転校生と常識人不具合ベストライフ? ―――――― 織葉
資料1(広辞苑 第五版)

ふぐあい【不具合】・・アヒ
(製品などの)具合がよくないこと。また、その箇所。多く、製造者の側から、「欠陥」の語を避けていう。


資料2(Figma公式サイト)

■「figma キョン 制服ver.」発売延期のお詫び

平素は弊社取り扱い商品をご愛顧いただき、厚く御礼申し上げます。
さて、標記の件、5月24日発売で御案内させていただきましたマックスファクトリー社「figma キョン制服ver.」ですが、一部の商品に不具合が見受けられたため急遽ではありますが商品の発売を延期させていただくことになりました。

尚、発売日程につきましては状況が確認でき次第、弊社webサイトにて御連絡させていただきます。

商品を心待ちいただいた皆様には大変ご迷惑をおかけし誠に申し訳ございません。謹んでお詫び申し上げます。




――さて、先に提示したような資料があったとする。
手元に定型であったか、はたまた脳内に情報として存在したかは関係ない。
要するに、「不具合」という言葉の意味を正しく理解した上で、資料2にあるような文章を読んだのか、ということである。
通常であればそれで問題ないはずだ。
どこかに支障があってうまく関節が動かなかったんだろうとか、不具合が見受けられたというのは口実で、実際には生産が遅れただけじゃないかとか、素直に、あるいは穿った見方をして、それなりに納得するだろう。
結果、メーカーに文句を言うとか、人に愚痴るとか、逆に細々とした小物類を集めに走ってしまうとか、やることは人それぞれだろう。
それでもまあ仕方がないと思うし、別にいいと思う。
分からないのは、いきなり人の部屋に飛び込んできたばかりか、駆けつけて来たと言わんばかりの勢いそのままに俺をベッドの上に押し倒し、
「不具合って一体どうしたんですか!?」
などとのたまった、頭のネジを少なく見積もっても百本は紛失したバカだ。
「――は?」
突き飛ばしたり抵抗するのも忘れたのは、古泉という名のそのバカが、一体何を言ったのか理解しかねたせいもあるし、そのバカが平素であればたとえすっ転ぼうとも、ハルヒに無体をされようとも嫌味なほど綺麗に保っていやがる面の皮が、涙だか鼻水だかなんだかよく分からん粘性の液体ででろでろのぐろぐろに汚れていたためである。
こいつ、こんな顔で走ってきたのか?
というか、汚いから余り近づけないでもらいたい。
「酷いですよ! 僕はあなたを心配して駆けつけてきたのに……」
「だから、心配ってなんだ。わけが分からんぞ」
あと、俺の上から退け。
俺とお前の関係を考えれば、こんな体勢に持ち込まれたら問答無用で金的攻撃をかましたり、逆に技を掛けに行ったところで当然のはずなんだぞ。
痛い思いをしたくなければ大人しく退け。
「その前に、質問に答えてください」
そう言って古泉は真顔になったが、正直、顔を拭いてからやれと言いたくなった。
キモイ。
全力でキモイ。
「あなたのどこに、不具合があったんですか?」
…だから、その発言の意味からして既に分からん。
俺に不具合だと?
本人でも分からないような不都合が俺の体のどこにあるって言うんだ。
「そもそもそれは何情報だ」
「……公式サイトに、書いてあったんです」
公式サイト?
なんのだよ。
SOS団の公式サイトなら別にそんなことを書いた覚えはないのだが、ハルヒが何かやらかしたという可能性もないわけではないな。
「あなたの体に不具合があったから、出荷を見送るって……!」
そう言った古泉は、耐えかねたようにぱたぱたと涙を零し始めた。
「もう、ずっと楽しみにしてたんですよ…!? ええ、それこそはじめて画像がネットに流れた時から、これは製品化するんですよね、イベントで見せてハイ終わりなんてことはないですよね、いくら男子部でもちゃんと売ってくれますよね、って期待半分諦め半分で待ちに待って。5月に発売なんて曖昧な情報でも、発売されると分かった時は本当に嬉しかったですし、涼宮さんや長門さん、朝比奈さんとは違って『制服Ver.』とも何も書いていないのが、これっきり宣言のようで、非常に勿体無くはありましたけれど、それも少しすると付け足されて、これからに期待が持てるようになったんです。5月に入ってもなかなか具体的な発売日は提示されませんでしたし、一体いつになるのかとドキドキしながら、発売情報を聞いたらすぐにもフィギュアのショップに駆けつけるつもりでいたんです。あ、もちろんネットで予約もしましたよ? でも、出来ることならば自分からあなたを迎えに行きたいじゃありませんか。発売日が平日だったとしてもその日は学校に遅刻したっていいから、一番にあなたを手に入れたいと思っていたんです。それなのに、どうしてこうなるんですか…! ちゃんとあなたのための部屋も小物も色々用意していたんですよ? それなのに、…っ、うう……」
涙と鼻水と、俺の理解の範疇を大きく超えた発言に、頭痛と目眩がした。
だからと言って脳や耳の異常ではない。
異常があるとしたら俺ではなく古泉の方にあるのも間違いではないだろう。
「…古泉」
「はい」
ずび、と鼻を鳴らしながら古泉が俺を見る。
「つまり、不具合があったのはフィギュアの話なんだな?」
「はい」
「それでなんで俺に言うんだ?」
そもそも俺のフィギュアって何だ。
いや、どうせハルヒが団員の許可も得ず、メーカーに売り込むかどうかしたんだろうが。
「だって、不具合があったんでしょう?」
「だから、それはフィギュアの方で……」
「そのモデルになったあなたに、何かあるのかもしれないと思ったんです」
ああそうかい。
それなら全くの杞憂だからさっさと俺の上から退いて帰れ。
そして二度と来るな。
「本当に、大丈夫なんですか?」
「お前は常日頃の俺を見ていてどこかに不具合があると思うのか?」
俺のもっともな問いに古泉はふるふると頭を振って答えたのだが、
「…でも、見てるだけじゃ気付かないような不具合かも知れないじゃありませんか」
「どういう欠陥だよ、そりゃ」
「……」
古泉は黙ったまま真剣に俺を見た。
だから、その顔のままだとシュールに見えるだけだぞ。
まず顔を拭け。
鼻水だけでもいいから。
「……本当は、前から思っていたんです。あなたは余りにも老成していて、僕らの年代らしいがっついたようなところもなくて、いつだって女性に優しく、紳士的で。あなた、もしかして――」
はい、ここで問題だ。
古泉のこの先の言葉を予想出来た奴はいるか?
いたならなんでこいつがそんな馬鹿げた結論に至ったのか、俺に教えてくれ。
俺には全く理解出来ん。
それから、その予想が出来るくらいなら、この話のオチも読めるだろうから読むのを中断して他の作品を読むことを推奨したい。
閑話休題。
「――不能、なんですか?」
切実な思いのこもった眼差しと声でそう言われた俺は、数十秒は硬直し、思考さえほとんど停止した。
不能、ってお前、それは無能とか不可の類義語としての意味じゃないんだよな。
おそらくこの年頃の男として最も不名誉なことの五指に入るだろうことを言われ、俺は憤慨し、しかし余りにも怒りが衝動的に込み上げてきたがために、動けなかった。
この大馬鹿者をどうしてくれようか、とありとあらゆる無駄な雑役、惨い拷問、人知れず始末するための方法などが頭を巡る。
その間に、古泉の手が俺の股間にかかった。
「ちょっ……!?」
「大丈夫です」
何がだ!?
「僕がなんとかしてみせますから…!」
「なんとか、って、ちょ、…っ、俺は、別に不能じゃ……」
暴れようと思わなくても暴れる手足を、古泉はやすやすと押さえつける。
これは体格の違いか?
それとも鍛え方の違いなのか?
後者だとしたら、俺は今日から筋トレに励むことを誓おう。
若いうちから筋肉を増強しすぎると身長が伸びなくなると聞いて以来控えてきたが、身長よりも身の安全だ。
同時に、もう少し防御力の高い服が欲しいと思った。
自室で寛いでいたから仕方がないとはいえ、着古したスウェットの、なんと無力なことか。
あっという間に古泉の手の侵入を許したばかりか、男の悲しいさがという奴であっさりと白旗を掲げるものの存在を知らしめるような生地の薄さが恨めしい。
「大丈夫、みたいですね」
冷静に観察するようにそう言われ、余計に羞恥が強まった。
俺は真っ赤になりながら、
「だから、不能じゃないって言っただろうが…! 勝手に勘違いしておいて、何言ってんだこのバカ…っ!」
「すみません。でも、」
でも、だと?
……何か恐ろしく嫌な予感がする。
そう思った俺は間違っていなかった。
「こちらの不具合とは限りませんよね?」
「なっ…! ちょ、どこ触って…!!」
「ちゃんと確かめてあげます」
そう言った古泉はにっこりと笑い、
「考えてみたら、フィギュアなんてなくても、僕にはあなた自身がいるわけでもありますし、ね?」
「俺はお前のもんじゃな……!」
抵抗むなしく、数十分後には俺の部屋にオチを示す音が響いたのであった。

アッー!