A-Market > text-T
















海の欠片


「淀さん。海って、綺麗ですね」
はたはたと、青い髪が風に揺れていた。
感傷のない世界で、無感動に、ダースはそれを美しいものだと感じていた。
真横に佇む、ワンピースを着た青い少女はそう言って、無感情に、笑う。
「貴方がこんな処に来るのは、珍しい」
ダースは返す。風が吹く。彼の炎も、大きく形を変えて火の粉を降らせた。
誰も居ない、秋に近づいた海。
たゆたう着物が音を立てる。波は穏やかな姿をしている。
「そうですね。あまり遠出はしません。けれど、来たかったので、来ました。鴨川さんは、まだ寝ていますか?」
少女は、引いては寄せる波の動きを眺めながら、下降し始めた太陽に目を細めた。
ここに居ない、もう一人の海への来訪者は、風に身体を晒し、少し離れた所で眠りについている。
判りやすい溜め息をついて、ダースは呆れるような態度を示した。
「寝てますよ。酷い有り様だありゃア。全く・・・此処に来た意味が無いってモンです」
「そうですね。こんなに綺麗なところなのに、本当に残念」
虚弱体質の支部長代理は、文句を言いつつふたりとここへ来て、無駄にはしゃいだ挙句、倒れた。
今日の話題として、これほど適切なものはないだろう。
少女は軽く声を上げて楽しげに笑う。ダースはそれを、珍しく思う。
「・・・貴方は如何です。あの支部長殿を、まだ怨めしく感じて居ますかね」
「淀さんがそんな話をするのも、珍しいですね」
「そうですか、ねェ」
「そうです。あの人の話を、貴方からするのは珍しいですよ」
珍しいついでだ、と、遠い目をすれば、真意が揺れる。
欠けた月のように、ゆっくりと満ちていく、想い。
空気を内包するワンピースは風船のように膨らんで、それをそっと少女は押さえた。
その拍子に、二の腕に絡みついた包帯が顔を覗かせる。
ダースは目を逸らして、咳払いをした。
「・・・私、神さまと何回も話をして、自分で自分の存在を考えるようになったんです」
「ほォ」
ゆっくりとした言葉遣いは、空に馴染み溶けていく。
なめらかな温度。塩の匂い。目の前のすべてを確かめるように少女は喋る。
腕を組んで、じっとダースは海を視る。
今寝ている男が成そうとしていること。その為に、少女が成さらなければならないこと。
そして、当事者であり、傍観者でもあるダースがこうして彼らの道の横に並んでいること。
少女の瞳は澄みきり、ささやかな光をも帯びている。
もしかしたら、三者は、心の底から願っているのかもしれない。
ささやかな平和の名の元に続いていく日常を。彼らが笑い続ける、その、恒久を。
「もちろん・・・詩織との、ことも。それで、思ったんです。
 鴨川さんは、決して出会えなかったはずの私と詩織を、出会わせてくれた人なんだって」
「・・・あたしが謂える柄じゃア、無いですがね。
 あいつは、貴方を唯道具として利用しようとして居た訳じゃ無いですよ」
少女はダースの言葉に驚いて、彼へ視線を向ける。
少女自身が呟いたように、実際、柄になく真正面から支部長代理を庇う彼はあまりに稀な姿だ。
視線は違ったまま、感情だけが行き交った。
愛は、たしかに万人の個性に委ねられるものだ。
神の言葉を思い返し、少女は微笑む。サンダルで土を軽く蹴って、静かに伸びをする。
いつかの呼吸。いまの、呼吸。
「知っています。・・・だから、辛かったんです」
「・・・」
「誰にも、気持ちをぶつけられなかったから。でも今は詩織がいる。淀さんだっています」
「そいつァ嬉しいですね。あたしも御役に立ってる、って事ですか」
「ええ。皆私のことを考えてくれていたんだ、と。思えるようになりました」
息を吸う。息を吐く。
そうして毎日は続いていく。彼女を日々、新しい生へ導いていく。
それはきっと素晴らしいことなのだろうとダースは思った。
今、場違いに寝ている彼が、ようやく報われる想いを心から抱くほどに、素晴らしいこと、なのだと。
しかし流石にそこまで彼を持ち上げるのも気に食わない、と、
ダースは黙って口元を引き上げる。
「・・・成程。だから貴方は此処へ来た訳だ」
「そうです。受け止めることが出来るのが、こんなに、嬉しいなんて」
太陽が低く傾く。光を散らせる。目映く広がる。
暮れず、明けない日はない。
まだ寝ているだろう支部長代理の姿を確認しようと少しかかとを浮かせた少女は、
先程浮かんだ科白で、気付いたようにダースの横顔を見やる。
「あ」
神の言葉、跳ねた口調。
少女の視線に、ゆっくりとダースはそちらへ表情を向ける。
無愛想ではない、豊かな顔つき。炎が揺らめいて、それは夕陽と良く似合った色をしていた。
「?」
「ひとつ、思い出したことがあるんです」
「何ですかね?」
「私も思うんです、神さまと一緒で」
「・・・何を、ですか」
「淀さん達、やっぱり「お似合い」だって」
日常茶飯事の口喧嘩。絶妙なやり取り、お互い不機嫌の癖、妙に、微笑ましい光景。
少女はそれを思い出して、そんなふれ合いにだって、いつも一粒の心が混ぜられているのですよ、と、
かかと立ちをした格好のまま、少女は目配せをしてみせる。
大人びた表情は、それでもどこか子供っぽい、いたずらな光を帯びていた。
思わぬ言葉に少しだけ息を呑んだダースは、
寝ぼけ眼でのそのそ起きて欠伸でもしながらこっちに来る鴨川を想像し、
その間抜けな格好とお似合いだという少女に厄介なことを吹き込んだ、当人の神をわずかに恨めしく思った。

ダース淀&硝子















銀のオズ


「で?なによ、カミサマ!」
「やっぱ怒ってるじゃねーかーっ」
そのとおり、実に見事な格好で、ロッテは立腹していた。
腕を組んだつり目は神を捉えて、それは刃のように鋭い視線だった。
なぜか、と問うてそこにあるのは。
「怒ってない!」
「要するに。お前だけ連れてきたってのが気に食わないんだろ?」
「べっつに!?あたし、ここに来れて満足だけど!?」
「その声ェ・・・なんだよ、このツンデレオンナぁ」
長い栗色の髪の毛、黒と白の服、ショッキングピンクのギター。
全てがなにもかも揃っている格好のロッテは表舞台とも言えるその場所で、
ただひとつ足りないそれを見透かした神の態度にいらだっている。
いつも連れていたはずの、彼。
それはライオンのように勇ましく、兎のように頼りない、彼の白黒。
「なによ!・・・あたしはここに来たかったから、それでいいの!いいでしょ!」
「・・・どーせ今から戻ってでもここを見せてやりたいってんだろ?」
「あ・た・し・が!ここに来たかったの。あいつは関係ない!」
「お前ねぇ」
けれど、ロッテの声は高く金切られる寸前で平常心のさざ波を保とうとゆれている。
ちいさな姿を思い浮かべては、この煌びやかな世界を透かす。
彼の知らない世界は、彼に与えるべき世界だとロッテが感じていることを、すっかり神は知っている。
「いいじゃん。・・・こんなキレイな世界は、あたしにだって似合わないんだから」
「それこそ関係ねーだろ。似合うも似合わないもねぇよ、ここは自由だ」
「・・・じゃあなによ。あいつのどうしようもないトコを、ここは包んでくれるってわけ」
「そうだよ。お前が何考えてんのかは知んねーが、
 俺は別にあいつがここにそぐわないから連れてこなかった訳じゃねーよ」
「じゃあ、・・・あいつは何。あんたの手違いってこと?」
そうかもね、と、神は頷く寸前の格好でロッテと同じように判りやすく腕を組む。
魔法のせいでロッテの周りは星に似た光が待っていて、妙に眩しい。
高いミュールのヒールがぐらぐらいって、
それでもロッテは置いてけぼりにしてしまった、そんなライオンの彼を思っていた。
ここへ連れてくるから、そう呼びかけるように。
「俺はただ、今回お前に対するリクエストが多かったからお前を呼んだだけ。
 差別も区別もない、たまたまお前「だけ」だったって、それだけ」
「・・・それなら。あたしが頼めば、・・・・参加できるの、あいつ」
「残念、もう定員は埋まってる」
「あたしと一緒でもダメなの?カミサマ!あいつ今ひとりなんだよ!?」
星がより多く舞った。
意固地じみた表情はわずかに祈るような眉のかたちに変わり、ロッテは声を高くした。
ひとりぼっち、であるから。
懇願に似ているみたいだ、と神は思った。大事。大切。守りたいもの。
すこしだけロッテの中でそれが真実の色をまとったような気がしていた。
泣きそう、の、一歩手前。
「・・・お前、本気であいつをここに呼びたいって思ってんのか」
「・・・だって、あいつ、こんなこと知らない。こんな明るくて、眩しくて、すごいこと、知らない!」
彼はきっと、今も空を見ている。
何もない場所を見つめ、ロッテを無垢な眼差しだけで無意識に包もうとしている。
辛さもなく、怖さも寂しさも哀しさもなく、ただ、空っぽのままで。
ロッテはそこに何かを与えてやりたいと思っていた。
だからこそ叫ぶ。同じなのだと伝える。願う。
「・・・そっか。なら、連れて来いよ、お前の手で」
「え・・・・」
「お前が一緒に出たいんだろ?特別処置。早くしろ」
「・・・・ほんと、ほんとに?ウソ、じゃないの?」
「時間がないの、こっちは。本気なら急いで連れてこい」
「あ、・・・・・いい、の?いいの、カンタを、出させてくれるの!?」
「いいよ。カンタがお前を選んだように、お前もカンタを選んだんだ」
「・・・! すぐ帰ってくる、おねがい、お願いよ、待っててカミサマ!!」
その尊びを神は見た。肩をすくめて、冗談のように笑顔を並べる。
一瞬、呆気にとられてロッテはそんな恰好を眺めていたが、
神が発した言葉で殴られたように目を見開くと、ギターをすぐさまホウキに変え、それに飛び乗った。
すぐにそれは速度を上げて、見えなくなる。
そこには魔法の残り香だけが香水のように残っていて、
遥か彼方の空を見上げた神は、その匂いを吸いこんで、彼らの帰りを待っていた。

ロッテ&MZD















常世常夜


「誰だ、貴様は」
「・・・やあ、こんにちは、焔のひと」
男は、ゆっくりと顔を上げ、そこに居る独りの人物を視た。
大きな帽子。灰の髪。たおやかだが、温度のないやさしい声。少女とよく似た、顔の色。
「・・・誰だ、と、訊いている」
「なるほど。噂にたがわず、怖ろしいひとだ」
男の眼は、己に宿した赤の色を見せた。指先が俄かに炎に染まり、灼熱の温度をたたえる。
驚いたように、その人物は長い前髪に覆われていない方の片目を見開かせた。
感嘆ににた声色。
驚いてはいるが、脅えてはいないように肩をすくめて笑ってみせる。
「・・・貴様は、猫が持っている人形と同じ成りをしている」
「・・・そうだね。ぼくは、彼女の「理想のひと」だよ」
その態度に覇気も失せたか、男は炎を振り消し、危めるような視線を彼へ向けた。
すると、それに馴染んだ姿勢で帽子を直し、彼は答える。
少女のもつ、パペット人形と同じ容姿。
目深に被った帽子の、瞳の底は何を見ているのか。
「理想、か。猫如きが理想を持つなど。嗚呼、おこがましいな」
「・・・きみは、よくあの子と会っているようだね。あの子の眼から、何度も君を見ていた」
「猫の、眼、・・・から?」
「・・・怖い顔だよ、きみ。あの子のことが大事なのかな?」
「黙れ。貴様が僕の何を知る」
少女を知るふたつの眼。
湖に小波が立つように、男の感情が彼へと伝わっていく。
それは喩えるならば敵意に似たものだろうか。かわすように、彼はゆるやかに微笑む。
敵ではない。しかし味方でもない、と、穏やかな呼吸を続けている。
孤高としての存在。連なる、理想の意味。意義。存在。
「安心していい。ぼくは、あくまであの子の幻想でありー・・・あの子の中でしか生きられない存在だ」
「・・・? ならば、ここは猫の中、なのか」
「其処に近い、のかもしれない。ぼくは君と喋れているから」
少女の中でしか存在できない生き物。或いは、少女の生を繋ぎとめている生き物。
内の支配者か?男の胸は濁った。
彼は笑っていたが、やはり温度はない。人形、であるからなのか。
それとも自分が存在していない哀しさを理解しているから、なのか。
深い微笑みは絶えない。
「貴様は、僕に何を求める?ここへ僕を呼んだのは貴様だろう、『目深帽子』」
「・・・そうなのだろうか。君があの子を求めたのと同じように、あの子が君をここへ招いたように僕は感じるよ」
「僕が、猫を求めた?」
「違うのかい。あの子の空間はすべての場所から隔絶されていた。それを破ったのは、きみだよ」
「・・・・・・・」
『目深帽子』と言われた彼は、少し驚いて、しかし僅かに嬉しそうに言葉をつなげる。
男は、少女を知った。
それは、男が少女の元に現れたからだ。雪を持つ娘。猫に化ける娘。
そのこころの中に住む、暗い海のような男。
目の前の姿が発する平坦なトーンに、男は黙った。
「・・・きみは怖ろしいが、それはきみがきみ自身を知らない所為なのかもしれないね」
「なんだと・・・」
「理想は、決して現実にはならない。またおいで。ぼくは目深帽子。きみに名前を貰った、彼女の理想だ」
「・・・貴様、僕を、」
「ここはぼくの世界だよ、焔。ぼくは雪ではない。きみの炎は、効かない」
何を差し出し、何を奪うのか。
彼は、己を、男が紡いだ言葉のまま、「目深帽子だ」と言った。
そしてまた来いと、男に言った。
何もかもを知っているような言葉。音色。男の発した、彼の名。
理想は現実にはならない。彼は、少女の元へ行くことが出来ない。
それは、男が決して少女に触れることが出来ない定めと同じ意味を持っているように思えた。
彼は腕を差し出し、ふたたび炎を顕わにしようとする男を制す。その拍子に帽子がずれた。
片目の姿。深く被った帽子の黒。
少女の持つ人形と同じ姿は、それでもやはり、男の目に上手く馴染まなかった。

極卒くん&目深帽子















ユメ十夜


僕は青色の液体で血をうずめられてしまったような心地の中に居た。
羽根が眩しくて、ああ、マントがなびいている。
夜の色だ。満月の光だ。まどろんでいる僕は、さながら地上の魚だった。
空気に溺れ、窒息して、死ぬ。
「・・・・」
そんな夢を見ていた。つまらない欲望の中で、それは確かに、甘美で情愛にまみれた夢だった。
身体を起こすと、同時に目の前のドアが鳴って見慣れた顔が姿を現す。
「どうも、探偵さん」
それは馴染みの刑事だった。
よく彼の情報を流してくれる、渋い印象の刑事だ。
背格好は低いけれど、凄んだときの迫力は並大抵のやつじゃ逃げ切れない。
僕はゆるんだ眼で会釈をした。
「最近連日、怪盗の予告があってね。どうしたもんかと思ったんだよ」
すぐに横の椅子に座って、刑事はそう言ってくる。
連日、か。
夢を見ている僕の思いを汲み取っているかのようだ。彼に会いたい。そんな僕の、くすぶった思い。
僕がそうですか、と呟くと机に向かって予告状を放られる。
「・・・根詰めるのも程々にしたらどうだよ。同じ盗人でも、俺が追ってる奴とは訳が違うんだ」
目の前で崩れるカード。直筆の文字。
細い指先、僕に触れた冷たい温度。不可解。闇の声。僕の声。
「判ってるよ」
なにかと父親面をしたがる刑事が追っているのは、巷を賑わせている義賊のようなやつだ。
アナクロなやり方で、いつも刑事を小ばかにしたように彼の目の前へ現れて、得意の俊足で逃げていく。
それは傍から見ればなんだか愛らしい鬼ごっこにも見えて、
僕はいつでもそれを微笑ましく眺めているのだ。
「・・・そんならいいけどな。まぁ下手な煽りに乗るなってこった」
「・・・・・」
何か知ってるのか、と身体を起こしたが、そういえばこの人の勘は人並みを外れているんだと思い出した。
あの光景を見ていたら、もっと躍起になっているだろう。
そして僕の腑抜けた感情を殴りにやってくる。
恍惚の夢。まぼろし。蕩けた眼の色。
すべてはまやかしだと思った。思っているから、夢なのだと感じていた。
下手な煽りか。
僕はたぶん、それに乗った。だからこうして夢を見る。
「とりあえず、そいつで目星でもつけとけ」
「ん・・・ああ。ありがとう」
さっき放り投げた予告状を指差すと、刑事は立ち上がる。この人は何かと忙しい。
僕は曖昧に頷いて、手を振った。
仕事。彼。もう一度会ったとして、僕は夢から醒めるのか。
机に横たわる羽根を手に取る。やわらかい。あの身体のように。
頭をふった。
それでも僕は魚で、空気に触れて溺れていた。あまい、彼の夢の中で。

コナンニャミ&スーツ















夜明ノ黒


なんて不様な女だ、と、彼は沸きあがる感情を素直に取り出した。
目の前の少女は揺らぐ思考を抱えたまま、ただひとつの真実だと、彼を見つめていた。
「・・・カゴメ。お前ハ、何を想ウ」
大きな白い籠の中、彼・・・赤く青く黄色い翼を持ったパロットは心底不機嫌に呟く。
見事に、パロットと同様の匂いを持つ少女。
誤魔化しも得意の嘘も必要ないほど、パロットはこの少女の底に己を見た。
そう、嫌悪を何度吐き出しても途切れることのない憎悪で構成された、醜い、彼自身を。
「・・・私は、あなた。かごの中の鳥」
そしてこの少女も、おぼろげながらそれを理解している。
深い海のように静まり返った絶望を謳うように、少女は黒く豊かなドレスを身にまとう。
一点にパロットを見つめ、まばたきを忘れて。
「・・・偽ッていルのだロう。怖レてイるんだ。コこかラ逃ゲ出す勇気も、留まる勇気モ無いんダ」
その透き通った黒い眼は、魅了の眼だった。
闇の想いを連ねる者にとって、それはあまりに甘美な光に映る。
しかし、パロットはそれが意味を持たない、空のものだと知っていた。
皮を剥げば、何もない虚空が存在するだけなのだと。
だからこそ彼女を、そして自分自身を嘲笑うようにパロットは言う。
籠の扉に片手をかけ、「うしろの正面」である少女を見る。
染み込む言葉を捉えた少女は、そこに自らを見出したように、まばたきをする。
「・・・あなたも?」
「・・・お前ハ、知っテいる。僕ガ、どんナ生キ物なノか」
どちらがうしろであり、どちらが正面であるのか。
或いは、互いがそのどちらもであるのか。
瞬間の闇に伏し、そして戻ってきた少女に向かい、パロットはわざとらしく扉から翼を離した。
まるで、「逃げ出すことからも逃げている」己を示すように。
ゆっくりと視線でそれを追い、外側に存在する少女はゆがんだパロットの表情を眺める。
色を失った少女の顔は、蒼白であるがゆえに美しい。
そう評するであろう、多数の無機質な誰かをパロットは思った。
所詮、この女も自分自身も、血反吐を吐いても手に入れることのないものに焦がれているのだ、と。
故に神はこんな簡素な檻に己を(彼女を)閉じ込めたのだ。
いにしえの遊び歌になぞらえ、こんな形を、遊戯のようにとるのだ。
小賢しい彼らを、知っているから。
「・・・あなたは、卑小。私のように」
「ソうだ。お前のように、・・・僕は愚かダ」
互いは、互いを、深く見つめあった。
自分の中に存在する負から常に眼を逸らし続けていたパロットは、
その重なりが生み出す響きの底で、まるで真摯に、己の真実を吐露した。
それは、彼女が誠に己のことを「おろか」だと信じているからだろう。
暴かれるのだ。同様であるがために。
滑稽だとパロットは思う。出てゆかない己も、扉を開けようとしない少女も。
少女は彼の想いを悟っているかのようにゆっくりと目を瞑り、遊び歌をうたい始める。
かごめ、かごめ。
少女の名を、少女は紡ぐ。
白い歌声がその空間に広がった。夜明けの晩は、まだ訪れない。

かごめ&パロット


















Back