「もう泣かないって、約束したのにね」

水面に波紋が広がる。


リナは静かに、彼のことを、想う。



なみだ



あなたはこんな私のことを見たら、笑うかな。
「そんな顔するなよ」って、手を握ってくれるのかな。

波の音が、ただ流れるように辺りを包んでいた。リナは砂浜で膝を抱えていた。小さな貝殻の破片を海に投げ込むと、波の模様が花のように咲く。とても美しくて、またなみだが溢れた。美しいものや、心を動かすものを見ると、彼のことを思い出してしまうから。『あなたと一緒に見たかった』そう思って、しまうから。

「どこに、行っちゃったのかな」

もっと素直になっていればよかった?
『行かないで』って叫べたら、ここにいてくれた?

怒ることもできない。だってあなたはいないから。ただ、こうして、なみだを流すことしか。

もう泣かないよって、微笑えたとき、あなたは抱きしめてくれたけど。約束だよって、小指を繋いたけれど。


「あなたも、もうどこにも行かないって、約束したのに……」


お互い様だね、って思いたいのに。
果たせない約束を、今はただ祈るばかり。

相変わらず目の前に広がる海は青く、大きかった。どこまでも続く優しいなみだのようにも見えた。リナはいっそそうであればとも思った。なみだが海なら、いつかあなたは波と共に帰ってくるかもしれない。そう思った。リナは、ただ祈ることしかできないから。


あなたに、会いたい。
あなたに会えて、私はほんとうに変われたんだよ。
好きなものを好きと言って、愛する人と共に生きたいと願えた。
ひたすら微笑んでいるんじゃなくて、怒ったり泣いたりした後の笑顔が、好きと言ってくれた。
そんなあなたを、愛してたの。

この波のむこうで、あなたは笑っているの?


リナは静かに涙を拭った。これから先の未来に、彼がいないとしても。

「果たせるように、私だけで、がんばるから」

立ち上がって、彼と眺めた海を一人で見据える。涙を湛えて。リナにとってすべてである思い出を、沈めるように。


「もう、泣かないよ」


祈るだけではなにも変わらないと、あなたと生きて、知ったから。
あなたなしの未来でも、生きるくらいなら、きっとできる。


リナは透けた波に映る自分に、笑ってみせた。
濡らした睫毛はそのままに。



end.



040522