「声を上げることも出来なくなり、租借することさえ出来なくなった口は、ただの穴にすぎぬ」
残酷なことを言い放って、元就はその穴に指を突っ込んだ。
乾いたそこに残る白濁した液をかき混ぜながら、元就は嘲笑う。
「浅ましい姿だな…元親」
赤い血と白い精とに塗れた元親はどこか濁った目で元就を見た。
言葉を紡ぐのも難しいほど酷使され、つかれきった口を動かし、元親は尋ねた。
「ど…して……」
「『どうして』?」
クッ、と元就の唇が酷薄そうに歪む。
「貴様が己の身の上をわきまえぬからであろう?」
元就の手が元親の髪を掴み、乱暴にその頭を引き寄せる。
そうして、残っていた最後のもの――眼帯を、取り上げた。
眼帯に隠されていた目は赤く、瞳は猫のそれのように尖っていた。
それをまた、元就は嘲笑うのだ。
「猫又如き弱気ものが、化け切れぬような小物が、我と争おうとした、その心意気は認めてやらぬでもない。身のほど知らずでしかなかったがな…」
その背に、恐ろしいほどの妖気を背負って、元就は笑っていた。
元親はぞっとしたようにそれを見た。
「お前…は……」
「流石に分かるか?」
ふふんと鼻で笑いながら、元就は言った。
「そうだな…同じ妖しのよしみで教えてやろう。…我は、狐よ。故に、四国に攻め入るつもりはなかったものを……」
――四国には、伝説がある。
高僧、弘法大師がその昔、狸と対立していた狐を四国から追い出し、こう言ったというのだ。
『鉄の橋がかかるまで、四国に戻ってきてはならない』と。
それは絶対的な掟として、あるいは呪いとして、妖狐族を縛っている。
たとえ元就が天下を統一しようとしたとしても、四国がある以上それは叶わないはずだった。
…元親が四国を出、毛利の所領を侵すまでは。
結果として返り討ちになった元親はこうして捕らえられ、四国は攻め入るまでもなく、元就のものとなった。
「鉄の橋とは、あるいはこのことかもしれぬな。元親」
「な…に……」
「貴様と貴様の兵の血で、海は酷く鉄臭くなっておるぞ」
楽しげに、歌うように言いながら、元就は腰を使った。
「ぅあっ……」
堪りかねて元親が呻くと、それを面白がるように、元就は更に揺さぶる。
耳に痛いほど淫らがましい音が、室内を満たした。
閉じることも出来なくなったかのような元親の口から、だらりと涎がこぼれる。
気違い染みた姿に、元就は興醒めしたように言った。
「もう人間のようになってしまうか。…詰まらぬ。人と長く居過ぎたのではないか?」
貶めるような言葉も、元親の耳には入らない。
ただぐったりと四肢を投げ出していた。
ずるりと音を立てて元就が出ていくと、元親の体は急速に縮まり、灰色の猫になった。
それを見て、一瞬元就は目を見開いた。
その意識が欠片も残っていないことを確認して、元就はそっと猫の体を抱き上げる。
壊れやすいびーどろも扱うかのように、優しく。
そうしてそれを膝に載せ、柔らかな毛並みを味わうように撫でながら、元就は言った。
「そなたは我がもの……。二度と離れることは許さぬ」
もう、どれほど前のことであったのか、元就自身も思い出せないほど昔のことだ。
気紛れに人の間に暮らしていた頃のことだ。
その時は元就ではなく別の名を名乗っていたが、その名さえ元就は思い出せなかった。
それほど昔に、元就は一匹の猫を拾った。
灰色の痩せ細った猫だ。
毛並みは悪く、傷んでおり、見映えも悪いその猫を拾ったのもまた、気紛れだった。
退屈した元就の家の前で倒れたのが運のつき。
猫はさんざんに弄ばれることとなった。
枕にされたり湯たんぽにされるのは日常で、屋根の上まで放り投げられたり、逆に木の上から落とされたりもした。
大嫌いな水には日に何度も叩き落とされたし、熱くて火傷しそうなものを食べさせられたりもした。
……それでも、猫は元就のそばにいた。
付かず離れず、絶妙な距離を保って。
元就は悪戯に飽きた頃になって、それに気づいた。
猫は元就が必要とすればすぐに駆けつけられるほど近く、しかし邪魔にはならないほど遠くに、いつもいた。
それが見えなくなったのがいつなのかもまた、元就は覚えていない。
ただ、拾ってから大分時が流れていたから、どこかへ死にに行ったのだろうと思っていた。
猫は目を覚まし、自分が元就の膝にいることを知ってぎょっとしたようだった。
反射的に逃げをうつ体を、元就が押さえる。
「どこへ行く気だ」
にぃーっ!!!
慌てふためいて暴れる体を押さえつけ、元就は威圧するように言う。
「我を忘れたか」
んにっ、にぃっ、にっ!!
元就は額に青筋を立てながら猫の体を掴むと、一思いに投げ飛ばした。
くるくると回りながら宙を飛び、無事着地した猫は虚を突かれたように元就を見た。
そして、警戒しながら元就に近づくと、その臭いをかぎ、一瞬怖気づいたように後ずさった。
もう一度近づくと元就に撫でられ、気持ち良さそうに目を細めた。
猫は数歩退いて宙返りをすると、元親の姿になって言った。
「あんた…もしかして……」
こくりと頷けば、それで通じた。
元親は元就を力いっぱい抱きしめた。
「…会いたかった……」
「何故、あの時我から離れた」
「…化け猫は嫌われると思った。……あんたは人間にしか見えなかったし」
「当然だ。我が猫如きに見抜けるような化け方をするはずがなかろう」
「……俺はあの時、人の言葉が分かるくらいの力しかなかった。あれから、なんとか人間になりたくて、力をつけて、やっと人間になれるくらいになったけど、やっぱり中途半端だったな」
「…それで、いつ、本物の長曾我部 元親と入れ変わった」
問われて、元親はびくりと身をすくませた。
答えられずにいる元親に、元就は言う。
「答えよ。…それとも、我のいうことが聞けぬと申すか?」
「そうじゃ、ない、けど…」
「……我は、生まれたばかりの赤子を殺して成り代わってやった」
ぎょっとして元就を見た元親に、元就は嫣然と笑った。
「どうやら、それほどのことは出来なかったらしいな」
「当たり前だ!」
思わず叫んで、元親は言った。
「俺は、そこまで出来ない。…小物でもいいんだ。そんなことまでは、したくなかった」
「では、どうやった?」
「……本物の元親は、弥三郎は、長く生きられない体だったんだ…。生まれつき体が弱くて、心も…弱かった。…っていうよりは、女の子の魂を間違って入れられてたんだと思う。それくらい、女の子らしかった。俺は、弥三郎の飼い猫としてそばにいた。弥三郎には友達なんていなかったから、俺が唯一の…友達だったんだ。だから、弥三郎は不安なことがあるといつも俺に言ってた。……弥三郎が大分大きくなったとき、戦が起こった。弥三郎も出陣することになって……弥三郎は嫌だって泣いてた。その命も、尽きかけてて…。このまま戦に出したら死ぬなと思ったんだ。だから……」
「喰ろうたのか」
「…弥三郎は俺が化け猫だって知っても怖がらなかった。自分を食べて良いって言った。俺が…弥三郎になった方が、きっとみんな喜ぶからって。俺は…弥三郎が消えてしまうのが嫌で、俺の中に生きていて欲しくて、食って良いかって聞いたのに、あいつ……消えて、しまったんだ」
ぼろぼろと涙がこぼれた。
「戦に出て、俺が、あいつの姿で、あいつを中に抱えたまま、敵を倒したら…っ…あいつ、それくらい、弱かったんだ…。弱くて…優しくて……」
元就は猫にそうしたように元親の髪を撫でた。
涙が止まるまで、おちつくまで、ずっと、そうしていた。
涙を拭いとって、元親は尋ねた。
「あんたは…俺だって気づいていたのか?」
「下手な化け方をしているとは思っていたが、そなたとは思っていなかった。…そなたのこと自体、ほとんど忘れかかっていた」
「うん…まあ、あれだけ昔のことだし、当然だよな……」
当然と言いながら寂しそうな元親に、元就は言った。
「これは詫びだ。…受け取れ」
「へ?…んぅっ……」
いきなりの口付けに呆然となる元親の口腔をたっぷりと犯して、元就は言った。
「今度は優しくしてやろう。…嬉しいか?」
「嬉しいかって…。あんた、節制を守るとかなんとか、昔っから言ってなかったか!?」
「さて…何のことか……」
「すっとぼけるな!!」
「ぐだぐだ言っておると、采配を突っ込むぞ」
キャラ違ぇ!!と内心では叫びつつも、元親は抵抗を諦めた。
かなり以前にとは言え長く付き合ったのだ。
元就が口にしたことを実行しないとは思えない。
元親の強張った体をほぐすように、元就はその肌に手を滑らせた。
びくりと怯えたように体がすくむのは、やはりあの暴行でしかない行為を忘れられないからであろう。
痛めつけるための行為ではないと言い聞かせるように、元就は優しくついばむようなキスをする。
それに答えるように薄く元親の唇が開くと、口付けは深くなった。
濡れた音が響くのは最前と変わらないというのに、音色は全く違って聞こえた。
「元就ぃ…」
荒くなった息の下から呼ぶと、答える代わりにと口付けされる。
与えられるものを必死に貪る元親に、元就が珍しく本当の笑みをこぼす。
人にはもう見せられないほど赤くなった胸の突起に歯を立てると、痛みと恐怖と悦びに、元親の体がぴくんと跳ねる。
乱暴な行為の痕を洗い清めるように、元就の手が、舌が、元親の体をたどっていく。
「ひ、あっ…やぁ…」
否定の言葉を呟きながらも、元親の眦は愉悦の涙で濡れている。
過剰なまでに反応を示す元親に、元就は嗤うように言った。
「先ほどとはまるで違うな…」
「っ!」
ただでさえ赤くなっていた顔を更に赤らめて、元親は口を手で覆った。
声を立てぬようにと歯を食いしばる元親に、元就は更に刺激を与えていく。
言葉では何も言わない。
行為だけで、元親を追い詰めて行く。
元親の張り詰めたものに元就の手が微かに触れた。
それだけで、元親は白濁した精を放つ。
ただただ羞恥に震え、待っているであろう叱責に怯える元親の頭を、元就は意外にも優しく撫でた。
「次は…共にゆこうぞ」
そっと囁かれ、元親は小さく頷いた。
元就の指で、もので、確かに散々なまでに荒らされたはずの孔は、その驚異的な回復力ゆえか、すでに固く結んでいる。
そこに舌を這わされて、元親はひゅっと息を飲んだ。
割り開かれた脚を閉じてしまいたそうに身をよじるが、それさえ元就は許さない。
逃げ出したいほど恥ずかしく思う元親だったが、それでも逃げ出しもせず、猫の姿に戻りもしなかったのは、数百年ぶりに再会した主人を放したくなかったからかもしれない。
嫌われてしまうのが怖いほど、大切で、愛しい主人。
それゆえに、元親も余りにじれったく、己を辱めるような愛撫に耐えられなくなった。
きつく引き結んでいた唇を解き、憐れなまでに嬌声の混ざった声で、元親は訴えた。
「もっ…いい、から…っ、ひぁっ…やめ…っ……!」
「もういい…とは?」
「ソレ…っも、やめて…くれ…っ」
「……ああ」
にやりと元就が笑った。
「我のものが欲しいと言う意味か?」
「…っっ!!」
「ならばそう言わねばなぁ?」
「ど、どうしろって…っあ、い、言うんだよ…」
「元親…我とそなたの立場は?」
「ほ、捕虜と…勝者……?」
むっとしたように眉を寄せた元就が指を滅茶苦茶に動かすと、元親は悲鳴に似た声を上げた。
「あひぃっ!!っ、な、なんだよ!?違うか!?」
「…全く…素直でない猫よ……」
苛立ちも露わに言われ、元親は呆れたように元就を見た。
「……お前に、っぅ、素直じゃないなんて言われたかねーよ……」
「それで、もうひとつの答えは?」
「……猫と飼い主…だろ?」
「その通りだ」
つりあがった元就の目に、元親は思わず…それこそ本能的に逃げ出したくなった。
寸でのところで留まって、元親は問う。
「なんて…いぁっ、……言えば…良いんだよ…」
「そなたが考えよ。…我が気にいれば、いかしてやろう」
――そういえば昔っからこういう奴だった。
と元親は小さくため息をついた。
――残酷で意地が悪くて他者なんか思いっきり見下してて。
それでも……たまには優しくしてくれた。
うんうん唸りだしそうな勢いで考え込む元親を見ながら、元就は小さく吐息を漏らした。
――あの時化け猫と知っておれば、手放さなかったものを。
これほどまでに面白いものがそばにいたならば面倒な人の世にわざわざ関わりはしなかった。
…もったいないことをしたな。
元親はじっと元就を見つめて言った。
「……お願いだから、挿れてください、ご主人様」
とか?とつけたそうとした元親の言葉は口から出なかった。
否、出せなかった。
言い切った途端、中から指が引き抜かれ、元就のもので最奥まで貫かれたのだ。
口から出たのは悲鳴だけだった。
痛みと衝撃でびくびくと痙攣する元親の体を抱きしめて、元就は言った。
「上出来…だ……」
「おまっ…無茶…させんなぁ…っ……」
「どこが無茶だ?出血もしておらぬのだ。前よりはましであろう」
「あんな暴行と比較すんな、バカッ!!」
「それだけ文句が言えれば大丈夫だ。…動くぞ」
「い゛!?…っひぃっ!」
遠慮の欠片もなく揺さぶられ、元親はもはや声を堪えることも出来ず、ただ喘ぐ。
最初は悲鳴のようだったのがやがて艶を帯び、愉悦に濡れてくると、元就の口元にも笑みが滲んだ。
「良いか?元親…」
「んっ、あ、あ、あ、いいっ…!い…いいからっ…助けて…!!」
「わがままな猫だ…。だが、」
と元就が元親の唇を吸う。
「…猫は多少わがままな方がよいかもしれぬな…」
「…っなり、元就っ…」
「何だ」
「……き」
「聞こえぬ」
「好き…だ」
「………」
元就は黙って元親の感じるところを擦り上げた。
そのまま、元親は失神してしまったから知らない。
元就の顔が滅多に見られないほど赤くなっていたことを。
毛利 元就は天下統一間近にして突然姿を消した。
孫に家督を譲り、何処へともなく出ていったのだ。
たった一匹の灰色の猫を供にして。