芽吹けよ


「ああ。君、あれか。」
「・・・わあっ!」
土手でノートと向かい合ってうんうん唸っていた青年のうしろから影が覆いかぶさった。
一緒に低めの声がついてきて、顔を上げるとサングラスをつけた山羊がいた。
驚きすぎて持ち上げた顔と身体が反動でまぬけに後ろに倒れこんで、どさっ、という音がした。
「・・・おやおや、大丈夫か」
「あ、あの、ええと。・・・すいません」
「・・・・・別に?」
青年は倒れこんだまま、山羊は覗き込んだまま、二人の視線はばちりと合った。
笑うでもなく妙にマジメに、青年と山羊は言葉を交わして、
まるでなんでもなかったように青年は起き上がって、山羊は空を眺めた。
それは、6回目の音楽祭から1、2ヶ月ほど経ったある日のことだった。
「・・・グリーンさん、です、よね」
「ああ?・・・ああ、そうだよ。君は日暮君だっけ」
「そ、そうです。あ、覚えてて頂いたんですか、あの」
「そうだな、メロディと顔と名前が良く調和していた。三拍子。だから、覚えていたよ」
「・・・あ、ありがとうございます」
少し姿勢を山羊の方へ青年はあわせて、ちょっと気まずそうに口をひらいた。
山羊はこれといってすることもないような風体のまま手ぶらで突っ立っていたので、その沈黙を埋めたかったのだろう。
手探りの話題をなんとか青年が掴みとると、
ようやく、山羊は目の前の人間に照準をあわせたように言葉を紡ぎはじめる。
青年の名を呼び、片手でゆるやかにリズムを取れば、
いきなり名前を呼ばれた当人は驚きで思わず、眼鏡の奥の目をひらいた。
ついでに意外な賛辞を受けて、余計に落ち着かなくなったのか、
まさか、と顔をそむけて申し訳なさそうに頭を掻く。
「・・・あの、パーティーではすみませんでした、名前を、存じてなくて」
「ああ、いいさ。君の目指す音楽と私の目指す音楽は違うんだから。音楽の良いところはその無限大の多様性だよ、
 あらゆる嗜好をあらゆる技術で内包してしまうんだから。あの音の神のようにね」
「・・・いえ、でも。・・・パーティーのピアノ、凄かったです、巧くいえなくてすみません、ただ、本当に凄くて」
「そうか。ありがとう」
その通り、山羊はジャズピアニストとして、今現在の生活を営んでいる。
彼の名の知れ方は「ひっそりと、趣深く」、「通のみぞ知る」、などと称されるものであり、
一介のシンガーソングライター志望があらかじめ知っておくには酷な話だった。
それでも青年は素直に感動したのだ、
斜め前に存在している10本の白い指が紡ぐ、甘いカクテルのような音色に。
姿勢を今一度正し、その気持ちを青年が伝えると、別段興味もなさそうに山羊は呟き、己の顎鬚を撫でた。
「私はいつも自分の発する音に自己満足してしまうんだ。だから、人にそう言って貰えるのは嬉しい」
「・・・そう、なんですか?」
「そうさ。むしろ私は君に感動した、君は自分を律しながら自分を吐き出して曲を作っている」
「そ、そんなことは、ないですよ。貴方みたいに、僕は誰かを自分の世界に引っ張り込めないんです。
 強引に、横暴でもいいような力で、無理矢理自分の音に巻き込ませてしまえるような魅力が僕にはなくて、」
あ、でも、グリーンさんがそういった乱暴な方だって言っているわけじゃなくて、と付け加え、
膝に転がしていたノートをバタンと閉じて青年はやはり申し訳なさそうにはにかむ。
山羊は空と彼とを交互に眺め、どちらも透明な青色をしている、と考えながら、
ようやく自分が青年に声をかけたことが「なんとなく」でなかったことに気づいたが、
口にすることではないのでそっとしておいた。
代わりに、山羊はにっこり笑って口を開く。
冷たく無機質な口調はそのままに、けれど、感情をのぞかせて。
「成程。・・・じゃあ私が、君の魅力に気付いた最初のひとりと言うわけだ」


グリーン&ヒグラシ















べにあい


「例えば、」
流暢な口ぶりではじまりの一言を告げる講談師を、私は見ていた。
白く滑らかな手袋に包まれた指はぼったりと太っており、
それでも、その手つきは完璧な動きをして私の興味をより一層、惹いた。
天へ放った視線がゆるやかな一拍の後でこちらに向かう。
虚空の光に満ちた細い環状。
この世のものではない、決して現世へは還ることのない光。
「鬼がヒトの魂を喰らう理由です」
それに呆気なく捕えられる私を満足そうに見、講談師は笑んで続ける。
空気がすべて、その焔に吸い込まれていくような気がする。
「実体を獲ない、と謂う事は何かと面倒でしてね」
鬼を語る講談師の舌は、これまでにないほど明瞭で、饒舌だった。
常にこの男に付きまとう、訝しくまわりくどい戯言が欠片も口調に現れていない。
講談師自身の態度と、発す内容。
そのどちらもに感心しながら、私は半ば無意識に頷く。
「自然と決して相容れ無いのですよ。死を避け、肉体を喪う事はね。
 然し、鬼はそうした過程を経て、「思念」と為ったのです」
「ああ。・・・奴は、思念として、人々の意識を取り込む」
「良く良く御存知で。然し其れでもあの身体を維持するには足りません。確固たる記憶と感覚が必要なのです」
「それが、人間の・・・魂、か?」
口を挟んだ私を講談師は賞賛するように眺め、そしてええ、と小さくこぼす。
柔らかい波のような目つき。
・・・何もかもが新しい。何もかもが、今、私たちの関係性を洗っている。
不思議だ、と私は何度目かに思った。
遠まった距離を埋めるべく、講談師はゆるやかに歩んで私に近づく。
透明な賞賛を尚もその瞳に湛えたままで。
「怖ろしく不安定なのです。あの身体はね。過剰な程、奴に弱味が有るのも其の所為です。
 ・・・まァ、尤も、鬼自身の精神が過去を抱いた侭だと謂う理由も勿論、有りますが」
「じゃあ、・・・奴は、身体を留める為に、人を?」
「皮肉な事です。不自由な肉体を離れる事を渇望し、より不自由な思念と成り果てた」
あくまで滞りのない会話を経て、私達の距離は既に二メートルもなかった。
まるで実際の講談師のような口調は、下界で身の丈にあった生き方をする男の姿を僅かながらに想起させる。
憐憫の声色、脚色を施したような噺の流れは、鬼の存在の哀れさが強調されていた。
そう、真実鬼が哀れである、と錯覚してしまいそうな程に。
「・・・其の様に思念は不自由ですが、だからこそ、其の不自由さを利用し、鬼は己の欲望をも満たすのです」
「欲望・・・」
「其れはあたし等が持つ物とそう違いません。違わないから、怖ろしい」
欲望、と呟く講談師の目は、私を捉えていた。
光はあったが、感情はなかった。
逸らすことは出来ずに、私はその視線を頑なに受け止めていた。
・・・いや、違う。受け容れたかったのだ、私は。その視線こそを、すべて。
「・・・・・・」
暫くの間、私達はそうしていた。
交わす視線の中に何をも見出さないまま、私達は互いの存在を享受し合った。
講談師の強い瞳が何度も私を突き、苦しい気分になった。
お前は、鬼の何を知っている。
そして、・・・私の何を、知っている。
「・・・そうだ、欲望は、・・・恐ろしい」
幾許の後、掠れた声で、私は痞えた喉から異物を吐き出すように口にした。
欲望。
私がこのたった今確かに、秘め、怖れているもの。
幽かに逸らした講談師の瞳が僅かに開き、すぐ、元の形に戻る。
「怖れる程の欲望、ですか」
独り言のように講談師は言った。
その表情は先程までと何も変わらず、私を肯定し続ける温度を保っていた。
暴かれることのない、それでいて持て余す他ないその、欲望。
私は頷きながら鬼を思い、講談師を想った。
不自由な己を、噛み締め続けた。


淀×鴨川















君の気持


「お。よっ、テンサイ」
「・・・わ。だ、あ、あの。その呼び方は、ちょっと」
「なになーに、何の話?あっ、ジョニやーん」
「おー、トミー」
ジョニーを廊下で見つけたリュータは、よっ、と手を上げて、
その声に釣られたリゼットはトミー、と言われて僅かばかりに顔をしかめてみた。
偶然出会ったブラスバンド部の面々。
ジョニーはあわあわといつものように困惑しているし、
リュータは楽しそうに可笑しそうな笑顔を浮かべ、
リゼットはまだ「トミー」という自分のあだ名に不満げのようだった。
「何、どしたんだこんなトコで。自主練?」
「い、いや。アンズさんに呼ばれて、部室に・・・」
「アンズぅ?なんでアレが、ジョニやん?アイツ超ド級のメンクイだけど」
「・・・いやお前、それはシツレイだろ」
「い、いいんだ。っていうか、なんか、怒ってるような感じだったし、うん」
「怒ってる?」
3人は現在、南館にいる。
部室が南館にあるので珍しくはないが、今日は木曜で、部活はない。
それぞれはそれぞれの理由で南館へ来ていたが、
他のメンバーは掛け持ちの部活やらバイトやら、諸々の理由で別々に散らばっている。
そんなわけで、リュータはジョニーに質問をしたわけだ。
(ちなみに彼は、中等部へ用事があってここへ来た)
ジョニーがどもるように答えると、リュータの質問に横やりを入れていたリゼットは、思わず、大きな声を出した。
「アンズ」という人物が、状況にまるで似つかわなかったせいだろう。
接点の薄い人物を差し出された二人は、顔を見合わせて「?」という表情を出した。
とくにリゼットはアンズと仲がいいので、余計に顔を崩して腕を組む。
怒ってる、という科白を含めて。
「なんでー?アイツがジョニやんに怒る理由、ぜんっぜん思いつかないけど」
「アンズだろ?確かになー。演奏に関しての口出しだって全員居るときにしかしねーだろ」
「だから、僕も・・・妙だな、って・・・、なんなんだろうね?」
「・・・なんなんだろ。コワい。アイツが呼び出しとか、コワー」
「マジで思いつかねーなー。何、あ、そーだ!付いてって聞きゃいーんじゃね?な、俺らも付いてっちゃダメ?」
「え・・・、いや、なんか一人で来いとか念、押されて。・・・どうだろう」
「えー、益々アヤシイ!超気になる!じゃ、じゃ、外でキキミミ!それしかないっ!」
アンズは基本的に表裏がない。
満遍なく誰かを褒め称え、満遍なく誰かに文句を言う。
だから、一人きりを呼び出すようなタイプではないのだ、とリゼットは力説して、その行動の珍妙さを改めて説く。
うんうん、などと頷きながら、男子二人はどうしたもんだかと首を曲げていたが、
リュータが付いていきたい、と言い出したことでちょっとジョニーは焦った。
当然のごとくリゼットは便乗してワクワクと顔を輝かせている。
押しの強い二人に挟まれ、ジョニーは両手を広げて「まずいよ」と左右に振る。
「あ、アンズさん、絶対怒るよ、余計」
「だーいじょうぶ!アイツ怒るけど長続きしないし!」
「ま、外にいりゃバレなさそーだしな、いけるだろっ」
「え・・・ほ、本気?」
「ウン!」
「うん」
しかし、二人は頷いた。
おおきく、なんとも、楽しそうに。
アンズがジョニーひとりきりを呼び出す理由。確かに部員がこぞって飛びつきそうな話題だ。
しかも「怒ってる」、というスパイスがまたミステリーを呼んでいて良い。
上等な食材を前にしたコックのように、二人の目は輝く。
既に、二人の中ではジョニーに付いていくことは決定事項のようだった。
今更「行かないほうがいいんじゃ」、とも言えず、ジョニーは立ち尽くしたまま二人の顔を見比べていた。
実際、アンズに呼び出された理由をなんとなく、胸の底で理解した気持ちを隠したまま、
二人を連れていく覚悟を、ゆっくりと踏み固めながら。


ジョニー&リュータ&アンズ















遠い切望


「でよ、そのハヤタって奴がまたヘタレでな、見てると面白れーんだ、これが」
心底可笑しそうな顔で男は言った。
弾んだ声に舌が乗って、モップを動かす手がぶれた。
そのちょっと先で雑巾を扱っていたGは、男の様をなんとなく、の視線で眺めていた。
「だからこっちに顔出すのも稀なんか?ドコほっつき歩いとるかと思えば、レース場たァなァ」
「んだよ、最初話つけただろ。忘れたのか、ジジイ」
男はもともとGの清掃委託会社に在籍していて、この会社はビル清掃がメインの請負先だった。
しかし、男がたまたま暇を持て余していたときにレース場から依頼が来て、
そのときGの承諾なしに勝手にそれを受けて勝手に働きに行ってしまったので、
今、男はレース場まわりの清掃やら車のメンテナンスやらを行っているのだ。
炎を魂の器に持つハヤタやら、悪魔の宿るレーシングカーのRZXやら、
凄まじいポテンシャルを持つキラリンやら、そんな彼らと出会ったのもそのレース場で、
男は久々のビル清掃中、それらの話題に華を咲かせていた、というわけだ。
「忘れちゃいねェさ。お前が浮かれてんのが心配なだけじゃよ」
「・・・なんだそりゃあ。俺だって忘れてねェよ、今日は仕事の話なんだろ」
男が今日、手伝いでここへ来たのはただ人手が足りないというわけではなく、Gの依頼を受けるためだった。
この清掃会社は、裏の顔を持っている。
清掃会社というのも、実際にはかりそめの姿だ。
ギラリとした目をGが向けると、すぐに男も顔を引き締めてGを睨んだ。
「ホッホッ、なら、いいけどな。今回はこいつだ、日時は問わない。好きな時にやれ」
それを見て少しばかり満足そうにすると、Gはつなぎから一枚の写真を取り出し、それを男へ投げた。
写真を綺麗に受け取り、男は興味なさそうにヒラヒラとそれを眺める。
「・・・判ったよ。好きにやる。だから、それ以外は口出しすんな」
「てめェのサマを見てるとしたくもなるわ。深入りするな、とあれ程言っておるのにのう」
かがんでいた姿勢から腰を伸ばし、Gは言った。
あくまで宥めるような口調は、それがこの境遇に酷くそぐわないことをゆるやかに告げる。
それは初めに交わされた約束と戒めに似て、過去の苦々しい味を男に蘇らせた。
チリ、と男の目が光る。
「知ってる、ってんだろ!何年ここでやってると思ってんだ、バカ野郎」
「・・・失うのはテメェだけじゃねェんだぞ。お前が入れ込んでれば、向こうだってそうなってる可能性が高い。
 それをお前は理解してるのかね?どうも、最近のお前はあそこを楽しみ過ぎてるように思うが」
「・・・・うるせェよ。俺は、判ってる」
優しく、厳しいGの視線は、男に鮮やかすぎる痛みを遺す。
知っている、と何度も繰り返しながらも、
男は自分自身に湧き出た、人間らしく日々を楽しみたい、という欲求を実感していた。
それはあの場所で、彼らと出会ったから産まれたに他ならない感情だった。
得れば、失うことを恐れなければならない。それを男は理解している。
モップが動く床の先を見つめ、今一度、男は血塗られた自身を酷く汚れた存在だと認識した。
Gはそんな男を見つめ、憐れみとも慈愛とも憤りとも喩えられない思いを浮かべる。
終わることのない業を、男にも、自らにも律しながら。


KK&G















地図の標


「こんにちは、おにいさん!」
「・・・お、おお。こんにちは」
その日、大きな荷物をしょって、エッジは豪勢なホテルを見上げていた。
北へ何十キロも鉄道に乗り続け歩き続け、そこはもう見たこともない土地だった。
ポケットに手を突っ込んで、首が痛くなりそうな高さのホテルを見ているといきなり少女が話しかけてきたので、
ちょっとエッジは驚いて、ぐるんと視線をそっちに向けて声を出す。
「すごく大きな荷物ですね!旅行をしてらっしゃるんですか?」
「んー・・・ま、そんなとこかな。旅行、ってそんなシャレたもんじゃないと思うけど」
少女は、キラキラした目をエッジのほうへ向けていた。
濃い金の髪に、新緑のような色をした服。
制服のつくりから、目の前のホテルに従事していることが分かる。
背はちいさく、顔立ちからもまだ10代の半ばのようだった。
・・・そう考えると、それほど、エッジと年は離れていない。
「どちらにせよ、こんなお若い方がひとりでご旅行だなんて、素敵です!どちらまで行かれるんですか?」
「それが、別に決めてないんだよ。・・・あ、そうだ、この辺で、なんか面白そうな場所ない?」
エッジは少女の質問に頭をガシガシと掻く。
彼は高校最後の夏休みを利用して、ふらりと一人旅に出たのだ。
駅についてから一番にホームに着く列車に乗り、赴くままに歩き、ここへ来た。
目的はないのだ、とどのつまり。
輝く少女の目に申し訳なさそうにし、それでもにへらと笑って尋ねてみる。
目的がひとつでも定まれば、旅はよりよい物になる。
それを、エッジは経験から理解していた。
「・・・面白そうな場所、ですか。うーん・・・」
「なんでもいんだけど。例えばヘンな噂があるようなトコ、とか」
「噂・・・あっ!そうだ、ここからもっと北へ行ったところに、図書館があるって聞いたことがあるんです」
「ええ、図書館?」
そうすれば、少し考えたあと閃いたように少女は顔をぱっと笑顔にし、北の方をまっすぐに指差した。
エッジは図書館、という単語に、少女とは逆に顔をじんわり歪ませる。
彼は外に出てまで本、という気質ではなかったのだ。
「そうです。でも不思議なことに、いつでもあるわけじゃないらしいんです。現れたり消えたりするって」
「・・・何それ。だって、あるんでしょ?」
「わたしもお客様方からお話をきいただけなので・・・なんでも、魔法を使う司書がいて、その人が図書館を隠しているって」
「へー。なんかスゴイね、それ」
「だから、私、そこがおにいさんの「面白そうな場所」だと思うんですけど、どうでしょう?」
「なるほどねー・・・」
蜃気楼のような図書館。魔法を使うという司書。
たしかに、興味はそそられる話だった。
オカルトの類には面白半分程度の興味しか持ち合わせていないが、
覗く程度でも問題ない距離にあるようなので、少しばかり考えたあと、そこに行こう、とエッジは思った。
少女のハキハキとした声色は気持ちよかったし、その表情も柔らかくて明るい心地よさがあった。
うん、と頷いて、エッジは荷物を抱えなおす。
「よしっ、俺、そこ行くわ!」
「あっ、本当ですか、よかった!」
「ありがとな、これで次の目的地が決まったよ」
「とんでもないです!わたしもお手伝いができて嬉しいです」
「そうだ、ええと、・・・ここの従業員、なの?」
「わたしですか?はい、そうです!このホテル・レジェンドで、ベルガールをやってます!」
ぺこりと少女は頭を下げて、つられて、エッジもたどたどしく頭を下げた。
もう正午も過ぎ、高い日が二人を迎えている。
幾分たって顔を上げた少女は時計を見て、少し目を丸くした。
「きゃ、大変!」
「・・・どしたの?」
「まだ荷物の整理が終わってなくて!すみません、わたし、そろそろ行きますね!」
「あ、うん。悪いね、付き合ってくれて」
「いいえ!」
扉を指差し、慌て始める少女に微笑んで、エッジはじゃあ、とホテルに背を向ける。
「わたし、チェルシーっていいます!今度会うときは、噂が本当だったか教えてくださいね!」
しばらく歩かない内に背から声が飛んできて、振り返れば少女は手を振っていた。
エッジも手を振って、大きくそれに応えた。
北の図書館の噂。
エッジをそこへゆるやかに導いた少女、チェルシーの顔は、とても朗らかに、輝いていた。


チェルシー&エッジ


















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