胸の認識


おれが目線を持ち上げると、ああ、・・・ヘンに、これは夢なんだろうか?と、自分に尋ねたくなるような景色があった。
ううん、よく、わからない。
自分の心臓は思ったより飛び跳ねていなくて、それになにより驚いた。
なぜかおれの心には、100%の安心があったのだ。
どんな澄んだ空気よりも、どんなに綺麗な水よりも純度の高い、安らぎばっかりがおれの心にあったのだ。
「・・・ファットボーイ、さん」
おれは呟いてみた。
完全におれを包んでいる頭のぬくもりの主の名前を、声に出して呼んでみた。
素肌がおれの顔に当たっている。なまあたたかい。決して気持ちよくはないのに、離れたいとは思わない。
おれの顔はきっとぐちゃぐちゃだったと思う。
それなのに、この人はあんまりにも当然のように椅子に座ったおれを包んできた。
ああ、悲しいなあ、苦しいなあ、と思っていたおれを、そうするのが当たり前だとでもいうように、抱きしめてきた。
「・・・少しは、落ち着け」
ファットボーイさんは、おれの出した声をちゃんと呑み込んでから言った。
だから少し静寂がうまれた。
そうか。それまでのおれは、落ち着いてなかったのか。
少し前のおれを、おれは思い返した。
辛いなあ、悲しいなあ、の根本は、おれ自身の中にあった。
あの日あの時、あの場所にいたおれ自身にあった。
そして、そのおれを苛むおれを、この人は静かに抱きしめてくれた。
ぬくもりに抱かれながら、この人が誰かを抱きしめるのはどれくらい久しぶりなのかと思う。
そんな人が、おれを抱きしめている。
おれはこの人に抱きしめられたかった。心をこめて、命の底から喜びがあふれ返る抱擁を受けたかった。
・・・ああ。夢、みたいだ。
しあわせ、とは全然違う感情で、おれは泣きそうになっていた。
「おちつき、ましたよ」
決してファットボーイさんには見えない場所で、ヘンに笑顔をつくって、応える。
好きだ、とか、愛してる、とか。
そういうのとも違うところで、今、この人をすごく大切に想っている自分に、なんとなく気づく。
「・・・・そうか」
「そう、です」
止めどなく、この人の体温が流れ込んでくる。
この人の、生きている熱が、ここに来る。
不思議だなぁ。ちゃんとおれが言えば、声が返ってくる。そんなことさえ、ふしぎだ。
おれの背中で止まってる両方の腕がそこにあるのも、こうやってちゃんと心臓の音が聞こえるのも。
「・・・あ」
なるほど、・・・ああ、そうか。
「カジカ?」
「・・・ファットボーイさんって、ほんとに、居るんだ」
どれだけおれの目の前にいても、届かなかったものがここにある。
どれだけ信じても、今まで遠くてつかめなかったものが、おれを包んでる。
そうか。
ああ、そうだ。
確かに、ほんとに、この人はおれの目の前にいて、おれを、知ってるんだ。


ファットボーイ×カジカ















鳥獣戯画


「手が届くなら、あたしはそれを守ることが出来ると思う」
「それは何?」
「愛。・・・たぶんね」
ガラにもなく、あたしはちょっとだけ切なさを吐き出してみた。
目の前のオトコは至って動じません、って態度でポケットに手を突っこんでいる。
屈託なく笑って少し跳べば、高下駄が心地よくカラン、と音を立てる。
あたしの好きな音。あたしの好きな高さ。
「おー、よく跳ぶな」
「ちっさい頃は、好きじゃなかったけどねっ」
「へぇー。・・・わおっ!」
オトコは跳んだあたしを見上げて、楽しそうな顔で額に手をかざす。
サービスぶって、返事した後にぐるんと一回転した。すると、すぐに乱暴な拍手が返ってくる。
「あたし、唄いたいよ。だからあんたがそう言ってくれるのは、すごくうれしい」
その音を耳にいっぱい抱えて着地する。着物の袖のいろが、視界のはしっこに映る。
あたしはしっかり顔をあげて、オトコを見た。
なによりもあたしが尊んでいる、音、というものの真実を知っているオトコ。
睨まない程度の視線。
まっすぐ立って、口にする。
「・・・ん。すばらしいね。じゃあ、交渉成立だ。ほら、チケット」
ちょっとだけ沈黙。そしてにっこり笑って、オトコは紙切れを差し出した。
求めているもの、いたもの。
それはもうすっかり違った形になっているはずで、それでも、何故か、なつかしい響きばっかりを遺している。
カラフルな紙切れを、あたしは静かに受けとった。
「・・・、ありがと。これで、手が届くところまで行けそうな気がする」
「そう?」
「うん。あんたの力はすごいもん。きっと、だけど」
出来るだけ丁寧に言って、出来るだけ丁寧に気持ちを吐き出す。
オトコはやわらかく微笑んだあと、ふっ、と顔をまじめにさせる。あたしを見る。
「・・・。お前は天狗、だっけ?」
「んーん、ハーフ。カラス天狗とヒトの。でも、理想はヒトリで生きてけるウサギ」
「へェ、それで名前は鹿ノ子ってか。どんだけ動物飼ってんだよ、お前」
「あはは!神サマってさ、面白いよね」
その顔はなんだかウラがありそうで、だけどあたしはその秘密めいた場所にたどり着けなかった。
すぐにオトコはおどけて、なにもかもを煙にまいてしまう。
だから、あたしもそれに乗って笑ってみた。
ケタケタ。あたしだけの笑い声。
「そ、俺、面白いのよ。だからパーティーも楽しみにしてろな」
「うん、もう十分、楽しみ。あたしがあたしとして唄えるんだもん」
「そう。ありのままのお前が、あるがままのお前として唄うんだ」
オトコ。・・・ううん、神、の声があたしに鳴る。
その音は誰も彼もを完全に天国に導いてくれる最高の聖歌みたいだった。
そ、まさしくホンモノの神さま、であるみたいにね。
あたしは目を開いてその声を言葉を受け止める。ありのままの、あるがままの、あたしだけの、あたし。
ずっと望んでいたもの。そして、手に入れたもの。
あとひとつだけ足りないピースを抱えた、あたしの認めたあたし自身。
ゆっくりと、神の言葉に頷く。
「神サマ、最高のパーティーにしてあげるかんね」
「わーってるよ。お前らの作る音楽祭だ」
高らかに神は言った。
今はまだ、守るまでにも達してないちいさなカケラ。それが真実の愛になるとき。
それはあたしがこの男のパーティーに参加する時なんだろうな、と本能で感じる。
何故かはわからないけれど、あたしにとって、特別なことが起きる、と直感が働いたのだ。
ずっと願っていた、求めていた、ひとつの想い。
神の笑顔を受け止めて、あたしはあたしのために神が作ってくれたチケットを大事に、両手で包みこんだ。


鹿ノ子&MZD















愛してる


「あー、暇ですねェー」
これ見よがしにダースは言った。
いつもの通りダースばかりが暇、という状況でのこの科白は、いつもの通り鴨川の苛立ちを煽る安易なものであった。
が、黙々と仕事を続ける鴨川は珍しく、ダースの言葉も耳に届いていないようだ。
万年筆で紙に書類の類のサインを書きつけてはそこらのメモに取りとめのない感情を遺す、 といった鴨川独特の集中するサイクルに、他人が入り込むスキはあまりない。
「・・・・・・・・・」
しかし、ダースはあまりにも暇だった。
安易な煽りを抜きにしても、とにかく、どうしようもなく暇だった。
だらだらとソファー全体を陣取っていた姿勢を起こし、こちらへ目もくれない鴨川をじっと見て幾分思案する。
そして吐き出すのに全く苦労もしない様子で、やすやすと告げた。
何種類かの鴨川のリアクションを想像に入れて。
「・・・愛してますよォ、学者様ァ」
ある意味、これ以上にない、完璧な科白。それは呆気なく部屋へ溶けた。
にやにやと笑ったまま次の展開をダースは待ったが、鴨川はぴくりと眉をあげて、真顔のまま顔を上げる。
ばちり。
淑やかに、二人の視線は合う。表情は真逆だ。嬉と無。しばらく沈黙が続く。
この時点で既に、ダースはいささか肩すかしを食らった。
何しろ、この世で尤も愛の言葉が似合わない二名の「愛している」というセリフだ。
だから鴨川は顔を真っ赤にして慌てるか怒鳴るかして暴れ、あわよくばその情事に乗ろう、などとダースは考えていたのだ。
しかし、鴨川は「を」というひらがなを書く途中の手を止めた格好で、ダースを見て、真顔のまま、言う。
「・・・そうか。私もだ」
「・・・・・・・、 は?」
声は滞りなく、ダースへ届いた。それと同時にペン先を振って、鴨川は「を」の続きへ戻った。
なめらかな動き。自然な動き。
正反対に、ダースは人形のように固まった。腹から変な声も出た。
『私もだ』?
硬直したのは頭も一緒だったようで、一気にダースの脳内は許容量限界になった。
いや、待て、と。
数秒の間に頭の中の意見が4、5回ほど交換された。
それでも足りずに、遂にダースは自分の素直な感情に折れた。
折れざるを、得なかった。
「はぁあぁァあア!?」
がたりと勢いよく立ち上がり、大声を上げる。さすがに想定外だった。
まさか、突拍子のない愛の告白を真顔で受け取るとは!
ずかずかと机をすり抜けて何食わぬ顔で仕事を続ける鴨川の目の前に立つ。
と思ったらその襟元をひっつかみ、この世の終わりだとでも言わんばかりの怒声を上げた。
「アンタ、気が触れたんですかァ!!」
「うわっ、なんだお前っ、わ、止めろっ!!」
さすがにそんな暴挙には鴨川も反応した。
反応して、つい数分前のダースが望んでいたように、ばたばたと暴れた。
しかし、そんなことは何一つダースの慰めにはならない。
ぐらぐらと鴨川を揺さぶって、半ば自分が照れたような心地のまま怒鳴る。
「あ、アンタは正気なのかと謂ってんだ!何だ行き成り、そう想ってるなら普段から態度で示せェ!」
「ぎゃっ、わっ、だ、だから何の話だっ、おまっ、止めろっ!」
「止めるか!はっきり謂え、此の莫迦!」
自分で何を叫んでいるのかさえ判らないままダースは叫び続ける。
珍しく混乱しているせいか、本心がアッサリ口から飛び出しているのにも気付いていない。
鴨川もそのことに対して自分に原因があるとは全く思っていないまま、それにずるずると応戦する。
ここからこの騒動を見た者がいたら、ああいつものことかと思うだけなのだろう。
しかし、今日はその毎日と決定的に違う感情と、鴨川の過剰な睡眠不足が混じっている。
それに気付けば、あとは簡単だ。
問題なのは、それにお互いが気付いていないことである。
鴨川はそろそろ睡眠をとっていない身体が揺さぶられることに限界を覚え失神寸前の状態で目の前の黒衣を恨み、
ダースは遂に混乱の絶頂を迎え、どうせ想いが同じならこのまま襲っても問題なかろう、
とブレーキの効かない思考で自分の発した言葉の重大さを受け止め損ねていた。


淀×鴨川















傷と小道


「エッジくん」
「お。何すか、ミシェルさん」
「外に行きませんか」
「・・・外?あれ、図書館は」
「今日は人が来ません。管理者から通達が来ました、休館です」
「あ、そう。街?結構歩くんじゃね、あそこ」
「いつも買い出しに行っていますから。付き合ってください」
「・・・おー。うん。わかった」
そういう流れがまずあった。それで、俺たちは外へ出かけた。
思えば、この人が外に出かけてるのを見るのは初めてだった。
今は街へ抜ける森の中。
先導を取ってるミシェルさんは、俺の前のすたすた歩いている。
少し後ろを歩いて、俺はその背中を、ジロジロ眺めている。
さすがにエプロンは取っているので、赤いシャツ一枚、ズボン一丁の格好だ。何枚この赤いシャツ持ってんだろうか。
ミシェルの(っとわりぃ、ケイショー略)カッコはろくに変わらない。
変わったとしてもシャツの色が違うのになるぐらいだ。
俺よりも10センチは背の高いチョーシン。ネコみたいに色が違う両目。それで、顔はムカつくぐらいの美形。
街に出りゃヒトがいる。大勢いる。
だから、この人は街じゃそうとう騒がれんじゃないか、と思う。
いつだって、キレイなものはなによりも強い。
「・・・エッジくん?」
「あ、なに?」
「何でしょう。先程から視線を感じていたんですが」
「あ、あー、そう?えーと。あー、街で、何買うの」
そう思ってると、ミシェルさんは唐突に振り返って首をかしげた。
声がひっくり返る。何もかもぜんぶ知ってるような目。
この目を見ると、それに吸い込まれそうな自分とイライラする自分が俺自身の両隣りに立つ。
なんなんだろう。この、妙な気分。
とりあえず俺はひっくり返った声をなだめるために適当に質問してみた。
「・・・そうですね、食糧や日用品が主ですが。なにか欲しいものがあるなら、買ってあげますよ」
「俺ぇ?やー、べつに、欲しいもんなんかねぇって」
「・・・絆創膏、とか」
「あ?」
「いえ。生傷が増えています」
「・・・、・・・そう?」
「沈黙が多くなるのは嘘の典型的パターンですよ。気をつけたほうがいいですね」
「あー、はい、はい・・・、」
目ざとすぎる視線に、呆れて溜息。
軽やかな指摘は鮮やかに俺を射抜く。
・・・あー、こいつ(わりぃ、もうこいつでいいかな)、ほんと面倒。
イケメンでもカバーしきれないややこしい性格は、一緒にいる奴を針みたいにチクチク指していく。
笑顔とヒニク。いつも思う。うっざい組み合わせ、って。
・・・それにしても傷のことに気づくなんてなぁ。
俺は図書館にいるばっかじゃ気が詰まるので、けっこうこの森に行ったり街に行ったりいろいろしている。
そのカテーで、よく傷をつくる。
だから俺は、常にバンソウコウをあっちこっちに貼っているのだ。
改めて自分の腕を見た。昨日より傷がふたつ増えて、絆創膏がひとつ増えている。
絆創膏がふたつじゃないのは、ひとつ貼って手持ちが切れたからだ。
それに気づくか、ふつう。
視線を腕からミシェルさんに移す。
さすがにもうどっか別のことに興味がいってるかと思ったら、まだミシェルさんは俺を見ている。
視線が合った。むこうの唇が開く。
「それにしても君は元気ですね、傷を毎日作るなんて。若いからでしょうか」
「・・・関係ないんじゃね。じっとしてんのが苦手なだけだよ」
「・・・・へぇ。その割に、図書館に居座っている、と」
「べつに本は、嫌いじゃねーよ。あんたがいろいろ読ませたから、苦手意識も消えちまったっつーの」
「・・・・」
ばっ、と腕をふって、なれた棘、ようするに毒舌をかわす。
ミシェルにさんと出会って、いろいろ知ったこともある。
ムカツクけど、別にイケメンはずっと見ていても飽きないってこと。
表面の鬱陶しさだけじゃヒトは図れねーってこと。
くせ毛は面倒そうなこと。オカルトな呪いが実際あること。
そして、本てもんが案外、面白いこと。
こいつに隠し事をするとさっきの返答が何度も返ってくるので、今度は正直に言う。返事はない。
顔をあげると、ちょっとイヒョーをつかれたような表情。
「・・・なに、黙っちゃって」
「いえ。意外な答えだったもので」
「何が?本が好きってこと?」
「ええ。君のようなタイプは、打てば響くタイプではないと考えていたので、嫌々読んでいるのかと」
「はー?ばっかじゃないの。ミシェルさん、俺よりヒト見る目ないんじゃない」
「・・・何故、僕のそれが君より無いと言えるんですか」
「だって、俺はあんたがどんな人間か知ってるもん」
「君が?」
「うん。心配したがり。寂しがり。でも人は嫌いなんでしょ、テッペキ笑顔と口悪いのはそのせい」
「・・・・」
ミシェルさんの珍しい劣勢にちょっと舌が調子に乗って、俺はべらべらとまくし立てた。
それはちょっと、自分の理想も混じった内容だった。寂しがり、とか。
アヤシさ半分、驚きその半分ぐらいの目で、ミシェルさんは俺をじっと見てしばらく沈黙する。
思案、かな。いやな沈黙。俺は口を開く。
「当たってる?」
「いいえ、ひとつも」
ごまかすのも面倒で、妙な笑顔を作った。意地悪げ、っつうんだろうか。
するとミシェルさんは今しがた俺が言ったテッペキ笑顔をつくって、完璧なNOをつきつけた。
世界中の女が、一発で惚れそうな顔。
ようするに、男からしたら、今すぐブン殴ってやりたいような顔。
「・・・・・・」
「絆創膏を買ってあげようかと思いましたが、止めます。自分で買って下さいね」
「言われなくても自分で買います、っつーの・・・」
そしてすぐに視線をはずして、ミシェルさんはすたすたと早足で歩き出した。
心配したがり。淋しがり。確かにノーだ。
俺は笑顔を歪ませて、最高にいやな顔ですらりと伸びた背を睨んだ。
天然パーマの黒い髪が、木漏れ日に反射してきらきら光っていた。
これからあと40分もかけて、一緒にこいつと街へ行く。冗談なら、だれか今すぐ笑ってほしい。


エッジ&ミシェル















悠久たれ


「お早う」
塵も凍る大気の中、神は言った。
闇にぽっかりと浮かぶ星が億光年の堺を超えて間近に輝いている。
惑星と星の終着点。墓場であり出生のゆりかごである片隅。生と死の流転。
そこに高らかな音色は響く。あらゆる次元と、常識を超えて。
「お早うございます、MZD」
空から言葉は降ってきた。
神は出来るだけ、この世界に身体を広げて笑った。そして手をふった。
第3次元世界を包む宇宙という肉体を持つ者に対して、出来るだけ、よく見えるように。
「やあ、フォトン。宇宙の調子はどうだ、泣いていないか」
神の声はさざなみを絶え間なく繰り返すおだやかな夕暮れの海のようだった。
仰ぎ見るように首を上へ向け、聖母たる微笑みを受け止める。
闇に踊る、はらはらと舞う粒子はこれから星になろうとする命のかけらだ。
「大丈夫ですよ、MZD。皆、とても穏やかに成長しています」
さらり、カーテンが風になびくように絶対零度の呼吸がフォトンの息づかいとして浮かぶ。
神を覆うほどの大きさで、彼女は髪を棚引かせ、ゆるやかに周囲を見渡した。
優しい笑みはより深く青く、この世界に刻まれる。
「そうか。良かった。俺もたまにしか来れないんでね、フォトンの顔を見られただけでも良かったよ。お前も忙しいもんな」
「そうですね、ここに変化の無い日はありません。
 でも、それでこそ宇宙という空間なのです。貴方も忙しいのに、ありがとう」
「いんや、いいんだよ」
互いは互いを労り、ほほ笑む。
宇宙はフォトンの感情を伝えるように、わずかな熱を帯びる。
神は自身の透ける身体から空へ手をかざし、ひとかたまりの星雲へ羨望のまなざしを送った。
赤白く濁る星の家族。
「いやぁ、やっぱ、ココはすげぇよな」
「そうでしょうか」
「そーだよ。俺、ほんとはこういう星になりたかったのかもな。いつまでも無言で、世界を照らす光」
フォトンと視線を合わせずに、独り言のように神は呟いた。
ゆっくりと吐き出される言葉には、どこか、切なさの色があった。
それにフォトンは気付いたが、なお、聖母として笑う。彼女は宇宙だ。彼女の愛は、ただ、広い。
「・・・貴方自身がひとつの太陽であるのに?」
「そう。もっと慎ましく、もっと密やかに、「道標」でありたかったのかもしれない」
それを神は知っている。
笑って、土台のない感覚を持て余し、神は地を蹴る真似をするものの失敗に終わった。
直接身体に刻みこむように、真空の世界で、それでもふたりの声は互いに届く。
神はフォトンとしっかり目を合わせた。
光。光。そのものである光。
宇宙。宇宙。そのものである宇宙。
歩む道を、造るものたち。新たな世界を、つくるものたち。
「貴方は独りで歩いているわけではありません。貴方だって、道標によって動かされることもある」
「・・・そうかねぇ」
「そうです。貴方が誰かを明るく導くように、貴方も誰かに導かれる。とても幸福なやり方で」
「・・・・うん、俺は、そういう世界を望んだ」
「そう。だから私も、ここに居るのですよ」
フォトンの中で太陽と月が目映く光った。神はそんな気がした。
一瞬、あまりに美しい光が彼女の中を駆け抜けたからだ。しかし目の前は星しか存在していない。
見間違いだったのだろうか。神は自問にかぶりを振った。
「・・・ありがとう、フォトン。お前が自分の意志で愛を持ってくれていることを、俺はとても、嬉しく思うよ」
「ええ。この世界を創造して下さってありがとう、MZD」
星は輝く。愛は瞬く。
すべての光を一身に受け、すべての闇を一心に抱く。
そうして、これからも産み、育て、見守っていくのだ。父のように。母のように。
神は想い、今産まれた愛を丁寧に、その心へ受け止めた。


フォトン&MZD


















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