冬の虫 




 掴んだ腰を大きく揺すると艶やかな嬌声が散る。思考は既にまともじゃないことは表情を見ていれば判った。何かに耐えるように寄せられた眉が、少年を酷く大人に見せた。――真実、彼はとても大人びた子だと思う。己自身、子供らしい子供だったかと問われれば苦い記憶しか甦らないが、今の子供は驚くくらいに大人に似ていると雄高は思う。しかし大人と似て異なるものだと自分たちが一番知っているだけ、彼らは子供扱いされることを厭った。
「――ぃ、や……」
 薄らと開いた唇からは儚い吐息が零れる。この口は開けば可愛くない悪態だの文句だのばかりが突いて出るが、さすがに情事の中で吐かれる弱々しい声だけは、気丈に振る舞う余裕がないようだ。反面、まだ余裕を残している雄高は、僅かに笑みを零しながら伸びた和秋の髪を鋤く。指先に馴染んだ毛先はさらりと指の隙間を潜った。
「……ぁ……」
 小さく掠れた声が漏れたのは、髪に触れられただけでも感じてしまうせいだろう。もう何度か射精を終えた身体は疲労を多く残すものの酷く敏感だ。面白いくらいに身体が跳ねる。
 ――参ったな、
 僅かな苦笑を混じらせて、雄高は開きっぱなしの唇にキスを落とした。朧気にまだ意識を残しているのかいないのか、和秋は縋るように口接けに答える。
 実を言えば、男相手のセックスは和秋が最初の相手ではない。和秋が現在通っている学校は男子校で、そのOBである雄高も興味本意で在学時代に色んなことをやらかした過去がある。数少なく、密やかにではあったが、確かに少年同士が睦み合う傾向はあったのだ。雄高が知るだけで同性同士のカップルは片手で数えて足りない。
 それ故に同性愛者に対して嫌悪感がなかったことが幸いしたのか、さて。
 まさか自分が男相手に、しかも十近く歳の離れた少年に恋をしてしまうとは思わなかった。
「――……和秋」
「ン……」
 和秋が自分の声に弱いことは承知している。それを知った上で、狡い雄高が耳元で名前を囁くと、応えるように自分を飲み込んでいる和秋の一部が痙攣した。
 和秋は無防備に曝け出した身体を捩って、喉から甘い悲鳴を迸らせる。
 収縮した内部の甘い締め付けに、雄高は一瞬息を飲む。
 これではどっちが翻弄しているのかされているのか、判らない。
「……緩めろ、キツい……」
 囁いたって、果して和秋が言葉を理解出来ているのかどうかは危うい。ただ反れた喉から「ン、」と甘えるような声が漏れて、吐息をゆっくりと吐き出しながら身体を懸命に弛緩させようとしている。
 自分の快感を追い掛けることに精一杯だろうに、健気に和秋は雄高の動きを助けようとしているのだ。――恐らく無意識に。
「ぁ……ん……」
 思わず動きを止めていた雄高に、焦れるように和秋は自ら腰を揺らした。この少年の身体は口より雄弁に語る。
 ただでさえ若い身体は容易く火が点く。飲み込みが良いのか覚えが良いのか元々の体質なのかは知らないが、一度も触れなかった前も今は震えるように勃ち上がって涙を流している。
 早くと解放を望むように、切なげに眉を寄せて和秋は唇を噛んだ。
 もっと、とか、好い、だとか。そんな言葉はきっと、死んだって口にしないだろう。なのに縋りつくように回された腕も、口接けをねだる唇も、薄らと潤んだ瞳さえも、欲していることを伝えている。余りにも屈託がなく、無防備に。
 この少年が無防備になる瞬間は、彼自身が思っているよりずっと多い。どうやら他人に甘えまいと躍起になっている節があるが、そのくせあっさり雄高に捕らわれているところを見ると、やはり詰めが甘いというか、無防備なのだろう。
 こんな風に無防備に喘がれたら、心配になる――
 突然そう思った自分に、雄高は独り苦笑を落とした。
「……食われるなよ」
 答えは返らないことを知っている。それでもそっと囁きを落とすと、雄高は自分より一回り小さな身体を貪ることに専念した。





「やりすぎや……」
「恵まれた性生活でよかったな」
「いいわけあるかー!」
「……元気じゃないか」
 勢い良く噛み付いてくる和秋に、そんな元気がまだ残っていたのかと半ば呆れながら、雄高は唇から煙草の煙を弾き出した。煙に和秋が厭そうに顔を顰める。それには知らん顔をして、雄高はフィルタを咥えると深く息を吸い込んだ。
「そんなに元気が残ってるんなら――」
「厭や、もう無理。言うたやろ、明日体育あるっちゅーねん」
 煙と共に吐き出した言葉は、和秋の拒絶に奪われる。おかしそうに笑ってから、雄高は灰皿に煙草を押し付けた。
「明日言うても、もう今日やな。……どうすんねん、体育……」
「生理ですとでも言っておけ」
「……死んでくれ」
 ベッドサイドのテーブルに置いた灰皿は、時にこっそりとどこかへ隠されている場合がある。勿論犯人は煙草の煙を嫌う和秋だ。せめてベッドでは吸うなという意思表示らしい。
 隠される度にベッドの下やらクローゼットの中やらを捜索しなければならないことに、そろそろ雄高は慣れてきている。
「体育の教師はまだ森本か?」
「ン? ――多分、そんな名前やったと思うけど。知ってる先生なん?」
「教わった。……まだいるとしたら、良い歳になってると思うけどな」
「うん、けっこうおっさんや。じーさんてほどやないけど」
 煙草を揉み消し、裸のままの身体を抱き締めてやると、和秋の機嫌は目に見えて良くなる。大した羞恥も感じず、体温を求める動物の動きで和秋は擦り寄ってきた。
 最も彼が羞恥を見せるのは最中だけで、その後は全裸でいても実にあっけらかんとしている。最初は面倒なくらいに恥らうくせに、開き直っているのかいないのか。この辺の感覚は、良く判らない。ジェネレーションギャップだろうか。――厭な言葉だ。
「――風呂は?」
 自分が放ったもので濡れる後孔に指を潜り込ませると、ン、と甘い吐息を和秋が漏らす。
「……も、ええ。朝シャワー貸して……」
「……こら、動くな」
 和秋が身を捩って忍び込む指を拒むのに構わず、無遠慮に指し込んだ指で内部に残る精液を掻き出す。
「……や、」
「出してやってるだけだ。……風呂入らないんだったら先に出しておかないと」
「あんたが中に出さんかったらええだけやんかー…」
 情事の後の和秋は、眠気や疲労が手伝ってか、いっそう口調が子供染みる。完全に身体も心も委ねきっているのかもしれないと思うと、悪い気はしなかった。
「…ン……」
 純粋に中を綺麗にしてやっているだけの動きでも、何かの拍子に指が前立腺に触れると和秋は雄高の胸に顔を埋め、厭だと言うようにあどけない仕草で首を振った。
「……ぃやや……」
「……我慢しろ」
 感じすぎる身体に苦笑を漏らしながら、大雑把に精液を掻き出すと雄高は漸く指を引き抜く。このまま悪戯を続けたい気分はあったものの、さすがに和秋の明日が心配になる。ただでさえ、今日はかなりの無茶を強いたのだ。
「……も、寝るー……」
 答えた和秋はそろそろ眠気が限界なのか緩く首を振ると、うとうとと目を閉じかけている。
「判った判った。寝ろ」
 宥める口調で言いながら背中を叩くと、もごもごと文句を言いながらもそのうち和秋は眠りへと引き込まれていく。
 その首筋に噛み付いて、雄高はいっそう鮮やかな痕を残した。





「……あのさあ、矢野……」
 清田が言い難そうに、非常に遠慮がちに声を掛けてきたのは、憂鬱な体育の授業が始まる手前だった。今まさに着替えようと詰襟のフックを外した和秋に、清田は一瞬驚いたような顔をして、青くなったり赤くなったりした結果、切り出した。
「二月のこの時期にさ。……蚊っていると思うか?」
「はあ? そらまた元気な蚊やな」
 蚊の話などしている余裕はない。
 何しろ昨晩、甚く激しくされてしまったせいでまだあらぬ箇所は痛んでいるし、しかも授業はマラソンという最悪の組み合わせなのだ。体力に自信があるとは言え、幾ら何でも厳しすぎる。
「……だよな。元気な蚊だよな……」
「なんや、刺されたんか?」
「……や。刺されたのはおまえだろ」
「!」
 咄嗟に首筋を押さえた和秋は、さっきの清田のように青くなったり赤くなったりした末、金魚のように口をぱくぱく泳がせた。
「……そっちじゃない。逆」
 和秋は無言で、首筋を押さえた掌を逆方向へと持って行く。しかし時既に遅しである。
「詰襟だと見え難いから助かったな。……気を付けろよ」
「……がんばってジャージの襟立ててたら見えへんやろ。……忠告ありがとう」
 確かに元気な蚊である。しかもしつこい。和秋からは見えないが、清田が驚くほどに鮮やかな痕が首筋に残っていることは容易に予想が付いた。
「激しい彼女だな……」
「………うん」
 激しいのは中っているが、彼女ではない。そんな可愛らしいものじゃない。和秋からしてみれば、ただのおっさんだ。
(――体育あるて、言うたのに…!)
 わざとだ。絶対にわざとだ。無駄なくらいに強く和秋は確信する。
 元々昨晩のセックスだって、和秋は余り気乗りじゃなかった。翌日体育があるのが大きな理由で、それとなく拒んだのに強引な雄高に流されるまま抱かれてしまったのだ。挙句の果てには自分からねだるようになるまで、しつこくされて。
 あの馬鹿男を、どうしてやろう。
 ふつふつと沸いた怒りに、和秋は固めた拳を震わせる。
 その後、合同体育だった為鉢合わせた隣のクラスの奥村に、あのミステリアスな黒目がちの眼からじっと見つめられた挙句「身体大事に」としみじみ呟かれてしまった和秋は、穴を掘って埋まりたい気分に狩られた。




 バイトが終わるや否や和秋は真っ直ぐに雄高のマンションへ行き、合鍵で扉を開けると足音も荒くリビングへと向かった。家主が不在かどうかはこの際どうでも良い。自分は怒っているのだ。
「煩い。もっと静かに歩け」
 しかし家主はいた。パソコンの前に座ってキーボードを叩いている。仕事の最中なのだろう。慌てて口を噤みかけ、しかし自分が怒っていることを思い出した和秋は、怯むものかと振り向かない背中に向かって怒鳴り散らした。
「あんた、あれわざとやろ! 要らん恥掻いてもうたやんかっ」
「あれっていうのはどれのことだ」
 相変わらず雄高は振り向かない。まるで身に覚えがないとでも言わんばかりだ。
「体育あるてちゃんと言うたのに、なんであんなことすんねん! 清田から元気のええ蚊やな言われて俺がどんだけ恥かしかったか……!」
「蚊?」
 元気の良い蚊こと雄高は漸く振り向くと、ああ、と言った具合に気の抜けた声を出した。
「キスマークのことか」
 生々しいその単語をあっさり口にすることが出来ない自分と違い、いとも簡単にそう言った雄高を睨み付けて、和秋は頷いた。
「それについて何か文句があるのか」
「あるから来たんや」
 雄高は小馬鹿にするかのように鼻を鳴らすと再びパソコンに向き直った。
「面白いんだ」
「は?」
「知らないかもしれないが、おまえは痕が中々消えない体質らしいな。簡単に痕がつく割には長く残る。それが面白くてな」
「な……!」
 さり気無くこっぱずかしい台詞を言われた気がして、和秋は言葉を失う。
「太股の内側を見てみろ。先週つけたのに、昨日まだ綺麗に残っていた。面白い」
「そんな恥かしいとこ見れるかッ」
 完全におちょくられている。面白いとは何事だと更に憤慨するものの、これ以上返す言葉もない。雄高が面白がっているのは最初からで、自分が怒れば怒るほど雄高が喜ぶことは目に見えていた。
 それよりも、最低一週間はこの首筋の厄介なものは消えないという事実が和秋を落ち込ませた。清田には申し訳ないが、こんな有様では部活にも出られまい。
 別段、キスマークが残っていようといまいと堂々としていれば良いのだが、さすがに部活内でそれを晒すのは気が引けた。
 あの子には判ってしまう。この痕をつけたのがどこの誰なのか。それが何よりも気まずかった。
「文句があるなら、馬鹿みたいなものをいちいち持って帰るんじゃない」
 声もなく落ち込み続ける和秋に、パソコンの電源を落とした雄高の声が降ってくる。
「……馬鹿みたいなモンって何や」
「覚えがないなら良い。俺が蚊ならソレは虫除けだ」
「――何それ」
 覚えがないなら良い、と言われても、本当に覚えがないのだから仕方ない。雄高の言うように何か妙なものを持って帰ったことなどあっただろうか。
「男子校でチョコレートの遣り取りがあるなんてこと、俺たちの代にはなかったことだがな。時代も変わったもんだ」
「……そんな前の話……」
 どうでも良いじゃないか――。
 そこで漸く和秋は、雄高の言いたかったことを理解した。
 二週間ほど前のバレンタインデーのことを言っているのだ。
「調理実習があってんもん。しゃあないやんか」
 たまたまそのバレンタインデーの日に、和秋のクラスで調理実習があり、何の因果か菓子を作らされた。三学期の調理実習は菓子系統が多くなると聞かされてはいたものの、バレンタインデー当日にわざわざチョコレートクッキーなんて作らなくたってと盛大に脱力したのを覚えている。
 食べ切れなかった一部を、和秋は確かに持って帰った。持って帰ったついでに雄高にも食わせた。そのときはそのときで喜んでいたくせに、今更何を言い出すのだろう。
「そっちじゃない」
「そっちじゃないって――あ」
 もしかしてアレのことか、と和秋は本題に思い至った。
 和秋自身も始末に困った、派手なラッピングに包まれた「アレ」のことだ。
「――アレも、悪戯みたいなモンらしいで」
 中は勿論チョコレートで、和秋の机の中には合計三つの箱が入っていた。全てに贈り主の名前はなく、内ひとつは清田の悪戯であることが後々判明したものの、残る二つは依然誰から贈られたものなのかは判っていない。
 雄高はそのチョコレートのことを言っているのだ。――馬鹿みたいなもの、なんて言い方は随分だが。
「妙な習慣言うか、悪ふざけみたいなモンやって――友達が言うてたし」
 バレンタインデーのチョコレートは、和秋の通う学校では、告白の手段というよりも仲の良いの同級生――若しくは後輩、先輩に気軽に渡すもの、という位置付けになっているらしい。
 元は寂しい男子高の生徒が互いを慰め合うために渡していたものが、そのうち悪ふざけを含めた意味でこっそり机やらロッカーやらに忍び込まれているようになったのだ。
 その習慣を知らない一年生と同じく、机の中から箱を見つけ出した瞬間のんびり一分間は固まった和秋を見て清田は大笑いした後、種明かしをしてくれた。
 しかし残る二つはと尋ねると、神妙な顔付きで「たまに本命も混ざってるみたいだけど、気にすることねェよ。大概は冗談だから」とフォローされた。清田自身も名無しチョコを受け取っているが、やはり余り気にしていない。
 というわけで冗談だか本命だか区別のつかないチョコも、そういうものかと納得して持って帰ったわけだが――
「習慣、な。随分愉快な習慣が出来たもんだな」
 雄高は鼻で笑うと、椅子から立ち上がりキッチンへ向かう。珈琲でも淹れるつもりらしい。
「あれは俺のせいちゃうやんか。金かかってんやろし、食わな勿体無い――」
 その背中に向かって必死に言い募りながら、和秋はあれ?と首を傾げる。いつの間にか立場が逆転してしまっていた。
 怒っていたのは自分のはずなのに、いつの間にか不機嫌になっているのは明らかに雄高の方だった。
 しかも何故。時間が経過した今、怒るのかが判らない。
「そんなんどうでもええねん、やっぱわざと残して――」
「だから虫除けだ。しつこい」
 このまま負けてなるものかと張り上げた声も、冷たい一言に却下される。
 和秋は思わず、ぐ、と唸った。
「虫除け虫除けて、虫はあんたしかおらへんやろ」
「だと良いがな」
 雄高の声に現実感のある苦々しさが込められていることに気付いて、和秋は首を傾げる。
「あの学校のOBだから言ってるんだ。相手が本気であれ興味本意であれ気を付けろ」
 現実感というよりは体験談に近い。もしかして、と和秋は厭な予感に襲われた。
「あんたもしかして犯されたことが……」
「あるか馬鹿。俺は常に突っ込む方だ」
「うわ、犯罪者……!」
「同意の上だ。……いやだから俺の話はどうでも良くてだな」
 良く良く考えればさっきの台詞は色々と聞き捨てならない部分があったものの、雄高の表情がやはりどこか苦々しいものに見えて言葉の続きを待つ。
「食われないように気を付けろと言ってる。おまえはただでさえ隙が多い」
「――そんなこと、あらへん」
 その苦々しさの正体が判った気がして、柄にもなくそわそわしてしまう。――もしかして、それは。
「あるんだよ。現に俺に食われてるだろうが」
 嫉妬とかいう類の感情じゃないだろうか。
「……あんたは別やろ」
 そのためにわざわざ見える場所への痕を残したのだとしたら――笑えてしまう。お約束すぎて。あんまり馬鹿らしくて。怒る気なんて、
「あ、あんたがなんでいきなりそういうこと考えたんか知らんけど、誰にでもあんなことさせるわけやないし…っ」
 怒る気なんて――とっくに失せてしまった。
「――ぜったい、誰にもさせへんし、勘弁してや。見えるとこにつけんの。……困んねん」
 だからと言ってどうしてこんな恥かしい台詞を口にしなければならないのか。自問自答しながらも、和秋は必死に告げた。告げるというよりはお願いに近い。
 暫くの間無言で和秋を見つめていた雄高は、ふっと溜息を落とした。
「……だから、おまえは」
 溜息に混ぜた言葉を、吐息と共に雄高は吐き出す。
 ――そんな風に、時々えらく可愛くなるから心配なんだ。
 耳元でそんなことを呟かれて、思わずぎゅっと目を閉じたときには柔らかな唇を重ねられていた。
「も、もう暫くせえへんからな……っ」
 徐々に深まる口接けの甘さに恍惚としかけたのは一瞬で、身体で誤魔化されてしまう前にと、両腕を突っ撥ねて雄高の身体を引き剥がす。
「これから体育ずっとマラソンやし! 今日かてめっさキツかってん、あんた加減せえへんから…!」
 不満げに鼻を鳴らした雄高に対して慌ててフォローするように言葉を継ぐ。そんな和秋の態度も全く意に介さずに、暫く考える素振りを見せた雄高は、ふっと不敵に微笑んだ。
「――加減すれば良いってことだな?」
 ――違う。絶対に違う。誓ってそういう意味では、ない。
 断固として拒否しようと開き掛けた唇を、またしてもキスに奪われる。もごもごと呻くように抵抗したのは最初だけで、そのうち諦めに似た気持ちに飲み込まれてしまうことにした。
「……明日の授業に体育は?」
 吐息の間に甘く囁かれた言葉に、白旗を掲げながら和秋は呟いた。
「――……ない」
 体育がないからと言って加減をしないことの理由にはならない。
 なりはしないのだが。
 きっと何の手加減もなく抱かれてしまう。
 そしてそれを結局は許してしまう自分を予感しながら、和秋は雄高の首に腕を回してキスをねだった。

 

 

 

 





200310 NAZUNA YUSA