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火車礼賛


「がっ・・・」
「そろそろ観念したら如何です、学者様ァ」
痩せた学者の身体を圧迫するように馬乗りになった講談師は、その首へ厚ぼったい掌を押し付けた。
力任せに倒した拍子に無数の資料が散らばって、寒い床へ白く落ちていく。
刹那に似た軽薄で手ぬるい狂気は今にも全てを終わらせるような空気を張りつけて、
一人の命という灯火を消そうと少々乱雑に、しかし確実に動いている。
「はぁ、はぁ・・・、・・・く、」
講談師の狡猾に光る笑みの中に、時折酷く冷たい残忍さが炎にまぎれて姿を見せる。
学者は押し倒されたまま、抵抗することも出来ずに息を荒げて、
瞳孔を開かせるように霞む炎を見上げ、不用意にその紅蓮を美しいと思った。
背の、氷と同様の温度が感覚を麻痺させる。死を見つめないように、と。
「乱暴な遣り方は好かないんですがねェ・・・致し方無い。アンタ方は踏み込み過ぎた」
暗い部屋で行われている事件未遂に人がやって来ないのは空が深夜の幕を降ろしている所為だろうか。
学者の頚動脈をゆるく片手で掴み、講談師は空いた手を思案するように揺らせていく。
なだらかな音楽のような動き。まるで神経を溶かすような、甘い響き。
「な、・・・にを・・・・!やめ、ろ・・・・っ、がはっ!」
しかし、学者は講談師の手を掴んで、半ば己を無理矢理夢から醒ますように鈍く呻いた。
掠れた惑いに着いてくる距離と憤りは、失せていた手向かいの再生だ。
「・・・アンタは黙って視てりゃア善いんだ。鬱陶しい真似するんじゃ無い」
その光景を遺棄するように睨んだ講談師は、迷う手を止めて、掴んだ学者の手に乗せるように重ねる。
警告は既に過ぎたと勧告する重み。混濁し、増す圧力に学者は呼吸を奪われる。
「・・・っ!・・・あ、・・・!」
それはゆっくりと微笑む、墜落を与える神の顔に似ていた。
言葉さえ毟り取られ、学者は暗闇に喰われる眼の先の、炎帝の悪魔を刻むように見る。
喉笛の響くひしゃげた視界の、間際の顔。
如何にも、挑発の音色を纏わせる愚かしくも馨しい素振り。
倒錯するように、講談師は僅かに唇を舐め、呟く仕草で口にした。
「・・・好い顔だ」
同時に、学者の首へ這わせた指が緩まりを求める。
今にも意識が途切れる寸前であった学者は、戒めから解かれたように激しく息をした。
乱れた胸は湿り気を帯びてただ上下し、境を失う。
「は、ぁ、・・・はぁ、はぁ、・・・き、さま!」
苦しみで薄まった眼には抗いが浮かび、絞るように吐かれた怒声は弱い。
身体は満足に動くことなく、横たわったまま肢体としての肉塊となっている。
愉しい、と鮮明に講談師は思った。真下に写る格好は造作なく淫猥で、無様だ。
「・・・・」
それを今余りに容易く途絶えさせる自らの行為は、この愉しみを途絶えさせる事だろうか。
半ば唐突に浮かんだ己の思考に口を閉ざし、講談師は学者の首に掛けた指を顎へと寄せた。
学者の顔が歪む。そこに堆積していく嫌悪は互いの温度の証明であり、
この朧げな現に死ぬのは、ヒトだけで充分の筈だった。

淀×鴨川















異次元狂


「あなた、は、・・・、ま、さか」
硝子の声が、たかく震えた。
それは常に視ようとしていた姿であり、常に聴こうとしていた姿だった。
「・・・驚いているようですねぇ」
言葉を発したその者の声は鼓膜を執拗に嬲るような音色をして、硝子の眉を歪ませる。
青い色にまみれた肌は常軌を逸した笑いを浮かべ、足のない姿は幽霊とは違う温度をする。
「うそ、だわ。私の・・・身体は、反応して、いない、のに」
かたかたと硝子の身体は恐怖に従事たまま、辛うじて意識を保つ。
須く望んでいた対面だと言うのに(それは世界の望む内容ではなく、彼女個人の望みであったが)、
吐いてでるものはやたらめたらに定まりのない言葉だけだ。
「何者も、どの様な力も私には関係御座いませんよ。ええ、貴方の異能だろうと、ねぇ」
左腕の曲がった鉤爪がぎらりと光り、ひゅうひゅうと喉で息が滞り、冷たく張り付く。
常人にはその眼に映ることさえないという姿。
それを硝子が見つめているという事実。足が言う事を聞かずに揺れる。
「・・・あなた、は、本当に、・・・・あなた、なの?」
真実は目の前に存在しているという事を、未だに硝子は理解出来ずにいた。
五歩ほど歩みを進め、手を伸ばせば今すぐにでも触れられそうな彼は、
未だに硝子の中で、書物にしか存在しない虚構としてしか生き方を認められていない。
「貴方が望んでいたのは誰です?貴方が、求めていたのは誰です?・・・・わたくし、でしょうに」
しかし、笑う。彼は笑う。
もやに掛かったようなその身体を肉体として、確かな世界を強要する。
そのモノクルに包まれた、闇を従属させる異能の眼で、硝子を頑なに、見つめたままで。

硝子&淀川















灰色橙色


「寒い」
「そうだなあ。さみぃなあ」
「寒い」
「そうだなあ。さみぃよなあ」
こんなまっるきり同じ問答をしばらくふたりは続けていた。
突貫でそなえつけられたがらんどうの部屋は冷気が立ちこめて、とかく寒かった。
「寒い」
「さみぃなぁ」
とりあえず、さむいなら部屋を暖めるべきでしょう、と片方は思った。
というわけで、さむいさむいと呟くひとりを置いて、外に出た。
しばらくして帰ってくると、なぜかテレビを持っていた。
「年の瀬ったら、やっぱ行く年来る年だろ」
「・・・寒い」
なぜこのタイミングでテレビだろうか。それは彼のいうとおり年の瀬だからだろうか。
バチンとスイッチを入れれば、賑やかかつ和やかな映像・・・とは程遠い、大河ドラマがながれる。
殺伐とした雰囲気は、どうも寒さを助長させる効果があるようだ。
「寒い」
「わーったわーった」
恨めしげな目。それに答えるように、再び彼は外へ出た。こんどこそ!
「ほら!みかん!みかん美味いぞ!」
しかし彼は鮮やかなオレンジ色をしたみかんを手にして帰ってきた。
なぜこのタイミングでみかん。キンキンに冷えたみかん。
年の瀬の冬には欠かせないだろ!という主張はやはりこの言葉によってぶった切られる。
「寒い」
「ハイハイ」
三度目の正直、二度あることは三度ある、仏の顔も三度まで。
あらゆる三度をたやすく裏切りそうな彼であったが、三度目の正直が勝利を得た。
がちゃりと出ていってすぐに帰ってきた彼は、長いコードのついた机とふとんを持ってくる。
「これで寒くねーぞ!よかったよかった!」
ぱちぱちまばたきをして、遂にさむいの連呼をとめた片方は、種の本能だろうか、
まだ内部があたたまっていないにも関わらず、そんな机、すなわちこたつへともぐりこんだ。
猫はこたつで丸くなる、を目の前で目撃した彼はおお、と感嘆の声をあげる。
「良いモン見たわ」
いっしょになってこたつへ入り込めば、じわりとこたつは熱を持ちはじめる。
どこから出したか、ちいさなかごにみかんを乗せてそこへ置けば、良い感じの風景の完成だ。
「暖かい・・・」
「だなぁ。あったけえね」
みかんを剥いてほおばれば、甘くて美味い。
温まりはじめた部屋に流れる大河ドラマはあんがい乙なもんで、
彼はここが曲編集に使う部屋だということも忘れて、
ぼやーとテレビを見てみかんを食べていた。まどろみに溺れそうな年の瀬。間近。

MZD&カゲトラ@大河リミックス















皆既日食


「うそ」
鮮血に似ている薔薇が冷たい光を放っている午後だった。
姉の清らかな記憶を溺れるように浴び続けていた妹は、自分と言うものを形成しているその呟きの中で、
初めてその午後に簡単な喪失を知って、呆然未満の格好をしていた。麗しい悲しさをまとって。
「・・・居ない」
いつものとおり、ドクロや白黒やレースや悪魔や心臓がばらばらに散らばっているその虚構の部屋で、
ひとつだけ真実のともしびを掲げていた「ひとり」だけが存在しない午後だった。
動揺など無様な出来事は起こらず、妹の形容は自嘲じみた笑みに変わる。
モノクロームのピエロ。貧弱なライオン。月蝕に堕ちる太陽。そして時折妹のまなびと。
「ふん、・・・バカみたい」
自分への軽い刃は、重圧にも似てしまった過剰な想いと喩えられるひとつの抱擁だろうか。
いまだに呆然未満を保ちつつもぼうとしたままの妹に、部屋は今日も母のような手を差し伸べる。
そう、すべては彼女のために造られた、彼女のために彼女が造り上げた楽園なのだから。
楽園で、あったのだから。
「喪いたがってたのは、あたし」
そして、失われたがっていたのは無表情に何もかもを受け止める彼であった。
相互関係のなかの曖昧さに揺られているその堕胎にも感じられる頽廃さは愛には程遠いものであり、
そこに甘えきっていた彼女の喪失に見る光はおぼろげで、また、どうにも不確かなものだった。
妹であった彼女は、姉の記憶に浮かぶ憎らしいほどの平穏を見る。
「・・・あんたは、いいね」
居ないものを想うことでは、それは同じ行為だった。
彼女が執着とは呼べない思いで抱きしめてきた一匹の人形が姿を失っていただけの部屋で、
誰かにロッテと名づけられた少女は渦のように動く己の感情をただただ、吐くように眺めた。
そしてまるでばかみたいな、いとしい、という刹那をがむしゃらな身体で、声のならない叫びをあげようとした。
虚構に冒されている寒い部屋の中、細い枝のような身体がしなる。
白い「すき」と、黒い「きらい」が混ざっていく過程はあまりに醜く空しい。
得て失うことはただの平等だ。
願っていたのだ。
妹という彼女、「ロッテ」という彼女も、玩具である人形、「カンタ」というピエロも願っていたのだ。
互いを失うという尊びに咽る愛情、寄り添うという恐怖に耐え抜く非情を。

ロッテとカンタ















好奇交叉


「やっ、ほー」
別になんの脈絡もなく、神はそこに表れた。
悠々としたモノクロボーダーの服を着て、極ふつうにドアを開けてやってきた。
「おや」
「神さまですよーっと。暇?」
きょろきょろと神は辺りを見回して、口を開いた男に訊いた。
お互い、いや、片方が若干面食らったような顔。
「珍しいな。君がこんな場所に来るなんて」
ざかざかと机の上に散乱していたものをまとめて、男は神を迎え入れる。
「うん。俺が暇だったから、覗いただけなんだけどな。案内の姉ちゃん、優しいね」
美人だし、と神は呟いて、男の方へにかりと笑う。
「最近はどーだい。中々難しいか?」
ぶあん、と神は指先を振って影を出す。
影はこの場所を気に入っているから、催促に答えたのだろう。言葉に含みはあるようで、ないようでもある。
「君が協力してくれれば素晴らしい進みを見せるだろうがね」
だから学者も微妙なニュアンスでそれに答える。踏み込んでいるようで、そうでもないようで。
「はは!言うなあ。前にも断ったろ?ごめんな」
かわして、避けて、影の口だけで表現される感情をなぞって、神はほほ笑んだ。
やんわりとした拒否はいつものような挨拶だ。男も笑った。
「いや、いいんだ。言ってみただけだからな。じゃあ本当に今日はただの見物か」
「ん、まあね。こいつが来たいって言ったから」
神が目配せをするとぐるんと影が回った。男はそれを見て、その力はやはり美しいものだと思った。
空を自由に飛びまわる影は、その部屋をまっさら楽しげに眺めている。
「やはり、造主の溶媒が良質なせいか、随分滑らかに動くな。奔放さは性格としての認識か・・・」
ひとり言のような感嘆に浮かびあがる好奇心と探究心。
それはやはり、男にとってあまりに魅惑的な材料でもあった、が。
「っと。ダメダメ。そういう話は無しだ、無し。約束だろ」
が、神は右手を払うようにしてそんな焦れた目を払う。戒め未満の猫なで声。
「あ・・・いや。すまない。あまりに美しいので、つい、な」
男は口を押さえて、謝罪の言葉をにごらせる。多少、未練がましい憐憫は重さがない。
「まあ、いいけどね。あ、そうだそうだ忘れてた、聞きたかったんだ、俺」
「なんだ?」
ころりぐるりと変わる神の視界は訝しげになりながらも些細な光に寄りかかる。
男は告いでるように訊いて、別段深い意図もなく簡単な返事をする。
「今日は帰ってこないの?あいつ」
そんでもって、神も深い意図なく指先でジェスチャーのように炎を描いた。
それは魔法のように実際の炎のように赤く鋭く瞬いて、神の微笑みを同時につれて来る。
うん、あいつにはちょっと用があってさ、と付け加える様子に含みなんていうものはまるで存在しない。
「あいつ・・・」
流暢な爪先で絵となった炎は、たしかに男にとって飽きるほど見ている形だった。
だがしかしだ、帰ってくるという言葉を使うとはつまりまさかその「あいつ」がここに住んでいるとでも?
そんな風に、男は神に1時間はつめ寄って問いたい気持ちを沸かしながらも、かろうじてそれを抑える。
神は純粋な温度で男の返事を待っているようにも見えた。
「え?何?あ、喧嘩でもしてんの?また?」
だからこんな科白も出てきたのだろう、呆然としかけた男にトドメの追い討ちをかけるように、
神はまったく軽く、フロンのように容易い感度のまま喋った。
既に、自分自身の言葉になんの疑問も抱いていないような神を見て、男はもう、
その炎は神の目にすら己とパッケージングされた存在になってしまったのかと無防備なむなしさを憶えて、
目の前の尊き創造主にこの有り余った感情の吐露をどう行おうかと、突貫工事で考えた。

鴨川&MZD



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