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その手と声と……

小さい頃におじいちゃんが言っていた。

「毎日ちゃんと人としてすごしなさい。
  おまえの行いはちゃんと神様がみててくれるから」


ずっとその言葉を信じて生きてきた。
おじいちゃんが死んでしまうまで。




「ほら、さっさと入れ!」
腕を引っ張られて、牢の中に押し込まれる。
ここに戻ってくるの何回目だろう。



神様なんていない。
楽園なんて存在しない。

おじいちゃんの嘘つき。


逃げ出せないように高い位置にある小さな窓。
ご丁寧にも鉄格子付。

ここは所謂ドレイ市場。
10代の身寄りのない女の子ばっかり、牢屋に閉じ込められて、みんないつ来るかわからないゴシュジンサマを待ってる。

私がここに連れてこられたのは11歳の時。
ずっと一緒に暮らしていたおじいちゃんが死んで、気がついたら親戚だと名乗る人にここへ連れてこられていた。

私を買う人はいたけれど、すぐに捨てられてここに戻ってきたり、ゴシュジンサマに返品されたりして……。
結局はずっとここからでられないまま。


「こいつ、本当使えないな」
「売れたと思ってもまたすぐ戻ってくる」
「なんか呪われたりしてんじゃねーか? 気持ち悪い」

売人さん達の声が聞こえてくる。
たぶんわざと聞こえるように言っているんだと思う。

今回の原因はわかってる。
ゴシュジンサマは思い通りにならない私を殴った。 だから逃げ出した。
そうしてゴシュジンサマから逃げ出したはいいものの、さまよっているうちにここのゴシュジンサマに見つかって返品。


「首輪……キツイなぁ」

繋がれた鎖を見て小さくつぶやく。
たまに、おじいちゃんと暮らしていた幼い日の記憶が蘇って、泣きそうになる。


「……さん、こいつなんてどうですか?」

あ、誰かお客さんきたのかな?

コツコツと靴の響く音、他の人達が媚びをうる声が聞こえてくる。
いつもより猫なで声な売人さんの様子から、かなりいいお客さんだってことがわかる。


「……はぁ………」
これ見よがしな溜息が響いた。

「だめですか。 結構上玉ですよ」
「あ、じゃあこっちのはどうですかい?」

コツコツ、コツコツ

足音が近づいてくる。
でも、私には関係ない。

ついさっきここに戻ってきたばっかりの私は、媚を売るような気分にはなれない。
顔には痣があるし、服だってぼろぼろだし……こんな状態の子を買う人なんてきっといないから。
なんてちょっとヤサグレ気味に構えてみる。

コツコツ、コツコツ

靴音が近くで止まった。

「…………!!」

「ヴィアさん、いい子見つかりましたか?」

売人さんの機嫌のよさそうな声が響いく。
そういえば、隣の牢屋の子、可愛かったなぁ……。
きっとその子だろうなぁ。


「この子、気に入ったよ」

「こいつ……ですか。いやでもこいつはちょっと難が」
「多少の難があったほうが面白いよ」
「ほ、ほら、こっちの奥の女の方がよくないっすか? 」
「いや、私はこの子がいい」

お客さんと売人さんの会話が聞こえる。
こんな所に来る人とは思えないくらいの優しい声。
こんな優しい声の人になら買われてもいいかもれない……なんて叶わない事を思ってみたり。



「私はヴィア。
ねえ、君の名前は?」



こんな所に似つかわしくない優しい声と綺麗な手。


その声は、手は……私の向けられていた。