おやすみなさい / 鋼の錬金術師 (ロイ×エドワード)


 どうしてあんな男が好きなんだろう。

 そもそも男って時点でだめだ。その上性格は最悪。大佐のいいところは顔くらいだと言ってやれば大佐は愉快そうに笑ってありがとう君にほめられるとうれしいなどと言ってくる。褒めてねえし、そもそもそんな男の家に上がりこんでいる時点で俺も大概おかしい。
 でも大佐の家には旅先でどうしても手に入れたかった本を置いている俺の本棚がある。本程度であれば軍の資料室でもなんなら図書館に寄付しても良かったが、手続きのあまりの煩雑さに辟易してしまって今はもうそんな気にもならない。結局軍に寄付した本は金属の練成に関する古典的な研究論文一冊だけだ。それ以外は全部大佐の家にある。

「研究は順調かい?」

 ノックとともに開かれた扉を睨み上げ、勝手に開けるなと言えば大佐は目元を緩めた。微笑んだ、つもりなのだろうが肉食動物が獲物を定めているようにしか見えない。そうやってすぐに人を図る目をするのは大佐の悪い癖だ。そんな顔ばかりしているから軍の上層部に嫌われるんだろう。

「俺は勝手にしてるから大佐もさっさと寝ればいいだろ」

 そう言って睨みつければ大佐はわざとらしく驚いた顔をする。無視しようか、無視した方がいいんだろうな。
 どうせ大佐がこういう顔をするときはろくなことを考えていないのだから。大佐は分かり辛いけれど、後見人と被後見人の関係になってから3年も経つ。多少は経験的な予測が出来てもいい頃なのに。
 いつもなら気詰まりな雰囲気など感じさせない経験豊富な男が黙り込んでいるのがその証拠。分かっていても口にせずにはいられない空気を作り出す、こういうところでは大佐は無駄に有能だとエドは無性に腹立たしくなる。

「…何だよ」
「君らしくない。等価交換でなければ嫌なんだろう?」
「ならここの本ぜんぶ大佐にやる」

 これは本気だった。大佐に家に置けばいいと言われたときから思っていたことだ。別に大佐が欲しいっていうならいくらでもくれてやる。アルとは比べられなくても、アルの次くらいになら優先してもいい。それくらいには思っている。絶対口にはしないけれど。だいたいそれくらいで大佐が満足するわけがないから迂闊な事は言わない方がいい。
 大佐はさっきよりはそれらしく微笑んで首を振った。

「これは君のものだ。それに書棚を提供することに関しては私も等価のものを得ている。言ったのは研究室を貸すことにだ」
「……大佐は、何が欲しいんだ」

 両手を広げた大佐は甘やかす声でおいで、と言う。甘やかしているように見せて命令してくるところが大佐らしくて嫌になる。なのに、それにおとなしく従う俺はバカだ。でもおいでって言う大佐が悪いんだ。最後の部分だけ声にすれば大佐は苦笑して抱き上げてくる。

「せっかく戻ってきているのに、君は茶のひとつにも付き合ってくれない」
「…研究レポート書くために戻ってるのに、どこにそんな暇があるんだよ」
「だがたまには体を休めないと。今日はこの辺にしておかないか」

 あまりほったらかしにしないでくれないか、くつくつと笑う大佐の頬を抓りあげてみても大佐は気にしないようだった。諦めて頷いた途端に頬に唇が落ちてくる。

「いい子だ、鋼の」

 腹が立って顔を殴ってやろうかを思ったら抱えなおされて逆に大佐の首元にしがみつく羽目になる。ばたんと研究室の扉が閉ざされ、大佐は人を一人抱えているとは思えない普段通りの調子で歩き、おまけに寝室の扉を蹴って開けた。
 ベッドに下ろされると今度は頬にキスを。触れて離れ、大佐は自分の頬を指で示してくる。等価交換等価交換、エドは心の中で唱えてずいぶん久しぶりのおやすみの挨拶を後見人たる焔の錬金術師と交わす羽目に。

「…等価交換の分だからな」
「つれないね」

 微笑んで頬を撫でてくる大佐の手を払い落として寝返りを打つ。つれないって、じゃあ俺が自分からいつも大佐にこういうことすればいいのか。想像してみたがどちらにしろありえないだろう。
 大佐に背中を向けていると隣のベッドに入り込んでくる気配がする。このベッドは大佐のだから仕方がない。仕方がないんだ、そんな風に念じているエドに大佐は存外に柔らかな声でその金髪の先にひそやかにキス。
 知られれば借りだといってまた家に寄ってくれるだろうか、などと仕様もないことを考えている大佐の視線の先には微動だにせず背中を向けている小さな錬金術師の姿。爪をかけ牙でその首元に喰らい付くのはまだ先でいい。とりあえず今は同じベッドで寝てくれるくらいには信用されているのだから、その信用を得られるだけ十分だと思わなければ。胸中に沸く欲を抑えこみ頭を撫で清冽な声で囁くにとどめておく。

「おやすみ、いい夢を」

 …おやすみ、と返事が小さな声で返ってくる。それだけのことがどれほどの幸福と忍耐を齎しているのかなど、子どもは知らないのだから。

written by 雨梓(Physis)