「もうなにもわからないよ」


この世界の嘘も真実も


「もうなにもわからないんだ」


でも、
ただあなただけがいてくれればいい


「それがおれの真実なんだ」




真実




「可哀相なひと」
「おれが?」
「なにも信じられないのね」
「キョーコさん、おれ」
「いいのよ。あたしはそれでも別に構わないわ」

ほんとうは、キョーコさんだって『嘘』なんじゃないかって思うときがある。
だって彼女はあまりにも、都合の良すぎる存在だから。

「あなたの心の傷を少しでも癒せたらいいの」
「ありがとうございます。…おれ、キョーコさんのこと」
「それがあたしの仕事だもの」

ふっと微笑んで、キョーコさんはデスクの上の紙にさらさらと記入をした。一大決心の告白も、いつも上手い具合にはぐらかされる。
やっぱりキョーコさんは大人だ。
白衣から伸びる細く長い足も、整えられた長い爪も、紅い唇も、さらりと流れる赤茶の髪も。きっと誰かのものなんだろうなあと思う。

だからこの瞬間が、いつだって長く続けばいい。

「それとね」
「…あ、はい」
「次からは先生が替わるわ」
「え…?」
「ごめんなさいね。あたしの都合で、実家に帰ることにしたの」
「……け、結婚するんですか…?」

ふんわりと、キョーコさんは笑った。このひとはどうしてこんなにも綺麗なのだろう。
そしてどうして、こんなにも――

「いやだよ、おれ」
「………」
「キョーコさんに会えなくなるなんて」
「たまに顔を出すようにするわ」

もうほんとうになにもわからないよ。あなたさえも嘘を吐くの?

「ねえ、キョーコさん。それはほんとうなの? 信じてもいいの? あなたは酷いひとだよ。おれの気持ちだってしってるくせに。おれ、ほんとうはどうでもいいんだ。この世界の嘘とか、本当とか、そんなのどうでも。キョーコさんがいてくれればいいんんだ。ねえ、それだけでおれはここにいること、わかるんだ」

「ええ」

「ほんとうだよ。ほんとうなんだ。どうして信じてくれない?」

「信じてるわ」

「嘘だよ、そんなの、信じられない。おれだってわかってる。おれ、矛盾してるよね。でも、なんて言ったらいいかわからないんだ。ねえ、キョーコさん。教えてよ」

「……あなたが」


ねえ、キョーコさん。
教えてください。
どうしたら、ちゃんと、生きられるの?

どうしたら、愛してくれる?


「あなたが、ここにいて、わたしがここにいることは、真実よ」


ああ


「真実なの」


やっぱり


「信じて……?」


あなたを、ほんとうに



キョーコさんは笑った。その手でそっと、この冷たい頬に触れて。
愛していた。それだけは真実だった。


「キョーコさんが、好きなんだ」
「ええ」
「……やっと、言わせてくれた」


そう言って見上げたキョーコさんは、また少し微笑んでいた。
「ありがとう」と言って、その長い睫毛を上下させながら。




fin.



040613