「心臓」heart  そこにはすべてが含まれていた。  建物と庭とその先に拡がる景色。 山、空、雲、雪、虹、光、影、鳥、木、石、苔。生活、非日常。寒さ、暖かさ、 嬉しさ、哀しさ、痛み、心地好さ。自分自身。  幻に惑わされないように目を閉じて「ノイズ」を遮断してみる。ここにある 一つひとつを分解していく。たまねぎの皮を一枚一枚はがしていくように。 何が残るか。何も残らなかった。ノイズを除去して残ったものは「無」だった。  そこには何もなかった。  しかし、一旦無にしてみて気が付いた。この分解作業中に何か見落としたモ ノはなかったか?バラバラのパーツを見ただけではわからないことがあった。 パーツの繋がりにこそ意味があった。ここには、ここにしかない組み合わせと 繋がりがあった。しかも、各瞬間ごとに変化し続け、二度と同じ繋がり方をし ない。  気付いた瞬間から心臓の鼓動が速くなる。今や僕は心臓のかたまりとなって いる。浮遊した僕の魂は今強引なまでに肉体を感じさせられている。僕はここ に居る。それは実感となった。何も言葉に出来なかった。言葉の代わりに心臓 が口から飛び出そうだ。 [97.01.14]