周りがよけるからである)桐青は全寮制だが、その中でもこの二人はよく仕切っている。ある意味、寮のドンのようになっていた。
「慎吾だ。」
山ノ井が呟いたのが聞こえたのか島崎が顔を上げて二人に近づいてくる。ちらりと島崎が二人の額を見たのにお互いに気づいた。
「二人ともやっと見つけた。今日は、練習が長引くらしいから夕飯はコンビニで買ってくることになるらしいから。後、3年はもう伝えた」
「マジかよ」
「なんで副キャプテンの俺のところに連絡来てないわけ?」
「副だと思われてねえんじゃねえの?」
「はあ?」
「何で、二人ともそんなに機嫌悪ぃんだよ。大体、山ちゃんケータイ出なかったじゃねえか」
「あ・・・」
山ノ井はケータイを取り出して本当だと呟く。松永が、面倒くせえな、と嘆いた。
「なんで?」
「俺、今月ピンチ・・・あ!慎吾らの部屋って炊飯器あったよな」
「何で知ってんだよ」
「うっせ、そんな事どうでも良いんだよ。あれで飯炊いて適当にふりかけでもかけて食うわ、俺。」
「・・・なんか惨めだな。」と山ノ井が笑ったが松永はこの際、体裁は気にしねえよと息巻いた。
「いいけど、今ちりめんしかねえぞ。」
「なんで、ちりめん・・・?」
「この間和の実家から荷物とか届いたんだけどよ、大量に貰ったからお裾分けだって。だから、俺らずっとそれで過ごしてんの。そっかー、今日はマサヤンも仲間入りか」
「い、嫌だからな!俺・・・ッ!」
「今月金ないんでしょ?おとなしくちりめんの仲間入りしたら?」
「嫌だ、絶対嫌だ。」
「わかめちりめんだから髪の毛生えてくるって。」
「色素薄いお前に云われたくない。」
松永が島崎をそう一蹴したところで、チャイムが鳴り始める。予鈴だということは分かっているが、次の授業は別の棟の4階で有る。
しかも、松永と山ノ井は授業の用意をしていない。
島崎はあ、と声をあげてその場を去ろうとした。
「じゃあな。」
「あ、おい!てめー卑怯だぞ」
「卑怯も何もクラス違うだろ。頭ぶつけ合ってるオバカさんたちも早く行けよ」
走り始めていた二人は、その言葉に松永が振り返る。
「何で分かったんだよ!」
「見りゃ分かる」
お互い口悪いくせに、何だかんだといって一緒にいるんだよなと島崎は思いながらゆっくりと教室に戻っていった。