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ユリイカ


人を傷つける為に生きていた、という意味では同じ存在なのだと、女は「彼女」を見つめていた。
砂にまみれ、錆の広がる金属で出来た「彼女」の身体はいまにも崩れそうに佇み、
薄くひらいた菩薩のような眼だけが、一つの屈強な意思を啓かせている。
孤独の中で産まれてしまった、二人の、殺戮の女神。
「・・・・・」
女はところどころの肌に滲んだ血を乱暴に拭いた。
女を狙い付けていた多数の追っ手は既にすべてがその呼吸を失い、
手に握られた剣は生ぬるい液体を纏っているだけだ。
呪いを浴びた剣。呪いを浴びた女。
この異様な雰囲気をたたえる古代の遺跡には、まるで似合いの格好であった。
「・・・不思議だな」
目を細め、床に散らばる小粒の砂をあでやかな靴で踏みつけて、女は「彼女」に触れる。
女の手のひらにはやけに冷たい金属の感触が広がっていく。
視線を合わせても「彼女」は動かず、またその姿勢を変えることもない。
蛇に似た下腹部は既に身体から外れかかり、内部が剥き出しになっている。
この時代にはそぐわない機械の中には凶器と見て取れるものばかりが存在しており、
ああ、やはりこの身と似ている、と女は思い、
しかし機械故に感情を与えられなかった「彼女」は幸せだ、とも思った。
地面と結合した刃の先は、湿ったままの血液が凝っている。
それに気付いた女は、ゆっくりと剣を目の前に掲げ、衣服でその血をぬぐった。
外では砂嵐が吹き始め、白盲のように景色は姿を隠していく。
「私は、お前なのだろう?」
いずれ色褪せ、世界の畏れにより忘れられていく兵器。
それは今や愛する国に捨てられた「剛毅の英雄」としての女の、ほんの僅かな哀しみだった。
そっと目を伏せて、女は剣を懐の鞘にしまう。
瞳の中で、抑揚のない翳りを残す「彼女」の身体が、ほのかに揺らいだ。

シャムシール&エキドナ


















ある邂逅


男が「彼」を見たのは、ある招待の席だったような気もしていた。
色々面倒な紆余曲折があって、男は人間というものをこれ以上ないほど嫌っていたので、
その賑やかしい祭のような席でも、遠くでそれを虚ろに眺めているに留まっていた。
けれどぶかぶかと煙草を吸っていれば男を招待した奴が話しかけてきて、
一曲歌うくらいはいいだろうとにこやかに言われたので、男は渋々歌ったりもした。
錆びついたステージで声を張り上げると男は少しだけ自分のことを思い返したり、
姿格好がまだ目の前の人間そのままだった時のことを見つめたり、
少しだけ人間的な感情に触れるような気分にもなった。
男は人間が嫌いだったが、歌った後に目の前の人間がわあと歓喜の声をあげて、
ぶっきらぼうにステージから降りる男に飛びついてくる感覚は、湿っていたがどこか妙に暖かく、
もみくちゃになる中で、以前もこんな感覚に浸っていたのかと男は思った。
時間が経っても中々連中は男から身を引いてはくれなくて、
ぐちゃぐちゃになったまま苦笑していた男は、少しだけ満足そうにも写っていた。
次の歌が始まるとさあーと蜘蛛の子を散らすように人々は離れたが、
その中でひとつだけ、ぎらぎらとした強い目が男のほうを向いていて、
それが結局のところの「彼」だった。
彼の目は男の顔一点に注がれて、まるで焦がれるようなその目は男の気分を重くさせた。
男が人間嫌いになったのはそんな目に支配されそうになったという理由もあるし、
彼がずいぶん若く、幼く見えたのもあまり気持ちのよい思いがしなかった。
男はさっと彼から目線を離し、お得意の雲隠れを使ってさっさと逃げる。
(視線を交わし合っていたのもわずか1、2秒程度だったと思う)
これに付いてこられる人間はそうそう居ない。
案の定彼は男を見失って、ギョロギョロと不安に辺りを見回すはめになった。
男は丁寧に暗がりに隠れて、また独りきりで煙草をふかした。
しばらくそうしていれば招待した男がこんどは酒を持って表れて、いい歌だったと告げてくれた。
男はまるで興味ないというそぶりで、素っ気なく頷くだけだった。
遠くで物憂げなバラードが流れている。たおやかな女の声。
しかし、目を瞑ってその音に耳を傾けても、男の心を埋めるものは何一つ存在しなかった。
曲が終わり拍手が聞こえてくると、男はゆっくり目を開けた。
そのとき、ばたばたと足音に似た音が耳を突いた。
少し荒い息遣いが聞こえたので、横目でそっちを見つめてみると、
なんと先程男を捉えていた彼がまだ諦めていなかったのか、きょろきょろと辺りを見回していた。
男には気付いていない様子で血眼なふうに、誰かを・・・おそらく男を、捜していた。
ぶよぶよとした服を着て、サンバイザーをつけていた彼は、
どこにでもいそうなありきたりな若者だったが、何故かおそろしく美しい水晶を、
あまりに粗末にできた不恰好な釣竿のさきにぶら下げて、肩にかけていた。
何者をも魅了するようなその水晶の輝きに男はいくぶん吸い寄せられたが、
彼が男のほうに感づいた様子をみせると男はそそくさとその場を離れ、身を隠した。
それきり、彼は男の視界に写ることはなかったが、
男の網膜にはしばらくの間、彼の水晶のもつ命の輝きのようなものが焼きついていた。
誰とも関わることがない、ひとを捨てた男とその「彼」が出会ったのは、
まさしくおそらく、この11回目に行われた宴の深い夜のことだったのだろう。
男はその時とまるで同じように煙草をふかして、スペードの紋章が刻まれたライターを弄んだ。
真後ろから目映く放たれるその光を反射する、命のようにうつくしいライターを。

ファットボーイ&カジカ





















海辺にて


ざあ、と笑っている男の背中はどんなものだろう、と想いが掠めた。
見上げた視界には痛んだようにも見える褐色が空と光と揺れていた。
友人は本を開いたまますやすや寝息を立てていて、
おれは波を掻き分けたり突っ込んでいったりしている奴のことを見ていた。
「おーい!気持ちいいぞー!」
こっちに向かって手を振る仕草は逆光になって綺麗なシルエットになっている。
ばたばたと奴のシャツが強い風でなびく。自由なヒーロー。
おれはゆったりと手を振りかえして、強い光に目を細めた。
空にはカモメが飛んでいる。友人の本にしおりを挟んで閉じた。
奴はひとりで楽しそうにはしゃいでいた。まるでなにかを蹴飛ばすように。
どこか痛々しい姿のようにも思えた。まるで手負いの獣のように。
数多に色を変えて、奴はいつも正面を向いてほがらかに笑っている。
それはおそらく、簡単な融解であり鉄壁の防御のようなものだ。
おれはひっそりと目の前の男のことを想った。
海辺に響く、ひとつだけの高い笑い声は途切れることなく、長く、長く、続いていた。

タローとナカジ(とサユリ)


















相即不離


片方だけがそっぽを向いている真夜中の闇だった。
しゃがみ込んだ格好の少女がいて、それを眺めて慢心している男がいた。
ため息をあげては猫になったり、時折熱い炎を器用に弄んでいるその状況は、
片方だけに注がれたあまりに扱いにくい感情だけを造作なくもてあまし、
無駄に公けぶった嫌悪が好き勝手に回っている、氷のぬくもりだ。
「・・・来ないで、と言った」
それは単なる独り言だと、少女は右手の、少年の形をしたパペットへと目線を落とした。
カパカパと何処かぬるくだぶついた手の平の中の隙間を縫い、少年は無表情にほほ笑んでいる。
左手では、少女と全く同じ容姿をしたパペットが楽しそうにゆれている。
男は空を見やって、カラカラと興奮もせず高く笑った。
自らの興味を遠慮なく少女へ投げつけ、世界を自分勝手に揶揄し始める格好は慣れた鬱陶しさをする。
「・・・・」
少女は厚かましく唐突な、この男が嫌いだった。
殊更、その甲高い笑い声を嫌っていた。
これから訪れる永い永い時の中で、きっとこの男を好くことは永遠に無いのだろう、と少女は思った。
少女の視界にほんのわずか入り込んでくる男の姿はまるで生気がなく、
男も少女と似通った存在である、という仮定を証明しているようにも見える。
「・・・・・・・」
無作為に少女は、手の中の二人を慈しむように絡ませ合う。
ぐちゃぐちゃと乱雑に愛し合う少女の両手の「彼ら」をちらりと眺めながらも、
なお、男は少女の沈黙を蹴飛ばして話を盲目的に続けている。
理想を言葉で掲げる男の姿と、理想を両手で模す少女の姿。
それはどうにも対照的で、けれど、ずいぶん沈みきった互いの想いは、浮かぶことがなかった。
「・・・帰って」
沈黙につぶされた空間で欲望の丸出しになるふたりの人形たち。
丁度、右手の少年が左手の少女に優しいキスをロマンチックにしたときに、本物の少女はひっそりと口にする。
ただの独り言だ。会話をする好奇を少女は持ちあわせていない。
目線に移る白黒の男はいつものように大概な抗いと名づけられる暴言を吐くが、
少女がまた猫のかたちに歪み、手足の不自由な獣に成り下がると、
男は思いきり不愉快な顔をして指先から自らに炎を放った。
叫び声もなく焼かれ、この空間から男が消える。
猫になった拍子に床へ捨てられた二体の人形はその様を見つめていた。
「・・・・・・」
声は消える。姿も消える。そうして、また平穏を欲しがる少女のひとりあそびに状況は戻っていく。
粘液に似た色をして、ついに目さえ捨てた姿になった猫の少女はそのまま、ふり返った。
なにもない暗闇。誰もいない暗闇。それは少女の望んでいるものだ。
鳴き声をあげ、少女は無残に地へ散らばっている「彼ら」を生ぬるい舌で舐めた。
理想を自ら捨てる、その一瞬を慰めるように。
理想を自ら誇る、男の存在を心から蔑むように。

極卒くん×おんなのこ















玩具遊戯


「つまんない」
「サウデスカ」
薔薇を摘み取りながら女は言った。
それを眺めて玩具は言った。
「あんたならあたしを見てくれると思ったけど、見当違いだった」
「サウデスネ。サウデス」
女はひとつひとつ、薔薇の花びらをちぎる。
乱暴に。あどけなく。
玩具は真綿のつめられた頭で、がくがくとうなづく。
乱暴に。ただ、あどけなく。
「あんたは肯定しかしないね」
「サウデス。サウデス」
ギロリと睨むつり目はくらく、炎のように紅い。
からっぽの玩具の目とはまるでちがう、それは生きているようでなげうっている虚無の目だ。
「あたしは、あんたのことなんか嫌いだよ」
「サウデスカ」
届かないことはつらいことだと女は理解していた。
だからこのやりとりはつらく、ついでに、虚しいことだとわかっていた。
純白に護られている姉のことを、ふいに、無性に憎いと思った。
薔薇の花は女の手ですっかり赤さをうしなって、ただの残骸になった。
玩具はふしぎそうに女をみている。
だらりとした定まりのない格好で、女をみている。
「・・・あんたはあたしのことが嫌い?」
女は薔薇を投げすてる。
そうして玩具にむかって訊く。
ちいさい玩具の目をみて、そうして訊く。
答えはわかっている。
強制的な問答の結末はいつでもひどく簡単だ。
「サウデス」
玩具の目はこの場などとらえていない。
うごき、おどる、その意思はどこにも存在していない。
言葉をなぞるくちびるさえ、それは玩具をすりぬけたものでしかない。
「そうだね」
それはじぶんと同じだ、と女はかなしい目で思った。
つかつか歩き、うなだれるようにしゃがみ、おもむろに、玩具をきつく抱く。
選ばれるべきでなかった。
選ぶべきでもなかった。
はじめの歯車が狂っても、やりなおす手立てはいくらでもあったのだ。
選んでしまったのは、女自身だ。
「ごめん」
その足もとにちらばった薔薇の花びらは、まるでわずかな血だまりだった。
玩具が流すはずのいのちだった。
女が流したはずのなみだだった。
ふらふらと抵抗もしない玩具を抱いたまま、女はいつものようにつぶやいた。
届かないことはつらいことだ。とても。

カンタ×ロッテ


















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