負荷価値


「人か。・・・珍しいな、おはよう」
「あ。ええと・・・おはようございます」
目の前で、蒼いドラムセットが喋って、僕に目配せをしたのをごく当たり前のように見ていた。
・・・ドラムセットが喋っているのに、僕はそれなりに冷静だ。
昨日、神に無理やりここへ泊まらされた時からおかしな覚悟がついていたのかも知れない。
僕がぺこりと一礼すると、ドラムセットの・・・人?は顔を物珍しそうな形にする。
「あんたも音神に連れてこられたの?」
「・・・あ、はい。なんでも、地獄を与えろだとかブッソウなことを・・・」
「そう。俺もだよ。あー、俺は、ドゥーム。ヘンな成りで悪ィな」
「い、いえ。あ、僕はウーノです。よ・・・ろしく、お願いします」
彼はドゥームという名前、らしく、僕はその名前を頭に刻み付ける。
姿形はすごいけれど意外と考えていたより中身は普通で、人間と同じ考えも持っているようだ。
音神、は・・・そのまま神のことだろうか。
バスドラムの中央にある彼の顔の変化は人間のように表情に富んでいる。
両脇・・・、のふたつのタムにいる子供のような顔つきのふたり、は寝ているようで目を瞑っている。
「・・・なァ、どう思うよ」
「え?何がでしょう、か」
「地獄だぜ、地獄。物騒どころじゃねェだろ、正直。しかもあんたは人間だしよ。何考えてんだ、音神」
動けない彼は、上目のまま問いを投げかけてくる。彼のいう通り、まったく、僕は人間だ。
未だに、僕がなぜここに居るのかはわからない。
ヴィルヘルムという人が言ってたことを、信じる気にはなれない。
アイドルだとかそんな肩書きを抜きにした、至って普通の僕という存在は「地獄」なんてのとは程遠いものだろう。
僕も問いたい気分になる。
案外、ドゥームという人は常識人のような気がする。
「・・・ヴィルヘルムさんは、僕が闇だの狂気だのを持ってるから、とか言ってましたよ」
「ヴィルヘルム、なァ・・・幽霊紳士か」
「はい。え、幽霊、なんですか?あの人」
「遠いうわさ話でね、40年ぐらい前に聞いたような気がするだけ」
「じゃ、あの人がどんな人か知ってますか?」
「知らねェ。俺だって何十年ぶりに放置から引っ張り出されたんだ、今のことはさっぱりだよ」
何十年ぶり。それも、すごい話だ。
・・・幽霊紳士。あの人の成りなら、・・・有り得ないこともないと思える。
ため息をつくような仕草で、ドゥームさんはかちゃかちゃとドラムセットの身体を揺らした。
地獄。そうだ、この人も同じことを言われたといっていた。僕と、同じように。
「ええと。失礼だと思うんですが、・・・ドゥームさんは、闇、持ってます?」
「あ?何だ、いきなり」
「いえ、あの。「地獄」っていうぐらいなので・・・」
「・・・そうだな。俺はー・・・このドラムの中の悪魔だからな、地獄は合うと思うぜ」
「え。・・・悪魔?」
怪しい単語に、僕の語尾は勝手な疑問符をつけてくる。悪魔?
たしかにこの人の格好は人とは違って、一見、恐ろしいものかもしれない。
でも、一度話せば彼が普通の思考を持っていることが分かる。
・・・だって、僕はこうしてまったく平平凡凡に彼と会話をしているからだ。
「そう。ドラム使ったやつの情念やら憎悪やら、そーゆー負の感情が、俺の魂の原型。
 俺の名前の意味、知ってるか?破滅と滅亡と死、だぜ。おあつらえ向きだろ、「地獄」にはよ」
「・・・あの」
「だから。俺がここに来たのは妥当なわけ。分かった?」
「ええと、・・・なんだか、すみません」
「なんで謝んの。めんどくせーな、別に俺は普通だよ。何とも思ってないの、ハイ!俺の話終了」
僕が思っても見なかった話の展開に顔を曇らせると、
どたん、と自分の身体で音を鳴らし、ドゥームさんは話題を打ち切る。
蒼い楽器に宿っている意識。
それが、そんなに重い感情の中に産まれたものだったなんて。
僕は地獄、という意味の重みも知る。・・・なぜ、僕が、ここにいるのか。
「ドゥームさん、僕は、闇、を・・・持っているんでしょうか」
「・・・さあね。見た感じでは、ただの美青年に見えるけど」
「僕は、・・・闇を楽しむ嗜好を持っていません」
「そうだな。・・・でも、音神の眼は確かだぜ」
「・・・ヴィルヘルムさんも、同じことを言っていました。・・・なんでしょう。僕は、怖ろしい人間なんでしょうか」
なんとなく自分の手の平を見つめてみても、それは普通の肌の色をしている。
きっと怪我をしても赤い血が出るに違いない。それなのに、神は僕を選んだ。
笑顔で、やってやれ!と背中を押されて、なにがなんだか分からないまま、ここへ来た。
「まァ、たとえそうだとしても、なんとかなんさ。俺だってこんなナリでも生きてる」
「・・・そうで、すね」
そしてなんとなくドゥームさんを見れば、薄い微笑みをたたえたまま、そう言われた。
・・・励ましてくれているのだろうか。曖昧に笑い、頷く。
彼はおそらく強いひとなのだ、僕はうっすらとそう思った。
悪魔という地獄。闇という地獄。
あるいは僕に備わっているのかもしれないそれを思い、僕は今を見る。
間違いなくここにいる、僕を。


ウーノ&ドゥーム















うろの子


それはロッテの気まぐれ、未満の気持ちだった。
自分がそういう存在であるからだとか、当てつけだとか、独りっきりじゃ寂しかろうとか、すきとかきらいとか。
それは気まぐれな未満ばかりの気持ちであって。
それでも、ロッテは綿と布を前に、ハサミをゆっくり手にしている。
「・・・サウデス?」
それを、カンタはじわじわとしたいつもと変らない視線で見ていた。
刃物が恐ろしいものだということを知らない、浅ましいまでに無垢な目線。
発した声は不可思議そうにうわずって、ロッテへと繋がれている。
シャキン、と一度ハサミを動かし、威嚇するように切っ先をロッテはカンタに突きつけた。
「・・・何作るか、って?」
それでもカンタは動じない。
首をかしげて、ねじまきが解けかけたような動きをする。
彼に判っているのはロッテの言葉、だけだ。
それが、ロッテにとってはどうしようもなく心地よく、どうしようもなく苦々しい。
『自分だけのもの』をロッテはのどから手が出るほど欲しがっていて、反吐が出るほど嫌っているのだ。
「サウデス」
肯定に似た声色でカンタが頷くと、ロッテはハサミを持ち直し、びろうどの布に勢いよく刃を向けた。
それはよく見ればうすい白で線が引かれていて、それに沿ってロッテは布を切っているようだ。
じゃきじゃきとハサミが上下すれば、布は個々の形を持って床に落ちていく。
カンタはその一片をおもむろに持ち上げて、やっぱりがたがたと首をかしげた。
「・・・それはね、あんたの分身」
ちらりとその様を一瞥して、すぐにロッテは視線をもどして、大きくも小さくもない声でつぶやく。
それにちょっと反応して、サウデス、と返す声は訝しげな温度をしている。
びろうどの布が粗方床に散らばると、今度はラシャの白い布をロッテは取り出し、同じようにハサミを入れる。
「あんたは独りだから、あたしが作ってあげるの」
ほとんどそれは独り言のようで、けれどカンタがそこにいるから会話となって、ゆっくり部屋になじんでいく。
ハサミの刃がこすれる音ばかりが聞こえて、
ロッテは自分の考えを心底ばかだと思いながらラシャの布を勢い良く裁ちきった。
頼りなく布が床に落ちて、ロッテはその数を確認して自分のまわりに集める。
「・・・ホラ。あんたでしょ」
集めた布のしろくろを重ねて組み合わせるようにすれば、それは確かにカンタと同じような形になる。
とてとてとロッテに近づいたカンタはそれを見つめて、ロッテを見て、ぱたぱたと踊りだす。
「ばか。まだ出来たわけじゃないから」
それは、カンタが嬉しかったり楽しかったりするときにする仕草で、
嗜めるようにロッテはカンタの額を小突いた。自分の、分身。
ロッテの反対がわに居る彼女と同じ存在。
それを求めているのだろうか、という、気まぐれ。
ハサミをマグカップに突っ込み、ロッテはその辺にあった針と糸をとった。
カンタは小突かれたのが効いたのか、いつの間にか踊りをやめてじっとその様を見ている。
「・・・あんたも、寂しいのかな」
その視線を感じて、針に糸を通しながら、今更のようにロッテは言った。
真実のともし火。
それがどこにあるのかなんて、誰も知らない。
黒いとげとげした形の布と、白いまん丸の布を重ね合わせると、静かにロッテは針を入れていく。
ひとの手で産まれる人形。それは、彼女が願ったつながりなのかもしれない。
誰かと誰か。いつか出会う、誰か。
つぎつぎと飛躍していく考えのなかで、ロッテは自分を見つめるカンタを視界のはしに留めながら、あたしは寂しいよ、と、思った。


ロッテ&カンタ















光包の泡


「寝てる?」
僕は声をかけて、なんとなくあいまいに、微笑んだ。
ちいさなカプセルの中では彼女がすやすやと眠っている。
優しい顔はとても、おだやかだ。
「今日はね、ちょっと過去に行ってきたよ。楽しそうなパーティーがあったんだ」
丸まって寝てる彼女は、人のようで、人じゃないようで、少しだけ不思議な存在に見える。
うん、確かに彼女は不思議な存在で、だけど、そんなのを抜きにしたって、
彼女は僕にとってとても大切なひとなのだけれど。
「すごく素敵なパーティーだったんだよ」
・・・僕は時をかけることが出来て、その力を使っていろいろと仕事をしている。
今日行ったところはAD2003の地球で、そこでその「パーティー」に出会ったのだ。
主催者らしき男の人は僕を気に入ってくれて、今度の特別感謝祭に来てくれ、なんてことを言ってくれた。
だから出来れば彼女もつれて来たいな、なんてことを思っていたんだけど、この様子じゃ、ちょっと無理みたいだ。
彼女は睡眠が人よりもずっと多く必要な身体で、一度寝たら中々眼を覚ましてくれない。
このカプセルがないと外に行くこともままならないぐらいだ。
キカイが混じった肉体は自由にならないことが多い。
「だから、それに誘いたかったんだけど・・・」
そのパーティーっていうのは音楽に関したパーティーだった。
彼女はとても歌が好きだから、僕は本当に残念だと思った。
唄っているときの彼女はこの世の中で一番、輝いているように見える。
元々ふわふわしている彼女の存在が、その歌声によって本物の泡になる気さえするんだ。
「今回はちょっと、無理みたいだね。・・・今度は絶対、いっしょに行こう!」
僕はカプセルに顔をくっつけて、すやすやと眠っている彼女に聞こえるように大きく言った。
桃色の髪の毛が循環器のせいでかすかに揺れていて、それを僕は素直にきれいだと思った。
そのままじっと彼女を見つめていると腕につけた発信機が鳴り出して、僕はハッと意識を戻す。
ゆっくりと、後ずさりするようにカプセルから離れる。
仕事の依頼は、無視できない。
「・・・じゃあ、行くよ。また!」
名残惜しく声を出せば、それはあまりに悲しげな音だったのですこし笑ってしまう。
手をふって、跳ね飛ばすように背を向けて駆け出す。
あのパーティーに参加したい。
あのパーティーのことを、彼女に話したい。
あのパーティーが開催されている「現在」に存在していないことを少しだけ残念に思うけれど、
彼女がここに居る「現在」に存在していることはかけがえの無い、とても幸せなことに違いないんだ。
コポル2を取り出して、全速力のままワープの準備をする。
大丈夫、どこまでも走っていける。
君がいるから、僕は、自分の場所を見失わずに、いくつもの時代を駆けることが出来るんだ。


ニコ&ロコ















メーデー


「あー。どぜんサン。珍しいネェ、ヒヒッ」
スマイルは男を見つけ、消えた右手から繋がった包帯で空っぽの手袋をぶらぶらと振り回した。
闇に消えそうな夜の中、星を食べるゆうれいが空を飛び回っている。
その光景に口笛を吹いて、またひとつ、高らかな笑い声をスマイルは上げた。
「・・・御前さんも随分力を持余してやがるなァ」
「ンー、ヒマ人だからネェ。マ、僕はアンタと違って最初ッカラだから、慣れてるけどサァー」
覗いた片目は赤く、そこだけが包帯に隠れたスマイルの身体の中で確かな光を帯びている。
ケタケタと紡ぐ言葉とスマイルが持つ特異性に、男は少しだけ顔をしかめた。
その青い表情が見せる意味深な含みは判りやすい。
組んだ腕をとき、肩をすくめる。それは同じように判りやすい、応える仕草だ。
「確かにな。如何も炎ってェのは、扱い難い」
「エェ?アンタそもそもソレ扱う気ないでショ、ナニそのデブった身体ァ〜」
「五月蝿ェな、御前こそ音で道楽してるじゃねェか」
男は炎を媒介にした異形だ。
軽い動きで、それを確認するように白い手袋に包まれた手の平を夜にかざしてみれば、
訝しい目つきでスマイルは伸びた包帯のさきの手袋を男の目の前に突きつける。
そして人差し指で顔を指し、その身体どーなのよォ、と言ってみる。
男はそれなりにカチンと来たのか、腕を組んで低い声を出した。
羽根のように浅い、売り言葉と買い言葉。
しかし、それに慣れていない無垢な空のゆうれいは少しだけびくりとし、
腕いっぱいに抱えていた3等星を地面にボロボロと取り落とす。
わずかにスマイルはこぼれた音に反応して、ここにはない6弦の楽器を弾く真似をした。
「ユリちゃんも中々オツなコトするでショ。ヒヒッ、楽しいヨ〜、色んなヒトと会えるしね〜。
 どぜんサンだってサァ、楽しいコト、ある筈だと思うけどネェ〜」
「・・・余計な御世話だ。御前にゃア関係無ェだろ、嘲弄」
「・・・。チョットォ、いつまで僕のナマエ、そんな気持ち悪く呼ぶのさ。フツーにスマイルって呼んでよね」
「横文字は如何もなァ」
「エー?オッサンじゃないのォ〜・・・」
美しいメロディーの空耳が聞こえ、それに合わせて空気の楽器を弾いたままスマイルは自分勝手に身体を揺らす。
そうやって笑いかければ、いつの間にか男の顔も呆れたものに変っていく。
いつものように小難しくスマイルの名を呼べば、
ぶう、とわざとらしく頬を膨らませて青い肌は不満そうな形になる。
それが可笑しくて、男は嘆くように言い訳した。
沈んだ道化の言葉。
それはまさしくなんだか「おっさん」で、スマイルも呆れたような顔をする。
ゆうれい達が星を肴にはしゃぎ回る空の下。
ばけものの二人は、そんなホーンテッドパーティーの下でまるで普通に、ヒトのように会話している。
繋がりはないようで、繋がりはあるようで。
それはか細くも強い、逃げられぬ縁、のようで。
「オッサンなァ・・・否めねェのが、如何もなァ」
「認めちゃうのォ?アンタもしおらしくなったネェ、出会ったトキはブッ殺すブッ殺すって連呼してたクセにサァ〜」
彼らの出会いにまで時を遡らせるのは、純白の七色を以ってもいささか難しい。
まだ、男が憎悪に支配されていたころ。
まだ、スマイルが己を暴走させていたころ。
それは互いにとっては遠い昔で、もう戻れない、過去でしかない。
「アー・・・円く為ったって謂って欲しいモンだがね」
「マ、150年も経てばさすがにジブンの立ち位置も見えてくってことかネェ?」
「そう謂うこった。御前も此処で生きてくんだろう。精々愉しく過ごしゃア如何だ」
いつかはそこに戻りたいと、互いは願ったのかもしれない。
しかし過去へ戻ろうという感情も失せたころ、その思いは、現在を生きる土台になっていたのかもしれない。
男はにわかに微笑んで、地上であるこの場所を指し示した。
人が、生き物が、悲しみ、苦しみ、笑い、叫び、喜びを謳うこの場所を。
「・・・ホント、丸くなったネェ。アンタがヒトの歓びに加担しようとするなんて、・・・ヒヒッ、明日は雨かな」
スマイルはそれを見て大げさに驚いたあと、意地悪く笑ってみせた。
そこに同じく意地の悪い笑みを返し、彼は晴れるに決まってらァ、と叫んでみせる。
暖かい春の風が吹き、スマイルの青い髪と男の赤い炎を派手に揺らした。
雨とも晴れともつかない空の中、それでもゆうれい達はこの楽しさを誇示するように、
星の中を泳いで今一瞬しかない時を愉しんでいた。


ダース淀&スマイル















ゆきの精


・・・寝ている、と、おれは思った。
おれがいつもガサガサと言葉を書いている机に突っ伏して寝ている、と思った。
「・・・おきて、ない、ですよね」
寝ているのは、当然だ。ひとは寝ないと、だめだ。
おれは裸足の足をできるだけ鳴らさないようにして、正面にいく。
声が反響しても、身体はぴくりとも動かない。
寝ている。やっぱり、寝ている。
このひとが寝ているところを見るのは初めてだ。顔はみえない。突っ伏して、寝ているからだ。
音を出さないようにして、椅子にすわる。
硬そうな髪の毛。だらしない格好。・・・ひとのことは、言えない。
「しって、ますか。おれ、実は、ユキの精なんです」
寝ているので、なんとなく、話し始める。タバコ臭い部屋は、それなりに広い。
くらいところは好きだ。いろいろなことを隠してくれる。
表情や、気持ちも、隠してくれる、気がする。
「だから、春になると、消えちゃうんですよ」
ほおづえをついて、寝てるカッコウを見る。あ、片手に、ペンを持っている。
よく見れば身体のしたに紙を敷いているみたいだった。インクににじむ、オタマジャクシ。
おれはこのひとのことを何も知らない。この人も、おれのことを何も知らない。それが、丁度いい、と、思う。
余計な干渉はいらない。余計な、感情は、いらない。
おれは時々、踏みこんでいい場所をまちがえる。
だから、本当に溶けてしまえばしあわせな気もする。きれいな思い出だけで、何もかも、終わることができる。
「・・・手、つないでも、いい、ですか」
伸びた手を見ると、つなぎたくなる。
ひとのぬくもりは、すごい。
いつまでも感じていたいと思わせる、そういう、力が、ある。
はいもいいえも聞こえないのは分かっていて、それでも、ゆっくり、手をとる。
同じぐらいのながさで、少しだけおれより太い指。
触るとやっぱり、ぬくもりが飛びこんで来る。雪の冷たさとは真逆のあたたかさ。
この温度が心地いい。気持ちがいい。
「ひとって、すごい、ですね」
簡単に、手の甲に手を乗せてるだけだから、これはつないでるっていうのじゃないのかもしれない。
でもあまり関係なくて、つながっているのが、嬉しいのかもしれない。
寝ている。のを、おれは見ている。それは、誰かがいなければできない。
それは、誰かと出会わないとできないことだ。
それを、すごいことだと、おれはここに来て気付いた。
「・・・ああ、あったかい、なぁ」
起きたら、このひとはうー、とかあー、とか言って、おれに怒ったり呆れたりするのだろうか。
おれはユキの精で。
でもそんなのはただの空想で、おれは溶けないし消えない、普通の、男だ。
だからこうして、ぬくもりを感じることができる。何も知らなくても、温度は、ある。
ふしぎ、だ。
「おれ、ここ来て、よかったです」
それはこうして、当たり前のようにここにいるおれも、一緒だ。
言葉にだして、手を離す。
ぬくもりが離れて、部屋の温度が身体になじんでいく。
ユキの精は、さすがに空想としたってバカすぎた、と思う。
椅子から立ち上がると、すっと裸足に床のつめたさがはい上がってきた。
呼吸をすると、すんなりその冷たさは入ってくる。
目の前のこのひとは、まだ、寝ている。おれたちは何も知らない。
でも、だけど、知らないからこそ、この温かみを、知れるのだ。おれはそう思って、寝よう、と、思った。


スモーク&エッダ


















Back