「原 始 的 駆 け 引 き」
身体で小さくテンポをとりながら音楽を聴いていた島崎を見つけると、利央はゆっくりと近づいていってそのヘッドホンに耳を近づけた。
「うわ、なんだよ利央」
「何の曲聴いてんのかなぁと思って。聞かせてよ」
「聞かせてください、先輩。だろ」
ほら、云ってみなとからかうような表情とちょっと本気の声。
利央はえーと渋りながら島崎の隣に座る。
「こんなときばっかり先輩面するんだからさぁ、慎吾さんは。お兄さんに云いつけちゃおうかなー」
「何とでも云え。兄貴はもうOBだから関係ないの」
そう云いながら島崎は少しだけ笑みを浮かべる。利央が島崎の兄を知っているのは、利央の兄―呂佳―と島崎の兄が先輩後輩で仲が良かったからだ。
今でもたまに連絡を取り合っていると利央が知ったのは、呂佳のケータイが鳴っている時に覗き込んだら相手の名前が「島崎先輩」となっていたから。(その後、雷が頭の上に落ちたけど)
そんな二人が学生時代にお互いの家を行き来することが増え、お互いの弟の話を家に持ち帰っては話のネタにすることが多かった。おかげで島崎は顔も知らない利央という名の弟を彼の友達よりも知っているんじゃないかというほどに情報をもっていた。(きっと利央も同じだっただろう)
そして、島崎と利央の代になっても先輩後輩の図式は変わらず。先輩(島崎)は相変わらずマイペースで、後輩(利央)は変わらず生意気なところがある。
「しょうがないなー、島崎先輩どうかどうか聞かせてください!」
「・・・なんか兄貴に云ってるみてえだな。」
「え、だってお兄さんのでしょ、それ。」
「これは俺のだよ。毎回毎回、兄貴に借りてるわけねーっつの」
島崎の少し拗ねたような声音を聞ける人なんて滅多にいない。利央はちょっとした優越感を持ちながら着替えながら喋ってる周りのチームメイトを眺めた。
(みんなが憧れてる慎吾さんだって、こういうかお、するんだよ)
見せないのか、見せられないのか。
二人の兄を含めて4人でいるときや、島崎と利央が二人でいるときに見せるちょっと幼い顔を部活や学校生活で島崎が見せたことはない。
・・・はずだ、利央が見る限り。(2年間のブランクがあるから全くないとは云い切れないのが利央は少し悔しい)
(頭良くって、運動もよく出来て、それから容姿もまあまあ良くって)
島崎も兄とは同じくらいに出来る。けれど人間の期待というのは無責任に膨らんでいく。同じじゃ駄目で、追い抜かさないと駄目で。
同じくらい出来る筈の島崎の評価はわりと低かった。それでも島崎がそれを気にする様子もなく4人でいるときはそんなものは関係なかった。何が出来るとか出来ないとか、そんなことは当たり前で競うべきことじゃなかった。だから、リオは島崎が二人でいるときも兄達に見せるようなその笑顔を自分にも向けてくれることが嬉しかった。
(慎吾さんだって、甘えたいもんね)
「ふーん、そうなんだ。こっち借りるね」
「ん。」
差し出されたヘッドホンを受け取るとふわりと空気が動いて島崎の匂いがした。着替え終わっている島崎からは軽いシトラスミントの匂い。制汗剤でもしているのかもしれない。同じように着替え終わっている利央からは、きっと彼の匂いしかしないだろう。
「慎吾さん、ラップが好きなの?」
「ヒップホップだろ。絶対にそれ!ってわけじゃないけど結構聞くよ。」
「ふぅん・・・今度、これ貸してよ。俺も聞いてみたい。他にはないの?」
あるよ、と島崎は云って聞いていたMDを取り出して別のMDをはめ込む。
聞いて見たい。と云ったときの島崎の表情が、嬉しそうだったのを利央は見逃さなかった。未だに認められるのに慣れないことがある島崎のツボなんて利央はもう知り得ている。
「あ、メールだ。」
(俺、騙しあいとか苦手だけど、このくらいの駆け引きはやれるし)
「慎吾さん、」
「ん、何?」
メールを読んでいた利央を眺めていたのを隠すかのように、島崎はのんびりと返事をした。利央はなんとなくその事に気づいていたけれど、口には出さずに島崎の方向を向いて話し始める。
「兄ちゃんが今日遅くなるからメシいらないから母さんが良かったら食べに来ないか、って。慎吾さんちももう用意してるから無理なのに、なに云ってんだか」
「え、俺行きたいんだけど」
「家のご飯は?」
「今日は俺以外出掛けてて自分でつくんなきゃいけねーんだ。だから、行きたい。」
「分かった。母さんにそう云っとく」
「その帰りにこのMD貸してやるよ。そーとなったら、利央、帰ろうぜ」
「そだね、母さんも待ってるだろうし。」
貴方の笑顔が見れるなら、いくらでも。
原始的駆け引き。