昼やすみ


「アンズー!」
「ンー?あ、リゼット。おはよー」
「あんたのノート間違ってた!ココ!写してたのに結局必死であたしが直した!どーなの!?ソレ!」
「・・・知らない」
とりあえず目の前のアカブチメガネに向かって、あたしは頬杖をついたままバカじゃないのと付け加えた。
見せつけてくるノートは週末の宿題のヤツだ。オサムセンセーのエイゴ。
金髪でガイジンのくせにコイツはエイゴが苦手だ。
だからとっくに終わったノートを貸して、ジャンの店のハートチョコケーキをあたしはねだった。
「とりあえずケーキはナシだと思うんだ、あたし!」
「・・・あんたさ、おごりたくないならないって言いなよね」
突きつけられたノートは、ウン、たしかに部分部分で文法がちょっと違ってて、
必死で辞書を引いたであろう、コイツの姿がなんとなく想像できた。
ちょっと吹き出しそうになる。
・・・・それでもあたしは、ケーキが食べたい。
とびきり甘いけどちょっとビターな響きがのこる、ジャンの味があたしは好きなんだ。
「あたし、実は金欠!」
「じゃあ始めからおごれる、とか言うな。あたしチョコケーキすんごい楽しみにしてたんだから」
「ごめん!」
「・・・マジでおごらない気だな、お前」
ばたん、とノートをあたしの机に置くと、リゼットは顔の目の前で両手を合わせた。
オトナシイっぽい容姿にくらべて、コイツの態度は落ち着きがない。
「わかった!じゃあ、カツくんに頼んでお昼つくってもらう!」
「・・・えー?掴まんないでしょ、それにあのヒトガンコだし」
「えー、じゃあアリスにお菓子つくってもらう」
「自分の財布からカネ出しなさいよ」
「えー・・・」
確かにカツさんの料理はテンサイテキで、だけどあたしはあのヒトがちょっと苦手だ。
アリスのお菓子は美味しい。たしかに食べたい。
でも、リゼット。
あたしがノートを貸したのはアンタで、あたしが今なにより食べたいのはハートチョコケーキなの。
アレコレ提案して指を折るリゼットを睨みつけると、う、と口をとざす。
「おごれ」
今日は譲らんぞ、ともう一回きつく睨むと、リゼットは自分の赤い髪留めをいじる。
これは、コイツが困ってるときのクセ。逃げたいときのクセ。
でも、ダメだ。
「リ・ゼ・ッ・トー」
「あー、ハイハイわかったー!おごるおごるおごりますー!いーもんいーもん、ジャンさんにツケるし!」
「いよっしゃ!ハートチョコケーキ!」
3度目の睨み。あ、・・・効いた。
リゼットは手足をばたばたさせて、ヤケクソ気味に叫ぶ。
それはいつも最後にリゼットが折れるとき見せる、ださい悪あがきだ。やった、勝った!
「じゃあ、放課後ね!今日は残念ながら練習ないから!」
「あいよっ!終わったらソッコーねッ!」
ガッツポーズを決めると、リゼットは長いおさげを揺らせて大声でいう。
折れたあとのリゼットはびっくりするぐらい潔い。だからあたしはリゼットが好きだ。
ぶしつけにリゼットが大きく広げた手のひらに向かってハイタッチして、勢いよく音を鳴らせる。
待ってて、ハートチョコケーキ。ついでにジャン。
あと2時間もしたら、すぐ食べにいってあげるからね!


アンズ&リゼット















祈念弦琴


「おい、易者」
「・・・ん?」
少年は自分を呼んだであろう、密やかな声に顔を上げたけれど、
なにしろ彼は目が見えなかったので、ぶすっと訝しい顔をしてその穏やかで涼しげな声に反応した。
「探したぞ。お前は神をも視た易者らしいな。私の尋ね人を探してくれ」
「誰?あんた。あ、・・・その声、歌い手?そんな声じゃ、儲かんないんじゃない」
彼の目に見えない声の主は、夕焼色のヴェールを頭にまとい、顔には薄い黒の布をかけていた。
そのためによく表情は見えないが、身体つきから女だということは見てとれる。
覗き込まれた少年の言葉に、驚いたような顔も付いて来る。
「・・・大層な小僧だな。目が死んでいると聞いたが、人を嗅ぎ分ける能力は傑出しているというわけか」
「名乗れとは言わないけどさ。とりあえず金ちょうだいよ。おれは日銭稼ぎなの」
賞賛するように軽く手を叩いて、女は声を上擦らせた。それと同時に背負ったギターが揺れる。
少年は呆れたように首を振り、手だけをひょっこり差し伸べた。
黒い肌に黒い手のひら。
それを見つめると、自信満々に女は続ける。
「私の歌が謝礼の代わりだ、小僧」
「ハァ?・・・おれは物以外では占わない主義なの、それはムリ」
「そう言うな、お前の耳なら特に良く聴こえるだろう?今から歌う。聴け」
「あーのね・・・・」
あくまでも強引な女は金品その他を差し出す気は全くないようで、少年は素早く手を引っ込める。
が、その場にどすんと座り込むような音を聴くと、本気なのかと更に呆れて声を伸ばした。
確かに女は胡坐をかいて座り込み、ギターを深く抱え込んで弦に指を這わせている。
一呼吸。
もう一度少年が口を開きかけようとした時、女は丁寧にギターを爪弾き始めた。
「・・・・お」
裏通りには似合わない、鮮やかかつ流動的に、アルペジオで紡がれる音。
鋭くそれに反応した少年は、わずかに敬服の声をあげた。
すぐに、そのメロディーに女の声が乗っていく。
凛とした声こそが発する、なだらかで美しく、ほんの少し切ない音色。
それはこの浮世を現すために誂えたような、稀有な歌声だった。
歌声が裏路地を覆い、少年は女が自信という自信をその声に身につけていることをゆっくりと理解する。
この声を武器にし、女が自らの人生を歩んできたことが少年の耳に響いていく。
なるほどね、と納得するように少年が呟くと、
同時に伸ばされた女の声は幽かに低くなり、ゆっくりと、歌声とギターは止んだ。
女は顔を上げ、不敵に歯を見せる。
「・・・どうだ、小僧」
「・・・あんたが謝礼って言うの、ちょっと判ったよ」
「だろう。伝説の詩人が遺したと言われる曲だ。滅多に弾かない」
女の表情を感じ取ったように少年も笑えば、頭の白い蛇も舌を出した。
ギターをしまい込むと、座ったまま身体を突き出して、女は少年を見やる。
「判った、今日は特別だ。おれもあんたの尋ね人に興味が出てきたしね」
「そうか、助かる」
少年の軽やかな承諾に、女の顔は綻んだ。
しかしすぐにキッと表情を引き締めると、高めた声を低くした。
「・・・で?あんたの求める人間は、誰」
「私の尋ね人は、・・・アガルゼットの破壊者だ」
問いかけるような真黒の瞳に、女は真っ直ぐに応える。
神妙な顔つきで、女が信念を抱いている証だということがよく分かる。
「・・・ヘェ」
「頼む。彼女の居場所と現状を。可能ならば、足取りも教えてくれ。出来るだけ詳しく」
アガルゼットの破壊者。
小国ながら繁栄した東の国を、一夜にして殲滅したと言われる、ひとりの女。
珍しい線が繋がった、と少年は女とまるで逆に声を高くした。
聴覚と感覚で深く女の感情を探れば、緊迫した空気がついてきた。
ひとつ息をつき、少年は目の前の水晶玉に両手をかざす。
欲す想いと重なる、運命の糸。
それを見つめるために、少年は神経を集中させた。


ファティマ&アブラハム















送り帰る


それは一昨日となんら変わらない景色であったが、一昨日と異なり、鴨川は自主的にそこへ来た。
夕暮れの支部長室にはまだ麻幹やら牛やら馬が残っており、
それらをかき集めて裏庭へ来た鴨川は、午後五時の未だに快活な気温をやはり面倒に思った。
ゆっくりとひととおりの形を用意すると、ゆるく風の吹く中夕日に目を細め、痩せた指先でマッチを擦る。
しかし、湿気を含んでいるのか鴨川自身の不器用さが影響しているのか、中々火がつかない。
暫くその動作を続けていると、後ろからちいさな火花がすばやくマッチに向かい、徐にそこから炎が上がった。
気づくように鴨川が視線を向ければ、そこには一昨日共にいた姿が、ひとつ。
「アンタは何処まで不器用なんですか」
「部屋の隅に落ちていたのを拾ってきたんだ、仕方なかろう」
「・・・好いから速く其方へ入れなさい、指が燃えますよ」
「・・・ん、」
いつの間に表れたのか、と眉を顰める鴨川が口答えをすれば、
当人のダースは悪態を吐いてマッチを持つ鴨川の手を指差し、それに反応して、燃え続けるマッチを鴨川は器へ投げ入れる。
麻幹と新聞紙が細切れになって入っている器は、すぐに空気を含んで燃え上がった。
「アンタが憶えていらっしゃったとはねェ、些か愕きです」
「あの後、お前何度日付を言ったと思ってる。20回は繰り返していたぞ」
「まァ、アンタ自身が送って下さって何よりですよ」
一昨日のようにどちらともなく互いは座り込み、向かい合わない形で会話をし始める。
大切な姿を迎えた後は、もとの場所に送り返さなければならない。
それを、今度こそダースは自らの手で行って欲しい、と考えていたのだろう。
叶った想いの先。
向かわないままで、それでもそこには、陽炎のような笑顔が残る。
空を見、煙を見。来訪したであろう輪郭を、記憶の糸を辿るように、想う。
「・・・本当に来たんだろうか」
「来ますよ。親族の元へ還りたく無い輩は居ませんからね」
「お前には見えたか?」
「アンタの思い人が、ですか」
「・・・そうだ」
「何ですか。アンタはあたしが視えたって謂やア、信じるって謂うんですかい?」
問えば問いが返る。
ダースが曲がった顔つきで声を扱えば、少しだけ素直に鴨川は目を開いた。
何かを委ねるように皮肉な問いは、彼が持つ感情の真贋こそを問うているようにも聴こえるトーンだ。
そう、「信じてくれるのか」、と。
それを悟っているのか、いないのか。
顔を上げ、鴨川は夕日にどちらとも取れる眩しい表情を晒した。
乱反射する夏の赤色がそこにこびり付く。煙が昇る。
「・・・私の元には帰りたくなかろうと思ってな。お前が見たと言えば、或いは・・・信じただろう」
「珍しい御返事だ。彼岸に中てられましたかな」
「そうだな。お前がこうしたお節介をする奴だと、私は思っていなかったよ」
「・・・成程。あたしに中てられたと」
「・・・そうは言ってない」
不意に視線を合わせれば、おどけるように自己主張の激しい目が投げられる。
ため息をついて、鴨川は呆れながら幽かに笑った。
珍しい仕草。珍しい科白。
パチパチと器の炎が色を荒げ、夕日と同調していく。
既に牛と馬は2日という日にちに水分も抜け、しおしおと枯れた悲しい生き物になっている。
それでも煙を頼りに訪れた者を気遣い、もといた場所へ還すのだ。
もう少しここに居たいと願う想いを汲んだ、ゆっくりとした、歩みで。
「学者様。あの御方は会えて好かったと仰って居ましたよ」
「・・・ん。あ、今、・・・なんて言った?」
「いえ、別に。唯の独り言ですよ」
願っている、と、いうこと。
祈っている、と、いうこと。
綯い交ぜになった感情は、僅かばかり、ダースを人の温もりに近づける。
呟いて、ひとり微笑んだダースを見やり、鴨川はその表情に本心を覗き込むような格好を取った。
「・・・」
昇る煙を惜しむように、炎は麻幹を食べつくす。
どこでもない、大切な者がいる場所は、それだけで貴い。
鴨川はダースの横顔を眺め、そう感じさせてくれる今を誂えてくれた姿に、目を細める。
息をつけば、穏やかな夏の暑さが肌に沁みこむ。
「嗚呼、暑いなァ」
同じように、ダースも高く赤い空を見上げた。
帰る者を送る火。
この煙を見る者に、この煙に導かれる者に、そして自らにも納得させるように。
七月の彼岸を、暖かい想いで満たしながら。


淀&鴨川















祀り還る


「胡瓜。茄子。」
「馬と牛、ですよ」
ばらばらと、長いのや短いのや、適当に折ったのや。
そうした明るい色と煩雑な状態で、ローテーブルには麻幹が散乱していた。
ダースはとくに短いそれを、野菜の四隅にゆっくりと刺している。
それを見て、鴨川は資料を抱えたまま野菜の名を呟いた。
するとダースは顔を上げて、それを訂正する。
陽は夕方の顔をして、煌々と赤い色をまき散らせていた。今日は、蒸し暑い夏の日だった。
「馬。牛。」
「もう夜に為っちまいますからね。・・・さァ出来た」
器用な手先は滑らかだった。
鴨川は資料を自分の机に置き、じっとそれを見つめている。
小綺麗に野菜へ4本麻幹をさし終えると、ダースは満足そうに頷いてそれを眺め回したあと、立ち上がった。
息を吹き込まれ、いきものとなった牛と馬は瑞々しい色をしている。
わずかに鴨川が顔を上げると、ダースはその1体といつの間にかまとめた麻幹をおもむろに鴨川に差し出して、持たせた。
「・・・? なんだ」
「もう夜に為っちまうんですよ。裏庭です、速く」
その意味はわからず、鴨川は戸惑った。同時に、問うた。
しかしダースはそれを規律した声で無視し、何も持っていないほうの鴨川の手首をとって支部長室を出ると裏庭へ歩き出す。
「私は仕事があるんだが」
「好いから」
「・・・・」
異なる歩調の中、鴨川は憮然とした。
拗ねるように声を出せば、それは素っ気ない科白で一蹴されてしまった。
ダースは背を向けたまま廊下を進み、裏庭へ続くガラス戸を押し開ける。
その瞬間、夕暮れの赤が溢れ出し、鴨川はそれを眩しいと思った。
裏庭の適当な場所で止まり、芝生を均すと、ようやくダースは鴨川の手を放した。
そして同じくいつの間にか手に持っていた銅製の器を静かにそこへ置く。
不遜なダースの態度に自らの手をいたわる鴨川は、そこに居ても曲がった顔つきを変えなかった。
「ダース。いい加減理由ぐらいは教えたらどうだ」
「簡単な話です。・・・迎え火ですよ。さァ、そいつを寄越して下さい」
再び問えば、再び素っ気ない科白で答えが返ってくる。
送り火。
差し出された白い手と答えに麻幹を渡すと、ダースは器にそれを投げ入れた。
カラカラと乾いた音が鳴った。
「・・・おい」
「馬もです。さァ」
「・・・、ああ」
それを見るとすぐにダースは馬を催促し、鴨川はそれに応えた。
自分の持っていた牛と、馬とを並ばせ芝生に置くと、ダースはそこへ座り込んで鴨川を見上げた。
「アンタも座り為さい」
「・・・・」
やわらかく、ダースは真横の芝を叩いた。
頷かず、しかし、鴨川は素直にそこへ座った。
空は赤さが増していた。暑さはまだ大きい顔を覗かせたままでいて、夏は己を請うているようだった。
鴨川が座ったのを満足そうに見ると、ダースは自らの炎の一部を器へ投げ入れる。
すぐに麻幹は燃え上がり、煙が赤い天へ昇っていった。
「こうすりゃア、魂も戻って来れますからね」
「・・・迎え火、だからか」
「そうです。・・・アンタの下らない話を思い出しちまいましてねェ」
「ここでは、場所として、些か不似合いではないか」
「アンタは斯う謂う風習が御嫌いかと思いましたんでね。
 如何せ無理矢理な遣り方なら、此処が尤も適切でした。何せあたしが居るんです」
「・・・そうだな。お前はいつも、強引で・・・いつも、極端に、何かを行う」
見上げれば、ダースはぽつりぽつりと雨のように言い、鴨川はそれを一々手のひらで受け止めるように喋った。
昇る煙が呟く、「ここに戻ってくればいい」と、「ここに貴方を大切にするひとがいる」と。
互いに空を見ていた。雲の中に煙が混じっていった。
麻幹が焼ける、独特のにおいが舞った。
「夕刻なら未だ間に合う。直ぐに見付けて来るでしょう」
その温度と共に、ダースの言葉は軽く揺らいだ。
遠くの岸が紫を纏っていた。
もうすぐ夜が来る。彼をもっとも知るひとが、示した彼の元へ来る。
夜に映えない姿の中で、ひと時の再会を、待っている。


淀&鴨川















問う、交る


「死ぬ、と問うて、叶わない、と問うて」
「・・・問うて?」
「生きたいと願う」
「へぇ」
珍しい科白だ、と思った。
いつも見ていた景色の隣で、君の姿は常に孤高と似た諦念の横に居て、
だからこそ自らは愚かなる不完全な生命なのだと常に吐き捨てるように言っていたのだ、
それを君はまだ憶えているのだろうか?
言葉に出した歩みを君はまるで当たり前に受け止めて、それは書物を前にした朗読劇のように自然だった。
それは君自身の見つけ出した答えなのだろうか、
蒼く白い髪と共にゆれるまやかしの羽根が、私の眼を刺す。
「お前は生きたいと願うか」
「私が、ですか?」
共に歩むという道は初めから存在せず、
ただ通る姿の影に己の欲望を剥き出しにして、私と君は微笑んでいた。
聖母を望んだ愚かな思い。
怪盗を願った愚かな思い。
互いを奪う愚かな完全。
そのひとつひとつ凡てを真実だと認識する君の瞳を私は知らない。
笑みには届かない表情の先は、紛れも無く半身である私を捉えている。
黒さで覆い隠された服装の底で自らを闇だと誇示する、この身体にも染み込むような君の生。
或いは、それは私自身が見つめ続けている背の姿と、重なる。
・・・愛しいと、憶える。感情の骨。
「そうだ。私達が唯、互いに存在する意味を視るか。欲すか。拒むか」
「・・・問う間でもなく。完全こそが、私達の願いなのでは?」
死に向かう互いに狂喜を見出し、私たちは交わらない世界の中で互いの血を欲してきた。
偽りのない完全こそが正義であり、紛れもない真実なのだ、と、認め続けてきた。
それを捨て去ろうとすることが間違いだと思うことは出来ない。
私はここに居るのだ。
確かな願望と、確かな情愛と、確かな欲望を抱えて、ここに。
「完全、には、愛は宿らん」
「・・・何を?」
「お前は、愛を信仰しているだろう?」
「・・・知って居る、と言う訳ですか」
君は頭の輪を揺らした。
スカートから伸びた二本の足が、地面に頚木を挿している。
冷めた氷の温度と共に、君は居る。
私の凝りを置き去りにして、君は問う。
私が此処に留まる怯えを知る、私の見つめている背の呼吸を認識している。
翡翠の宝石。暖かな身体。尖った瞳。
「お前が、そうして愛を憶えるたびに、私は個を与えられた気分になる」
「貴方には愛は不要ですからね」
「そうだ。私に存在し得ないものを、お前は持つ」
「・・・其処に完全は無いと?」
「嗚呼。だからこそ、・・・生きることを、問われる。私自身に」
その優美で勇ましい唯ひとりに抱きしめられることを、私は願う。
其処に君の身体は存在しない。
血を求めることを忘れ、半身を忘れ、私は彼を真実だと敬う。
矢のような視線を投げる君は差し出しているのだろうか、私達の意味を。
完全の信仰。愛の信仰。求めること、それ自体の信仰。
血を願い、骨を願い、喪失を願う。
そこに繋がる筈のない、「私達」の生存。私ではなく、君でもない、私達の存命。
「・・・お前は、愛のために生きたいと思うか」
全てがはためく。
私のマントが、髪が、君の羽根が、スカートが、そして私達の願いと思いが。
死ぬ、と問うて、叶わない、と問うて。
・・・君の眼を見よう。私は見よう。
眼を瞑り、眼を開き、その先で確かに存在する、・・・私達の、願いを思おう。


奇妙ミミ&エヴァミミ


















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