ぬるま湯



「熱いね。世界が溶けそうだ」
「そうか?」
暑いのじゃなくて熱いのか、となんとなく思った。
声のニュアンスで、その科白がよくある誤変換じゃないことを汲み取って、息を吸って、吐く。
白い息は舞わなくて、今は長期休暇で冷夏にだらけきった気温がどうにかリバウンドを回避しようと躍起になって、
暑さって脂肪を必死に燃焼させてる最中だ。
セルライトに似た湿り気をおまけにつけて、ぐるぐる空の上で行う虚しいダイエット。
それに嫌々付き合わされている俺たちがさしずめ、溶けそうなアイスクリームってところだろうか。
溶ける準備は万端のふ抜けた身体。
もしかしたら、俺のだらけきった肉体に対する皮肉なのかもしれない。
軽々しい、華やかな、アイロニーの落し物。
「そうさ。ジェラートが食べたいね」
「アイスじゃなく?」
「ああ。シャーベットでもいい」
俺の目の前で指を振って、飛び込む視線を掬い取るようにスプーンのそぶりをテンは行う。
俺自身が掬い取られると錯覚する仕草、どうしてアイスじゃ駄目なのかね?
呆れるように軽く肩を竦めれば、本気なんだけどな、という顔つき。
確かに冷気を貪って、冷蔵庫にでもなりたい気温だ。
部屋の中へ逃げ込んでも、殺人者の太陽は嬉々とした眼差しで獲物を探しに部屋へ来る。
犠牲者を求めて舌なめずりをする湿気と熱気が惚気る様子はどう見ても地獄絵図。
目を閉じて、すべてを忘れたくなる。
「・・・食べに行くか」
「こんなに溶けそうなのにかい?」
「俺の家には生憎、そういった洒落たもんは無いんでね」
「んん。いや、いいさ。僕が溶けたら君が飲み干してくれるだろ」
そう、まさしくこんな風に、目を閉じてすべてを忘れたくなるのだ。
目玉が取れてごろごろ坂を転がってしまったような心地で、俺はテンの科白を最悪な顔で受け取った。
ソファーからわざとらしい視線を送る伯爵さまは、あくまでも、何もかもを知る顔で微笑む。
軽く唇を舐めて、実に、愉しそうに。
「君は目の前にあるものなら、なんだって食べてしまうからね」
「・・・俺をおかしな好色家みたいに言わないでくれるか」
「いいじゃないか、僕の前で、それは事実だ」
ちらちら口腔から覗く、鮮やかな桃色の舌。
それを一瞬本気で引っこ抜きたいと思ったが、
あの声が聴こえなくなって産まれるだろう損失の額をはじいて、
俺は吹っ飛びそうな理性をどうにか馬鹿力で引き寄せた。全くよく言う、伯爵さまだ。
「・・・そりゃあ、良かった」
鼻息をふいて、ぶすりと椅子へ身体をうずめれば、反対にテンは身を乗り出す。
投げ出した答えを何度でもこいつは拾う。
最高に嬉しげな顔。汗が滲む俺の肌。
テンは案外、ひどくマゾヒスティックな男なのだ。始末に負えないほどの。
「だって。君も、熱いだろ?」
半分伏せた目を持ち上げる。
すると、いつの間にか鼻先20センチの距離にいるテンは、手を伸ばして俺の額にそれを乗せた。
沸騰した体温は熱すぎて冷たく感じるくせ、いつものような心地がした。
「・・・、ああ」
熱い。
確かに暑いんじゃなく、熱い。なんとなく、あの言葉の意味が判った。
俺はゆっくりと額に自分の手の平を重ねる。熱いのかも冷たいのかも判らなくなる温度。
そこでようやく、俺は、自分自身も今すぐに溶けてしまいそうなのだと気づいた。


セバス×テン















春風秋雨


「おーい。・・・おーい。」
「ん」
遠くから放り込まれたなんともない声に、六はのそのそと振り返って目を凝らしてみた。
青い空の下、別段変わり映えのしない景色。
振り返った瞬間にびゅうっと強いつむじ風が舞って、
一瞬ひるんだ六の視界には、案外近い距離で一人の男が手を振っているのが見えた。
風でぬるく動く黒い袈裟は僧のそれに近い。
あからさまに面倒そうな顔をして、そのついでに、六は昼過ぎの欠伸をする。
草原ばかりがどこまでも広がる大地は見通しが効きすぎて、逆に鬱陶しいほどだ。
六は目のはしに浮かんだ涙を片手で擦り、気だるく立ちつくしたまま男を見据える。
振り返る格好は、着崩した着物に邪魔されて、整然には映らない。
男は六が己を待っていることに気付いたのか、少し足を速めた。
じわじわと5メートルほどにまでつまる距離も、六にとっては鬱陶しかった。
「やー、ようやく止まった。のしのし歩くな、置いていかれる」
しかし、そんな六の気持ちを全く察さず、笑顔の声が放物線をおまけに付けてやってくる。
ようやく六の視界にしっかりと収まった姿の男は、やはり僧のようだった。
いや、法師と言うべきなのだろうか、背に、僧には似合わぬ琵琶を掛けている。
頭の大きな笠。身体の黒衣。
にこにこと屈託のない笑顔を貼り付けた表情は癖づいていて、本心を覆い隠すような温度をしていた。
「・・・俺は独りで、歩いてるんだが」
馴れ馴れしい態度に、一歩引いて六は眉を顰める。
六はむやみやたらに馴れ合うことを好かない。
「そう言うな、旅人同士だろう。あんたは侍か、物騒な刀だな」
「・・・だから、如何した」
「おれはこんな成りの通り僧でね。
 殺生をしないように説教でもしようか、なんて近づいてみたんだが、・・・やあ、目が怖いぞ」
そんな六の表情をちらりと掠め、法師は鉄壁に作り上げた笑いを崩さずに、
六の腰元にひっついている刀を指差し、わざとらしく肩をすくめる。
次から次へと際限なく放り投げられる言葉に呆れるように、
六はため息をついて鮮やかな青い髪の毛をがしがし乱暴に掻きむしった。
この刀はなまくらで随分長い間砥いでいないから、殺生出来るほど上等な状態ではない。
片手で刀に触れれば、かちりと音が鳴った。
法師の言葉は驚くほどなめらかで、滞りがない、と六は思う。
まるで、紙に書いた科白をなぞっているようだ。故に、偽りの音色が濃い。
「・・・」
その正体は、と六は法師を睨みつける。
が、そんな状況には慣れているのか、法師は隙をひとつも見せない。
「・・・俺は殺生はしない。俺が危めるのは己のみだ」
息を吐きながら、六は呟いた。
気に喰わなくとも、六には心を閉ざす術を持った者の感情を、必要以上に揺さぶる趣味はない。
諌めるようにもおどけるようにも取れる法師の音色を軽くかわし、天を仰いで応える。
青い空が遠い。
洗練されていく意識が、その青さを文字としてこの世に留めようとわななく。
刹那の衝動を治めるように、六は出来るだけゆっくりとまばたきをし、そして深呼吸をした。
「己もまた、ひとつの個なる魂だぞ?魂をやたらに傷つけては、いい書も描けんと思うがな」
その隙間を縫い、法師は高らかな鐘のように謳う。
自分自身の言葉を、六に誇示するような巨きな言葉だった。
書?
この場に、あまりに似つかわない単語にぐりん、と上向いた首を元に戻し、六は真っ直ぐ法師を見つめた。
微笑んだままの表情。
ここいらは暑いな、と独り言のように呟いて、徐に法師は笠を脱ぐ。
二重に、六は驚いた。
法師の頭の天辺から首もとまでの線が、あまりに綺麗な曲線を描いていたからだ。
本来あるべき聴覚の器官は美しい形の中で姿を失い、それを頭の周りにぐるぐると巻きつけられた包帯が覆い隠している。
これではまるで、と六は法師の背に乗った、妖怪のような容姿をした琵琶を見た。
「おい、お前」
発した後で、その声が妙なぐらつきを帯びていることに気づき、まだ修行が足りない、と苦々しく六は思った。
その拍子に、堪えきれないとでも言うように法師は笑い声を唇からこぼして、一歩を進む。
瞬間、六は法師の感情がようやくありのままの形で顕わになったように感じた。
目を細めて、歯を見せて、余りある感情を表現する。
「ああ、やっと会えた」
感慨深く吐かれる音色。
六がありのまま、と感じるのも仕方ないだろう。
何せ、その顔は先ほどの笑い顔よりも余程、くしゃくしゃに歪んでいたのだ。
「・・・悪いな、すこし、嘘をついた。おれはずっとあんたを追ってたんだ。あんたの書が、好きだよ」


六&一京















夜行列車


「ばーか。そんなことしたって、ダレも見てくれやしないっつーのォ」
それは間延びした声だった。
それは、こんな寒い空の下の、明け方間近の黒い夜には全く似合わない声だった。
「・・・あ。え、どうして、ここに」
びくり、と予期せぬ声に身体をこわばらせ、恐る恐る振り向いたサユリは、目を開く。
鮮やかなオレンジ色のツナギに身を包んだ同級生が、
こぢんまりとした原付を横に毅然と立っていたからだ。
「カミヒコーキなんて、夜には見えねーよッ。乗れ、原チャ」
線路を目の前にした土手で、誰にも知られないかのように座り込んでいたサユリに、
ツナギの主、ニッキーは大きく手を差し伸べて、来い、とジェスチャーする。
サユリは手にしていた紙飛行機をかさかさといじりながら、俯きがちにつぶやく。
「・・・でも、もう、間に合わない」
今朝早く、遠くへ旅立ってしまう先輩を送るため、彼女はこの場所を選んだ。
ずっと焦がれていた想いに、最後の別れと感謝を捧げるために、
土手からひとりきり紙飛行機を投げ、先輩の乗る列車を見送ろう、と思っていた。
しかし、ニッキーはどこからその情報を仕入れてきたのか、
サユリの目の前に現れ、「原チャに乗って駅まで行こう」と言っている。
列車が発車する時刻までもう30分もなく、無理だよ、とサユリは首を振った。
「アー!そんなん間に合わなくなってから言えっつーの!時間ねーんだろ!」
苛立たしげにニッキーは地団駄を踏んだ。
がさがさと土手の草が鳴る。
静けさの広がる夜半には、そんな音もよく響いた。
きれいに折った紙飛行機が、サユリの手の中でふらふらと踊る。
まるで、サユリの揺れる思いを描いているように。
「でも、私、」
「いいから!好きだったんだろっ、バカッ!」
「・・・」
けれどニッキーは知っていた。
サユリの、秘めすぎてひどく美しくなってしまった想いも、
このままではいけないという焦燥感も、
そして、あまりある言葉が、伝えられることで初めて価値を持つものであることも。
撃たれたように、サユリはニッキーの目を見て固まった。
好きだ、と。
そう心を晒されたことで、サユリは想いを揺さぶられる。
紙飛行機を胸に抱き、放心したようにニッキーを見つめる。
「・・・あのねェ、ほんとに言いたいことがあるなら、こんなトコに居るんじゃねーよ、乗れよ」
「・・・あ、・・・・・でも、」
そんなサユリを見つめ返し、一際まじめな声でニッキーは言った。
既に先程より5分も時間が経っていた。
尚も呟くサユリに伸ばしていた手をほどき、がさがさと土手に入り、ニッキーはその細い手首をつかむ。
「早く!」
「っ、あ」
乱暴な仕草に、驚くサユリの目が飛び込んできた。
構わず、ニッキーはその手首を引っぱってサユリを立たせ、原付の場所まで歩いていく。
「仁木、くん」
掠れる様なサユリの声。背から降る声。
原付に辿り着いたニッキーはサユリの手首を離し、ヘルメットを座席から取り出してゆっくりと振り返った。
「行こう。な?」
サングラスの無い、さっぱりとしたニッキーの顔つきはいつも見るおどけた顔をしていた。
それでも大分、その表情は優しかった。
差し出されたヘルメットをゆっくりと、震える片手でサユリは取る。
「・・・・・・・・・うん」
「ウン」
泣きそうな顔で、微かにサユリが頷けば、ニッキーも大きく頷いた。
後ろに乗って、と後部座席を叩き、エンジンをかけて小さな原付にまたがる。
「掴まってね。トバすから」
「う、うん」
ポケットに紙飛行機をしまい、慣れないヘルメットを被って、
恐る恐る原付に乗り込んだサユリは、わずかに青白く滲み始めた空を見上げた。
間に合うか間に合わないか、そんなことは判らなかった。
ただ、ただ目の前の背中が妙に広く感じた。
「(先輩、先輩。臆病者な私を、笑ってください)」
涙でかすんだ視界はオレンジ色だった。
サユリはニッキーの腰辺りに腕をまわして、力を込めた。
「行くよォ!」
「うん!」
大声でニッキーは言い、勢いよくハンドルを回す。
飛び出す車体にサユリはぎゅ、とニッキーの身体に抱きついた。
夜に棚引くエンジン音が、星の消えつつある空に瞬いていた。
こぼれ落ちそうな想いを繋ぎとめるために、煌々と、鮮やかに、瞬いていた。


ニッキー&サユリ















ソナチネ


「アイツ、マジナイが使えル、ってよ」
「ソウ ナノネ」
限りなくなめらかな動きをしながら、バブルスは伺うようにジーナを見た。
彼の首にかかった鮮やかな色のモールがふわふわ舞って、それでもその口調は人と遠いものだった。
ジーナは特別に糸をつけない格好をしたまま、満足に動かない四肢をぐらぐら揺らせる。
彼女の声も限りなく、人とは遠い。
「だカら、オレ達も「ホンモノ」になれるカモしれねェゼ?」
「ワタシハ ヒトニハ アコガレナイ」
「・・・ヘンなヤツ!」
飛び込んだ青い目線をジーナは一瞥し、心底「ホンモノ」を願う猿の言葉をすり抜けさせる。
マジナイを使うあいつ、というのは身体に猫を飼う紳士のことだろう。
彼らを含めた4人は揃ってこのパーティーの宴のトリを務めたため、紳士の素性を知っているのだ。
紳士・・・テントカントが、催しの打ち合わせや宴の中で、自らを魔法の使者だと名乗ったことを。
『種のない手品は魔法に足りうる奇跡になると思うのだよ、私は』。
謳うようなその言葉を、ジーナもバブルスもよくよく憶えていた。
だからこそ、こんな言葉が出たのだろう。
バブルスは沈黙の空白に機械特有の甲高い笑い声をあげ、ふいと視線をそらす。
「アノオッサンなら、・・・オレを、ホンモノにしてクレルと思ってんダケドなァ」
「バブルス。デキルコト ト デキナイコト」
ジーナは諌めるように無感情な温度を出す。
球体の間接がわずかに軋む。
クックッと喉を鳴らせ、可笑しくも楽しくも悲しくもない、とくべつに彼らしい声をバブルスは出した。
丸まった背にチープな三角帽子。ニセモノの身体。
魔法足りうる奇跡を起こせる者がいるのなら、という期待を手放さないまま、高い音が鳴る。
シンバルだ。
「・・・ナーンダヨ、ツマンネェ。オマエ、ヘンなヤツのクセにユウトウセイだよなァ」
「クチブエ スキ ダカラ。」
「・・・会話じゃネーッ!ナンダソレ!」
ガシャン、という金属音。
ジーナはそれに反応し、悪態じみた言葉に自分なりの答えを返す。
彼女は人形という器にあり、その運命を享受し続けている。
その中で、唯一彼女が行える人間に近い行為の口笛は、彼女がもっとも愛する行為だ。
人間には決して焦がれない彼女は、口笛という行為でもっとも人に近づく。そして音は産まれる。
彼らは、限りなく生き物に近づきながら、限りなく生き物に近い生産性を示し、しかし決して、生き物にはなれない。
「カント ニ オネガイスルノ」
「デキナイコト、だロ〜。一応オネガイはシテミルけどよォ」
「ソウ。ソレガ イイ」
「チェッ、ドイツもコイツもツメタイよなァ!」
もう一度大きくシンバルを鳴らし(癖なのかもしれない)、バブルスはフゥ、と息をついた。
相変わらず不自由なジーナは首だけをぐらりと動かし、彼の魔法を少しだけ想像する。
満足な唇を持ちながら、優美な音を響かせる自分の姿。
そして、それに合わせてシンバルを鳴らせるバブルスを。
少しだけ、ほんの少しだけ、想った。


バブルス&ジーナ















仇視嫉視


「・・・で、だな!これだ!この反応で淀ジョルが退散することが判って・・・つまり、緩衝作用に近く・・・、」
「はァ、ええ、嗚呼」
鴨川が珍しく興奮気味に熱弁しているのをダースは言いようのない気分で見ていた。
生返事しか返していないというのに、今日の鴨川は気分も害さず、自らの理論を主張している。
それもその筈、久々に、ジョルカエフの目撃情報がIDAAに寄せられた為だ。
その上異次元世界へ引っ張り込まれそうになった証言者が咄嗟に取ったとある行動で、
ジョルカエフが一目散に逃げ帰ったというオマケまでついている。
淀ジョルの新たな弱点を発見できようという時に、彼の熱意を止められる者が居るだろうか?
そう問いを投げかけても、うんざりとした「NO」がしかめっ面のダースから返ってくるだけだろう。
なにしろ、この講談師の言葉すら今の鴨川には効かない始末なのだ。
朝から興奮しきりで2時間も証言者を尋問した挙げ句、ダースを格好の獲物とばかりに捕まえ、
己の理論と目撃証言を照らし合わせた仮説を、講義のように続けている。
いつもの怒りも憤りも忘れ、饒舌に語るのだ。
目を輝かせて、掠れた声を思いっきり上ずらせて。
「判るか!?こんな些細な行動ですら、奴にとっては脅威となる!
 大発見だ、これは奴を捕える為に我々が出来る最大の・・・」
「あー、ホントに全く、目出度いですねェ」
それを見るダースの顔つきはいささか尋常ではない。
いや、尋常ではないという言い方は大げさかもしれない、
鴨川とは逆に、満足を一滴も見せていないだけなのだから。
けれどその眼光は鋭く濁り、隠しきれていない怒りが空気に滲み出ている。
普段の鴨川なら、怖れるレベルだ。
「だろう!?」
しかし今回はそれにまったく気づいていない様子で、部屋中をべたべた歩き回りながら、時には天井に、
そして時にはダースに満面の笑顔を見せつけ、鴨川は手振りまで使用してジョルカエフがいかに脆弱な存在であるかを話す。
ダースには一度も見せたことのないような表情。
なめらかな口調、雄弁な舌先。
ここまで鮮やかな表情を、こんな状況で見るとは思っていなかった、約一名。
「・・・・・・」
遂に返事をすることすら拒み始めたダースは、じっとりと鴨川を睨む。
ジョルカエフの目撃情報や弱点が見つかることはいい。
いい、どころか諸手を上げるべきだろう。
淀ジョルを捕え、この次元から抹殺することが二人の悲願なのだから。
「・・・」
いやしかし、とダースは沈黙を保った。
いい、と言っても。
別にこんな顔をする必要はないんじゃないか、とダースは思った。
喜ぶにしたって、もっとやり方があるんじゃないか、と。
あんなに笑顔を浮かべなくたっていいし、あんなに嬉しそうな声を上げる必要もない。
そもそもあんな莫迦の事で自分と居る時より嬉しげにするな、
・・・とそこまで考えて、ダースは自分の考えが何より馬鹿げていることに、思わず、顔を顰める。
「(何だろうか此の、妙に如何しようも無い気分は)」
定位置のソファーに浅く座り、頬杖をついている格好はいつもとまるで変わらないのに、
気分だけは最悪なラインを保っている現状は、ダースにとって全く慣れない。
胸の底で呆れるように呟けば、ふと、今の感情に尤も馴染む一言が浮かんだ。
そう、言うならば、アレだ。
あの言葉が、一番、適切だ。
「・・・嗚呼。・・・ムカつきますなァ」
独り言のように、現代っ子よろしく、ダースは小声で言った。
そう、ムカつくのだ。要するに。
あの青い輩の弱点のひとつやふたつでここまで嬉々とした表情をしては最高に幸福そうな笑顔を見せ、
そのうえ聴いたことのないような声を使って喋ったかと思えば、上気した頬がこっちへ向く。
よっぽど、彼にご執心な態度。
ダースへは一粒すら向けられてない、その感情。
自分の感情を取り繕うのも忘れて、ダースはこの上なく不機嫌なまま鴨川の話を聴いていた。
それでも席を立たなかったのは自尊心の所為だろうか、
それとも。目の前に存在する稀有な現実を前にして、身体と心が反発した所為だろうか?
真意は定かでないままに、鴨川はお前はどう思う、とダースに詰め寄った。
「お前の意見が欲しいんだ!」
「・・・ヘェ」
おもむろに近づいた距離。すぐ近くで青い髪が揺れている。
謀らずとも怒りの張本人・・・の片棒を担ぐ者を前にしたダースは、
とことん苛立った声でにやりと意地悪く微笑み、
今直ぐあたしがアンタの痩身をハッ倒して奴の事を忘れさせるってのは如何です、と口を開きかけた。


淀→鴨川(なのかなぁ・・・)


















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