あなたがいなくてもうとどかなくて、



それで、









冷たく、静かで重たくて、それはまるで土みたいだった。そんな男を拾った。雨が降っていた。

「マイ。おれもつれてって」

男を部屋に連れ込んで一週間くらい経った頃に、男は言った。
あたしは男に『耕輔』という名前をつけた。それはあたしが一週間前まで付き合っていた人の名前だ。気分でつけた。深い意味はなかった。

だけれど。

「来たら困るよ。学校だもん」
「いきたいな」

耕輔は耕輔になった。ここには、耕輔がいる。

「制服もないし」
「じゃあ誰かに借りてよ、マイ」

耕輔にせがまれてはどうしようもない。あたしは耕輔に弱かったから、この耕輔にも弱いのだ。なんだか最近、顔まで同じだ。

「でもやっぱりだめだわ」
「なんでだよー」

小声で「本物の耕輔がいるから」と呟いた。耕輔にはたぶん、聞こえていなかった。

「耕輔」
「なにー?」
「やっぱ違う」
「なにが?」
「そんなに語尾伸ばさないもの」
「?」

耕輔は耕輔じゃない。だけどやっぱり特に顔なんかはいつのまにかうりふたつだ。耕輔を拾ったときの顔は、まるで思い出せないのに。

「耕輔」
「なに?」
「やっぱり同じだわ」
「なにが?」
「喋り方も似てきたし」
「?」

どんどん耕輔は変わってゆく。耕輔にはわかっているのだろうか。耕輔は耕輔を知らないけれど。あたしは知ってる。だってほんとうにそっくりなんだもの。どうしろというの。愛してしまうじゃない。だって耕輔を、ほんとうに、ほんとうに愛していたから。

「ねえ、ぎゅってして」
「はい」

耕輔は冷たかった。温度だけは違うんだな、思い知るとあたしの気持ちは冷める。一時的なものだけれど、きっとこれ以上耕輔を愛することはない。きっと。

あたしはつくづく馬鹿だな。耕輔に捨てられた分際で。
耕輔を愛すると同時に、あたしは耕輔を憎んだ。

「いたいよ、マイ」

耕輔の首をぎゅっと握った。あたしの小さな両手が冷たい首筋を這う。十本の指が沈んでいくのと同時に、あたしの心も沈む。

「痛くないでしょ。だってあなたはだれ? 耕輔なわけない。だってあのひとはあたしをあの日捨てたのよ。どしゃぶりの雨だった。どんな気持ちか分かる? 分からないでしょう。ねえ、酷く憂鬱なの。耕輔のせい。だって本物の耕輔になっていくんだもの。どうして? あたしはなにをしてるの?」

手の甲の血管が青白く浮かんだ。ほんとうにあたしはなにをしてるんだろう。耕輔はやけに落ち着いた瞳をしていた。あの日のよう。あたしを捨てた日のよう。

「おれは耕輔じゃないの?」

途切れ途切れに紡がれた言葉に、あたしは千切れるような痛みを感じた。
ごめんなさい耕輔。あたしがぜんぶ悪いんだ。


「ごめ…」


次に見上げたときには、耕輔はいなかった。
あたしが必死に握り締めていた細い首は、どす黒い湿った土になっていた。
雑誌やCDで散らかったあたしの部屋の真ん中で、あたしの腕は宙で土を握っているのだ。千切れそうになりながら。

少し経ってから、あたしはごみ袋にその土をつめた。大した量じゃなかった。プランター一つ分くらいの量だろうか。その袋を、耕輔を拾った場所に持っていった。愛してる。


耕輔があたしを捨てたように、あたしも耕輔を捨てたのだ。




fin.



040613