奇蹟の唄


「スギくん」
「ん、あ、リエちゃん」
チェリーコークを両手に持って、右手だけを僕に差し出したリエちゃんは、僕を見て笑っていた。
「今、大丈夫?」
「うん」
それを僕は受け取って、手のひらいっぱいにグラスの雫を受けた。
リエちゃんはいつものようにお手製の服を着ている。今回も、さなえちゃんと(ほぼ)お揃いの服だ。
赤いベレー帽。赤いネクタイ。チェックのスカート、ごつめのリストバンド。
僕らが出会った頃と似ている格好。
それは、彼女がこの記念日をそういうふうに受け止めているからだろうか。
独特な味のするチェリーコークを一口飲んで、リエちゃんはこっちをまっすぐに見る。
黒にちょっとだけ茶が混じった瞳。彼女の目は光が強くて曇りがない。・・・少し、怖いぐらいに。
「ね、スギくん。ありがとね」
「・・・何が?」
「今日、やっぱり、特別で。だから、この歌と一緒にステージに立てるの、ほんと嬉しいんだ」
「ああ、それか。いや・・・僕はたいしたことしてないよ」
ニコニコとしんみりの中間のような顔をしてるリエちゃんの気持ちは読めない。
それでもありがとう、という言葉はおおきな顔をして心に入り込んでくる。
片手を振って僕もチェリーコークを飲んだ。
彼女の言うありがとう、に僕が見合えたかどうかは分からない。
でも、このパーティーを、彼女がとても大切に思ってることは知っている。
知っているからこそ、僕はここまで丁寧に彼女のための唄をあつらえたのだと思う。たぶんね。
「ううん。前のときと、同じだよ」
「・・・同じかな。いや、そりゃ最初はいきなり僕の曲が流れて面食らったけどさ」
「わーっ、あの時の話はナシナシ!ほんとに悪いと思ってるんだよスギくん!」
前、っていうのは5回目のパーティーのこと。
僕とリエちゃんが始めてきちんと「組んだ」時の話だ。
そして最初、っていうのは勿論この音楽祭の1回目のこと。
リエちゃんが僕の曲でお祭りに参加したっていう話は、すでに僕らの中で伝説化しているのだ。
さらりと言うと、あわあわと取り乱してリエちゃんは取り繕うように片手をふった。
あはは、と笑うと少しだけ口を膨らませる仕草がついてきて、僕はそれを、素直に可愛いと思う。
「・・・ま、僕も祝いたかったんだと思うよ。この10年をさ、僕なりにね」
「うん。この曲もリエにとってすごく特別な曲になると思う。恥ずかしいけどね、初めて聴いたとき、リエ泣いちゃった」
「えー、ウソだぁ」
「ウソじゃないよ!あー、あの時と同じだぁって。でも、あの時よりもっと力強くて、スゴイなって」
「そうかなぁ。いや、そう言われると逆に僕が照れる」
素直に褒められるのは、苦手だ。
リエちゃんはキラキラしてるのに、いちばん芯のところは真面目な顔をした。
この子はあまりウソをつかないから、泣いたっていうのも本当なんだろう。
始まりから今まで。そしてそれから。
別に大きな区切りじゃないけど、ここまで来れた、っていう証みたいなものなんだろうか。
僕自身がここでこうしてやってきたって証明を、何もかも彼女に託すのは自分でも変だと思う。
でも、彼女があのとき僕の曲を選んでいなかったら、僕はここに居ないのだ。
だから、もしかしたら・・・、
「ね、スギくん」
「何?」
ふと考えていると、さっきよりずっと真面目な顔をしたリエちゃんはひと呼吸置いて、ゆるやかに辺りを見回した。
まるで、この空間を心底愛しんでるような顔つき。大人と少女の中間地点のような表情。
そして、彼女は言った。
「・・・リエ達、10年、ここにいたんだね。でも、たぶん、もっとここにいるんだろうな」
「そうかな。でも確かにあの神様のことだしなぁ」
「ありがとう、スギくん。スギくんがいなかったら、リエ、こんな素敵な場所に出会えなかった」
「・・・・」
驚いた。
まさかリエちゃんが僕と同じようなことを考えてた、なんて。
嬉しいのかびっくりしていいのか分からなくて、チェリーコークを半分ほど喉に流し込む。
独特の味が舌にこびりつく。
「スギくん?」
「うん、大丈夫」
「そう?」
リエちゃんは覗き込むようにして、僕の様子をうかがってきた。
なんとかきちんと目を合わせて、彼女を見る。
やっぱり照れるけど、伝えたいことはちゃんと伝えるべきだ、ってことを、僕は彼女から学んだのだ。
わざとらしく咳払いをして、息を吸った。
「リエちゃん、僕も、君が居なかったらここにいなかったと思う。だから・・・、うん、ありがとう」
「・・・えへへ。やっぱり、あの曲流してさ、正解だったよね?」
「・・・ま、そういうことになるのかな?」
返ってきた言葉でこの子のタフさにも驚きながら、僕がグラスを少し前に出すとリエちゃんは柔らかく乾杯してくれる。
カチン、と水滴で濡れたグラスが心地よい音を立てた。
もうすぐ、彼女の出番が来る。
僕が作って、僕が唄った、特別なうた。
恥ずかしいけど、やっぱりこの曲は、僕をここに導いてくれた感謝そのものなのかもしれない。
もしかしたら、なんて形容詞を使わなくてもいいぐらいに。
ゆっくりとグラスを離して、ニッと笑う。
いつかこのパーティーも終わるときがくるだろう。でも、それでも、僕たちは進んでいける。
だからこの曲がひとつの始まりになったっていいんだ。
数多の喜びを、小さな奇跡を、ありったけの感謝を、胸がふるえるようなときめきを。
すべての感動がつまったお祭りを彩る、このちっぽけなロックが、僕らにとってのプレリュードたらんことを!なんてね。


スギ&リエ















原点回帰


「あら、MZD。こんにちは」
「よぉマスター!今日もカフェの経営で悩んでんのか?」
よっ、と手を上げた神は、ひどく楽しそうに女へ声をかけた。
大きなサングラスをかけているのに美人だと空気で分かる女は、神を見て意地の悪い笑みをふわりと浮かべる。
「今日は記念日でしょ?そんな面倒なこと考えるわけないわよ、相変わらずおばかさんね」
「ヘェっ、珍しーこともあるもんだ!10年続けた甲斐があるってモンだよなァ」
「嫌味ね、貴方も」
「違う違う!ホントにうれしーんだって!シャメルッ、ホントはお前の曲もアレンジしたかったぜ!」
「・・・そういう、滅茶苦茶なお世辞はいいわよ」
つい、と女が冷めた科白を放れば、それを丁寧に受け止めながら神は女へ近寄っていく。
女は栗色のウェーブを片手でいじりながら、慣れた様子で神を見る。
暖かそうな毛皮が襟元についたベスト。いつものハーフパンツ。サングラスと帽子。
初めはHYSなどと書かれたパーカーを着ていた。随分今時の格好をするようになったと女は思った。
「でも、本当。よくここまでやったわね」
「ん?」
「パーティー。こんなに立派で威厳ある催しになるなんて、考えもしなかった」
「そうかねー。俺の気持ちは変わんないけどね、ラブ&ピース、ノーミュージックノーライフ」
「・・・本当。変わらないわね、貴方」
「ハハッ、永遠のピーターパンなめんなよ?」
その視線に気づき、神は毛皮へ両手を寄せて気取ったポーズをとる。
異なるようで、同じような10年を歩み続けてきた二人。
珍しく声をあげて女は笑った。
少しだけ喧騒から離れた場所で、その二人がいる場所はパーティーの源流に近い場所だった。
もう、この10周年のお祭りも終盤に近い。ステージの先で、特に大きい大声があがった。
「うおっ、もうそんな時間か!?」
「MZD?」
「お前も来いよ、シャメル!ジャムのおっさんが伝説の女を連れてくる!」
「え?伝説?・・・レイヴのことじゃなく?」
「ちっげェよ!俺の産まれるきっかけ!始まりのハウスだ!」
「・・・まさか!」
「そのまさかだよ!あの曲は、俺にとっての「はじまり」でもあるんだ!」
神は驚きながら嬉しそうに手をたたいて、「全てのはじまり」を女へ伝える。
遠くに、黒い容姿の女性がいる。大音量でスピーカーから曲が流れてくる。
涼やかなピアノの音、青い曲線。
するとその曲に気づいたように女も驚いてステージを見た。
その女性は、ジュディによく似た姿をしていた。隣にレイヴがいる。互いに踊っているようだ。
「行くぞ!」
「きゃっ!」
とびきりの笑顔を神は見せて、女の手を掴んで勢いよく走り出した。
湧き上がる人々を縫い、神はステージに近づいていく。
彼自身の誕生の、今に至るすべての、きっかけを作った曲。11月20日の奇蹟。
女は神になんとか追いつくように走りながら、やはりこいつはとんでもない男だと思い、高く笑った。


MZD&シャメル















絶対零度


彼以外の人間が部屋に存在しない快適な空間で、鴨川は心地よくを書き物をしていた。
陽は12時をまたいだ頃だろうか。
常に彼の仕事の邪魔をしていた人物は居らず、鴨川は上機嫌だった。
しかし、その浮ついた気分は一瞬にして消え去ることになる。
鴨川が次の文章を練っていると、突然、窓ガラスが割れる衝撃音と共に黒い影が部屋に飛び込んできたのだ。
ガシャン、と派手にガラスの砕け散るさまがまるでスローモーションのように彼の視線を奪う。
飛び込んできた影はソファの先にある本棚に凄まじい音を立ててぶつかり、床へうずくまった。
その衝撃で本が何冊かその上へばらばらと落ちた。
まるで常人の力ではない光景に思わず鴨川は立ち上がる。
書きかけの文書が、手から零れ落ちた万年筆のインクで汚れた。
「・・・な、え?・・・あ、」
思考が状況についてゆかないまま、鴨川は視線をうずくまった影へと向ける。
黒衣と巨体。赤い色。ゆっくりとした理解を乞うように、鴨川は息を呑む。見知り過ぎた姿の、苦悶。
「ダー・・・ス?な、お前!」
気づくがいなや、叫びに近い声を上げて鴨川は苦しみを顕わにするダースの元へと駆け寄った。
豊かな黒衣は部分部分が裂け、ガラス片がこびりついていた。その姿はどう見ても尋常ではない。
触れるべきか迷い、鴨川は身体をかがめる。
「どうしたんだ、ダース!おい、大丈夫か!」
「う、あ・・・が、学者様、ですか・・・」
尚も大声を発せば、ダースはようやくこの場所が知った景色だったと気づいたようにずるりと身をよじり鴨川へ視線を合わせた。
掠れた声は困憊している。荒げた息に、傷みが重なる。
「ダース、おい、お前、一体・・・」
「一寸、ばかり・・・、仕損じま、した、」
惑いながらも、鴨川は辛うじてダースの肩に触れた。氷のように冷たい。
目を見開けば、咳き込みながら彼は続ける。仕損じた。頭の中で鴨川は繰り返した。
仕損じた。何を?
問おうとすれば、脳裏に浮かぶ青い姿がそれを邪魔した。
口腔が乾く。恐れと、不安がない交ぜになる。かくある悪魔の存在と、この状況の、先への。
「・・・奴、なのか、・・・どうしてお前が!」
「淀川、は・・・、う、ID、A・・・」
「・・・、いい、喋るな!じっとしていろ、今誰かを・・・!」
息を切らせ、咳が酷くなり、ダースの表情が歪む。
身体のどこにも傷がないのが、逆に彼がどれほどの傷みを伴っているのか判断できず、鴨川は困惑した。
真相を問い質すより、彼に処置を施す方が先だと立ち上がろうとする。
だが、その前に、ダースは自身の肩に乗った鴨川の手首を掴んだ。
「・・・駄目、だ・・・奴は、・・・アンタを・・・、」
「喋るなと言っているだろう、馬鹿者!離せ、このままではお前が・・・!」
掴まれた手首は肩に触れた温度よりよほど冷たく、鴨川の肌には鳥肌が立った。
他の場所に行かすまいとしているのだろうか、その力はこんな状態にあるというのに恐ろしく強い。
鴨川も顔を歪めて金切り声を出した。
助けを呼ばなければ、ダースの生が危うくなっていくに違いなかった。
繋がった手を振りほどくことも出来ないまま鴨川が片手を乱暴に振ればそれを制すように、
ぎこちなくダースはもう片腕を伸ばし、鴨川の身体を抑え込んだ。
「!」
「駄目、だ、・・・未だ、奴は・・・視、ている・・・、アンタ、を、狙って・・・、」
びくりと強張る表情を拾わず、ダースは懇願するようにその身体に縋り、声を振り絞った。
圧し掛かる体重にバランスを崩せば、あまりに必死な彼の表情が飛びこんでくる。
「な・・・、ど、ういう、意味だ、おい、ダース・・・」
その表情に磔られながら、掠れた声を鴨川は発した。それは脅えと恐怖の混じった声色だった。
また見ている。狙われている。
目の前の異形が、ここまで存在を危めながら守ろうとしているものは自らだ、と。
呼吸をするごとに理解しながら、わずかに視線を窓へ向けても、そこには何の姿も影もない。
ただダースの凍りついた体温だけが、鴨川へあまりに鮮やかな現実を与えている。
氷のように冷たい、炎とはかけ離れた温度。
それだけが、今ここに存在する確かな事実、そのものだった。


淀×鴨川















Beat Mania!


「おんやー、今日は土曜日だったっけかぁ?」
「違うわ、ジャム。今日はお祭りなのよ?曜日なんて無視してくれたわ、あの子」
明るいフロアの端でひとりきり、ちびちびとソーダ割を飲んでいた男は、
真っ黒い、影のような容姿をした女が近づいてきたので、がははと笑ってグラスを高く掲げた。
顔見知りの風体で、女は肩をすくめてみせる。
「ヘェ、マリィちゃんも粋なことするねぇ。もう踊ってきたのかい」
「ええ、一度ね。でも、まだダメ。貴方の招待客が居ないもの」
簡素な椅子に座っている男の隣に座り、女は足を組んで遠くステージを見やり、それから男へ視線を移す。
意味深にして興味深々、といった色。
ふやけた笑い顔を崩さずに、男はそれをゆるやかに避ける。
「オレの出番はもーちょい後だよ。なにしろ、MZDがくれた「とっとき」だからな〜」
「知ってるわ。貴方にしかできない役目だもの。彼女を呼び出せるのは、もしかしたら貴方だけなのよ?」
「馴染みってだけさぁ。ジュディちゃんは気づいてないだけだしなぁ」
「それでも、貴方は特別なの。今回貴方がパフォーマンスしないのが信じられない!」
「それ、レオにも言われたぞぉ。んー、お前ら踊るんだろー?その時にやるか?いっちょ」
「・・・わおッ、ホント!?貴方のパーカッションで踊れるなんて、最高!」
「んー、どうだかなぁ。ん、久々にショルキーのやつとも組みてぇしなぁ・・・」
「組みなさいよ!組んで、それで、踊るわよ!」
「え〜?マジか〜?」
女はどうやら興奮しているようだ。
驚いたり喜んだり、立ち上がって飛び跳ねたり。
そして最後に男の手を掴んで立たせるがいなや、ぎゅ、と男を抱きしめた。
男はあきれた顔をしながらも口笛を吹いて、若い女の子に抱きしめられる喜びを実感している。
「ジャム!今回のパーティーは、最高ね!」
「そうだなぁ。MZDは、とくべつに頑張ってくれたとオレも思うな、うん」
神と彼らは、ほとんど同じ立ち位置にいる。一緒にこのパーティーを始めたと言ってもいい。
すでに何十年も、神のおとぎ話に付き合ってきたような気もしていた。
そして、男が呼ぶ招待客はこのパーティーの根幹たる意義を示した、ある種の証明のような人間だ。
賞賛に賞賛を重ねる女に、男も同じくにっこり笑って神を称えた。
ここまで来た。もっと進もう。
はじまりを見た者として、この素晴らしき広がりを心から祝い、楽しもう。


ジャムおじさん&レイヴガール















御祭騒ぎ


「あ?呼びつけたのお前か?なんだ、珍しいなひよっ子」
「・・・取り次ぎだよ。アンタに訪ねたいってやつが港にいる、伝えたいのはそれだけだ」
大層驚いた様子でジョリーがわざとらしい仕草をすると、大層不満そうにフェルナンドは顔をしかめた。
今日も今日とて酒場でぐいぐい酒を呷っていたジョリーに、
フェルナンドはドアの向こうを親指で示し、早く行ってくれ、と付け加える。
「誰だァ?俺に用件たァ、珍しいこと続きだなぁ」
「名前は名乗らなかったが太った白ひげのオッサンだよ。ほら、早く行けって」
「待った、こいつ飲んでからな」
そのキーワードでピンと来たのか、ジョリーは大きなジョッキを僅かにふると一気にそれを飲み干して立ち上がった。
はやく用件を済ませてしまいたいフェルナンドは、何事にも腰の重いジョリーのことだからまたややこしくなるのだろう、
などと考えていたので、ジョリーの妙にすばやい行動を見て少しばかり驚く。
だが、ジョリーはフェルナンドの驚きなど目もくれず、口を乱暴に甲で拭いて早足で歩き出した。
「で、どこだよハラのおっさんは」
「え?ハラ?」
「その白ひげの奴だよ、港だか言ってたか?」
「あ、ああ、港だ、市場の隣の」
「・・・市場? ・・・やばいな、オイ」
「? あっ、オイ、ちょっと!」
突然の問いにフェルナンドは慌ててジョリーの背を追った。
港までは5分もかからないが、「市場」という単語でジョリーの目つきが変わる。
フェルナンドがその疑問を口に出す前にジョリーは走り出して、フェルナンドは声色を変えて同じく走ってその横に並ぶ。
「早くしないと市場の食料が全滅だ、ひよっ子!」
「はぁ!?何言ってんだアンタ!」
「奴の胃袋は大バカなんだ、1時間も持たないぞ!俺の晩飯が無くなっちまう!」
「・・・、意味わかんねぇ!」
全速力で声を張るジョリーの言葉をなにひとつ理解できずに、フェルナンドはやけっぱちよろしく叫んだ。
短い用事で済むはずだったので、その白ひげの横にミカエラも置きっぱなしだ。
こんな姿を見られたらまた怒鳴られるに違いない。
彼女はこの海賊を殊更に嫌っているのだ。
そんなことを考えながら大通りを横に抜け、港横の市場に迫ると途端に賑やかになってくる。
叫び声だの大声だの奇声だの何かが崩れる音だのアレコレ、なんだか乱闘のような雰囲気だ。
「な、なんだあの音!誰かが暴れてんのか!?」
「しまった、遅かったか!」
ジョリーが全速力に2乗して、更に早く走り出す。
それに気づき、なんとかフェルナンドは追いつこうと努力したが駄目だった。
背中が遠く、市場の方へ向かう。
息切れしながら、フェルナンドは先にミカエラを迎えに行こうとスピードを落として港の方へ歩きだした。
「フェル!」
「・・・ん?お、あ、ミカエラ・・・」
すると、丁度よく、まるでタイミングを見計らったかのようにミカエラが走ってきた。
フェルナンドを捜していたのだろう、大きく手を振って近づいてくる。何故か顔が深刻だ。
「どうした?お前、そんな慌てて・・・」
「大変なの!いいから早く来て!あのおじさんが全部食べちゃう!」
「はぁ・・・?」
傍に来ると、ミカエラは強い力でフェルナンドを腕を引っ張り、市場の方へ走り出そうとしている。
あのおじさん、というのは白ひげのことだろうか、やはりフェルナンドは自分の考えを上手くまとめられずに、
『言ってること意味不明だよミカエラ』、という声を出した。
しかしミカエラはお構いなしにフェルが止めてあげて!と更にわけのわからないことを言って市場へ向かい続ける。
再びその全容を聞こうとフェルナンドが口を開いたとき、とりわけ大きい音を立てて目の前に巨体が転がった。
「!」
「キャッ!」
「グー・・・・・・」
「目ェ醒めたか、ジジイ!ここは食べ放題会場じゃないんだよ!」
怒号に近いジョリーの声。驚いてフェルナンドが視線を上げると、そこはもう市場だった。
・・・いや、市場だった場所だった。
なにしろ、そこに食べ物はひとつも存在していなかったからだ。
地面に食べ物の残骸が散乱し、店は店主を失ってがらんどうとしている。
周囲にはジョリーを取り囲むようにして人がたまっていた。視線は皆、巨体へ向かっている。
ミカエラも同じく口を押さえて巨体を見下ろしていた。・・・それはよく見れば、例の白ひげ、そのものだった。
「え?・・・あれ?」
「オイ、ひよっ子!俺もお前も嬢ちゃんも、今日の夕飯は抜きだぞ!どうすんだ!」
「・・・海賊!元はといえば、この人が貴方を訪ねに来たのよ!」
フェルナンドは呆然と二人を見た。するとジョリーがどうしようもないと言いたげに両手を叩き、
それで我に返ったミカエラがジョリーに向かって怒鳴り始める。
彼にとって、もっとも厄介な組み合わせがもっとも厄介な状況で鉢合わせてしまった。
ため息をついても、もう、フェルナンドの疑問に答えてくれるものは誰もいない。
白ひげも、気を失ったまま目覚める気配はなかった。


フェルナンド&ミカエラ、ジョリー、ハラ=ヘッタ


















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