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中間管理


「どうなんだ」
「なにがだよ、くそ野郎」
ガラガラとバケツが鳴った。火の粉が舞う。空に溶ける。
薄汚れたアルミを蹴った格好そのままに、ハヤタはあからさまな悪態をついた。
目線の先には無精ひげを生やした男がへらへらと笑っている。
「ご指名だってな」
「信じらんねぇよ・・・何考えてんだ、あいつら」
赤いスポーツカーが遠くに見える。
だだっぴろいレース場のコンクリートが持つ灰色の色彩の中で、その赤はとても良く映える。
ハヤタは転がっていくバケツに目を細めて、がっくりとため息をついた。
男はたばこを咥え直して、のそのそバケツを拾いにかかる。
「お前に期待してるんじゃないのかねえ。あー・・・打診の奴らじゃなく、あの悪魔さんが」
「・・・何をだよ。何でもない車で死ぬ思いしてんだぞ。ありえねえって」
悪魔、と呟く男の声にハヤタの顔は余計に曲がる。
よいしょと屈んで、バケツを取る男の口のたばこは半分以上灰になっている。
青いつなぎ同士の二人は正反対の表情だ。
「普通の車で死ぬぐらいならあいつで死んだ方が華がある気もするけどなー」
「好き勝手言いやがって。見ろよ、あの顔。おれ見て笑ってるぜ。怖っ」
ハヤタがそうやって赤い車へ指をさせば、
そこからごうごうと吹き出している蛍光の炎は大きくうねる。
炎にくっ憑いた悪魔の顔が喜々としてゲラゲラほほ笑んでいるのを男は見た。
まるで、「ようやく報われる」とでも言いたげな目だなあと思う。
ぼとりとたばこを落として、足で火を消した。
「たまには賭けに出てみろよ」
「自分の命差し出してまでする賭けがあるかよ」
「あるんじゃねぇのか。いつまで燻ってるつもりだ」
「・・・・うるせーな」
すこしきつい男の目に、ハヤタは顔をそむけて舌打ちをする。
悪魔はさきほどよりもっと身体を大きくふかせて、色のない走り場を支配している。
ハヤタはその極彩の死神をながめて、なにが賭けだと呟いた。
保留にしたままの返事は宙ぶらりんになったまま、もう1週間たっていた。

ハヤタ&Mr.KK、PMGTV-RZX


















暴虎馮河


へらりとしたような風が吹いた。
ありのままの風景。ありのままのおどろおどろしさ。
人魂が執着したくなるような景色は、彩の死んだかなしい気配がしている。
ふたりはそこにいて、奇怪な視線の感情を受け止めあっていた。
景色と同じように、ふたりの格好は色を失った寒い砂漠のなかだった。
卒塔婆が近くで割れていた。
「いつもどおり死んでる。わたしもアナタも死んでる」
少女のようにも思える肉の塊が言葉をはいた。
ふたりという存在の独り。
どこか遠い目。おおきく見開かれたままの目。ただ、頑なに開かれた目。
くちびるのない口。かなしい身体。
焦点はなく、そしてうつろだ。
時に身体がぶれて、猫に似た姿が残像のように舞う切なさ。
雪の降る白い血しぶき。凍えた肢体。冬の痕。
「それは嫌悪としての反抗か、娘?嗚呼・・・不愉快なまでに奇怪だな」
返すのは密やかに揺らいだ闇の紅色だ。
斜めにかたむく影と白墨。
きちりと纏められた背丈の白と黒は鮮やかに氾濫しすぎていてまぶしい。
肉塊の少女と同じくギチギチと見開かれた目はブラックホールのようなただの虚空だった。
ふたりが重なる、更に片方の固まり。
それは少年のようにも年を喰ったようにも見える陶器に似た男だ。
肉と粘土。
混ざり合うのは、焦がれて果てた燃えかすにしかならない。
それがうらぶれた拝受と似ているように、
ひとの死骸がどこまでも積み重なった真上で、ふたりは、まるで不自然に互いを語る。
月も雪も雲も星も空気も死んだ夜。討ち死にの夜。欠落の夜。
「奇怪だわ。求め合うことより、余程、奇怪」
ま白い肌がほのかに、たしかに冷えるような錯覚。
しゃれこうべの歯の根が合わず、笑ったように鳴る。
どん帳がかった空は湿り気を帯びてただ重く、圧死しそうな苦しさをする。
割れた卒塔婆をぎゅる、と踏みつけて陶器はそうやって肉をみた。
なにもない目。全てを見通した目。支配する目。される目。
狂気の微笑みが刻み付けられたままの唇はあかく、血への飢えを感じさせる。
「絶命は尊び・・・そこに支配が排出されるは至極当然の摂理だろう?無様な猫が」
天をあおぐ。頑ななまでの欲望。凝りのような愛憎。
まるでどこぞのカラクリのような高笑い。
肉の少女は雪ふる己の体をすこしだけ抱え込んで震わせた。
「そう。苦しいすべてを、アナタは知らない。悲しいすべてを、アナタは知らない」
抱え込んだ身体は氷河であり無作為な失跡であろう。
おおきな目はゆるむことなく、その白と黒へ導かれる。
肉片の感情は藍と切願とにみちて、涙の直前としての膿を産んだ。憧れの先。背。直前。
「・・・吐いて捨てる他ないそれを未だに望むか。愚か者め」
笑いが途絶える隙はない。
しかし僅かにその眉だけを捕え、刃の光を漂わせる。
既に人という形をも保たなくなった灰が空を舞う。業火は怖れを知らない。
奪う恵みがいつ、誰を、どのように縛り付ける?
その答えを望んでいるのはお互いの喪失だ。互いに知らぬ喪失だ。
肉塊は実に憐憫じみた膿を手袋に包まれた手で乱暴に拭う。
「哀れなことだと、気づかないのね」
それでもまぶたのない目は閉じることを許してはくれない。
醜い液体は少女の感情と剥離したままその目玉からぼろぼろと流れでていく。
欠損のみで培われているふたりはその欠乏を埋めあうこともなく、
掻き取りに準じた存亡をがむしゃらに証明している。
このつらなりすべてがまるで虚しい絶望を認知させるだけのような、
なにも産みださない繋がりが排出していく、あからさまに稚拙な滅亡。
死は生を乗りこえられないのとどうにも似ているやりきれなさ。
白と黒はいささか己の持つ悦楽に狼狽しすぎたが、少女の目をみて一度だけ歪んだ顔をした。
「黙れ、猫が」
吐き捨てる。想いと化した嘲りも、焦燥も。
なめらかすぎる生命体。意味はないのだ。おそらく、なにも。
相殺しあう、このがらくたのような身体。遊技。
死んだ夜はいつまでも死に続けるふたりを隠している。偽装している。
死骸の山が築かれようと血だまりの花が咲こうと、なにも関係ない。
ただゆるやかに踏みつけるだけだ。
下らない温もりが薬液のように溶け出すのをにこにこと放置するばかりの、契り。
それが彼らという温度を、つなぎ止めているだけだ。

極卒くん×おんなのこ


















蝶々流歌


「王子さま、メリークリスマス!」
雪がふる。結晶が舞いおちる。
寒い空気に息が凍り、白い霧が舞い落ちる。
毛皮の暖かいコートに身を包んだ少女が、頬を寒さで赤く染めて、
上等な服とマフラーを巻きつけた少年の元に走りよる。
背には雪に負けないほどの白さを誇る翼が生えていた。
「わたし、これからお仕事だから、明日お祝いしようね!」
やわらかいミトンで少年の手を握りしめ、すぐに離す。
いつの間にか少女が自分のことを自分の名前で呼ばなくなったと、少年は思う。
「・・・ああ。ぼくも、楽しみにしてるぞ」
少年がにこりと頷くと、少女は満足そうにほほ笑んで深い蒼の空へ飛び立った。
これからクリスマスのプレゼントを世界中の子供たちに届けにいく。
それが、少女・・・ポエットの、天使としての仕事のひとつだった。
遠く、少女の姿が見えなくなるまで少年はその様を見送っていた。
凍るような寒さが身に沁みる。
この国は他の国よりひどく寒く、いくら防寒具を身に着けても足りない。
綺麗な手袋をつけた手をこすり合わせ、
少年はようやく何処にも見当たらなくなった少女を見送り終えると、
背にした立派な城へと視線を変え、雪道を蹴って走り出した。
天使は、心の成長に伴って姿が変っていくという。
この数ヶ月で、少女は少しだけまた大人びた表情になった。
もう届かないのだろうか、と白い息を荒く吐きながら少年は思う。
少女の顔を思い浮かべるたびに苦しくなる自分の心。
それはとても幼く、少女には到底届くことのない感情だ、と眼をつぶる。
聖なる夜に降りそそぐ雪の粒。
少女の羽根のようにやわらかな雪は少年の頬に絶えずふれて、
あまりに容易く、肌の温度と混ざりあって溶けていた。

ヘンリー×ポエット


















廃棄化合


「きれいな人。」
彼女は、彼(でしょうか?)を前にして、ちいさくつぶやきました。
「オトナシイカタ。」
彼は、彼女(なのでしょう)を前にして、まっすぐに言いました。
彼女はぼろぼろのうつくしい肌をして、ぼろぼろのすてきなドレスをまとっていました。
ここは古い、ふるい洋館です。どこにあるかもわからないぐらいに古い洋館です。
彼女の目はうつろでしたが、たしかに彼をつかまえていました。
その彼は、深い蛍光のグリーンのからだをしています。
ひとつだけの瞳は、きらきらと宝石のように赤くかがやいていました。
ふたりは、ふたりのまま、見つめあっていました。
このふたりは、未来と過去の人形です。
この現在というかたちに出会った、過去と未来の人形です。
一方は不自由なひとりぽっちで、一方は自由なひとりぽっちでした。
それでもどうしたことか、ふたりは出会ってしまいました。
彼の自由なさみしさが、きっと、彼女の存在を知らずにえらんでいたのです。
「ろぼっと」と「びすく・どーる」のふたりは、形はちがえど、
「ひと」というものに造られた、「ひと」ではない人形です。
けれど、いつしかふたりは自分の意思というものをもつようになりました。
彼女はまるで、自然に。彼はまるで、不自然に。
「あなた、は、すてき、ね。」
たどたどしい彼女のえらぶような口調は、彼女のからだがもうがれきのようだからです。
「・・・アナタハトテモ、ウツクシイ」
ひとの声でない電子的な彼の声は、彼のからだが機械でできているからです。
どうして、ふたりは出会ったのでしょう?
この、現在という季節のなかで。
ゆっくりと洋館のなかで反響するふたりの声は、しずかにまざり合っていきます。
過去と未来をたゆたう、ふたりはまだ見つめあっています。
おたがいの存在を、おたがいとして、まるで「ひと」のように認識しながら。

P-14×シャルロット


















無限回廊


ゆめ、をー・・・、見た。
そんな気がした。
今はぼうっとした頭で、となりのヤシガニくんの動きをとろんとした目で追っている。
太陽はまぶしくて、世界を溶かすほどあつい。
夢のなかは、氷をあちこちにまぶしたような涼しさをしていた。
どうしてこんなに正確におぼえているのだろう。
ぼくはゆっくりとまぶたをこすった。
まるで、今いるここが、夢にさえ思えてしまうほど、わかる。
あの夢のなにもかもがつかめてしまえるような、そんな感覚。
どうしてだろう。
どうして、あんなにあの夢は、やさしかったんだろう。

「お前は逃げ出したいの?あの場所から」
「・・・ううん、ぼくはあそこが好きだよ。どうして、そんなことをいうの?」
「お前がここにいるってことは、何かを考えているからだよ」
「なにか?考える?」
「ああ。お前が頭で気付かないまま考えてる、なにか」
「それを、きみは、わかるの?ぼくはあそこのことを考えているの?」
「そこまでは、おれは分からないんだ。でもお前はなんだか・・・、変な顔をしてる」
「へん?ぼくが?」
「うん・・・なんか、目が遠い。今いる場所じゃないとこを見てるような気がした。だから・・・」
「だから、ぼくはあそこを飛びだしたいと思ってるって、思ったの?」
「少しだけ。でも決めつけるように言ったことは謝るよ」
「・・・・・。ぼくはさ、あそこで生まれたわけじゃないんだ。
 だからね、・・・もしかしたら頭のどこかでそんなことを考えちゃってるのかもしれないなぁ。
 ひどいよね。みんなは優しくって、ぼくを大事にしてくれてるのに」
「お前の目はお前が生まれたとこを見てるのかな。お前の知らない目で」
「・・・ぼくはしあわせなんだ。今がしあわせだから、あそこにいたいんだ。
 だから、きみが言っていることを・・・うんって、ごくりって、飲みこめない。ごめんね」
「いいよ、別に。気にするなよ。おれは答えが欲しいわけじゃないし。お前と話ができたから、いいよ」
「うん・・・・きみは不思議だね。今はちいさな子どもなのに、すぐおじいちゃんになったりする」
「おれはヒトじゃないから。・・・いつもひとりでさ。たまにこんな風に、誰かと話をするのが楽しみなんだ。
 だから、ヒマならまた来いよ。な?話相手に、なってくれよな」
「そうだね。ぼくも話をするのはたのしくて、好きだよ。・・・また、くるよ。約束する!」
「ああ。楽しみに、待ってるよ」

・・・・・・、
ふわりと、意識がとおくへいって、もどってくる。
ぼくはだれかと・・・とてもおおきいだれかと、夢で話をしていた。
彼は・・・たぶん、男のひとだったそのひとは、眠そうな目をしてぼくと話をしてくれた。
不思議な夢。夢の、ゆめの、夢。
またあのひとと話をしたい。また会いたい。
無性に、ぼくは、そう思った。
ヤシガニくんがこちらを見て、どうしたの?と首をかしげる。
ぼくは笑って、なんでもないよ、とつぶやく。
ぼくの知らないぼくの目は、あのひとが言うようにぼくの生まれたところを見てるんだろうか。
夢でかんじた涼しさがほっぺたをふんわりと撫でる。
ゆっくりと手にしていたウクレレを、ぼくはひいた。
ぽろん、とここち良いおとが耳をゆらす。
約束だよ。約束したから、またいくよ。
ぼくは青い空を見あげてウクレレをずっとひいた。
できるだけ、できるだけ、あのひとに届くように、ひいた。

ノホホ&雷舞















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