A-Market > text-T
















彩香降雪


真っ白い夕方の空気に負けて寝床で寝ぼけていたら、
いつの間にかベッドに肘を乗せたエッダがこっちを見ていたので驚いた。
「・・・なんだよ」
顔を覗かれる寸前で、言うならばそれは病人を看病する奴のような格好だった。
俺の言葉に一拍の間を置いたあとで、エッダは窓を指差して、言う。
「・・・・・ゆき」
ゆき。雪。今は冬だ。冷えた後ろめたい声が、珍しく弾みがかっている。
確かに、こいつは朝から浮かれているように思えた。
起き上がって窓を見ると、見事な積もり方をした白が一面に舞っている。間違いなく、雪だ。
「雪が、どうした」
窓の後でエッダに振り向けば、俺が見つけたそのままの格好でこっちへ視線が上向いている。
金髪に隠れた目を想像すれば、青みがかった鼻がひくひくと動いて唇が開く。
「・・・外、いきましょう。」
「・・・・外?」
混じった上ずりと、微笑む直前の表情はわずかに高潮している。
少し見ただけでも外は大雪だ。
・・・面倒。俺は一瞬で自分の中に完璧な答えを見出し、再びベッドへ横になる。
「・・・スモーク、さん」
「止めとこうぜ。寒いし雪遊びする年でもねェし、そもそも俺はまだ眠い」
止め止め、と目をつぶって片手を振れば、名前を呼ばれる。
ろくに喋りもしないこいつは、いつも俺の名ばかりを繰り返している。
俺はその中から些細なイントネーションやら、
あってないような表情やらで面倒なこいつの感情を掬いとらねばならない。
今の気分は「それでも行きたい」あたりだろうか。・・・俺はまだ、眠気の揺りかごに浸っていたい。
しばらく目をつぶったまま、諦めてはくれんものだろうかと思っていると、ベッドのスプリングの音がする。
「・・・ん?」
「・・・スモークさん」
「・・・何やってんだ、お前」
だるく目を開けば、のそのそとベッドの上に乗ったエッダがこちらを見下ろしていた。
甘い格好は無防備だ。
こんな体勢になっても瞳が見えないのは、奇跡としか言いようがない。
俺の呆れた声をまったく気にせず、エッダは俺の手を取って引っ張った。
相変わらず、冷たい手だった。こいつの瞳の色は灰の気がする、と何となく思った。
「おれ、スモークさんと、雪・・・見たいから」
引っ張られた力は頼りなく、退けようとする気を起こさせないような、無駄に鬱陶しい温度だ。
幼稚なやり方をこいつはよく使う。
何度もやってくるところを見ると、わざとではなく素でやってるんだと思う。
ゆったりと、反応もなくエッダは寝起きで体温の熱い俺の手の温度を求めてくる。子供か。
「雪ならここからでも見れるだろ」
窓の外は吹雪に近い。俺は重なっている手をわざとらしく絡めてみた。
びくりとエッダの手が、身体ごと跳ねた。
「・・・・」
途端に無口になり、こっちに来る目線が驚きを帯びてくる。
俺は時々、こいつのことがよく分からない。
自ら飛びこんできたかと思えば、こっちの一歩で逆に退く。今も、そうだ。
「あー。・・・そうだな。キスでもさせてくれりゃ、外、出てやるよ」
元々何を考えてるのかよく分からない男だ、こいつは。
俺は黙りこくったエッダに視線を合わせ、棘のある科白を吐いてみた。曲がった笑顔と一緒に。
さっき跳ねた手が、すぐにもっと強い力で強張る。逃がさないように、俺も瞬間的な力を込める。
それに気づいたのか、エッダは目線を下にしてずるりと身を引く。
その力で繋がった手が浮いた。
いつの間にか、冷たかった手が火照り、汗ばんでいる。
「・・・・む、ちゃ、です」
それを俺が知るのと一緒に、エッダはか細く呟いた。
不健康な青白い肌が血色のいい人並みの色になっている。
分かりやすい奴。
そうだよ、無茶だから言ってんだ、俺は。
浮いた手を見て、窓を見る。暫く、この状態は膠着しそうだ。
どうやら外に出なくても済みそうな男の反応に含み笑いをしながら、
俺は自分の出した交換条件を完璧なものだと賞賛したい気分になった。・・・残念?何の話だ、バカ野郎。

スモーク&エッダ















親水欠乏


「ミシェルさん、何ソレ」
「・・・おや、エッジ君。お早うございます、昨日の本は読み終わりましたか?」
のそのそと昼間際の朝に欠伸をしたエッジは、
いつものように定位置で本を積み上げているミシェルに声をかけた。
ミシェルはエッジの質問を平然と笑顔でかわし、逆に質問を返す。
既に毎日の恒例行事となっている「課題本」のことだろう。
1日に1冊ほどのペースで、ミシェルがエッジにお勧めの本を読ませているのだ。
わざとらしいかたちで顔を顰め、エッジは片手を横にふった。
「まだ。長すぎ。王子さまも出てきてねぇ」
「おや、残念ですね。彼が登場すると劇的に内容が面白くなりますから、期待していて下さい」
「マジすか。頑張ります。で、ミシェルさん、何ソレ」
エッジが今読んでいるのはSFモノの長編だ。おそろしく長いシリーズ物だ。
ふたたび欠伸をしたあと、ヤマは今夜かと思いながらエッジは質問を繰り返した。
無視されたことを忘れてはいないようだ。
笑顔を貼り付けたままミシェルは本を揃え直し、エッジを見上げる。
「本の整理ですよ?いつもと同じ」
「・・・違う。だって下になんかヘンな模様書いてあるの敷いてるもん」
しかしエッジはわざとらしい顰めつらを更に深くしながら、ミシェルが身体を預けているテーブルを指差した。
図書館の管理をしているミシェルにとって、本の整理は欠かすことのできない仕事だ。
実際、エッジも毎日その光景を見てきた。手伝うことも、間々あった。
だから僅かな違いにも気付いたのだろう。
目ざとい、と少しだけ感じながら、ミシェルは笑顔を消して溜息をついた。
「・・・そうですね、違いますよ」
「うわっ、また嘘。ミシェルさんてアレだね、嘘上手すぎて嫌われるタイプ」
「君は踏み込む領域を間違えてあとから後悔するタイプでしょう?」
エッジはもう、ミシェルが真顔で嘘をつくことに慣れている。
それでもそれは気分のいいものではない、と口をとがらせて悪態をつけば、ミシェルも平然とそれに応えた。
互いの図星は、互いに見えない傷跡を遺す。
まるで流星のように瞬間的な、「知っている」、という、実感。
「・・・で!?何、ソレ!」
「封印布ですよ。この本はすべて危険物指定ですから。剥がすような真似はくれぐれも止めて下さいね」
「・・・マジで?え、あの棚?」
ミシェルの返答に更に機嫌を悪くしたようなエッジであったが、ミシェルが危険物と発すると、
テーブルから一歩退いて、エッジは図書館の奥の奥の奥の奥にある棚を見やる。
「そうです。二の腕の火傷、覚えてますよね?」
「・・・・ア、ハハ。覚えて、ますよー」
エッジはここに来た当初、興味本位からその棚を覗き、一冊の本が所持する呪いに触れたのだ。
その時は3日3晩ミシェルが添い、呪いを解除するために尽力してくれたのだが、
代償として大きな火傷がエッジの右腕に残った。
若さゆえの回復力によりもう傷は薄れているが、頚木を刺すミシェルの視線はエッジに効いたようだ。
後ろめたさを含め、感情が動転するとエッジが敬語を使う癖があることをミシェルは知っている。
本の装丁に薄く付いた傷を撫でると、ミシェルは丁寧にして完璧な笑顔で微笑んだ。
「好奇心は誰もが持つ珠玉の感情です。・・・ですが無茶はいけませんよ。
 今度下手な呪いに巻き込まれても、僕は助けませんからね」
「わかってる、っつーの。自分のメンドーぐらい自分で見るよ!」
あの3日は、二人にとって一種の線を所持するきっかけとなった。
重く湿った熱。傷みの転嫁。乞うような表情。
それは今現在のエッジの傷と同じように、記憶からは薄れかけているものだ。
「へぇ。随分、大きな口を叩きますね」
「うん、あんたがムカつくから」
「それはどうも。光栄です」
しかしその感情は薄れかけても、決して消えることのないものでもある。
エッジは封印布を撫でつけながら、テーブルに腰掛けてミシェルを睨みつけ、
ミシェルはそのとがった視線を受け流しながら、破れかけた装丁を直す作業へ手をつけた。

エッジ&ミシェル















春の紫煙


「・・・・」
「ああ、アンタ喋れないんだっけ。コレ?タバコ?」
競演だって言って組まされた男はエッダという名前で、アタシのタバコを指差した。
喋れないけどギターの天才、カミサマからそんなふれ込みで組んだエッダは背が高くて、
眼は隠されてるけど顔は整ってそうなカッコで、そこらの美白女子が卒倒しそうな白い肌で、
そのわりに妙に陰気な空気をもったオトコだった。
要するにソーカツすれば、エッダはモテそうな雰囲気のヤツ、ってことだ。
(アタシの性癖が嘆かれるトコってモノだね)
「・・・」
コクリとエッダは頷いたあと、丁寧にポケットからメモ帳みたいなのを取り出して、何か書き始める。
喋れないから、書くのか。ああ、うん、ナルホド。ヘンに納得する。
『たばこすきですか』
「ええ?」
初対面から数時間。
アタシがエッダのことを本気で「確かにギターの天才かも」って思い始めたぐらいの仲で、
タバコの話が出てくるってのも、おかしい話だと思う、アタシは。
面食らった顔で、考えてみる。
タバコ。口寂しいときのドーグ。ストレス解消。ニコチン中毒。
昔1日2箱やってたときは、ミクに本気で怒られたこともあったっけ。
それって好き、なのかね?
今はずっと数も減って、1日でも1箱いかないときの方が多い。
でもまだコイツにしがみついてるってことは、好きなのかもね、と、アタシはヘンな顔をしながらも頷いてみた。
「好きだけど?あー、ヤなら吸わないから言ってよ」
「・・・」
さらさらと、アタシの頷きに反応して、またエッダは何かを書く。
・・・ちょっとメンドーかも、このやり取り。
それでも待ってると、しばらくして、こっちにメモ帳を見せてきた。
『たばこ、すってるひとのきもち、知りたくて』
「・・・はァ?何、どういう意味?」
タバコ吸ってるヤツの気持ち?
長身はすぐにメモに戻って、すぐにそれを見せてくる。慣れてるのか、書く速度がはやい。
『おれは、にがいのダメだけど、たばこすきなひとがいるから。』
バッと見せてくる。タバコ好きなヒト・・・が、いるから。気持ちを、知りたい。
近くにあった灰皿を持ってきて、灰をおとした。
エッダの顔を見上げてみる。
至極マジメ、のように見える、メモ帳をこっちに向けたまんまの、カッコ。
もう一度タバコを咥えなおす直前で、アタシは言ってみる。テキトーに、からかい混じりのコトバで。
「・・・その人、何?アンタの好きなヒトだったりすんの?」
「!」
笑いながら、アタシは言った。よくある浮ついた話だ、こーゆーのは。
・・・だけど、エッダはメモ帳をいきなり床に落として、分かりやすく固まった。
ココロなしか顔が赤いのは、アタシの見間違いだろうか?
いきなり変わったエッダの空気に、ちょっと噴出しそうになる。
免疫がないのかもしんない、このテの話に。
「・・・え?ウソ、マジで」
慌ててメモ帳を拾うエッダは、アタシのコトバにぶんぶんと首を横に振った。
少し楽しくなって、科白をつなげる。
パーティーの参加者。誰が居たかな、タバコ。
「ああ、ハナコさん、だっけ?あのヒトかな、それともツバキさん?あー、ムラサキさんも吸いそうだけど」
適当に並べてみるけど、さっきみたいにデカい反応はない。
首を振り続けて、エッダは立ち上がって抗議をしようとしてるのか、またメモにペンをつけた。
パーティーはケッコー明朗なトコが大きくて、タバコを吸いそうな女のヒトはあまり居ないんだ。
「え〜?ダレよ、アタシに訊くってコトはアタシじゃないんだしさー・・・、
 もー、他にタバコ吸うヒト、ったらスモークのオッサンしか思い浮かばないよ!」
「!!」
そのコトバといっしょに、バキ、と音がした。
気付いて、エッダを見れば、エッダの持ったシャープペンシルの芯が勢いよく折れた音だった。
震えた手。顔は、・・・赤い。白いから余計その色が分かる。
「え、ウソ。スモークのオッサンなワケ?え?」
参加者の中で、タバコの話をしたのはスモークのオッサンだけだ。
オッサンはかなりのヘビースモーカーで、ソートーな数をやってるみたいだった。
銘柄とか他愛ない話だったけど、タバコのネタだけで話をするのは初めてだったから、よく覚えてたのだ。
アタシは驚いて、まじまじとエッダの表情を掴み取ろうとした。
眼が隠れて、やっぱよく分からない。
カチカチと慌てて芯を出して、ぶるぶる震えた手でエッダは何かを書いている。
だって、オッサンは、
・・・アタシの中で疑問がつぎつぎ出てくる間に、エッダは文を書き終わったようだった。
アタシを見ると、メモ帳をつきつける。
『なんで、どうして、なんで、レナさん、知ってるんですか』
「・・・・・・」
ダメ押しだった。本人から言われれば、ナットク、するしかなかった。
つきつけた手も震えてて、今にもメモ帳を、また落としそうだ。
・・・ココまでの会話で、アタシはようやく分かったことが、ひとつある。
「アンタ、天然だ。しかもヒドイ、重症」
目の前のイケメントナカイは、世間ってモノを全く知らないまま、ここに居るようだ、ってコト。
慌てる態度に笑いながら、アタシはエッダを眩しく思った。
コイツくらいスナオなら、きっと、いろいろなことは変わっていくんだろう、って。
アタシはどうも真面目にスモークのオッサンを好きらしいエッダを眺めて、
『キスでもしたいの』、と訊いたらコイツはどんな顔をするだろうかと考えて、タバコの煙を吐き出した。

レナ&エッダ















雪月花抄


「おや雪っ子。如何した御前」
「かもがわ、さんは?」
「嗚呼?アイツは居ねェさ。今日は外だ」
「・・・。 そう」
そうやって、ぼつりと少女は言って、窓の外を見た。今日は、雪だった。
少女にとって、それは外界で尤も心地良く過ごせる天候だ。
白い牡丹が外でちらちらと舞っている。
講談師は不可思議そうに眉を上げた。部屋の主の名前は、既に、彼にとって馴染んだ音をしている。
「支部長殿に何か御用かい、雪っ子」
「あのヒトは、とても暗い場所にいて、ソコは・・・、
 わたしのいるところと、よく似ているから。・・・すこし、話したかったの」
「・・・ヘェ。初耳だなァ」
持ち上げた顔を真っ直ぐに、少女は投げ込まれた講談師の眼を捕らえる。
樹氷のように美しい色をした、少女の、藍のひとみ。
頬杖を付いたまま、愛想のない笑い顔を講談師はとり、
自分の座っている席の目の前のソファーを片手でゆらりと指し示す。
見慣れた格好で少女はそこへ歩み、座り、
きちんと閉じた両膝の上にミトンの手を重ね、その言い知れない表情を見つめた。
音のない雪。熱さの失せた炎。相互する、何か。
少女は講談師の紅い色にひとりの男の影を視、すぐにそれを振り払った。
「ウソ。・・・よどさんは、知っているでしょう?」
「・・・・・・何をだい」
「あのヒトが、暗くてさみしい場所にいること」
少女の知る「彼」の姿は、いつでも物寂しい景色と共にあった。
それは、少女が人間ではないからだろうか。
少女がこころというものを持ち得ず、また、捉えたことも無いからだろうか。
見上げるように、強い瞳を照らす。雪が吹雪に似た勢いをして、ごう、と舞った。
「・・・嗚呼。知ってるさ」
身体を甘い感触のソファーにうずめながら、ダースは微笑みを還す。
彼を知ることを望まぬままに、講談師は彼に興味を抱き、僅かな切欠から彼の心を視た。
それは皮肉にも彼を知りたいという欲望に繋がり、
今、不可解な形をして、講談師の胸で燻ぶったままでいる。
「・・・よどさん。暗くて、さみしい場所は、怖いところなの」
「ヘェ」
「だから。わたしのさみしい気持ちを、あのヒトには、味あわせないで、あげて」
「・・・行き成り何を謂い出すんだ、雪っ子ォ」
いつの間にか、少女の視線は堅強なものへと変わっていた。
少しだけ眉を持ち上げて、講談師は尋ねる。
空。雪。炎。
静かな部屋の中、居ない人間を思う二人は、景色の残像としてそこに存在していた。
「・・・よどさんは、あのヒトを、守りたいのでしょう?」
「そォかい?」
「そう。アナタは、だから、ココに居るのだと、思う」
「支部長殿はあたしには守られたくは無いと思うがねェ」
「あのヒトは、暗くてかなしい場所に、アナタを連れていってしまうことを、怖れているの」
「・・・あたしの方がよっぽど暗く荒んだ場所に居るって謂うのにかい?」
「それはあのヒトが、アナタをとても、大切に思っているから。」
鋭い格好のまま、少女は言葉を放り、それを講談師は薄く受け止めていく。
撫でつけの必要もないほど、真摯で、膜のないことば。
雪のように白く、水のように透明なことば。
驚くほど巧く身体に馴染むそれを見やり、講談師は溜息をつくように、零す。
「・・・御前は不思議な娘だなァ。御前の謂う事は全く正直に、骨身に沁み込んで来る」
「永く、存在して、いるもの。アナタと、同じように」
大切を問う、彼の想い。或いは彼の深淵。
少女は、それを垣間見たのだろうか。
浮かんでは消えていく数多の疑問をあくまで見過ごし、講談師はゆっくりと少女の頷きを知る。
彼を守りたい己。己を大切に想う彼。そのすべては、糖度に満ちた空想に近い。
しかし、少女の眼差しは真剣さを湛えたまま、ここにある。
一度だけ呼吸をし、講談師は己を問うた。
幾許の感情をささげる覚悟を、生命に見出す意味の真価を。
目の前に存在する少女の持つ、生きることに対する覚悟と、同じ重さで。

ダース淀&おんなのこ















うれしい


「てとら」
「え・・・あ、サウスくん!わわっ、どうしたの、すごい!」
サウスはステージから降りてきて、夢見心地のように頬を火照らせているテトラの名前を呼んだ。
すぐにテトラは彼に気付いて、小走りで近づいた。
そこは、サウスの住んでいる場所でもテトラの故郷でもなくて、
あまりに華やかな音楽の祭典の会場だった。
「おめでと」
「もらっちゃって、いいの?わぁ・・・ありがとう、サウスくん」
ずい、と大きな、氷で出来た花束をサウスはテトラに差し出して、ごぼごぼと音を上げる。
それを抱えきれない直前で受け止めて、テトラはとても嬉しそうに笑った。
大勢の前に立ったことがほとんど初めてだったテトラは、すこし涙目になっていた。
「うた、すてき、だった」
「・・・ホント?自信、なかったんだ。うまく唄えたかな?わたし」
「うん。きれいで、おおきくて、てとらは、いちばんだった」
そんなテトラに、サウスは手を広げてばたばたと振って、テトラを褒め称える。
テトラの歌はやさしくて、せつなくて、それなのにあたたかくて、ゆたかで、うみのように広い。
それがこの場所で証明されたことが、サウスは本当に嬉しかったのだ。
実際、テトラのステージは深い感銘を与えた。
彼女の生い立ちと歌とが見事に融合し、それはあまりに稀有な一瞬になった。
ばちゃばちゃの体内の水が音を立てるまでに、それをテトラに知らせようとするサウスに、
もうこぼれ落ちそうなほど瞳にたまった涙を片手でぬぐって、テトラは赤い鼻でいう。
「・・・ありがとう、サウスくん。わたしが唄えたのは、サウスくんが居たからだよ」
テトラを、彼女のふるさとに導いたのはサウスだ。
ひとりぼっちだった二人は、寒い南の地で出会い、ひとりぼっちでは無くなった。
今は二人とも離れた場所にいるけれど、こうして会えるし、こころは、つながっている。
そして、その想いがあるからテトラは唄えるのだ。
自分の気持ちを、こころから。
何度ぬぐってもぽろぽろとこぼれる涙を見て、サウスはテトラへ手を伸ばした。
「あ・・・サウスくん?」
「てとら。ぼく、きみとあえて、ほんとによかった。てとら、ほんとに、ありがとう」
「サウスくん」
それはゆっくりとテトラの頬へとつながれて、もう、涙を抑えるのはむりだ、と、テトラは思った。
その手は水の感触がして、冷たくて、けれど、あたたかかった。
テトラは自分よりすこしだけ背の高いサウスを見上げた。
表情のない、やさしい顔。
「わたしも。サウスくんと、会えて。ほんとに、ほんとに、嬉しいよ。よかったよ」
うれしい。うれしい。
何百回いっても足りないくらいの想い。
片手で花束を抱えなおし、テトラは右手をサウスの手に重ねた。
ここにいるよろこび。出会えたよろこび。ありがとう、とふたりは言った。
わたしを、ぼくを。みつけてくれて、ありがとう。

サウス×テトラ


















Back