見つける


ひとつの呼吸をして、ロッテはやっぱり意味がわからなくて泣きそうになった。
というか、もう瞳には涙が半分ぐらい溜まっていて、
もう一度まばたきをしたらそのままぼろぼろと零れてしまいそうだった。
神が乱暴に手を引いて、ロッテはステージの上にあがって、たくさん拍手を受けている。
その隣で、無垢でつぶらな視線が、確かにこっちを見つめている。
「・・・ばか」
ロッテは無意識にそう言った。
神は笑って、観客をはやし立てている。叶うことはないと思っていた景色。
それは、ロッテが姉と逢えるのと同じぐらいの奇跡だった。
大きく手をふる神は気づいたようにバンバンとロッテの背中を叩き、ロッテを見つめる視線を抱くように促す。
「や、やよ!」
すぐにロッテは顔を歪ませて大声を発するけれど、観客もそれが見たいと声をあげる。
すこしの間板ばさみにされて、ロッテは神と彼女を見る彼とを見比べた。
白黒のライオン。責をせおった子ども。日蝕の人形。そして、いまここにある光。
なにもかもの融合のように、彼はそこに立ち尽くす。
あざやかな、空っぽの踊りのさきにある、ロッテを、見ている。
「・・・・」
もしかしたら、与えられているのは自分自身なのかもしれない、と、ロッテは思った。
けれど、それと同じぐらいの重さで与えてあげたいと思っている、とも、思った。
ゆっくり手を差し伸べれば、すぐにその手はロッテの指をつかむ。
「・・・カンタ」
その手は人間の感触なんかとはかけ離れていて、あまりにやわらかい。
それでもロッテは気にせず、カンタをその胸に抱きとめる。
そして、大勢の観客をカンタによく見えるようにして、呟く。
神がくれた贈り物。それは、希望という名前の奇跡だったのかもしれない。
「・・・見える?これ全部、あんたを見てくれてるひと達だよ」
カンタは、ロッテの言葉にすこしだけロッテのほうを見る。
重なる視線。見つけられる?と、心の中だけでロッテは問う。彼に。自分に。
なんとなく神を見れば、神はやっぱり笑っていて、親指を持ちあげた手のかたちをこっちに突きつけている。
「・・・カミサマ。すごいね」
やっぱり神はすごい存在なのだ。
今一度確認するように、ロッテも笑ってみる。
カンタはまっさらな瞳で観客を見ている。ロッテを見ている。
少しだけ、ロッテは自分自身の存在を心から誇らしく思った。そして姉を心から愛せるような気がした。
見つけられるだろうか。見つけられるような気がした。
いつまでも鳴りやまない拍手と観客の笑顔を見、改めて共にこの場所に立てたことを実感した。
そして、今度こそロッテは、おおきくバチバチとまばたきをして、ぼろぼろと涙を零して手をふった。
まぶしい。きれいだ。あかるい。すてきだ。とても、とても、すてきだ。



ロッテ&カンタ、MZD















寡の落涙


「・・・・珍しい、客人だ。護衛の者はどうしたね?」
厳かなノックにドアを開いた男は、目の前の人物を前にし、驚きもなくそう言った。
外は吹雪で、いつか男の友人がこの場所へ訪れた時とひどく良く似た景色をしている。
しかし、今、彼の前にいるのはその友人ではない。
豪勢な外套に身を包み、寒さに身を縮めながらも真っ直ぐに男を見据えた鳥人・・・、そう、この国の、女王だ。
「吹雪の季節は皆、己を気遣って生きています。独りでも支障は無いわ」
灰がかった蒼い羽毛は膨れ上がり、この冬が厳しいことを誇示しているようだ。
少しだけ目を細め、男は彼女を粗末な部屋へと招き入れる。
雪が部屋へ僅かに入り込み、僅かな時間で融けた。
「コートはそこへ掛けるといい。君は何が好きだったろうね、紅茶だったかな」
寒さが中へ入り込まぬように厳重に鍵を閉めると、のんびりとした、しかし感情の篭っていない声で男は告げ、
木製のハンガーを指差したあと、キッチンへ向かいホーローのポットをとった。
「・・・私が何故此処に来たかを問わないの、イワン」
それを訊き、彼女はその通りに外套をハンガーに掛け、男へと向き直る。
女王という身分の彼女が、辺鄙な村に住む孤独な男の元へ来る理由。
ポットの八分目ほどまで水を汲み、火をおこして湯を沸かし、ふたつのカップを取り出してから、
男は彼女の言葉をようやく飲み込んだように、キッチンから振り返る。
「君は自分の身分をまだ理解していないのかい。生まれた時からその地位を定められていたというのに」
氷のように冷めた言葉はたやすく告いでる。それは彼女を咎めているような口調でもある。
彼女は嘴を閉ざし、男へと歩み寄った。
生まれた時から定められていた距離をあくまで、無視するように。
「関係無いわ。・・・貴方は私の大切な友人なの。あの時から、ずっと」
「それは誤りだ。君がここへ訪れることで、君は君自身を貶めてしまうことになる。それが僕には耐えられない」
「・・・いつも、同じ事を言うのね」
「同じ事を言うさ。・・・もう、ここへ来てはいけない。何度、この言葉を僕は君に言ったろう?」
それは互いの望む距離として、決定的な行き違いがある。
ポットが湯気を吹き、男はその音を合図とするように肩をすくめ、彼女へ背を向けた。
幼い頃、彼女が追いかけていた背中。様々なことを教えてくれた背中。今、あまりに遠い背中。
「イワン。世界中が貴方を不要だと叫んでも、私には貴方が必要なのよ」
その背中を見つめ、数多の想いの中で彼女は言った。
縋りでもなく、乞うのでもなく、ただ祈りに近い声色だった。
女王たる尊厳の中で、それは死の間際でさえ彼女が叫ぶ真実のひとつだろう。
ゆるく首を振り、自嘲のように彼女は続ける。
「・・・私も何度、この言葉を貴方へ言ったかしら」
発せられた言葉に、男は紅茶を淹れ終わったカップを持ち、再び、振り返る。
ゆっくりと歩み寄り、テーブルへカップを置き、柔らかな笑顔の中で、それでも頑なな視線は変わらなかった。
「エカテリーナ。君は強く美しく・・・そして、聡明な女性だ。だから、僕を忘れてくれ。全ては過去だ」
永遠に近い孤独の底を生きる。
それを受け入れた男の顔を、何度彼女は知ったろう。
優しい寂しさを抱きとめた表情をふたたび彼女は見つめ、届かない距離をなお埋めたいと、表情をゆがめた。


イワン×エカテリーナ















花あられ


「つよし」
王子は俺の名前を呼んだ。にっこりと笑っている王子が、目の前にいる。
上も下もまつ毛が長い。髪が金色だ。肌が、俺より少し白い。
まさしくの、「王子様」。
「ああ、うん」
王子は、俺のことをつよしと呼ぶ。
俺は、つよしって名前じゃないんだけど、俺がそう呼んでくれって言ったら、
スナオに王子はこくこく頷いて、「分かりましたでございます」なんてことを言ってくれた。
一拍遅れて、うなづいて。俺は、王子のことを王子って呼んでいる。
安易すぎだ、と、いつも怒られているけど、やっぱ、恥ずかしいのだ。なんだか。ね。
「ありがとうで、ございます」
俺たちは、いろいろなことがたくさんあった。
目の前に王子が居るってこと自体、俺はまだほんとうのことだって信じられないでいる。
なにしろ。なにしろ、嬉しいってのだけが漠然とあって、それは、王子が「それ」を選んでくれたってのがあって。
苦しんで、嘆いて、痛くて、悲しんで、分かり合えなくて、あのとき、俺たちは存在を認めようと必死だった。
お互いが大切すぎて、何度も俺たちは泣いた。
罵りあった。叩いた。殴った。
だけど、俺たちは今お互い、ここにいる。それで、こうやって、向かい合えている。
キセキじゃないの、こういうの、と、少しだけ思う。
王子は何度も、ありがとう、と俺に言う。毎日、毎日、言う。
いろいろなことを、いろいろな形で与えてくれたから、と。
何度言っても足りないと、王子は言うのだ。飽きもせず、こころから、幸福そうに。
「・・・・うん。ありがとな」
やっぱ、それはあんまりにも、照れくさいことだ。
けど王子の顔を見てるとそれが全部あたりまえのことのように感じて、いつも、俺も、ありがとうと言う。
なんとなく、目の前でていねいな正座をしてる手を取ってみる。
両手で、両手を、つかむ。
・・・あったけえ。そんなのも、そんだけで、本気ですごいと思うのだ、俺は。
「・・つ。つよし?」
すこしだけびっくりした顔で、王子は俺の顔をまじまじと見た。
バチバチまばたきをして、俺の行動の意味がわからないって目をしている。うん、俺も、よくわからない。
でもこの手はあったかい。あったかい、人の温度だ。
王子は、人なんだ。生きてる。ここにいる。
たしかに、俺の、目の前で。
「俺、ダメだ。うれしいわ」
「・・・、わっ!」
それはとんでもないことだ、と、もっかい実感するのといっしょに、我慢できなくなって俺は王子に抱きついてみる。
大声がはねて、王子はちょっとだけ暴れたけど、気にしなかった。
抱きついた身体はかたくてやわらかい。
すごい。髪の毛が顔に当たる。存在してる。
ぎゅうぎゅうと強い力でそうやっていると、王子は耳元でクスクスと笑い始める。
「ん、ん?」
不思議になって、声だけ上げた。
すると、王子はどすん、と俺の肩にアタマを乗っけて、楽しそうに、おかしそうに、言った。
「はは、・・・僕も、きみがあたたかくって、嬉しいと思ったのでございますよ、つよし」


つよし















生命の樹


女は、彼を見つめた。
己の生命である赤子を抱いたまま、彼を、見つめた。
「・・・珍しい。ヒトが私を捉えられるとは。早々ある事では御座いませんよ」
女はただ黙って、彼の片目を見つめた無意識化の中、赤子をあやす。
かつて、彼は人間であった。肉体から離れ、意識体となった現在を誰が知ることもないが。
彼は人を嘲笑い、彼はこの世を嘲笑う。
女の前に彼が存在し得たのは、女を喰らおうとしたからだ。
しかし女は彼を視た。
つばの長い帽子にかくれた、真摯な目線で。
「・・・生意気な眼ですね」
それが彼にとっては気に喰わないことのようであった。
或いは、女の抱くそれが目障りなのかもしれない。
鉤爪を光らせ、彼は女に近づいた。影のない形が揺れ、女の帽子が風を受ける。
赤子が泣いた。
女はゆったりと視線を代え、よしよし、とぬるい瞬きをする。
「・・・貴方は、私を嫌うのかしら」
そして、視線をたがったまま細く女は囁く。誰にも伝わらない言葉のようにも思えた。
近づく距離を留め、彼は常人成らざる微笑みを途切れさせる。
夜に差し掛かる温度。塩風の中。ある種の鏡。
「母と云う存在は、其れだけで、悪です」
何時かそうであった幻影。
苛む、幼子の夢。彼の脳は軋んだ。
彼の身体は意識・・・思念であるが故、不安定だ。
安定を得るのは、彼が人間の魂を喰らった数時間ほどだけだ。
ゆらりと片手を引き上げ、彼は云う。
女の視線は浮かび上がり、彼を捉える。生きている、眼。
「貴方は、哀しいのね」
星が舞う。月が笑う。闇に近づく寒さがなびく。何も知らないからこそ、女は彼を知っている。
真っ直ぐに立ち尽くす。
赤子は泣き止み、月と同様の母性で女は微笑んだ。
「・・・黙りなさい」
その微笑みは、彼の身体をより一層不安定にさせる。いつか知った笑顔。母の顔。
苦々しく纏う声。彼は胸を押さえ、身体をこの場に留めようと力を込める。
「憎悪では、私は、殺せませんよ」
それを嘲笑うのでも嘆くのでもないように、女は言葉を繋げてゆく。
夜が来る。鬼が来る。視損なった想いが今日も死ぬ。
呻き、彼は息を荒げて又、その身体に憎しみを埋め込んだ。女は彼をあわれだと思った。
悪魔になり、なお、喪失したものを求め、彷徨う。
夜は嗤う。彼を嗤う。人間を捨てた彼を。この世を捨てた彼を。


育江&淀川ジョルカエフ















ドルチェ!


「マリィ!」
「ジュディ。どうしたの、ニヤニヤしちゃって」
手を振ったジュディは、マリィを見つけておおきく笑った。
駆けてきた忙しさに弾んだ息をくっつけて、
近づいた拍子に身の丈もある大きさのトロフィーを取り出してマリィに押し付ける。
「オメデトウ!マリィ、ワタシもスゴク嬉しいよ!」
「・・・なんの話?あのねジュディ、あたしには守秘義務ってものがあるのよ、こんなトコでそんな話は、」
きんきらに輝くトロフィーは三ツ星のモチーフで造られており、相当な巨大さだ。
マリィは少しだけよろけながらそれをやっとの思いで抱え込み、
大っぴらに喋るジュディに人差し指を唇につけたシー、というポーズを取る。
「シュヒギム?むずかしいニホンゴはわかんないけど、でも、マリィは喜ぶハズだもの!」
「いやっ、そもそも、コレあたし用じゃないでしょ、
 今頃バンブーがテンパってんじゃないの、アイテム無いって」
そんなマリィにジュディは形式だけで怒ったような態度を示したが、
すぐに笑顔へ戻り、オメデトウ!と再び繰り返した。
が、マリィはトロフィーを眺めながらため息をつくと、みるみる内に驚きと困惑の表情に変わっていく。
「・・・あ!ムチュウで、忘れてた!ワタシ、イチバンにマリィに伝えなきゃって・・・」
「ちょっとジュディ・・・幾らなんでもそそっかし過ぎない?ちゃんとあたし呼べる?アイテム持ってるの?」
口を手で押さえ、慌て始めるジュディを宥め、マリィは右手にあるブレスレットを見せつける。
すると気づいたようにすぐジュディは左手を振って矢継ぎ早に唇をひらいた。
「モチロン!コレだけは忘れられないよ!だってヨウヤク、フタリが揃うんだもの!」
それはお揃いのブレスレットの確認だ。
ジュディの腕のそれを見ると、安心したようにマリィは顔を緩めたが、
その言葉を聞くとゆっくりとトロフィーを眺めて、ゆっくりと眉を寄せる。
「・・・それってあたしとあいつのこと?」
「ソレ以外のダレがいるの、マリィ?ホントにオメデトウ!」
「わっ!」
マリィの不機嫌ぎみな表情を気にせず、ジュディはトロフィー越しに勢いよくマリィへ抱きつく。
これから始まるイベント内容への祝福は、あるいはとても個人的なものだ。
それでもそれは、イタズラ好きな神や、どこまでも素直なジュディや、鬱陶しいウサギとネコや、
今アイテムがないと慌てているかもしれないバンブーでさえ手放しで祝福するであろう、周知の内容だ。
マリィはトロフィーを一瞥して、本来これを受け取るべき男の顔を思い浮かべた。
いつでも自信たっぷりで、いつでも明るさに満ち溢れていて、
快活なエネルギーを振りまいて、出会うすべての人物を虜にする笑顔を持っている男。
ジュディの身体の重みをトロフィーと一緒に実感しながら、
マリィは自分が素直な顔つきで男へ最高の「おかえり」が言えるかどうか、少しだけ不安に感じていた。


ジュディ&マリィ


















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