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ハナノワ


「ロォザリィー」
そう背中から名前を呼ばれて、少女はゆっくりとふり返った。
なにやら妙に毒の含まれた声は案外よく聞きなれていた声だった、
と、少女はそこに居た姿を確認して、思う。
「なんでどーしてあんたがここに居るのよぉっ」
少女と同じくらいの背。拗ねた声色。
長く下に垂れた長い耳と、うすいピンクの髪の毛。
大きな黒い瞳はツンと吊りあがって、少女を厳しくにらみつけている。
「めりー。」
それは紛れもなく、少女と顔見知りのホワイトメリーだった。
飽きもせず、メリーはじっと恨めしげに少女を睨みつけていたが、
少女の頭巾から蛇が姿を表してわざとらしく舌を出すと、メリーは、う、と後ずさる。
「・・・よばれたの。かみさまに」
その仕草で気付いたように、少女は自身の髪から這い出ている蛇を片手で撫で、
どうして彼女が怒っているのかわからない、と言うふうに首を傾げて、高い声を出す。
たしかに、この宴は「かみさま」に呼ばれることで参加できる催しだ。
しかし、メリーはその答えに納得いかないと言わんばかりの顔で少女へ指を突きつける。
「そーゆー意味で言ってるんじゃないのっ、なんでパパにくっ付いてきたかって言ってるのっ!」
「・・・おじいちゃまがいっしょにきなさい、っていってくれたから」
「メリーは言われてない!」
「それは、しらない」
「うううぅぅうう・・・、ロザリーのバカ!」
あくまで普通に、少女は答える。
ばか、と言われてもそれが事実だから仕方ない、というように。
けれど、指先をふるふると震わせているメリーはいつの間にか涙目だ。
もう一度首をかしげて、少女はメリーを慰めようと一歩進んだが、
メリーは指を下げて、ごしごしと目をこすって、少女に反するように一歩後ずさった。
「・・・めりー?」
「あんたなんかだいっ嫌いなんだから!」
「・・・どうして?」
「どぉしてもよっ!」
「・・・どうしても?なんで?」
「もおっ!ばかっ!ばかばかっ!」
「?」
唐突な「だい嫌い」という言葉に、少女は目を丸くする。
素直に浮かんだ心のハテナマークはしっかりとその表情にきざまれる。
それでもメリーは怒ったまま、じたばたと荒々しく地団駄をふんだ。
彼女たちのパパ兼おじいちゃまは遠くでほかの参加者とおだやかに談笑したまま、
このちいさな騒ぎなどまったく知らずに、今宵の宴をのんびりと楽しんでいる最中だった。

ロザリー&ホワイトメリー
















すこしだけ吐き気がした。
それは、僕自身が持っている確かな闇を、露わにされている所為だと思った。
胸が濁って、穴の開いた心が笑い声のような風を通す。
嘲れ。嘲れ。いつでもそう呟いている、風の音色。
「ぼくは、生きている。だから、あるくんだ」
真っ直ぐな瞳の色は黒い。
僕より何倍もみすぼらしい姿は、僕より何倍も強く気高いのだと僕は知っている。
何もかもを知っていて、僕は酔う。「それでも僕はおまえより美しい色をしているのだ」、と。
おまえは知っているのだろうか。僕が、本当はおまえより、何倍も醜いことを。
「・・・あなたは、やさしい人だね」
やさしい。
それを他人の口から告げられるのは二度目だ、と思った。
やさしい。
とてつもなく塩辛い言葉。僕のなにもかもを抉り、なにもかもを消し炭に変える言葉。
それはきっと、本当は僕がなにをも持たない虚構だということを暴く呪いだ。
冷たい風の中に眼を細め、おまえはまだ柔らかい羽毛を震わせて身を縮ませた。
幼いかたちが、そこにはあった。
「ぼくは、行きます。さようなら」
目覚めたままの無垢はそうして、僕の元を去る。当然の摂理だろう。
歩む者は僕を追い越して、僕はその背中を恨むのだ。歩まない足を棚に上げたままに。
不器用に僕が頷くと、背を向けて灰の身体は覚束なく歩き始めた。弛まぬ一歩。輝きを知る一歩。
その眩しさは惨めな僕を晒した。
生きている限り、逃れることの出来ない光と影。
いつか、僕をやさしいと喩えたまばゆさを僕はかすかに思い出した。
それに触れた時の恐ろしさを、同時に思い返しながら。
頼りなく去る背中を見て、僕は知る。
それは、その想いは、誰かを真摯に好くことへの恐怖だった、ということを。

パロット&小次郎















智恵の実


「ン・・・・」
酒に潰れて昼から夜を眠りで塗った男は、真夜中に目覚めた。
汚れたベッドの上に乗せた身体には、煌々とした月が半欠けの形になって光を散らしている。
「・・・・、」
その光が大層に鬱陶しい、と男は二三度唸り、むくりと身体を起こした。
サングラスをしたままの視界は、暗闇に闇雲な甘えを強要しているかのようだった。
頭の底ではまだアルコールが自らを誇示し、男を明け透けに誘惑している。
『私を愛していれば、現実は貴方を夢に閉ざしてくれる』、と。
手にしていた空の酒瓶をその辺りにあるテーブルに乗せ、男は欠伸をひとつし、
酔いを醒ますためになんとなく外へ向かった。
頭を乱暴に掻きながら、夜をすり抜けて男はドアを開ける。
「・・・、うお」
煌々とした月は、やはり空に浮かんでいるままだ。
しかし、男の目の前に訪れた瞬時の空白には、小さな驚きと沈黙とが交差する。
「・・・・」
ドアを開けたままの格好で、男は息を呑んだ。
そこには、ひとつの影がまるで無遠慮なかたちで、愚かな塊となり倒れていたからだ。
人ではないものに、この世界は寛容だ。
それは、男を見れば明らかである。・・・しかし、どうだろう。
頭に木の枝を生やした生き物は、人でなく、男のように獣人でもなく・・・何に該当するのだろうか。
饐えた空気を呼吸にしながら、男は硬直と観察とを自然に行っていた。
顔は見えない。
暗闇のせいでも体勢のせいでもなく、倒れた影の服装に任せた表情の喪失。
それは不気味を通り越して、男を寓話の世界に誘い込んだようにも感じられた。
孤独に縫いつけられた闇の隙間で、男は確かにその生き物を見つけてしまったのだ。
或いは、・・・或いはエデンの園に実る、禁断の果実のような存在を。

スモーク&エッダ















十年回帰


「あれ。来てたの」
男はサングラスをしたまま、わざとらしく目をこすった。
まるで今目の前にある光景がニセモノなんじゃないか、とでも言うように。
「来てたよ、おはよー」
「そっちは暇そうだねー。もうすぐなのに」
男の視線の先には、「これが次の衣装なんだっけ?」とシンプルな衣装に身を包んだ兎と猫の獣人が、
にこやかに笑いながら机や床に散らばっている紙切れを1枚5秒のスピードで読み進めて、
「この企画はどうよ」と額を寄せ合っている。
「お前らはいつでも元気ねー」
その光景に口笛を吹いて、男は感嘆の意をふたりに表した。
忙しさはその業界では上位にあるのだろうに、
こうして取り留めなくここへ現れて、男と話をしにやってくる、その行動力に。
「あー。そろそろかー。なんだかんだで長い付き合いになっちゃったね」
「今度のはさ、アンケの希望かなり取ってるんでしょ?面白そうなのたくさんあったもんねー」
朗らかな声、乾いた笑い顔。
ふたり・・・ミミとニャミは、目を合わせて、「初めてのときと服にてるね」、と言った。
「そーだな。なんだかんだで、ここまで来たよ。お前らにも色んなことさせたなァ」
「ほんとだよ!コスプレから始まって、カフェやらされたり魔法使わされたり世界旅行!」
「サーカスに秘境探検に宇宙ツアー・・・始めはギャグだと思ってたモンが楽しく思えてきたよねぇ」
これまで、を語るふたりの目は、それでもこれから、を見ている。
色々なことがあった。
ひとりの男が寄せ集めたちいさな音たちは、今、壮大な交響曲のように響き合っている。
「で?お前らは何?記念になんか持ってきてくれたの?」
「いや、別に?」
「なんか思い出でも語ろうかなーと。たまたまオフ揃って取れたから」
「忙しいならこっちから行くっつうのに・・・」
「いーんだよ!だって、ここじゃなきゃさー、ね」
「んっ、そうそう。ここじゃなきゃ」
「大概、お前らもユメミ少女よなー・・・ま、俺はそこが好きなんだけどね」
笑って、男はこれまで、を思った。
交響曲のような今を培っているのは、ひとつの音である皆が男へ大きな輝きを還してくれたからに他ならない。
男はたしかにこの物語を紡いできた当事者であるが、
それはこのふたりを含めた、様々な人物が居なければ為すことが出来ないものだった。
これから、は続いていく。
それはもう、男の手を離れた、自由な音となって進んでいくのかもしれない。
「言ってくれますね、カミサマ。衣装こんぐらいラフなら、今回は暴れるぞ、あたしら」
「ユメミの暴走力なめるなよーっ。バッドでドスドスっとね!」
「そーゆー暴走力かよ」
「へへっ、ウソウソ」
「この前もすごく大事なことたくさんあったけどさ。今回は数字背負っちゃってるもんね。頑張るよ、うん」
たくさんの音が、たくさんの響きを持って繋がっていく。
それを手助けするために、男はここに居る。
そしてその男を慕い、ふたりはここに居る。笑って、朗らかに、男を支えている。
「・・・俺もね、頑張るよ。ここに居ることが、奇跡なんだもんな」
「奇跡、ね」
「奇跡か。奇跡・・・」
10年、という奇跡。あるいは、軌跡。
そこに三人は立っている。
見据えたその先にある、確かな希望を、旋律を、楽しさを、そして愛しさを、この胸で実感しながら。
再びはじまっていく今を想って、輝いている。

神ミミニャミ















燃殻


「不穏、ですなァ」
「・・・何がだ?」
なんともなく、講談師は窓から空を見つめてそう言った。
学者がそれに気付き、不審がって顔を上げる。
そしていつものように、講談師の表情からそこにどんな意図が含まれているのかを探ろうと目を細めた。
わずかに沈黙を守った後、袂に両手を突っ込んで妖怪らしい容姿に甘んじていた講談師は、
学者と視線を合わせて、蛍光色の舌を見せながら心底危うく笑った。
「・・・淀川ですよ。気配を消しもしないとは、随分見縊られたモンですねェ」
「っ、な!」
講談師が「鬼」のことを口にした、どころか、その名を嘲るように告げている!
その理解で学者は弾けるように立ち上がり、同じく窓に目を凝らす。が、何も見えない。
しかし、これまで講談師がこうして鬼のことを話題に出すことなど殆どなかった。
しかもその内容は、「気配を消しもしない」、という、まるで鬼がすぐ近くにいるとでも言うような物騒さだ。
一瞬講談師を見やったあと、学者は早足でドアへ向かう。
「どちらへいらっしゃるんでェ?」
「蒼井君を呼ぶ。それに研究員に知らせなくては、パルスの安定には時間がかかる」
「・・・おやおや。こんな状況に為ると流石のアンタも責任者の其れに為りますか」
「今は言葉遊びをしている場合では無かろう!」
「・・・落ち着き為さいよ。淀川は此処には来ません」
呑気な声で学者を引き止める講談師に目を吊り上げ、ヒステリックに学者は怒鳴った。
部屋の中にその声が残響する。焦燥感を丸出しにした声は講談師の中でやかましく唸る。
やれやれ、と呟き、講談師はようやく真顔になって学者のそれに応えた。
「・・・何?」
「あたしが此処に居ますからねェ」
「どういう、意味だ?」
「アレは心底醜い生き物です。そして其れを誰より知っているのは淀川自身だ」
「だから、どうしたと言うんだ、それとお前と・・・」
「要は。淀川は、其の醜さを暴かれるのが恐ろしくて堪らない訳ですよ」
「・・・、お前に、・・・か?」
「ええ。表で嘲笑いながら、心では脅え切っている。慢心と虚栄心で築かれた仮初めの自信です」
学者は不格好な体勢で立ち尽くしながら、講談師の話に吸い込まれていく自身を感じていた。
饒舌だ。今日の講談師は、この上なく。
初めて知り得る情報に、学者は不確かな高揚に揺れていく。
「それがジョルカエフの・・・弱点、か?」
「弱点とは、些か異なりますな。淀川に弱みが有るとする為らば、カミーユでしょう」
「カ・・・ミーユ?」
「奴の母親です」
「・・・母親」
「ええ、あの悪魔を此の世に産み落とした張本人ですよ」
「それに、奴は、弱み・・・囚われていると?」
「そうです。其の執着で此の地に留まっていると謂っても善い」
母親。
鬼とはひとつとして接点の無いようなその単語。頭の底でそれを繰り返し、学者は気付く。
「・・・待て。母親?産み落とした?」
「ええ。其れが何か」
「奴は、人間・・・だったのか!?」
「そうですよ。元はアンタ方と同様の、愚かな人間です」
「なんだと・・・奴は無意識的思念体だ!蒼井君から得たデータでも明らかだった!それが・・・、人間だと!?」
「今は肉体から離れましたがね。ヒトだったのは大よそ百年も前の話です」
「・・・何故、今まで教えてくれなかった!」
「奴がヒトだった頃の記録は凡て抹消されています。此の話を聞いたとて得られる情報は有りません」
「しかし!それを知ることにとって研究の内容も変わってくる!そんなことはお前も知っているだろう!」
「・・・正直、淀川が此処まで顕著に存在を露わにするとは思って居りませんでね」
「話を逸らすな、私は・・・!」
「逸らして等居ませんよ。其れ程、淀川はヒトに追い詰めれて居る、と謂う事です」
「な、・・・何だと?」
「御見事ですよ、学者様。あたしが、そして淀川が考えて居るより人間と謂う物はしぶとい様だ」
「ジョルカエフが、追い詰められて・・・?」
「ええ。そろそろ、高みの見物をする余裕も無くなっている。と謂う事は?」
「・・・見境がなくなる・・・・」
「或いは、形振りを構わなくなる。此の今、アンタに情報を与える理由が御判りですかな」
いつの間にか片手を出して、講談師は問う。そして答えを含ませる。
『鬼は暴走する』、故に、『それを抑止する為の情報を与えるのだ』、と。
学者は唇を鈍く噛み、真っ直ぐな視線で講談師を捉えた。黒衣が肩をすくめる。
弱く学者は首を振った。
「それにしても、遅すぎる。もっと早く知っていれば、犠牲がもっと・・・」
減っていた、だろう。
わずかに困憊、ないし、後悔の色が瞳には見えた。
それを見て講談師は戯れの格好を解き、空虚を見つめる。
「・・・正直」
「・・・?」
「もっと早い時期にアンタの耳に此れ等が入って居たら、アンタは既に淀川の手に掛かって居たでしょうよ」
「・・・なっ」
「詰まらん事を謂わせないで下さい。
 ・・・アンタは何時でも死と隣り合わせなんですよ、アンタ自身が思っている以上にね」
「・・・そ、れは、どういう・・・意味だ」
「あたしの前だけでは、・・・いえ。奴の手に係り、無様に死ぬな、と謂う事です」
何もない空間に注がれていた視線は、その言葉によって学者の瞳へと向かう。
ゆっくりと、決して己の心から偽りを抜き出すまいと注意し、講談師は喋っているように見えた。
学者は視線で繋がれたかのようにその目を見つめ返す。
死、という単語を講談師から突きつけられることも初めてだ、と思う。
「・・・私は、死なん」
「如何ですかね。アンタは・・・」
「・・・つまらんことを言わせるな。お前がこうして、ここに居るだろう」
「おや、・・・そりゃア、又。随分、責任背負わせてくれる言葉ですな」
「うるさい。とにかく、私は、簡単には死なん」
「・・・そうだと好いですがねェ。ええ、・・・本当に」
大層なことを言ってしまった、と学者はすぐに顔を逸らしたが、
物珍しい素直な頼り方に、講談師は目を見張って少しだけ愉しそうに笑い声を洩らす。
生を望む祈りは、あまりにか細くおぼろげだ。
しかし、それでも祈りたいのだ、と、両者は目の前に居る互いを想う。
どれ程軽い言葉でなじろうと、笑おうと、誤魔化して溶かして、偽ろうと。
己より長く続く相手の「生」を心の底から、これ程確かに、望んでいる。

淀×鴨川


















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