「赤い月」crimson moon 確かあれは小学校5、6年の頃だったはずだ。なぜなら、橋の裏で遊んでいた 頃だから。橋の裏とは、鉄とコンクリートの骨組みのところ。つまり、道路が 頭の上を走っている。その裏を伝って川を渡る遊びをしていた。落ちたら痛い どころの騒ぎではない高さは充分にある。本当はすごく怖かった。けれど、怖 いと言ったら負けの男子の世界だったので、みんな怖くないフリをしていた。 そんな頃だった、赤い月を見たのは。川沿いの道を自転車で追いかけた。月は ますます赤く大きくなった。「こえぇ」口に出した瞬間からなぜだか「もう逃 げらんねえ」気がしていた。自転車を投げ出して赤銅色の月をボーゼンと眺め ていた。一人きりになっていた。真っ赤な満月はゆっくりと上昇していく。と ても静かだ。なにも聞こえない。心もだんだん静かになってく・・・我に還る キッカケは金属バットの響きだった。振り返るとバッティングセンターがあっ た。こんなところまで来てしまった。それからどうやって家に帰ったのかは記 憶にない。 [97.12.23]