A-Market > text-T
















ダークシード@another


「久しぶりだな、鹿」
「どォも。蜘蛛婆」
そいつは俺の目の前に、実にミゴトな格好で表れた。
俺と別れを告げたその時から全くトシの変わってない、魔女たる姿で、俺を威圧的に見ていた。
「貴様にしては、成程。随分まともな仕事ぶりだ」
隣に畏まってる蜘蛛もムカシ見てたのと同じ、グロい6つ目と黒と紫のデカい図体で魔女の隣にいる。
俺は、魔女がよくやる鼻を鳴らす仕草を真似て、ドウモ、と言う。
片手に持っているご丁寧な包みには、この森にとっての生死が懸かっているらしい。
「エカテリーナに言っといてよ。女王ならもうちょっと、融通利かせろってさ」
「妾に物を頼むとは、貴様も偉くなったな、鹿」
「・・・別にィ?」
持てあますように包みの重さを確かめると、魔女の視線は光を持つ。
アー怖い怖い、と、俺は丁寧に魔女へ包みを差し出した。
「運び屋は運び屋らしく、受け渡す事に従事していろ。鹿、らしくな」
「鹿じゃねーよ、トナカイだ。蜘蛛ババア」
「ほォ、其の口の悪さは変わっておらんか。妾の呪術の記憶も薄れたかな」
同じく丁寧に魔女は包みを受け取るが、俺の言葉にぴくりと眉を動かすと、片手でゆっくりと魔方陣を描く。
・・・鬼畜ババア。
俺は一歩後ずさって、苦虫を噛んだような顔をした。
こいつのジュツ、ってのは、とりあえず痛い。物理的に、この上なく痛い。
それを、幼くてか弱いコドモの俺は罰として何べんも受けてきた。
ああ、なんて可哀想。俺。
「・・・覚えてるよ、馬鹿ヤロー」
「成らば殊勝に振る舞うことだな。貴様の御家も嘆く事だろう?」
「アレは関係ねーよ。俺はあの家に捨てられてアンタんトコに来たんだぜ?忘れたのかよ」
思いもよらず魔女がウチのことを引き合いに出してきたので、俺はわざとらしい態度を取ってみる。
ずいぶん前に、魔女が俺をムリヤリ押し付けられたのは、そういう理由。
とりあえず、俺の存在は歴史のある名家にはそぐわなかったのだ。
「故に、貴様は未だあの家に囚われているではないか。浅はかだな」
「・・・で。それが今とどう関係あるんだよ。俺はちゃんと仕事したぜ。氷千花。溶けてないだろ?」
「確かに、「今」は関係の無い話だな。品は確かに受け取った。行くぞ、蜘蛛」
全部知ってるようなマジョの目。あー、むかつく。
俺はこの上なく不機嫌な顔をして、包みを手袋越しに指差した。
ちらりと魔女は中身を確認して頷いて、すぐにアッサリと踵を返す。
蜘蛛が、シモベそのままの格好でそれに続く。
いつでもこのババアは一方的だ。
どうでもいい核心を突いてきて、どうしようもない図星を突きつけて、
そこに何も意味を見出さないみたいにそれを突きつけた相手に置いていく。無関心を丸出しにして。
「おい」
「何だ」
「また仕事が有ったら露姫の手紙で寄越せよ、「師匠」」
「・・・そして、未だにダイアナへ執心しているか」
「うっせ、あの人は俺の初恋なんだよ、蜘蛛婆!」
声を掛けると、魔女は振り返る。
俺の気持ちを無視したいつもの暗い目つきで、俺の行為も踏みつける。
そしていつでも高らかに笑いを上げて、あっさりと去っていく。
小ぶりな背中。蜘蛛の目。虫の目。
あれがこの森のバランスの一端を担う力を持ってるってことを、俺は未だに認めたくないでいる。
露姫。そうだ、自分の言葉で思い出した。
ついでに露姫に会いにいって、話をしよう。
俺はよく磨いた自分の鼻を触って、今更、魔女を「師匠」と認めたことをすこし後悔していた。

デイヴとロキ















キッチュ


「私は、そんなに死に急いでいるように見えるか?」
吸血鬼はよく尖った歯を鬱陶しそうに舌先で舐めながら、そう目配せをした。
血のように赤いワインは湿った温度をまとったまま、彼の手の中で波を作っている。
「いや、別に、死ぬ、とかそんな大層なモノじゃないっスが」
それをぼんやりと目で追いながら、狼男は新緑色の髪を掻き、
申し訳なさそうに笑顔を作った。獣の鼻が小器用に、ひくひくと動く。
「・・・また、すぐ寝ちゃうんじゃあないかと思って」
吸血鬼には定められた死が存在しない。
代わりに、永久に近い眠りを必要とする。
それは己の意思に従い行われる自由なものであるが、目覚める時を選ぶことは出来ない。
狼男はそれを心配しているのだろう。
胸にかけた大きなロザリオを忙しなくいじり、吸血鬼をちらちらと見る。
「私の眠りは性質が悪い、とでも云いたいのか」
自由で際限のない眠りは心安らかであり、また孤独なものだ。
吸血鬼は腕をワイングラスごと差し出して、攻撃的な視線を狼男へ放った。
ぶんぶんと首を振り、狼男は両手を否定のポーズで左右に揺らす。
「め、滅相もないっス!ただ、おれはユーリがまたずっと寝ちゃったら淋しい、って、」
あ、勿論スマイルだってそう思うと思うっス、と続ける口調に、吸血鬼は嘲るように鼻を鳴らせた。
「淋しい、などと云う陳腐な科白で私を引き止めるか」
永遠をさ迷う彼にとって、一時の感情はそれこそ陳腐なものでしかない。
しかしその言葉に、狼男は引っかかりを感じたようだった。
まっすぐ吸血を見つめて、赤い瞳を強く揺らせる。
「・・・陳腐でもなんでも、淋しいものは淋しいっス。ホントっス。だから、寝ないでください、ユーリ」
「寝るな、か」
吸血鬼は今という時間を退屈な感情で持て余しているわけではない。
いや、むしろ目覚めてからこの方、これ程愉しい日々はない、と思っているくらいだ。
だからこれは、他愛の無い会話のひとつ以外に成り得ない。
わずかに微笑み、狼男を見やる。
この感情は決して言ってやるまい、とでも囁くような、高圧的な頬笑みで。
「安心しろ、アッシュ。
 お前がどんなに淋しがろうと、私が眠りに就く時は私がこの世に飽いた時なのだからな」

アッシュとユーリ















夜に馨る化粧瓶#3


「私を買いませんか」
おもむろに、ひとりの少女は私にそう話しかけてきた。
豪勢なホテルのロビーで、肌をやたらと露わにした格好は、余りに目に眩しかった。
「・・・娼婦にしては、若いな」
「17です。別に若くはないです。どうですか」
青い髪の毛は、この町では初めて見る色だ。瞳も髪と同じように青く、透き通っている。
私に向かって、少女は半露出狂のような格好で小ぶりな胸を見せ付けてくる。
17という歳は彼女が言うより、よほど若い。
私は上等なソファーに身をうずめたまま、ちらりと視線を上げる。
「すまないな。女性に興味は無いんだ」
「・・・どういう意味ですか」
「・・・、私は同性愛者だ、ということだよ」
微笑んで呟いた私の言葉に、少女はすこしばかり驚いた仕草で、目を開く。
聖夜に独りでいる男は格好の標的だ、と思い声を掛けたのだろうが、
事実、私はそういった人間なのだ。これほど娼婦を追い払うのに適切な言い訳も、ないが。
皮肉混じりに、唇の端を持ち上げる。
「だから、私は君の客にはなれない」
「・・・じゃあ、話をしましょう。お金は要りませんから」
上着を両手で開いた格好のまま少女は硬直していたが、帰るのを促すように私が首を振ると、
きちんと上着のボタンを閉めて、私の隣に座ってきた。
厚く豊かな生地のソファーが2人分の重みで沈み、私は少々体勢を崩す。
「どういう意味だ?」
「クリスマスに孤独な人間は貴方だけではない、という意味です」
深く座った少女はそう告げて、遠い目線をして見せる。
娼婦という生き方を選んでいる時点で、孤独というものから脱している人間は少ないだろう。
私は自分が孤独であることを改めて理解するように、それに応えてみる。
「・・・そうだな。ひと一人を掬い上げることも出来ない私も、孤独だな」
「・・・貴方は、好きな人がいるのですか」
「君はサンタクロースを知っているかね」
「サンタ・クロース?・・・今夜だけの、支配者ですね」
街を彩り、人々を魅了する1夜のみの、世界の支配者。で、ある、彼。
中々、洒落た物言いをする少女だと思った。
友人と名付けられる彼との関係を壊す気は無かったが、
私が彼へ向けている感情は、おそらく愛と名付けられるものだった。
或いは愛憎、と言い換えてもいいものであったが。
「そうだ。友人であり、私の想い人だ」
「サンタ・クロースが?」
「ああ、中々危篤な男だよ。幸せを与える事で、自らが不幸に堕ちている」
「・・・へぇ」
少女は大人びた顔をして、膝に頬杖をついた恰好で私の話を偽り半分に聞いている。
この街は現実を資材にして作られたような街だ。
寓話と化したその存在は、既に季節の慣習の生贄としかならない。
そしてそれを好いている私自身もまた、報われない思いの生贄なのだと思った。
「じゃあ、貴方はそのサンタ・クロースのサンタ・クロースなのですね」
「・・・ん?」
「誰かに何かを与えようとしている意味では同じ存在でしょう?」
「・・・成程」
少女は滑らかに言葉を操る。娼婦という職業をするには惜しい、非凡な才能だ。
与える者としての私。
毎年彼に贈る赤い柊の実は、確かに私の想い、そのものだろう。
凝りであり、結晶なのだ。
彼という存在にささげる、私という存在の。
「では、私も危篤だな」
「女に・・・、いえ、私に興味がないという時点で、危篤では?」
「はは、そうかも知れん」
それを容易く見越したように、少女は冗談交じりに問うてみせる。
私は大げさに笑った。
自分の性癖をこうやって使われることにはもう可笑しみを感じるほど慣れていたし、
少女の幼稚な冗談は愛らしかった。
危篤な私。
この聖夜にまったくお誂え向きの、いびつな私たち。
お前も見ているだろうか、この、孤独に彩られたこの街を。
そして、お前の為だけの、サンタクロースになろうとしている、愚かな私を。

鴨川&硝子@パラレル















それから


俺たちはもう仕方がないのだ、と思って、仕方ないやり方で俺たちを認めようと顔を近づけた。
俺は俺がこんな人間だったんだということをこの時はじめて理解して、
そんな自分はだいぶ可笑しいなあと思っていた。
「・・・なんだか、変ですね」
ミシェルは俺の目の前で感慨深げにため息といっしょに、そんな科白をはく。
近くで見ると、やっぱりミシェルはきれいな顔立ちをしている。
メガネの奥のふたつの色が、俺を射る。
「変?」
「ええ。僕は、僕をこんな人間だと思っていませんでした」
のろけた心地の暖かい息が掛かった。
・・・。
すこし目が、大きく開く。
ミシェルはそれをすぐに理解して、どうしたのですか、と、頬に手を寄せてきた。
細い指先が感触として分かって、俺は、呟くように口にする。
「・・・俺も」
「こんな人間だと思ってなかったと?」
「そう。あんたの肌に触れたいって思ったりするなんて」
「ええ・・・僕もですよ」
こくりとミシェルは頷く。
俺もゆっくり頷いた。
それがまるで全部の合図みたいに、俺たちは笑って、そして、ゆっくりキスをした。

エッジ×ミシェル















「好く」


「騎士様」
「・・・如何した」
「好意、とは、一体どの様な物でしょうね?」
その日、影は常に顔に宿していた完璧に整う微笑みをわずかに崩して、眉をゆがめていた。
珍しいと思う間もなく、発せられた内容に騎士は言葉を失い、
いささか狼狽したように素早く、影を見据える。
「・・・好意?」
「ええ。好く、と云う感情が私の中でどうもはっきりとした輪郭を持たないのです」
「如何した、唐突に。好意の真核を、何故貴様が知ろうとする?」
「何故、・・・ですか?」
影が持つに尤も似つかわしくない感情は、単語となってその唇から容易く漏れ出る。
騎士は濁った口調で否定を要した。
そこには、騎士が決して見せることのないと思われていた取り乱す様が垣間見えている。
思わぬ質問だ、と言わんばかりに影は目を丸くし、思案するように視線を揺らせた。
律した騎士の声はその沈黙を飼い慣らし、すぐに言葉を紡ぎ始める。
「其の通りだ。理由も行動も無く、質問をする意味は無い」
「・・・そうですね」
「嗚呼、そうだ」
「・・・恐らく、私は私の中にあるこの妙な想いを、好意だと認識しているのです。
 ですから、騎士様にこそ、訊くのです」
「何だと?」
すると、影は漸く自分自身を捉えたようにしっかりと頷き、騎士を見上げた。
連なったその言葉に、今度は騎士が驚く番だった。
いつの間にか瞳に携えられている光は、真直ぐ騎士に向けられている。
「私は罪であり罰です。その私が、何故この様な感情を持つのか知りたいのです、騎士様」
「・・・貴様は、何を思っている?」
「私は。・・・私は恐らく、貴方を、・・・好いている」
「・・・・は?」
そして、その光は全く間違いのないやり方で啓かれ、全く間違いのないやり方で伝えられる。
騎士は思わず声を反転させ、心底珍しく動揺した。
誠の悪を抱く者から好意を伝えられることの不可解さに、思考がついていかなかったのだ。
いつも浮かべている微笑みを消し、影は返答を求めるように首を傾げる。
その仕草はあまりに美しく、それは全ての生き物を魅了する存在としての影を、鮮やかに彩っていた。

ナイト×ルシフェル


















Back