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悄らしい花環


愚かだ、と、男がそう理解するのに多少ながら時間がかかった。
それは目の前にある藍の形を、おもむろに、そしてまるで鮮明に、愛しいと感じたからだった。
「・・・」
「な、んだ」
上ずり、というよりは単に怪訝と言った表情で、
藍・・・鴨川は掴まれた手を不自由に男に預けたまま、じっとりと視線を上げた。
その先で男は呆然とした顔をして、鴨川の左手を掴んだままでいる。
「・・・あ。いや」
「ならば、離せ。・・・邪魔だ」
それは些細な喧嘩の最中の出来事だったろうか。
鴨川の好物を男が食べたとか食べてないとか、そういった類の。
男は慣れた調子で拘束からの自由を求める鴨川の声色に頷き、素直にそのぬくもりを手放した。
瞬時に戒めを解かれた鴨川は、その殊勝な行動に驚いたように一度目を開いたが、
すぐに面倒そうな顔つきに戻り、手を二、三度振って己の感覚を取り戻す仕草をする。
その様を見つめ、男はただ愚かだ、と自身の理性が繰り返す言葉をなぞっていた。
愛しい、という感情を思え返せど、そこに浮かび上がってくるものは不可解にして不愉快なものばかりで、
男はなぜその単語が出てきたのかと離した手首を見つめて、他人事のように思う。
愛しい?
鴨川は手首をいたわるように押さえ、首を傾げて痛みに届かない鈍さを疎ましく感じている。
愛しい、その思いの先にある、自身という存在を何も理解しないままに。

淀×鴨川















そしてその背中は消える


「逃げるのか、若造」
それは、今まさに彼が逃げ出そうとしていた、その一歩手前の科白だった。
それは、彼が逃げることを止めようとしているのでも喜んでいるのでもないような、平坦な科白だった。
「・・・逃げてほしいんでしょう」
その平坦さに笑みも怒りもなく、また、半ば何かを諦めたように彼は口にする。
それほど大きくない身体を鮮やかな緑色のダウンジャケットの中で泳がせた。
その上で、水晶はうつくしく輝いている。
そっと息をついて、凡庸な科白の色を舌にはびこらせたまま、男はわざとらしい言葉にため息をついた。
そこにいる彼の存在を、半ば肯定するかのように。
「逃げたいのはお前だろう」
それは別れの情景として、あまりに呆気なく陳腐だった。
そうやって男が声を掛けたことに、恐らく大きな理由はない。
そこに去ろうとする彼の背中があったため、男はまことの心を差し出した。
その身体ひとつで舞い込み、己から去ろうとする心象の一片を、あるいは理解したいがために。
「・・・おれは、あなたに近づけないから」
それほど崩れていない、彼の表情。リュックを背負い直して、彼は男の目を見る。
そのままのサングラスに隠れた目玉の奥は見えない。
それでも彼は男の姿を、瞳をじっと見つめ、
その巨きな黒い身体に担ぎ込まれたあらゆる過去を掬い取れないことをむなしく思った。
そこまで男が拒み続けている何かを掴み取れない自分を、彼は心底、くやしく思った。
「俺が、近付けようとしないからだろう」
そして、そこに優しさを見出すことの出来ない己はもっとむなしく、もっと愚かなのだと男は思った。
そうして、彼がここへ来た理由を男は知らない。
そうだ。彼は己の持つ希望と祈りと感謝とわずかな悲しみと込めて、ここへ来たのだ。
その胸から吐かれる、あらゆる言葉を、また男も救い上げることをしなかった。怖れとして。拒みとして。
それは、傷付けられることから逃げた罪を、傷付けるという罰でそそいでいるかのようだった。
それは、罪にも罰にも満たない確かな価値を持つ、彼への憤りだったのかもしれない。
「・・・そうですね。酷い人だ、あなたは」
そう。だからこそ、彼は逃げるのだ。
それを、男は知っている。
そう、彼だって知っている。
それらすべての憎しみを与え受け取ったことを、すべての無力さを与え受け取ったことを理解し、
その傷を硬く閉ざした胸へ抱き、彼を彼が居た場所へ孵し、それに従う。
それでも、彼が発した言葉は恨みでも怒りでも、憎しみでもないように思えた。
そこにあるすべてが温度のない慈愛に満ち溢れているように、彼のほほえみは美しく、また、哀しかった。

ファットボーイ&カジカ















いろはに


「悪いもんに憧れてるように見えるぞ、あんた」
「・・・私の姉が、また、焦がれているだけなのではないですか」
「あの悪魔に?」
「ええ、そうです。とり憑かれているのです。・・・支部長さんと同じように」
そう言うと神さまは申し訳なく私に笑いかけて、
姉さんの話は嫌いだったよな、とひとりごとのように呟きました。
私はそれを労わる笑顔を作り出せることができずに、静かに下を向きます。
姉。
私自身の中に存在する、意識、思念としての、ふたごの姉。
忌まわしい力をこの身体に繋ぎとめ続ける姉を、私はどうしても好きにはなれません。
そしてその姉を支配しようとしている、この施設の最高責任者の、ことも。
すべての原因であるあの青い悪魔の姿を思い描いても、憎しみより諦念が勝るほどに、
私の乾いた憎悪は身近な人物へとわたっていきます。
快活な桃の姿。狂人の群青の姿。もっと深い底へ、沈んでいきます。
「・・・鴨さんねぇ。そりゃ、あんたの扱いは酷いけど」
「ええ。便利な道具です」
「硝子ーっ。こらっ」
そんな想いを簡単に吐露すれば、神さまはいつものように卑屈な私を怒ります。
腕をふりあげて、わざとらしく上ずった声で。
ちょっと幼くて分かりやすい動きに、思わず私は少し笑いました。
私の青い髪が、同調するようにふわふわと風になびきます。
「・・・ごめんなさい、神さま。でも、この頃は少し判ってきたんです、私も」
「ん。なんだい、赦せるようになったのか?」
「いいえ。・・・八つ当たりは、私も、同じだなと思ったのです」
「八つ当たり?」
「ええ。だって、私だって、・・・好きな人と罵り合うのは好きではないです」
そう。私だけではなく、多くの人は、好意を抱いている人と悪口を言い合うのは苦しいことである筈です。
だから、私は自分の中の重い感情を、それに対しての八つ当たりだと思うようにしたのです。
流れるようなことば。
言いながら私は、私にとっての、「好きなひと」は誰なのだろう、と思いました。
私が好きになれるひと。私を、好いてくれるひと。
八つ当たり。私も、とても、幼い。
「バカだなぁ、硝子」
「?」
でも、神さまは、にやにやと笑って、私を馬鹿だと言いました。
怪訝、そう思われない程度に私は困ったような表情を取ります。
そうしていると神さまは一歩私に近づいて、甘いね、と私の目の前で人差し指を左右に振りました。
「あれは、罵りあいじゃなくてね、愛情表現って奴だよ」
・・・愛。
私の目は、きっと丸くなったのだと思います。神さまがとても満足そうに微笑んでいたから。
愛。
それは、好意や好きなんて言葉ではとても足りなくて、きっと恋でだって埋めきれない想いで。
それは、この世の中で唯一、かたちを持たず、尊ばれるもので。
愛?
「・・・あの、二人の?」
「そ。ヒネクレっ子はね、ああいう風にするんだよ。ひとつ賢くなったな」
少し信じられなくて、私は、今度はどこからどう見ても怪訝、という顔つきをしました。
それでも神さまは笑っていて、愛、というものの寛容さを、私はこころから不思議だと感じながら、
私は同じく「ひねくれもの」である私自身の愛を考えます。
彼らがそうであるなら、或いは、私も。
視線を上げると、神さまの顔が先ほどと同じように、そこにあります。
「・・・神さま」
「ん、なんだい、硝子」
「私も、ひとを、愛せますか」
きちんと呼吸してから、私は、神さまに尋ねました。
言葉を受け取ると、すぐに神さまは顔をひきしめて、真っすぐに、こちらを見ます。
「・・・なぜ、それを疑う?」
「私は私を、愛せて・・・いないからです」
それは、強い視線でした。思わず、目を逸らしてしまいます。
それでもなんとか自分自身の感情を、口にしました。私自身の、私の欠損。
もしかしたら、私は誰よりも姉よりも支部長さんよりも私自身を憎み、うらみ、嫌っているのです。
神さまは、そんな私に、ゆっくりと、口を開きました。
「硝子」
「・・・はい」
「ひとは、ひとを愛せるようにできている。誰だって、誰かを、愛すことができる。
 そのやり方は、そのひとによって違うけどな。うん、あの二人みたいに不器用なのも、そう」
くすりと声を上げると、神さまも笑って、続けます。
やさしい音色。強い瞳。
「でも実際、愛すのに上手も下手もないし、「愛す」って想いが単純に好意とか優しさに支配されてる、
 って訳でもない。数多の愛は、ひとつの言葉で括れるものじゃない。そう。お前の愛もね」
「私の、愛」
「お前はもう、きっと誰かを愛しているんじゃないかな。俺、そう思うな」
「・・・そんな、私は、」
「うん、うん、分かってるよ。でもな、愛は、えらく簡単で、どうしようもなく難しいんだ。
 お前が信じている愛が、この世すべての真実の愛である、とは限らないんだよ」
「・・・・」
私は、神さまの言葉を飲み込むために何度も瞬きをしました。
まるで、神さまが目も開けていられないほどの光を放っているように感じたのです。
愛。ひとつではない愛。私の信仰している愛のすべて。
この世を包む、限りない愛のすべて。
神さまの笑うような泣いたような顔を見て、私は自分の愛を見つめました。
いつか姉が言っていた、「憎しみも愛のひとつなんだよ」、という言葉を思い返しながら。

硝子&MZD















脂と宝石


「アンタも殺されますか。・・・他人の為に」
「何の話だ、異形」
学者は、14日という日を何ともなく過ごし、受付嬢と女性研究員から慰み程度の菓子を恵まれた。
それを朝食代わりに口へ運んでいると、目の前に居る講談師は安々と物騒な事を言い出した。
口に広がる苦く甘い独特の感覚を舌の上で転がしながら、
学者は不快極まりない、といった顔つきでもう一欠片、チョコレートを口に押し込む。
「否、ねェ。アンタは、他人の為に自分を犠牲に出来るのか、と」
「・・・淀ジョルのことか。私は私の為に奴を捕らえたいだけだ。他人などどうでも良い」
「へェ」
空々しくその様子を眺めながら、講談師は机に散らばっているチョコレートを一つ摘んで、眺め回す。
勝手な行為を咎める事もなく、学者は他人事の様にそれを視界の端に留め、
この男がこうやって意味のない事ばかりを持ち出して全てをはぐらかすから、
自身の研究が全くと言っていい程進まないのだ、と改めて思った。
「・・・成らば自分の願いの成就の為になら、死んでも良いと」
「そうだな。・・・少なくとも、あれを犠牲なしに倒せるとは最初から思っていない」
僅かに手袋の端で溶け掛かった菓子に顔を顰めて、講談師はそれを不器用に口の中へ入れる。
14日という日に死に絶えた聖者とは違う形で、死に向かった男を嘲笑う為に、息を吐く。
「犠牲、ねェ。アンタ如きで其の尊い器が満ちるとでも?」
「・・・何が、言いたい」
その様に、学者は苛立った。いつもの様な挑発に、いつもの様に乗った。
ペンを握る手に力を込め、講談師を睨み付ける。先日を祝う感情との剥離、としての現在。
そうして、何もかも、全ては過ぎていくのだ。
時として。想いとして。或いは余りに簡単な、忘却として。
「意味等無い、と謂う事です。犠牲を払おうと奴は死にませんよ、学者様」
「・・・何故だ」
そして、その条理に従おうとしない生き物は唯一人だけだ。
そう、学者が賭して追っている鬼の、唯一人。
自身の記憶に固執し、自身の呪いに、力に、想いに、怨みに、留まり続けている。
他者に対しての憎しみと攻撃を代償として。
「さァ?其れは学者様が尊い「犠牲」を払って御確かめに成れば良い事では?」
「貴様っ!」
それは、昨日死に絶えた聖者のそれと、全く逆の与え方だ。
講談師の言葉に学者は立ち上がり、テーブルを叩いた。
今にもその衿を掴みかかろうと唇を戦慄かせる。
わざとらしく驚き、講談師は口内に無遠慮な形ではびこるチョコレートの匂いを疎ましく思いながら、
ヒトとは可笑しな生き物だ、と改めて実感する。
そして学者が行おうとしていた事を、先回りして行った。
つまり、学者の襟元に片手で掴み掛かり、机越しに強い力でその身体を引き寄せたのだ。
大きな音を立て、不用意に立ち上がらされた学者の足は机に叩きつけられる。
講談師は、学者の顔に自分の顔を近付けた。嗤う。微笑む。
「!」
「・・・だからこそ、先ず、あたしの為にアンタが犠牲に為る必要が在る」
瞬時に見開かれた瞳孔が抵抗という色を忘れたまま飛び込んでくる。
それを見て、講談師は俄かに高揚の思いを抱く。今までより余程近い息遣いと、肌と。
「な、にを・・・離せ、化物・・・っ!」
「其の覚悟も持ち合わせて居ない、と?」
他人の為に自分を犠牲にする事と、自分の為に自分を犠牲にする事のどこに違いがあるのか。
全く下らなかった。
掴まれた襟を苦しそうに、学者は顔を背けたまま無言でいる。
互いの息に、チョコレートの匂いが混じっていた。
図らずとも聖者になる覚悟。
それは24時間の時を経てゆっくりと腐り始め、今や解けかかって学者の身体を蝕もうとしている様だった。

淀×鴨川















溶ける海


「よどさん」
「・・・ン、嗚呼、御前さんか。何だィ、珍しい」
「今日は、逃げてきたの」
「そォかい」
「だから、ココに、置いて」
「好いんじゃないかね。なァ、学者様」
おもむろに扉を開いてやってきた少女を、鴨川は見た。
暗く蒼い容姿。まだ年端もいかない背恰好。ミトンをしている。
部屋に入って幾分の間、少女は何かを探すようにあたりをきょろきょろと見回していたが、
ダースの姿を確認すると彼へ向かい、ゆっくりとした調子で口を開く。
鴨川は初めて見る少女をぽかん、と口を開いたままの間抜けな表情で見つめている。
しかし、ダースが返事を請うように鴨川へ言葉を掛けたことと、
少女がミトンに包まれた手を伸ばし、鴨川をおおきく指差したことで我に返った。
両者の視線を受け止め、言葉を待つ。
「あの人は、誰」
「・・・え、私か」
「アレかァ。・・・何だろうなァ、アレは」
「おい!」
「・・・男のヒト。ニンゲン?」
「ヒトだよ。此処で一番偉い男だ」
少女は幼い外見に反して、随分大人びた喋り方をした。
右目が髪の毛に隠れているため、左目だけでダースの言葉に上目を向く。
ダースはまるで少女をあやすように、柔らかく棘のない声を出した。
鴨川は思わず珍妙な顔でダースを見る。その光景が、ある種、幻想のように感じたためだ。
己の喩え方にもその態度にも違和感を覚えたまま眉を顰めていると、
少女はダースの撫でつけた言葉に反応し、緩慢な仕草で顔を上げる。
支部長室をぐるりと眺めまわし、そして、鴨川を見つめる。
鴨川は惑いを顕わにして、少女を見た。
沈黙。
充分にそれを飲み込んだあと、少女は密やかに鴨川の元へと、足をすすめた。
ひたひたと、耳の奥で雨が降っているような足音が彼に近づいていく。
「・・・偉い、という言葉は好きじゃ、ない。あなたは・・・」
「?」
「おい、雪っ子ォ?」
「・・・あなたは、真直ぐ。捕えられている。真直ぐ、囚われている」
「な。・・・、君は・・・?」
「わたしは名前のないフユ。よどさんは、わたしを時々匿ってくれる。・・・あなたは?」
「私、か?」
机を避け、座っている鴨川の目の前まで滞りなく来た少女は、鴨川を見上げた。
やはり、左目は髪に隠されて見えない。その目は灰と藍が混じったいろをして、物憂げな底に沈んでいる。
「あなたは、誰?」
「・・・わ、私は、鴨川・・・という者だ。このIDAAの、支部長、代行だ」
「しぶちょう」
その目から鴨川は視線を外すことが出来ないでいた。フユ。名前のない冬。
そうやって自分を例える「人間」を鴨川は知らない。
ふと見れば、少女のワンピースの中ではまぼろしのような雪がふり続いている。
『この子どもは、人間ではない』。
少女の質問に片言のように答える口腔は乾いていた。怖れでもなく、凝りでもない。
それは、まるで自然な・・・そう、まるで雪があたたかな陽の光に溶けるように自然な理解、だった。
「かもがわ、さん」
「雪っ子。其処までにして置いたら如何だ」
「あ、」
「よどさん。どうして」
「・・・一寸、困ってる様だ」
そのとき、ぽん、と少女の肩にダースの手が置かれた。
少女と鴨川は同時に、弾かれたようにダースの顔を見やる。
意識しないままわずかに揺らいでいた緊張の糸が、音もなくほぐれていくようだった。
鴨川は息をつき、なぜかひどく困憊したように椅子にもたれる。
ここでダースに助けられる(・・・と言っては御幣があるが)とは思っていなかったのだろう。
だから此処までだ、とゆるく少女に声をかけてソファーへと連れていくダースは、
一瞬、鴨川に対して恩を着せるような視線を向ける。そんなダースに曲がった顔を見せつけ、
静かに鴨川はとことこと歩く少女とゆたゆた歩くダースとを見比べてその不可思議さに今一度ため息をついた。
人間ではない炎。人間ではない雪。
それがこの部屋の中で、共に歩いている。喜劇のようだ、と鴨川は思った。
「・・・そうやァ、今日は何から逃げて来たんだい、雪っ子」
「あの男が、うるさい。「菓子」をよこせって、四六時中、くる」
一定の距離を保ちながら、ふたりは再び先程の位置・・・つまり鴨川の前に来て、ゆっくりと口にする。
尋ねる仕草のダースに、少女は不快な顔をして、素直にここへきた理由を述べた。
菓子。あの男。そして、逃げた。
「嗚呼、成る程。あたしも御前さん辺りに強請りたい処だねェ」
「ジョウダンは、嫌い。ニンゲンの行事のこの日だけ、あの男は、その習慣にしたがうの」
鴨川には「あの男」が誰だか判らなかったし、人間とは違う、この少女のことすら満足な判断はつかなかった。
しかし、この会話で分かることだけは歴然としていた。
ばけものの癖に「ヒトの行事」に対しおそろしい執着をみせる目の前の炎と四六時中一緒にいる鴨川だ。
そして今日は2月13日。
明日を前に、ダースは2週間ほど声を大にして主張していた。
少女のいう見知らぬ「あの男」と同様に、「菓子を寄越せ」、と。
要するに、端的にいえば、鴨川と少女は今、おなじ境遇に身を置いていることになる。
ふたたび不思議なものだ、と鴨川はふたりのでこぼこな容姿を見比べて思った。
今しがた出合わせた名のない少女とその厄介な疎ましさについて、
なんだったら朝まで心底語り合いたいと薄ぼんやり考えるそんな自分や、
頭が炎であったり体に雪を降らせているようなふたりの会話がどうにも人間的であること、
そして明日に控えるそのイベント自体の存在に、たしかな可笑しみを抱きながら。

ダース淀&おんなのこ&鴨川


















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