■島原市の民話・伝説◆猿場山 富津の町の丘の上に猿場山という山がある。ここには稲荷の祠があって、三助という白銀色の毛をもつ狐が仕えていた。串山村の与作という男が上方参りをする道中で旅人と会い、いっしょに上方参りをして帰る際、「自分は富津の猿場山に住んでいるので小浜に湯治に行くときは是非」と言った。後日猿場山を登ると立派な屋敷があり、美しい女中がご馳走や酒を運んでくる。酔って寝た後、起きるとそこは草原だった。富津の町の宿で話を聞くと三助という狐のしわざで、その頃庄屋の家であっていた婚礼の儀ではご馳走が次々と行方不明になっていたという。 ◆絵姿女房 昔、貧乏な男が正月をどう迎えようかと悩んでいた。考えた挙げ句、正月に必要なモロモキとツルシバを町に売りに出るが全く売れない。かといって燃やすのはもったいないので竜宮に捧げようと思い、海に投げ入れることにした。 その日の晩、竜宮の使いが男の元を訪ねてきてお礼がしたいと言う。ついていくとご馳走を振る舞ってもらえ、乙姫様を妻にして帰ってきた。あまりにも妻が美しいので絵描きに一枚の紙に妻の絵を描いてもらい仕事の時も眺めるようにしていると、風で絵が飛ばされてしまい殿様の所まで飛んでいってしまった。殿様は男の妻を欲しがり、無理難題をふっかけて妻を奪い取ろうとする。しかし妻の機転により全て退け、二人は幸せに暮らしたという。 ◆蛇の婿入り ある村に三人の娘を持つ百万長者がいた。ある年、田が干上がってしまい「田に水を戻してくれる者がいたら娘を嫁にやってもいいのに」と独り言をつぶやくと突然田に水が戻った。これは田に住む大蛇のしわざに違いないと思い、娘達に蛇の嫁になってもいいか聞くと、上の二人は「たとえ乞食になったとしても嫌」と言う。末の娘が父親を思い仕方なく行くと、大雨が降り出し、雨の中大蛇が近づいてくる。娘は一心に法華経の念仏を唱えると、大蛇は若い男の姿となった。聞くと「父の罪のせいで大蛇の姿とされていたが、法華経の功徳で成仏できた」と言い、お礼に山のような小判を渡して消えていった。 「一度大蛇に嫁に行った者が家に帰れるものか」と娘は思い、町へ出たが疲れのあまり眠ってしまう。起きると目の前に黒い衣を着たお坊さんがいて、「花嫁姿で町に行っては災いが起こる。この箒をあげよう。一度なでると汚い身なりとなり、もう一度なでると元に戻れる貴重なものだ」と言った。娘は箒の力で汚い身なりになると町長者の元に行き、頼み込んで女中にしてもらうこととなった。 あるとき町に歌舞伎芝居がかかって、女中はみんな化粧をして出かけて行った。娘も箒で元の姿に戻って行くと、美しさから町中の噂になった。 その後若旦那が病気になったので易者に見てもらうと「屋敷中の女中にお茶をくませてみて下さい。その中に嫁となる者がいます」と言う。しかし若旦那は女中がいくらお茶を出しても飲もうとしない。最後に娘がくむことになると、一気に飲み干し、結婚することとなった。 娘は箒の力で元の姿に戻り、蛇の小判で嫁入り道具を揃え、人々をびっくりさせた。後に娘が里に戻ってみると、二人の姉は本当に乞食になってしまっていた。 ◆ひまんじょくれ 昔あるところに親と早く死に別れ、二人暮らしをしている太郎と次郎という兄弟がいた。あまりにも貧乏なので次郎は奉公に出ることにした。熊本まで行き、運良く庄屋に雇ってもらえることになったが、そのときの約束として「おまえが暇をもらうとき、もうそう竹の数を数えてもらう。そのとき次郎が四の数字を言ったらタダ奉公、俺が四の数字を言ったら奉公賃は倍返しだ」と言った。三年後、暇を申し出た次郎に庄屋は約束通り裏のもうそう竹の本数を数えるように言った。庄屋は常に本数を整えて四百四十四本の竹を植えていた。次郎は三年前の約束を忘れそのまま答えてしまったため、奉公賃はもらえなかった。泣く泣く家に帰った次郎に太郎は「俺が仇をとってくる」と言って、素性を隠して同じ庄屋に奉公に行った。三年後、太郎は約束通り裏のもうそう竹の本数を数えることになった。本数は相変わらず四百四十四本だったが、太郎は庄屋に告げるときに早口で「三百本百本三十本十本三本一本」と言った。庄屋が聞き取れず聞き返しても同様に早口で言う。最後には庄屋に「それは四百四十四本じゃないか」と口を滑らせることに 成功した。太郎は次郎のぶんまで奉公賃をもらうと、次郎の待つ家に帰って裕福に暮らしたという。 ◆動物の恩返し 昔、とても心の優しいおやじさんが住んでいた。ある日、子供にいじめられている亀を助けると、その晩夢で「近いうちに津波が来るのでせん(から)船を造っておけ」という夢を見る。知らせ通り船を造ると本当に津波が来たので、おやじさんは溺れる人や生き物を助けてやった。助けてやった生き物は皆お礼をしていった。猿は木の実を、狐は宝物が埋まっている場所を、そして狸はゲンノショウコという植物が下痢に効くと教えてくれた。ところが人間はお礼どころか「狐がくれた宝物を俺に半分くれなければ訴える」と言って訴えたため、おやじさんは牢屋に入れられてしまった。 ある日、殿様の娘が病で死にそうになっていた。その噂を知ったおやじさんは狸から分けてもらっていたゲンノショウコを分けてあげ、そのおかげで姫は回復した。殿様が「何故こんなことを知っているのか」と尋ねたため、おやじさんは全てを語った。その話に心をうたれた殿様はおやじさんに褒美を与え、訴えた男を牢屋に入れておやじさんを牢から出してやった。 ゲンノショウコが腹薬になるとわかったのは、それからのことだそうだ。 ◆さあっじょのよめご 昔、あるところにお爺さんとお婆さんが暮らしていた。二人には年頃の娘が三人いた。 ある日、お爺さんは山へ薪を取りに行った。日が暮れた頃、お爺さんが薪を抱え山を下っていると、さあっじょ(猿)がやって来て「爺さん重かろう。俺が家まで運んだげよう」と言う。お爺さんはとてもきつかったので猿の申し出をひどく喜んだ。挙げ句、口が滑って「三人いる娘のうち誰かをさあっじょの嫁にあげよう」と言ってしまった。 家に帰って、お爺さんは娘達に猿の嫁に行くように頼むが、長女も次女も当然首を縦に振らない。そこで末娘に頼むと、「金で作った鏡と瓶を嫁入り道具に買ってくれるなら」と言う。お爺さんは早速それらを準備すると、末娘は猿の嫁に行くことになった。 末娘を嫁にもらった猿はひどく嬉しくてたまらなかった。末娘がからっていた大きな瓶を背負うと、山の上の自分の家まで二人で歩いていった。一時して堤の側にでると娘が急に泣き始めた。猿が訳を聞くと、金の鏡を堤の中に落としてしまったという。猿が「はやく瓶を括っている紐を解いてくれ。俺が水の中に飛び込んで取りに行く」と言うも、娘は泣くばかりで解いてくれなかった。猿は仕方なしに、背中に瓶を括りつけたまま堤の中に飛び込んでいった。すると背負った瓶の中に水がたくさん入り込んできて、猿は瓶を背負ったまま溺れてしまった。 末娘はそれを見ると、一人もと来た道を帰って、家に戻っていったという。 ◆さあっじょとがねじょの餅つき 昔、あるところにさあっじょ(猿)とがねじょ(蟹)がいた。ある日、稲の落ち穂を拾ってきて、二人で餅をついて食おうということになった。隣から臼と杵を借りてきて、二人仲良く餅をついていた。しかしつき終わって、猿が杵、蟹が臼を片付けることになったが、片付けが早く済んだ猿は餅を入れた袋を担いで木の上に登ってしまった。蟹が帰ってくるとついた場所には餅は一つもなく、見上げると木の上で猿が上手そうに餅を食っている。「俺にも一つくれ」と蟹が叫ぶが、猿は相手にしないで、木の枝にぶら下げた餅の袋から一つ出しては見せびらかすように食った。蟹は「その隣の枯れ木にかけたらもっと美味くなるよ」と教えてあげた。猿が言うとおりに枯れ木に餅の袋をかけると、枯れ木はポキッと折れて袋は地面に落ちてしまった。蟹は今とばかりに袋を持って岩の穴の中に引きずり込んでしまった。猿が慌てて木から下りてきたが後の祭りで、「俺にも一つくれ」と言うも「あんたも食わせなかったのだから、俺も食わせん」と見せびらかしながら食べた。猿は怒って穴の中に糞をしようとした。そのとき蟹がハサミで猿の尻をはさみつけた。猿は痛さのあまり「毛をやるから離せ、離せ」と叫び、それ以来蟹には毛が生えているという。 ◆トントン どろ船 昔々、お爺さんとお婆さんが住んでいた。お爺さんは畑を耕しに、お婆さんは家で餅つきをしていた。お爺さんが畑を耕していると一匹のタヌキが近くの石に腰掛けてお爺さんの耕す様子を見ていた。クワを振り下ろす度にタヌキがお爺さんを馬鹿にするので、お爺さんは怒ってそばの石を投げつけるが当たらない。それから毎日のようにタヌキが来てはお爺さんを馬鹿にするので、お爺さんは腹を立ててお婆さんにとりもちを買わせ、いつもタヌキが腰掛ける石の上につけておいた。いつものように石に腰掛けお爺さんを嘲るタヌキだが、とりもちのせいで石から離れられず、ついにお爺さんに捕まってしまう。お爺さんはタヌキを手に家に帰り、「婆さん、今日はタヌキ飯でも炊こう」と言ってタヌキを餅つきの側の柱に括りつけた。お婆さんも思わぬ獲物に喜び、せいをだして餅つきをし続ける。お爺さんが居る間は黙っていたタヌキだったが、お爺さんがいなくなると「婆さん婆さん、おまえが1回つく間におらは3回つくから、ちょっと縄を緩めてくれんか」と言う。最初は断っていたお婆さんだが、頼み続けるタヌキに根負けして縄を緩めてしまった。するとタヌキはお婆さんから杵を奪い、餅とお婆さんを交互に叩きはじめ、ついにはお婆さんを殺してしまった。 タヌキはお婆さんの服を着てお婆さんになりすまし、お爺さんが帰ってくると「頭は棚んそら(上)、足ゃ床ん下」と言い残して去っていった。タヌキの言うとおり見てみると、そこにはタヌキの言ったとおりになったお婆さんがいた。お爺さんは悔しさと悲しさでずっと泣いていたが、そこに猿がやってきた。猿はお爺さんからわけを聞くと、「それなら俺が仇をとってやる」と言った。 猿はそれからあちこちから丸太やら木ぎれを集めて頑丈な木船と、悪いどろ船を作り、タヌキに声をかけた。「タヌキどん、上等の船を作ったけん、一艘あんたにやるからこれで沖に出て魚を獲って来ようよ」タヌキはこの誘いに乗り、猿は木船、タヌキはどろ船に乗って沖へ出かけた。 少しこぎ出してから猿は「頭は、棚んそら。足ゃ、床ん下。トントントン」と言って船べりを叩いた。タヌキも猿の真似して「頭は、棚んそら。足ゃ、床ん下。トントントン」と船べりを叩いたところ、泥で作られた船はあっさり壊れ、タヌキはそのまま溺れ死んでしまった。 お爺さんは猿から仇をとってもらったけども、それから毎日泣き続けていたそうだ。 ◆古えんもり 昔々、お爺さんとお婆さんがいた。虎と狼がお爺さんとお婆さんを食べようと家の中に来ていた。ちょうど雨が降っていて雨漏りしていたので、お爺さんが「あんたは何が一番恐ろしかね?」という質問に「虎よりも狼よりも古えんもる(古家が雨漏りする)のが一番恐ろしか」と答えた。それを聞いた虎と狼は「世の中には俺よりも恐ろしいものがあるのか」と言ってお爺さんお婆さんを食べずに逃げていったという。 ◆七べえの伊勢参り 昔あるところに七人の兄弟が住んでいた。七人の中で七男の七べえが一番の財産持ちだったが、ひどく腹立てぼうずだった。ある日、七人の兄弟は七べえの財産で伊勢参りをした。途中七べえが少しのことでも腹を立てるので、みんなで相談して腹立てぼうずからは金を取るこ約束をした。一時して、七べえ以外の六人は七べえに腹立たせて金をたくさんもらおうと画策した。ちょうど七べえが旅の途中で疲れて野原で居眠りしていた。そこで六人は今のうちにと七べえの髪を全部剃ってしまった(昔は髪の毛は剃り落としてはいけなかった)。 目を覚ました七べえは自分の髪の毛がないのに気付き、心の中でひどく腹を立てたが、金を取られてはたまらんとぐっとこらえた。 「見ておけ、みんながそんな気持ちならお前たちから反対に金を取ってやる」と心に決めた七べえは都に着くと坊さんの衣と袈裟を買って、みんなよりも一足先に帰路についた。故郷に着くと七べえは泣き真似をして「船に乗って帰ってきてたら六人とも死んでしまった。それで亡霊になって戻ってくるかもしれないから、『今来た』と言ってきたときには麺棒で頭を打たないといかん」と、家で帰りを待っている兄弟の嫁たちに言ってまわった。しばらくして六人が帰ってきて、自分の家の戸口で「今来たぞ」と言ったもんだから、家の者は「今来たってことは亡霊か」と言ってひどく叩いたので、六人は大きなこぶを作ったり血が出たりした。 六人は怒って「今度は七べえをやっつけよう、このままじゃすますもんか」と言っていきり立ってやって来た。七べえは落ち着いて「これに腹立てたら今度は反対に俺に金をやらないかんたい」と言った。六人は七べえのとんちに参ってしまい、それでまた七べえの儲けになったという。 ◆大野んぼらどん 昔、湯江ん浜ん大野(有明町湯江)に「大野んぼらどん」といってたいそう金持ちになった人がいた。ぼらどんははじめ貧乏な漁師だった。 大野浜(有明町大三東)と浜東(有明町湯江)の墓所との間に「ボラすき」というのがあった。ぼらどんはお金にひどく難儀していたが、ある日浜で子どもが亀をいじめているのを見て可哀想に思い、子どもから亀を買ってやった。 その晩、亀が夢の中に現れて、助けてもらったお礼を述べてきた。次の日、ぼらどんが「すき」を見に行くと、高いすきの石垣の中にボラがいっぱい入っていた。噂は村中に流れて、みんなすきを見に行ったそうだ。ぼらどんはそのボラで大金持ちになったという。 ◆鼻の崎の名付け話 昔、あるところに中年の旅人がいた。腹を空かした旅人は今の鼻の崎(有明町と島原市の境)に来たとき、ちょうど地蔵さんがあったので、供えられた握り飯を食い地蔵さんの笠をかぶって降ってきた雨が止むまで眠っていた。すると「おれがしり掘れ」と声がする。不思議に思い地蔵さんの下を掘ると、打ち出の小槌が出てきた。旅人が「出れつん」と言って振ると鼻が伸び、「入れつん」と言って振ると鼻が短くなった。 それから旅人は小槌でよい着物と銭を出し、宿屋に泊まった。部屋でどこまで鼻が伸びるか試していたが、伸ばし続けているうちに日が暮れてしまった。慌てて引っ込め始めたが、ちょうど三会町と松尾町の境まで引っ込めたところで火事が起こり、慌てふためいている間に鼻の先が焼けて無くなってしまった。それで三会町と松尾町の境は「鼻の崎」と名付けられたという。 < br> ◆鬼に飲まれたでえどんたち(有明町) 昔あるところに仲の良いでえどん(神主)と魔法使いと歯医者がいた。あまりにも仲が良かったもんで、みんな同じ日に亡くなった。三人とも閻魔様の裁きを受けることになったが、「お前たちは娑婆では一つもいいことをしとらんので、ぐらぐらたぎった地獄の真ん中行きじゃ」と言い渡されてしまった。それを聞いた魔法使いと歯医者は地獄の真ん中の熱さを想像して泣きだしたが、腕に覚えのある神主は「心配するな。俺が祈祷をあげればどんなにたぎってる地獄の湯もちょうどいいお湯になるから、大丈夫」と言って、五分ほど祈祷をあげた。するとたぎっていた地獄の湯は湯加減のいい風呂の湯に変わってしまった。三人は気持ちいい湯に浸かって、チャプチャプ湯かけごっこして遊んでいたので、見回りの赤鬼から閻魔様に報告され、剣の山へと場所を移されることとなった。足に剣が刺さって、真っ赤な血が飛び散るはずだったが、今度は魔法使いが唱えた呪文で剣の山を飛び回れるほど身軽になった。剣の山の上で鬼ごっこをする彼らに閻魔様は「もうお前が呑み込んでしまえ」と言って赤鬼に三人を丸飲みにさせた。最初に歯医者を丸飲みにしたが、そのとき歯医者が赤鬼の歯を全部抜いてしまっていた。神主と魔法使いはあの鋭い歯でかみつぶされるだろうと怯えていたが、食われると歯が一本もないのでつるんとお腹の中に入ってしまった。三人は赤鬼のお腹の中を物珍しげに探索したが、あちこちにあるひだが気になってひっぱった。すると赤鬼は「エヘン、エヘン」と咳をした。別のところをひっぱると「プーッ、プーッ」とおならが出る。また別のところだと「ピクッ」と鬼がふるえた。そのうち三人が拍子を取り始めたもんだから、赤鬼は「エヘン、ピクッ、プーッ」と延々言い続けた。吐き出そうにも吐き出せないし、閻魔様もこれには困ってしまったそうだ。 |