広い茫洋とした水に黒い小さな人が浮かんでいた。

水中から見える地平線には人影はない。ここはどこだろう、何度目になるのか分からない疑問に水中で首を動かした。顔に当たる太陽の光が暑い。このままだと顔だけ日焼けするんじゃないだろうかと緊張感のない危機に思わず笑ってしまった。広い海で一人焦っても仕方がない。ここは助けが来るのを待っていた方が得策だと今までの経験から理解している。

すごいよなぁ、アクアブルーの透き通った海に包まれたまま目を閉じた。
森の奥から始まった細い流れは大河となりこの海へと繋がっているのだ。それはあまりにも雄大な世界の話で、自分の想像力では到底補いきれない世界だ。
「…別にさ、世界がどうとかいうわけじゃないんだ。」
たとえ自分が魔王なんて職業に就いていたとしても、それで世界を動かせるなんて思っていない。思えない。
水中の腕を軽く動かして、波の動きに従って流れるように動く。穏やかな海は暖かく異世界の自分を包み込んでくれている。それだけで十分だ、口元に小さな笑みが浮かんだ。

遠くで聞こえる声に答えるためにそちらの方へと身体を向けた。浮かんでいた身体を反転させて、クロールで船へと近づく。
手漕ぎボートから差し出された手を掴んで、船へと引き上げられた。強い紫外線を遮断するかのように頭からタオルを被せられる。頭にタオルを被ったまま重くなった学ランを脱ぎ捨てて、ワイシャツの袖を捲り上げた。

「おかえりなさい。」
「ただいま。」

いつもと変わらない穏やかな笑みの名付け親に頷いて、ユーリは首を傾げた。珍しい。
「コンラッド一人?」
「ええ、俺はちょうどこのあたりに用があったので。いいタイミングでした。」
嬉しそうに笑うコンラッドに偶然だなと笑って、ユーリはコンラッドの腕を掴んだ。夏に近い天気をしているのに、軍服をしっかりと着込んでいるコンラッドは汗一つかいていない。
「じゃあ、ちょうどよかった。」
ユーリの言葉に首を傾げたコンラッドが口を開く前に、体重をボートの下にある雄大な青に傾ける。コンラッドの腕はしっかりと掴んだまま。
シンプルな造りをしたボートは唐突な体重移動に逆らうことなく船体を傾けた。ユーリは海に飛び込む。
道連れになったコンラッドは、ボートがひっくり返る寸前にそれを器用に海の中から支えてどうしたんですと笑う。平然とした様子は流石と言うべきかとユーリは感心したように息を吐いた。
「ちょっと、抱えきれない分は一緒に包み込んでもらおうかと思って。」
海にですかと可笑しそうに笑うコンラッドにユーリは頷いた。


カップリング色強め強めと念じて書いたらこうなりました。コンユって恥ずかしい。