日が落ちて数刻、すっかり暗闇に覆われた風景。それに血盟城へ滞在していた大賢者は小さく首を傾げた。
確かに眞魔国の夜は電気のある日本に比べて暗いけれど、ここまで夜を実感させられることはあまりない。普段は松明が焚かれ、赤い炎の色が城のいたるところを照らしているからだ。
松明の焚かれていない夜の城は少し不気味だったが、その暗闇の中に魔王と大賢者と護衛は中庭に面する廊下に何をするでもなく座っている。
何かあったのかと隣の魔王へ訊ねると魔王は嬉しそうに、得意そうに「まあ見てろって。」とはぐらかす。
渋谷のくせに生意気だと言ってやろうとすると、それを遮るように女装趣味がウインクしながら魔王と同じような意味の言葉を繰り返した。自分だけ仲間はずれにされたような気がして、語尾にハートマークつきの言葉にわざとらしく眉を顰める。
「ほらきた!」
隣で嬉しそうな声が上がった。袖を引かれてそちらに注意を促される。淡い蛍光イエローの光を放ちながらふよふよと漂っているそれは、
「…蛍?」
「そう。グレタが教えてくれたんだ。」
親友の娘の姿を思い浮かべてなるほどと村田は呟いた。水の豊かな肥沃な土地の眞魔国とは違い、スヴェレラは砂漠に囲まれた国だったし、ゾラシアにいた頃は廃国の危機で蛍を見る余裕もなかったのだろう。
きれいだよなあ、茫然と蛍を見ている魔王がその少女を養女にしたのは人伝に聞いただけだったが過程がどうであれ順調な親子関係を築いているらしい。
年相応の顔をして蛍を見る魔王に、不思議だよなあと村田は同じように空中に漂う光を見た。
「肉食なのにねえ。」
「…は?」
唐突な言葉に何を言うんだと魔王が間抜けな声をあげた。
「いや、だから蛍が。」
「眞魔国産ホタルが?」
「日本のも肉食だけど。」
「そうなの?」
後ろに控えている名付け親に首を傾げた渋谷に気付かれないように苦笑した。
「ええ。」
同じような表情をした名付け親の言葉でようやく信用できると判断したのか、へぇーと改めてホタルを見る。
「見た目によらないって本当なんだな…」
しみじみとした言葉に村田は同じように頷いた。
徐々に増えていく蛍光イエローの光はそんなことなど微塵も感じさせない儚さで光り続けていたのだけれど。




季節物の内容が薄いのは仕方のない事だと思います。思ってください。