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「まだ終わらへんの」
不機嫌な声が背中に掛けられる。振り向かなくてもその表情は何となく掴めた。多分本当に不機嫌そうに顔を顰めて待っているのだろう。
「もう少し掛かる。先に寝てろ」
 キーボードを打つ指の動きは休めることが出来ない。少しでも早く仕事を上げようというつもりはあるものの、根性だけで仕事は終わってくれないのだ。
 もう時計の針は深夜二時を指している。明日は休日とは言え、和秋を気遣って言った言葉に、しかし彼は不満そうに鼻を鳴らした。
「……意味あらへんやん」
 和秋の声は変わらず不機嫌だ。自分が仕事をしている最中に彼がここまで不貞腐れることは少ない。
 遠慮深いというよりは臆病な彼は、自分の負担になることを好まない。だから仕事中だと判れば、どれほど雄高が冷たくあしらっても文句を零したりはしないのに。
 珍しいな――なんて思うのに、やはり仕事はまだ片付かない。
「俺がここにおる意味がないやろ」
「寝に来たんじゃないのか?」
 いつだったか、和秋が言っていた。ここのベッドは寝心地が良くてつい寝すぎてしまうと。それは本当は少しだけ違うんじゃないかと雄高は思う。――本当はベッド自体が寝心地が好いわけではなくて。
 人の気配がすることに、この子は心地好さを覚えているのだろう。
「寝るだけやったらわざわざこんなとこまで来ィへん」
「そりゃそうだ」
 それをそのまま彼に伝えれば、今よりももっと不貞腐れてしまうのは目に見えて判っていた。
 だから敢えて頷く。
 その仕草さえ気に障ったらしく、和秋は鼻を鳴らしてソファから腰を上げる。そのまま雄高の背後に移動すると、肩越しにパソコンの画面を眺めている。見たって進行状況なんて判りはしないだろうに。
「コラ」
「……いつ終わるん」
「だからまだ先だ」
「あとどれくらい?」
 しつこい。
 溜息混じりに漸くパソコンから視線を外し、後ろを振り向いた雄高を迎えたのは、まるで予想違いの和秋の笑みだった。
「――やっと見た」
 悪戯好きの子供のような顔で、和秋は機嫌良く笑っている。
「――あのな」
 どうやら雄高がやっとパソコンから目を離し、自分を見たことが嬉しいらしい。可愛らしい発想ではあるものの、今は付き合ってやる余裕がない。
「そんな暇はないんだ。あと一時間くらいで片付けるから、それから構ってやる」
「あと一時間あと一時間て、もう聞き飽きたわ」
 雄高が仕事中にだけ掛ける眼鏡を奪うと、取り返す暇もなく和秋はそれをテーブルに置く。
「あんた、どれくらい寝てないんや」
 奪われた眼鏡に眉を寄せ、いい加減にしろと口を開き掛けた雄高に、思わぬ真摯な声が投げ掛けられる。
「仕事が忙しいんは見てて判るっちゅーねん。やからどんだけ寝てないんか言うてみいや。気付いてへんのやろうけどな、眼の下、すごいことになってんで」
 和秋はほんの少しだけ顔を顰め――どうやら怒っているようだった。
「俺が寝るために来てんと違う。あんたを寝かせるために来たんや」
 判れや――溜息混じりに、そして真面目な声音で言われてしまう。
 確かにここ一週間ばかり、ろくに睡眠を摂った記憶はない。自己管理が出来ていないのはどなたでしょうねえ――そう、神城に逢う度に厭味を言われていたことを思い出す。店や写真、更にはコラムの仕事が丁度同じ時期に忙しくなったのに加え、いつものくせでつい友人たちの世話を焼いていたのが祟った。
 どれかひとつ――せめて友人の世話を焼くことを止めていれば、睡眠は摂れるはずだろうと。神城に言われたのだ。
 元々雄高は一日二、三時間ほどの睡眠で数日は持ち応える便利な体質だったから、疲れていることにも気付かなかったのだ。
 むしろ疲れていることが当然のような気がしていた。
「……そんなにすごいことになってるか?」
 隈が出来るほど睡眠不足であったという自覚すらない。
「隈言うんも大袈裟やけどな。疲れてるんやろ。そんくらい判る。メシも食ってへんのとちゃうん。さっきかて、俺だけ食わしてあんた仕事してたやろ」
 和秋の口調はやはり乱暴で、憤っているようにさえ聞こえた。そこで漸く思い至る。
 多分、心配されていたのだ。しつこくいつ仕事が終わるのかと尋ねられていたのもそのせいか。
 どうやら自分は説教されているのだろうと思うと、妙に可笑しくなってつい口元が緩んだ。
「……笑ってんなや、ちくしょう」
「いや、すまない。……そうか、疲れてたか」
「自分で判らへんのかい。……判ってたら適当に休むやろうけどな。今日はもう仕事止めや。風呂。メシ」
 呆れた口調で言われ、パソコンの電源を落とすと雄高は椅子から腰を上げた。そこまで言われれば、今日はもう仕事を続ける気が失せてしまう。――そうか疲れていたのかと、妙に新鮮な気分だった。他人から説教されたり心配されたりすることに、いまいち慣れていないせいか心臓辺りが少し擽ったい。
「腹は減ってないんだよ。……先に風呂か。面倒臭いな」
「面倒臭い言うとる場合とちゃうやろ。さっさと入って来い」
 バスルームへと押し遣るように背中を押される。渋々ながらも浴室に向かう途中、悪戯を思い付いて雄高は背中に張り付く和秋の顔を見遣ると軽く口の端を上げた。
「――一緒に入るか?」
「…………」
 和秋は黙り込み、真顔で首を横に振った。拒絶するその仕草が余計に面白くて、和秋の腕をがっしり掴むとそのまま引き摺るように浴室へと連れ込む。
「や、厭やって俺さっき入ったし! 風呂!」
「一日に二回入っても構わんさ。たまには」
「た、たまには、て…っ」
「一人で入るのも寂しいだろ。付き合え」
「あんたは子供かー!」
 ぎゃあぎゃあと和秋が喚くのを無視して、雄高はすぐに衣服を脱ぎ始める。隙を伺って逃げ出そうとしていた和秋も、躊躇いなく服を脱ぎ始めた雄高を見て「本気か、」と戸惑うように上目遣いで雄高の顔を見上げた。
「たまには、な」
 浴室は流石に僅かな狭さを感じさせるものの、男二人が入ってもそう不都合はないだろう。ちょっとした悪戯のつもりで思いついただけの状況を、雄高は思いがけず楽しんでいた。
「――楽しそうやな」
「楽しいな」
 唸るように呟いた和秋に上機嫌で返しながら、雄高は和秋の服に手を掛けた。






「……髪もさっき洗ったってー……」
 温度を調節したシャワーを頭からぶっ掛けると、水を恐れてぎゅっと目を瞑った和秋が、どことなく不貞腐れたような声で抗議する。
「文句言うな。髪くらい洗わせろ」
 充分に髪が濡れたのを確認してから湯を止めると、和秋は犬か猫のような仕草でふるりとかぶりを振り、滴る雫を払った。
「一日に二回も髪洗わんかて。……しかもさっき洗ったばっかやのに……」
 強引に浴室に連れ込まれた和秋は、抵抗はしないもののさっきから不平不満ばかりを垂れている。納得いかないのも当然で、彼はほんの二、三時間前に風呂から上がったばかりなのだ。
 ただ単に雄高の趣味に付き合わされている状況に、多少の不満があっても致し方ないだろう。
「黙ってろ。口に泡が入る」
「んー」
 シャンプーを掌に落とすと和秋の柔らかな髪に馴染ませる。徐々に泡立ち流れるシャンプーを避けて顔を上向かせると、和秋は目を瞑り雄高の手の動きに身を任せた。
 和秋の髪質はひどく柔らかくて、容易く手に馴染む。男の髪質は歳を取るごとに硬くなったりゴワゴワになったりするもので、気に入りのこの感触をいつか手放さなければならないのかと思うと少し惜しくなった。
「……髪、伸ばしたらどうだ?」
「はあ? 何言……っぶ」
 丁度和秋が口を開いたのと、シャワーで泡を流し落とそうとしたタイミングが見事にかち合い、和秋が盛大に咳き込む。
「きゅ、急にかけんなや…っ」
「悪かったな」
 慌てて俯いた和秋は、申し訳なさの欠片もない雄高を恨めしそうに上目遣いで睨み付けると、泡が洗い流されるのを大人しく待つ。
「……髪が何やって?」
「伸ばしたらどうかと思ってな。おまえの髪は触り心地がいい。長所は伸ばせ」
「まんまやんけ。……俺の長所って髪かい……」
 シャンプーを終えリンスへと移ると、どうやら下手に口を開かない方が身の為らしいということを学習した和秋は、ただ黙りこくってリンスが終わるのを待った。
「背中向けろ」
 ボディソープを引き寄せながら促すと、雄高に背中を向けた和秋は何かに思い至ったようにふと首を傾げた。
「……てか、俺があんたの身体洗った方がええんやない?」
「……後でな」
 確かに一度風呂に入った和秋の身体を再び洗うよりは、雄高の身体を洗った方が効率は良い。しかし今、和秋に身体を洗ってもらうつもりは毛頭なかった。
 世話好きの性質だとは自覚しているが、風呂の世話がこんなにも楽しいものだとは思わなかったのだ。髪を洗っている最中、心地好さげにされるがままになっている表情も、湯を掛けるとぎゅっと目を瞑ってみせる表情も新鮮といえば新鮮で、見ているだけで飽きなかった。
 掌で泡立てた液体を背中に塗り付けると、感触に驚いたように微かに和秋の肩が揺れた。
「……動くな」
「わ、判ってるけど……っ」
 滑らかな感触の肌をなぞるように掌で擦る。時折ソープの液を足しながら首、背中、そして腰までを泡だらけにすると、和秋は堪えられないとでもいうように背中を丸め、肩を震わせながら笑いを噛み殺した。
「くすぐった……」
「我慢しろって。洗い難い」
「やって、指ー」
 わざわざ指でやらんでもええやんか――笑い混じりの抗議を無視して、後ろから指を前へと這わせる。顎下から首をなぞると、和秋はいっそうくすぐったいと身体を折り曲げた。
「も、もぉええ。笑い死ぬ……」
 暴れる身体を後ろから羽交締めしながら、雄高は軽く溜息を吐いた。もちろん擽っているつもりも笑わせているつもりもないが、それでも泡でぬるつく指先がむず痒い感覚を覚えさせてしまうのは仕方ない。戯れるような会話に思わず口元が綻ぶ。
 同性相手という気楽さからか、微塵の羞恥を感じずに身体を洗わせてやっている和秋との会話は、恋人同士の遣り取りというより、甘さの欠片もないただのじゃれ合いに近い。
 それでも泡を掬った指先を胸板へ降ろしていくと、和秋の反応が如実に変化する。
 性的な動きのない指先が胸の突起へと触れた瞬間、和秋は背中を更に丸めるとまるで指先の動きを嫌がるように数度首を弱く振った。
「……ンッ……」
 思わず、と言ったように唇から漏れる甘い吐息に誘われるように、膨らみのない胸を掌で弄る。
「……なに、してんっ」
「洗ってるだけだろ?」
 掌を動かす度に、ぷっくりと膨らんだ突起が指先に擦れる。泡塗れになったそれは、赤く色付いて刺激に応えるよう立ち上がる。
「ぁ、あほー……」
 絶対わざとや、絶対わざとや――小声で和秋が呟くのを無視して、左手を胸に残すと右手を下腹部へと伸ばす。一度怯えるようにビクリと大きく震えた和秋は、しまった、とでも言うようにゆっくりと身体から力を抜いた。
 臍の周囲を丁寧に指先でなぞる。くすぐったいと感じる箇所は性感帯だ。小刻みに震える身体の反応を楽しみながら、雄高は至る所に泡を塗り付けた。
 既に昂ぶり始めている中心には見向きもせず、脚の付け根の内側へと指を滑らせる。触れられなかった中心はふるりと震えて、切なげに熱を増した。洗うという名目で胸に残した左手で突起を悪戯に弾いたり捏ね回す。指の動きは既に、明確な別の意思を持って動き始めていた。
「……なぁ…っ…」
「――…ん?」
 どこか焦燥を含んでねだるように雄高を呼んだ和秋に視線を遣る。直接的にねだることはどうしても出来ない和秋は、恥らうように唇を噛んだ。
「……泡、気持ち悪いねんっ」
「……おまえは本当に可愛くないな」
 どんな言葉が飛び出すのかと思ってみれば、和秋が口にしたのはそんな可愛くない文句だけで、雄高はそっと笑った。こんな悪態も、嫌いじゃない。
「気持ち悪いのにこんなになるのか?」
 震えながら勃ち上がった先端に、指に残る泡を塗り付ける。すぐに指を離すと滴り出した先走りが指の腹に付着した。
 一層大きく身体を震わせた和秋は、「ヤ、」と子供のような動作でしきりに首を振る。
「――洗ってるだけだろ?」
 明らかに刺激を求める部分を素通りして、適度に筋肉の付いた太股へ泡を滑らせる。鍛えられた陸上選手の脚だと思う。最も自分はスポーツ関連には疎いのだから、そんなことが触れただけで判るはずもない。
 それでもこの脚で彼が長い間走り続けていたのだと思うと――無性に、愛しくなった。
「ほんなら、変な触り方すんなや……」
 声は弱々しいものの、言葉はまだ必死に虚勢を張ろうとしている。
「俺のせいか? ……おまえが勝手に感じてるだけじゃないのか」
 洗ってるだけ――それを主張するように、雄高は潜む膨らみを掌で包み込むと、そっと揉む込む。あくまでも洗っているだけ、だ。
「やっ……止め……」
 突然襲った強い刺激に、とろりと先端が蕩けて蜜を零す。最初はただの悪戯のつもりだったのに、そんな風に鳴かれたりしたら――
「変な触り方っていうのは――こういうのだろ」
 泡塗れの掌は、とうとう勃ち上がった和秋自身に触れ、そこを握り込む。和秋が一瞬息を飲み、ぎゅっと固く目を閉じた。
「ひぁっ……ぁ、……アアッ…」
 ぬるつく掌で充実したそれを上下に扱くと、和秋の唇からは止めどない喘ぎが零れる。零れる先走りは泡と混ざって、グチャリ、と淫らな音を立てた。
 滑り易くなった掌は和秋自身が漏らしたもののせいなのか、それとも泡のせいなのか。判断が付かない。
「ぃ……や、や……も、いい加減……ッ……」
 しどけなく開いた脚がタイルを幾度となく蹴るように滑る。雄高の胸に背を預け、和秋は切なげに眉を寄せると力の抜けた身体を捩った。抵抗のつもりなのだろうが、痛くも痒くもない。
「ふざけんのも、大概に……ッ」
 噛み締めた唇から、言葉の険とは裏腹の甘さを含ませて和秋が告げる。確かに最初は悪ふざけのつもりだったんだが――胸の中でだけ言い訳して、赤く染まった耳朶を食みながら囁いた。
「……悪いがふざけているつもりはない」
「……っく……」
 それだけで敏感な身体は跳ね上がる。それに呼応するように解放をねだる前がひくりと震えた。
「――……や、ぁ……」
 必死に何かを堪えるように唇を噛んでいるものの、漏れる吐息からは甘さしか感じられない。ここで止めても困るのは和秋だ。
 そう結論付けて、雄高はそっと――泡の滑りを借りて、固く窄まった入り口へと指を忍び込ませた。そこは難なく雄高の指を受け入れて、挙句には熱く熟れて奥へと誘う。
「……すごいな」
「……っ、ふ……」
 思わず零した吐息にすら反応して、和秋は弱く首を振る。
「……どうしてこんなに熱くなってるんだ?」
「そんな……知らん……」
 和秋は悔しげに吐き捨てる。この悪戯の延長でしかない愛撫に和秋自身も興奮していることは、火を見るより明らかだった。
 誘われるままに指を深くへと挿入し、襞のひとつひとつを丁寧に濡らすと一際高い声が響いて浴室にエコーする。
「……ッ、ア、……ぅ…」
 思ったよりも大きく響いた自らの声に驚いたのか、和秋は慌てて口を噤む。それでも後孔への愛撫を続けると、気を払う余裕もなく再び甘い声で鳴き始めた。
 指を二本、三本と増やしても少しの苦しさも感じないように、和秋はひらすら切なげに喘ぐ。嫌がるように揺れる腰の動きさえ、誘っているようにしか見えない。
「……雄高さ……ッ…!」
 グルリと大きく掻き回した指で見つけ出した前立腺を爪先で抉ると、若い身体は弾けて白い液体をタイルに撒き散らした。
「…んっ……は、ぁッ………」
 ビクビクと震えて強張る身体を徐々に弛緩させ、和秋はぐったりと雄高に背中を凭れさせる。うっすらと汗ばんだ額に、濡れた前髪が張り付いていた。
 その前髪を掬ってやりながら、顎を上向かせて鼻先にキスを落とす。
「……ン、」
 整わない吐息を落ち着かせようと深く肩を上下させながら、まだ内部に埋まったままの指に眉を寄せて和秋は雄高を仰ぎ見た。
「……ま、だ…?」
 薄く赤らんだ唇が尋ねたのは、和秋の背中辺りに当たっている雄高の猛った自身のことだ。和秋の痴態に煽られて熱を持って疼き出したそれを、和秋は鈍い動きで体勢を入れ換えると指先でそっと包んだ。
「……まだ。付き合えるか?」
「……いまさら、やろ……」
 身体を向き合わせると雄高の膝の上に身体を乗せ、和秋はタイルに膝を着く。
「……動かんといてや」
 和秋は声を潜めて囁くと雄高の首に腕を絡ませた。何をするのかと見ていると、そのままの体勢で僅かに腰を浮かせた和秋は、その位置を確かめながら恐々と身体を沈めて行く。
「ンっ……」
 指とは比べものにならない質感に、さすがに苦しげな声が零れる。それでも和秋は動きを止めず、ゆっくりと雄高自身を呑み込んでいった。
「……平気か?」
「……へい、き…。…」
 勃ち上がる雄高に添えた指で、その根元をなぞりながら吐息で囁く。
「……あんたの。めちゃくちゃ熱い」
 僅かに視線を上げ、目を合わせると和秋は小憎たらしいくらいの笑顔で、ふっと笑ってみせた。
「こんなになってんのに、……我慢なんか出来へんやろ」
「――そうだな」
 おかしくなって、雄高もそっと笑みを返した。泡と汗と精液に塗れても尚、和秋は無邪気に笑う。
 自分の身体に収まる熱が嬉しくて堪らないとでもいうように――笑う。
「……動けるか?」
「……ん、」
 ゆるゆると腰を揺らしながら、和秋は雄高の先端を自分の感じる場所に押し当てる。その箇所が穿たれる度に収縮する肉が痛いくらいに自身を締め付けて、雄高は甘く眉を潜めた。
 意趣返しに腰を両手で掴み、思うままに激しく揺すると、和秋は喉の奥で甘く啜り鳴く。
 しっかりと掴んでいたはずの腰が、時折泡のぬめりにズルリと掌から滑り落ち、猛った熱が深々と突き刺さる。そんな思わぬ刺激にも和秋は嬌声を上げた。
 薄く開いて吐息を吐き出す唇を奪いながら、触り心地の良い髪を撫でる。
 ――ゆたか、と甘い声で呼ばれるその瞬間が、一番好きだった。






「――とりあえず」
 浴槽に二人で入るのは矢張りというか当然というか、多少窮屈だった。
 それでも気だるい雰囲気のまま身体をくっ付けているのは不愉快ではなく、和秋の背中を抱き込むようにして雄高は湯船に浸かっていた。
 湯冷めしない内にと飛び込んだ浴槽の湯は、既に温くなってしまっている。雄高はどちらかと言えば熱いくらいの湯加減が好みで、この温度は些か物足りない。しかし和秋が微温湯で長時間浸かるのが好きらしく、不本意な生温い湯に浸かりながら雄高は口を開いた。
「おまえは爪を切れ」
「……なに」
 どこか虚ろな表情で、和秋は顔を上向かせて雄高の顔を仰ぎ見る。疲れている雄高を心配していたつもりが、いつの間にか自分が疲れてしまったらしい。
「背中が染みる」
 幾度となく和秋の指先に引っ掻かれた背中は、微温湯に染みてジンと疼く。実を言えば我慢できないほどの痛みではないものの、一応文句だけは言っておくことにした。
「……そら、すまんかったな。お大事に」
 和秋は神妙な顔をして、素直に頷く。
「爪、そんなに伸びてへんと思うんやけど……」
 和秋はそっと湯から両手を突き出し、指先を見つめながら呟いた。そこまで伸びてはいない爪でも傷が残ってしまったのは、滑りの良い泡に逆らって必死にしがみ付かれたせいだ。
 そわそわと動く指を自分の掌で握り込み、耳元に唇を寄せる。
「……風呂から出たら切ってやるから」
「――……どーも」
 和秋はぶくぶくと湯の中に顔を沈めた。




 

 

 

 





200310 NAZUNA YUSA