「視線」up! up! up! 屋上はいいよね。飛行機も覗きに来たくなるような楽しさと安らぎがあるね。 地上よりむしろ空に近いからかも知れないけれど。でも、けっして、現実ばな れしているわけではなくてさ、見下ろす町に自分の生活している場所、自分の 居場所を眺めることができるから、ちゃんと生きてることを実感できるから、 安心できるのかもね。 二足歩行を思い付いたばかりの小さなヒトはまだマバタキというものを発明し ていなかったと見えて、丸いどんぐり目でコーキシンノカタマリの笑顔でヒル ネの僕を見つめながら接近してきたよ。何か言いたそうだったけれど、何か思 い付いたように振り返りフェンスに近づくと、フェンス越しに3cmの背伸びを していたよ。彼には町が届かなかったようだけど、いつかきっと自分の力で町 を見下ろし、自分の居場所を探すようになるんだろうなぁ。彼が僕に何を見た のか、フェンスの向こうに何を見ようとしていたのか、僕には何となくわかっ たような気もするし、何もわかっちゃいないような気もするよ。そんなことは どうでもいいことだったのさ。少なくとも、彼と僕との間にはちょっとした連 帯感があったんだ。言葉を必要としないものだけれど、たとえて言うなら、屋 上っていいよねってこと。 この頃、視線が上へ上へと向いている。天井。屋根。屋上。空。 ご機嫌な証拠だ。 [97.03.23]