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月の輪舞


「つ、き」
わたしはやっとの思いで、そらを、見上げた。
うまく動かない首は、さびた音をたてて、それでも、月は、綺麗だった。
「ヨク、ミエマスカ?」
「え、え。だい、じょうぶ、よ」
わたしを、支えるような格好で、フォーティが声をかけてくれる。
いつか、わたしの前に現れた、みどりいろの、ロボット。
とても優しくて、今、わたしの世話をしてくれている。
彼の本当の名前は、「P-14」という。
けれど、わたしは、彼を「フォーティ」と呼んでいる。
わたしたちは、ひとに作られた、ひと、ではないもの。
だけど、わたしたちは、生きていて。
こうやって、月を見て、美しい、と、想える。
だから、ひとのような名前があっても良いのだと、わたしは、彼に言った。
『ア、・・・アリガトウ、ゴザイマス』
彼は、そう言っていた、筈。
すこし、照れたような、声色で。
簿いまっすぐの視線から見える月は満月で、おおきく、黄色く、白かった。
あのひとが居たときの、景色。
あの日のわたしにとって、あのひとは、王子さまだった。
わたしだけのひと。あのひとだけのわたし。その日は、もう、還っては、こない。
「シャルロット?」
彼が、わたしに声を掛ける。
のぞきこむ、紅い宝石の瞳。わたしは、この瞳が、とても好きだ。
わたしの哀しげな蒼の眼とはちがう、勇ましさや力強さが、ある。
「なんでも、ない、わ。大丈、夫」
「・・・ソウ、デスカ?ムリハ、イケマセン」
心配してくれている態度に、ゆっくりと、できるだけ自然に、笑う。
フォーティに表情はないけれど、彼は、豊かな感情をもっている。すてきな、ひとだ。
「つき、が、綺麗で。見とれて、い、たのよ。」
あのひとは、たしかに、わたしの王子さまだった。
かけがえのない、ひと、だった。
でも。
もどってこない日々があるように、培っている日々が、ここに、ある。
「ツキモ、ウツクシイ、デスガ、・・・アナタモ、キレイ・・・、デス」
わたしの肩に手を掛けていた格好をなおして、フォーティは言う。
おどろいて、なんとか視線を彼へ合わせると、すこし眼を外される。
顔が赤いようにみえるのは、気のせいかしら?
・・・ねぇ、フォーティ。月が、きれいね。
あなたは、知っているかしら。
わたしにとってのあのひとは、もう、すっかりすてきな、思い出になっているのよ。
そして、わたしの王子さまは、もう、すっかり、別にいるのよ。
ねぇ、フォーティ。・・・わたしの、王子さま。
やさしい月の光の中で、わたしはあなたを、愛しているのよ。

P-14×シャルロット















ヒメゴト


「失せろ、バカホスト」

・・・最後のセリフはそんなんだっただろーか。
俺にはもうその出会いがあんまり衝撃的だったもんで、あのときの記憶はゴチャ混ぜになっている。
なんだろう、普通でかいショックがありゃ、覚えてるもんなんだと思うんだが。
そんなわけで、・・・どんなわけって話だが、
今日はトナリでいつもの通りくっだらねェ文句だの悪態だのを吐き出してる、
ミサキと俺との出会いっぽい、べつにたいしたことない話だ。
今日こうして会ってるのは、珍しくこいつがメシ奢ってくれるって言い出したから。
珍しすぎて空からカエルでも降ってきそう。
少し前を歩くミサキの髪がぶわんぶわん揺れてる。
細い身体。高ェヒール。あー、ヤダね。
いくら自分で否定しても、だ。まったく、俺はメンドーなことが好きで、イヤになる。
あー、ひさびさに早く起きて、ねむい。
俺が欠伸をすると、すこし釣り上がった目をしてミサキがこっちに振り返る。
「アクビ、すんな」
・・・うるせー。これだから、ホント、メンドーなんだ、こいつ。

とりあえず、イチから思い出せば、アレは俺のキャッチから始まった。
最近のギャルはまァ驚くほど金持ちで、羽振りも非常によい。
なので、俺は声をかけたわけだ、こいつに。
街を歩いてるミサキの存在感は抜群で、
それは今思えばよっぽど見られ慣れしてるこいつの職業特有の空気だったわけだが、
当時の俺はそれを知らなかったわけで、まーノコノコと声をかけてしまったわけだ。
「・・・何?」
あー、そうそう、第一声からヒドかった。
THE・怪訝!って目だったな。
それでもそんなんは大概の女のフツーの反応で、俺は負けじと擦り寄ってどうかね、と説明する。
即早足でミサキは俺から逃げるように歩き出す。
コレもフツー。
店の中に居るとマヒしてくるけど、現実世界はホストって存在に大分厳しい。
視線を見上げるようにして追っかけると、キツイ目で睨まれる。
「着いて来ないで、バカ」
カツカツしたヒールの音。
近くで見るとかなり美人だと思う。巻いた髪が跳ねた。背が高い。
「ンなコト言わないでさァ、どう?一回ぐらい」
「あたしは、アンタらみたいな人種がこの世で一番キライなの」
一瞬、びびる。・・・スゲェ口の聞き方。
大概の姉ちゃんはテキトーにはぐらかして逃げんのに、初対面からミサキは随分好戦的だった。
今とぜんぜん変わんねェ、その口の悪さ。
「来たら好きになるって。ホラ、俺がエスコートしてあげるから」
俺は調子に乗って真横から声を掛け続けた。
ついでに、その手首を掴んでみた。
けど、それに反応したミサキは、いきなりピタッと止まって俺を見る。
「触んな。・・・失せろ、バカホスト!」
「!」
その後すぐにバチーン、という音がして、一瞬ぜんぶが夢のようになって、
そんでもってミサキが降りぬいた右手の平を俺は見て、左頬が痛くて・・・、
・・・よーするに、俺は初対面のミサキって女にビンタされたわけだ、しかもフルスイングで。
ボーゼンと立ち尽くした俺をほっといて、ミサキはフン、と鼻を鳴らすとスタスタ行ってしまう。
ファーストコンタクト。
こんなのアリかナシかと言われれば勿論ナシだ。
でもインパクトだけは抜群だった。
とんでもない美人のくせに、とんでもなく口が悪くて手が早い(イミ違うか?)女。
頬の痛みぶんはどーにか取り返そうと思って、
俺は帰ってから先輩やら後輩やらお客様やらに片っ端からそのネタを話した。
話はサイコーに受けた。
話したやつはどいつもこいつも見事に爆笑してくれた。
その中で、常連のギャルにそいつを話したら、出てきたわけだ、「ミサキ」って存在が。
「ギャルって言えばさァ、今、超人気のモデルが居んだよ。アタシも超好き、大人っぽいのにカワイーの!
 P-styleの専属なんだー。そーそー、あ、ロミくんタイプっぽーい。てゆーか話のヒトにちょっと似てるかもー」
タイプ。
キャッキャとはしゃぐギャルに相槌を打って、なんとなくそれは気になって、
俺は次の非番の日に、その「P-style」つう雑誌を見てみたワケだ。
そーしたら、居たよ。
居たわけだ。
紙の中でキラッキラの笑顔を振りまいたビンタ女が。
特集のアオリには「ミサキの甘めクールな着回し2週間」とかバーンと書かれている。
ミサキ。こいつの名前、か?
しばらく見てみても、やっぱそいつはどっからどう見ても俺を殴った女だった。
タイプ、ね。
ギャルの言葉はあながち間違ってないな、とも、思った。
なんせ、気になった女に似てるやつが雑誌に乗ってるらしいってだけで、
こうやって行動すんのなんて、どう考えてもおかしいよな。
雑誌を平積みに戻して、店を出た。頭の上に浮かんでる曇り空はまるで俺の心の中だった。

・・・始まりは、そんなんだ。
その後で俺にとっての「奇跡」が起こり、こいつにとっての「悪夢」が起こった。
だから、今こうして俺たちは知り合い混じりの仲になっている。
高いのはナシだかんね、と背を向けたまま念を押してくるミサキを見て、確かにヘンな関係だな、と、
俺は常連客のハニーさんに言われたことを思い出した。
まったく俺はバカですね、と苦笑いする。
その他イロイロの奇跡な悪夢、およびハニーさんの登場とかはまた別の機会だ。
そろそろマジメに腹が減ってきて、俺は「きりたんぽ食べてェ」と声を掛けて、また、ミサキの苛立ちを買った。
空は無難な曇り空で、そんでも、あの時とは違う色をして、俺とミサキの上に居た。

ロミ夫&ミサキ















貴を恃む


「・・・成程、炎が苦手・・・、か」
「ええ。元々光や熱に弱い輩です。其の上思念だ、考えて居るより不自由が多い」
鴨川はそう言うと、左斜め前で頷き、鴨川の手に包まれている資料を覗き込んでいるダースを見やった。
顎に手をやり、思案するような格好を取るダースは、
いつものように真実を煙に捲く雰囲気がなく、至極真剣な顔つきだ。
それは珍しく、お互いが真面目な話を真面目に交わしている所為なのだろうか、
それともダースが淀川に対して抱いている感情が、
鴨川にも計り知れないほど深く暗い場所にあるからなのだろうか。
ゆらゆらと鴨川の視線の先で揺れる炎は穏やかで、別段、昂ぶりはないように感じられるが。
「・・・何か?謂いたい事が有るなら仰い為さい」
「あ?・・・ああ、いや、何でもない」
「全く。鬼の情報を喉から手が出る程欲しがって居るのはアンタでしょう?」
「・・・・」
一直線に射られた視線に気付けば、ダースは顔を顰めて呆れたように溜息をつく。
ぼうっとした意識をこちら側へ取り戻し、取り繕い混じりに鴨川は首を振って曖昧に返事をするが、
視線はやはり彼へ向かったまま揺らがずにいて、それにダースは不満げだ。
「何です、さっきから鬱陶しい。御質問が有るなら・・・・」
「・・・お前はどう思う?」
「はい?何がです」
曲がった眼の懐疑。
鴨川は、そこに懐いたダースの顔つきを当然のように感じながら、
自身の中の疑問を絶つことに対して、言い表すことの出来ない凝りを保っていた。
一度資料に視線を落とし、ダースの返答から再びそこへ戻っていく。
彼の心を、鴨川は知らない。赤い炎が揺れる。
人ではない、その存在がどんな真実を視ているかを、鴨川は知らないまま、ここまで来た。
「淀川ジョルカエフに、何故、異形のお前がこだわる?」
「・・・何を問うかと思ったら。又、面倒な話ですな」
「お前が私に協力するのは、奴を討ちたいからか?それとも、ただの、気まぐれか」
それを暴きたい、という激しい感情ではなかったが、鴨川は抑揚のない温度で、まっすぐに訊いた。
決して触れるべきではないと漠然に感じていた話題を、
ここまで素直に吐き出せたことを、鴨川自身、不思議に感じていた。
わずかにダースの眼が驚きにより開き、すぐ元の大きさへと戻る。
「・・・アンタは如何思います?」
「何、がだ?」
「あたしを、あの鬼と同じ異界の道化だと思うか、と謂う事です」
「・・・」
鴨川の問いに肩をすくめて、ダースは同じように問うた。
彼と出会った当初の鴨川なら、即答で「イエス」と答えただろう質問だ。
その情景をなぞる、羽根のように軽い冗談。
しかし鴨川はぬるく瞬きをしたあと、ダースの、真実と同等の光を帯びた眼を追った。
息を吸い、呼吸を整える。
「・・・・・・私は、お前は・・・、奴とは違う、と思っている」
「ほう」
「お前は人を危めない。襲いもしない。それに、・・・こうして、私に情報を与えてくれる」
「・・・其の情報が偽りだとは考えないので?」
「実際に実験なり解析をすれば、それが真実かどうかはすぐに判るよ。・・・お前は、事実しか話さない」
「・・・そうですか」
或いは、いつものように、戯れに似た言い合いのように。
わざとらしい皮肉めいた口調で、「イエス」と呟く鴨川を想像していたのか。
ダースはまるで自身を淀川と同様の位置まで貶めようとするように、
自らを嘲ける口ぶりを使う。
だが、鴨川はそんな嘲りを心から否定するように、ダースを宥め、肯定へと運んだ。
それはダースから提供される情報により、この支部の研究成果が如実に表れている所為だろう。
言葉を紡げば、鴨川が思うよりその音色は柔らかくなり、
意図しないまま表情にはゆるやかな微笑みが混じる。
感謝にまでは届かない労りは、ダースを居心地悪くしているようだった。
「だから、知りたいのだ。その真実を与える理由を・・・、そしてお前が何故、あの悪魔を見ているのかを」
その居心地の悪ささえも包みこみ、鴨川はあまりに鮮やかに、
今現在ここに存在する自分自身の思いを口にする。
『何故自分へ接触したのか』と言い換えてもいい問いは、
ひとつの感情に寄り添った疑問となり、鴨川の心の内を密かに照らしているようでもあった。
暫くダースは鴨川の真摯な視線を受け止めていたが、一度大きく溜息をつくと、低く声を出す。
「・・・あの鬼が何をしたのか御存知ですね、学者様」
「何、を?・・・それは、人を異次元世界へ引きずり込み、危める・・・・」
「・・・そうですね。其れに因り、アンタの肉親も死んだ」
「・・・ああ、そう、だ」
ダースは、その言葉でこれ以上ないほど哀しげに笑った。
決して逃れられない事実を本人の口から突き付けられたことを、喜んでいるようでもあった。
改めて知るように、改めて、すべてに刻み付けるように。
その感情を責、と名付ける。恐ろしく、容易く。
「あたしこそがね、学者様。・・・殺し損ったんですよ、淀川を」
「・・・・何、だと?」
発された言葉の意味が呑み込めずに鴨川が不穏な顔をすると、
居た堪れなくなったように、片手でダースは自分の顔を覆った。
鴨川は初めて眼にするそんな状態に思わず足を進め、案じるようにダースを見つめる。
しかし、ダースは首を振った。
首を振り、絞るように、続けた。
「・・・だからこそ、奴は未だ、生きて居るんです。生きて、ヒトを屠り続けて居る。
 あたしが、遣り損ったが為に、・・・アンタの、肉親も、・・・死んだんです」
低く圧した声色。表情は見えない。目の前の全てでざわついた心が、鴨川の胸で暴れた。
言葉を返すことは出来なかった。
その心象は、決して届かない距離にあるように思えたからだ。
代わりに、ただ、縋りたい、救いたい想いを鴨川は抱いた。
今、ただこの瞬間に目の前の男を抱きしめて、「お前には関係ない、何も関係ない」、
と言えればどんなに良いかと思った。どんなに、素晴らしいかと思った。
だが、鴨川はそれ以上歩むことも退くことも出来なかった。
それは、救うことを望む以上に、こころに、その言葉が突き刺さって来たからだった。
憎しみと復讐こそが、鴨川を動かしていた原動力だった。
そしてそこにダースの存在が加わり、想いはより強固になった。ここまで歩んできた。歩んでこれた。
だからこそ、訊いたのだ。
その想いがもう二度と崩れさることのないように、
今抱く想いを、自らに認めさせるために。
「・・・お前、が・・・」
鴨川は放心したように呟いた。
何故、赦す気持ちを抱けないのだろうと、纏まらない思考で思った。
ダースは絶えず、嗤っていた。
鴨川に、決して自らを赦すなと強制するように、ただ、顔を伏せて、笑っていた。

淀×鴨川















透過誰何


少女は、その場に倒れていた。
黒い闇の中で蒼い彼女の姿だけが浮き上がり、それははまるで死という海の中に、
少女が今にも沈んでしまうようにも思える光景だった。
「・・・・・」
男がそこへ訪れ、そのような状況を視たのは初めての事だった。
いつでも少女は男に対し不行儀な眼を使い、気丈な線のまま男を罵っていた。
しかし今日はその全てが崩れ去り、
甘く乱れた髪とワンピースが投げ出されたまま、横たわっている。
暫く立ち尽くし、その光景を見下げていた男は徐に姿勢を崩すと、その場にゆっくりと腰を降ろす。
彼の命とも云える炎は、何故か一滴も顕れない。
白い指の黒い爪先はその色を保っている。
少女は頑なに眼を閉じ、僅かに辛苦する表情を包み隠さず男の前へ曝していた。
いつもには決して視る事のない少女の「弱さ」を前にし、男は無表情にそれを眺める。
嘲る事で少女を捉え続けて来た男にとって、それは現在の少女と全く同じ、珍しい状況だ。
投げ出された手足。
取りこぼされている一対のパペット人形。
闇に横たわる少女の身体は無作為で、余りに男の近くへ存在している。
「・・・猫」
少女を起こすまいとするような声量で、男は少女を告げる。
男は少女が猫の姿として埋もれている事を嫌っていた。
嫌っているからこそ、少女を猫と呼び続けていた。
その肉体に棲まう枢要な冬を、月並な畜生の姿で覆い隠す程愚かな事があるだろうか、と、
当然のように男は感じ、撫で付けた声の先に居る少女を見やる。
鋼。絹。どちらとも取れる視線。
ほんの少し身を乗り出し、覗き込むような姿勢を男はとる。
そして手を伸ばし、少女の頬に触れる直前まで近づける。
互いが信仰している炎と雪。
相反するそれは、この指先如きで壊れるものなのだろうかと男は思った。
それでもその指はそれ以上の距離を縮める気配を見せない。
虞と喩えられる感情を己の中に男は見出し、俄かに眉を顰める。
冷えた温度が緩やかに舞った。
少女が眼を覚ます気配はない。
規律した指先を強く握り、男は自身の領域に戻す。
何も訪れる事のない互い。悖る事を繰り返す互い。崩す事すら、出来ない互い。
空を見やれば、いつも変わらずに存在する闇が広がっていた。
彼らである意味を、嘲りと共に示すように。

極卒くん×おんなのこ















多話思案


「おー。おっすおっす」
「キャーッ!ちょっと、アンタまた勝手に入り込んでんじゃないわよっ!!!」
女は大声をあげて、目の前でお茶漬けをすすっているマスクマンをなじった。
派手なバックを万年床に放り投げれば、
それはずいぶん間抜けな格好のまま布団の上に落ちた。
「なァに怒ってんの。いやー、うまいねー、ネギ茶漬け」
「アタシちゃんと鍵掛けてんのよっ!?ドロボーよ!?窃盗よ!?どこの国のピッキング犯よアンタはッ!」
「いやー、大家さんがオレのファンだって喜んでくれちゃってさー。サイン書いちゃった、サイン」
マスクマンは茶碗を持ち上げて、サイコーよ、と言っている。
怒声にはまるで関心なし、といったその風体に、
あのプロレスバカは・・・と女は大家へ怒りの矛先を向ける。
「だからって他人様のウチの鍵勝手に開ける!?勝手に茶漬け食う!?アタシのウチだっつーの!」
「知ーるーかーよー。オレ今ピンチなんだよ。ファイトマネー入るの来週だし」
しれっとマスクマンは野菜貰った、と告げ、マスク越しにお茶漬けをかっ込む。
そのあまりに反省のない態度に、靴を脱ぎ捨てた女は網タイツの足をダン!と寂れたちゃぶ台の上へ置いた。
「黙れバカ男!!!」
「うおあっ!」
その衝撃に、マスクマンは身体ごと飛びのく。すぐに、女のこの上ない怒り顔が向けられ、
そこでようやく、マスクマンは本気で女が怒っていることをなんとなく理解した。
「アンタは・・・!!」
「わ、わかった!了解だモモコ、オレが茶漬けを作ってやる!」
「あ?」
「お、オレの茶漬けのウマさは知ってるだろ!な!ホラ!」
「・・・・・・・」
ついでに、そこらのレスラーよりよっぽど容赦ない攻撃をしてくる女の力も思い出し、
マスクマンは汗をかきながら「待て待て」と両手をパーにしてジェスチャーする。
怒りに任せ、自宅のちゃぶ台を壊しかねない女は、その言葉にすこし冷静になった。
実際、仕事後直帰だったため、腹は減っている。
そのうえ当人が言うとおり、このマスクマンの料理の腕前は中々のモノだ。
踏ん付けた机からゆっくりと足を引き、女は立ったまま腕を組んで、言った。
「・・・お茶漬けより、ご飯とみそ汁と漬物と納豆がいい」
「よしきたっ!今すぐ作ってやる!」
するとすぐにマスクマンは立ち上がり、
どこから出したか愛らしいフリルのついたハートエプロンを身に着けると、
目の前の台所にすばやく向かって冷蔵庫を漁りだす。
女が言った献立を作る気のようだ。
女は行動の早さにため息をつき、脱ぎ捨てた靴を直すと髪飾りを取って髪を結いなおす。
「・・・作ってくれんのは嬉しいのよ。なのにアンタはさァ・・・」
「つーかオマエ、メシちゃんと食ってんのー?ビニメシ食ってたら筋肉つかねーぞー、オイ〜」
ビニメシ?一瞬女は思うが、「コンビニメシ」のことか、
と気付くと、コンタクトを外してメガネを掛ける。
マスクマンはネギをみじん切りしている。
女はスカートの下にジャージをはき、スカートを脱いで、上着を脱いでドテラを羽織る。
「30超えてプロレスラーやってるバカと一緒にしないで」
「あ〜?オレの天職バカにしないでくれる〜?」
ようやく素の自分にもどったように女は再び息をつき、ちゃぶ台に頬杖をついた。
そして自分たちのこんな関係はいつからだったろうか、と思い返して、
その原因ともいえるパーティーの風景を考えればいい匂いが漂ってきて、
ニラと豆腐のみそ汁か、と、女は思って、マスクマンの背中をぼんやりと、
まるでそこにいるのが当たり前のように緩やかに、眺めた。

おとこマン&モモコさん


















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